第8話 異世界での訓練

 真は王城の廊下にてシオンと遭遇をした後、割り当てられた部屋で一睡もすることなく、筋トレやストレッチをして過ごした。


「久しぶりに眠らなかったな」


 窓の外にある太陽を見ながら、真はつぶやく。


 これはまだセイラが月影の任務に出る前の訓練を受けていたころ。


 もともと真は学校が終わった後に月影の任務、そして任務が終わる頃には夜が明けそのまま学校へという生活を送っていた。

 学校へ行くまでに車の中で眠るということもあったが、真は学生。学生の敵である課題、宿題が出される。

 真の学力ならばそれらにつまずき時間がかかることは無いが、真の通っていた学校はとにかく量が多かった。


 そういう訳で真はほとんど睡眠時間は取れない生活を送っていた。

 そんな生活もセイラが補佐に着き任務を早く終わらせたり家事を覚えたりなど、真の身の回りの世話をすることにより、ここ最近は真も余裕のある生活を送れるようになっていたのだ。


(そうか。セイラが隣にいないんだよな)


 そんな真はセイラがいないという現実に、違和感という名の寂しさを抱く。


 だがその寂しさにいつまでも浸っている訳にはいかない。

 真は部屋の中にあるタンスから配布された服を取り出し、着替える。

 その時、左薬指にはめた指輪が目に入る。


(転移してから一日。月影ならすでに動いているだろ。あとは、この指輪が機能してくれていることを願うしかないな)


 真は着替えを終え、事前に国から伝えられた部屋に移動するのだった。






 ______________________


 真が移動した部屋は前日食事をとった場所、その部屋は普段から食堂として使われている部屋らしい。


 食堂にはすでに真以外の生徒が何人か座り和気あいあいと会話をしている。

 そんな中、特に友人のいない真は出来るだけ人の少ない隅の方へ座る。


 真は食事が始まるまでの時間を食事の準備をしているメイドや会話をしているクラスメイト達を観察して過ごす。


(とりあえずメイドに不審な動きは無いな。クラスメイト達は……見たところ変わったところは無い。目に見える変化は無いな)


 真が観察をしていると、真の横の椅子が引かれ誰かが座る。


「ねえ、」


 その誰かは真に話しかける。

 だが真は観察に集中していて聞こえていない、ふりをする。


「ねえ、ねえ。……」


 何度も話しかけるが真は一向に反応しない。

 それに苛立ったのか、ついに手が出る。


「ねえってばっ!」


 シュッ。


 ガッ。


 二人のやり取りはそんな効果音が似合うだろう。

 真は視界の外から向かってきた手を掴んで止めた。


「なんだ。誰かと思えばいばらか。おはよ」


「おはよ。って言うか気づきてたなら反応しなさいよ!あと手、いつまで掴んでるのよ!」


 真はこれ以上いばらを刺激しないよう手を離す。


「……何か用か?」


「別に用があったわけじゃないわよ。ただ、」


 いばらは言葉を区切り、近くに座るいばらの友人だと思われる数人の女子に目を向ける。


「あの子たち、私の友達なんだけど。ここに来てから様子がおかしいの」


「おかしい?」


(とすると、やはり昨日盛られた薬か。もしくはあの姫が何かしたのか…)


「あの子たち喧嘩とか争いごととか苦手な子だったのに、急に「頑張って戦おうね」とか、「絶対に敵を倒そうね」とか言い出して」


「そうか。なるほどな……」


 真はいばらの友人を見る。


(今のいばらの話から推測するに、姫は洗脳が効いている生徒を使って効き目が悪い生徒にも戦争に前向きにさせようとしてるのか)


 異世界なんて特殊な環境に来て、他の人と意見や行動を合わせないというのは不安になる人が多いだろう。そういった心理を使った間接的な洗脳をしている、と真は推測する。


「あんたはおかしくなってないわよね?」


「どうだろうな。お前の話を聞く限りだとおかしくなっているかどうかは自分じゃ気づけないみたいだからな。お前が判断してくれ」


 真がそう言うと、いばらはじっと真を見つめる。


「……大丈夫そうね」


「判断早いな」


 真が少し驚いたように言うと、いばらは真から視線を外す。


「……別に。昔から一緒にいるんだからそれくらい分かるわよ」


 いばらは少し顔を下に向け、つぶやく。


「そうか……」


 真はそんないばらの言葉にそれだけ返す。


 二人の間には食事が終わるまで何とも言えない空気が流れていた。






 ______________________


 食事を終えた、(真は食事をとっていない)真たちは、戦争に向けた訓練のためにそれぞれ支持された場所へ向かう。


 真が向かった先は青空の見える訓練場。

 そこには鎧に身を包んだ数人の騎士、そしてその騎士と雰囲気が見るから一味違う強そうな騎士が一人いる。


 その強そうな騎士は真たちが集まると人数を確認し、声を上げる。


「よし。全員揃ったな。俺は王国騎士団の団長をやっているガルド=ソウラドだ。これから君たちには魔人族と戦うための力をつけてもらう」


 ガルドの言葉にクラスメイトたちは「はい!」と力強い返事をする。


「では早速始めよう。スキルごとに騎士が担当をするからそれぞれの指示に従って訓練を始めてくれ」


 クラスメイト達は指示された通りそれぞれの騎士についていく。

 そんな中、スキルの測定結果が測定不能で表向きはスキル不明となっているの真は一人取り残される。


「あの、俺は?」


 さすがに一人地面や空を眺めて時間を潰すわけにいかないので、ガルドに話しかける。


「ん?ああ、そういえば姫様が能力が分からないのが一人いると言っていたな。君は……体力づくりのために走り込みをしよう。この訓練場の周りをしばらく走っていてくれ」


 ガルドの言葉に周りの騎士やクラスメイトが笑い出す。

 どうやらガルドが真を使えない奴だと判断したと思い、馬鹿にしているらしい。


「分かりました」


 だが真はそんな周りのことを気にも留めず走り出すのだった。





 ________________

(三時間後)


「よし、そろそろお昼休憩にしよう!」


 ガルドが休憩の合図を出すと、生徒や騎士は訓練を止めて城に向かって歩き出す。


「……昼か。俺も一度休憩をはさむか」


 真は辺りに誰も居なくなったのを見ると走る足を止めて城に向かう。真が城に向かう道中で他に訓練しているクラスメイト達を見かける。


「【ファイア・ボール】」


 真が見かけたのは魔法という力を使えるクラスメイト達。そのクラスメイト達は数十メートル先の的に向けて炎の球や水の球を撃っている。

 真はそんな魔法をクラスメイトや訓練を担当している騎士から見えない位置から観察する。


(あれが魔法か。俺やセイラの能力とは違うな)


 真はしばらく観察をすると「もう十分だな」とその場から離れる。


(魔法。どんなものかと思っていたが、威力はそこまで高い物ではなかったな。連発も出来なさそうだったし、アレなら銃の方が威力が出る。ただ道具や手足が使えなくても発動することが出来るのは便利だし脅威になるな)


 真は足を進めると次は、木剣を振るったり包帯を巻く練習をしているクラスメイト達を見かける。


(あれは、戦闘向けじゃない奴らだな。ってことは……)


 真が視線をさまよわせると、木剣の素振りをしているいばらの姿が目に映る。


(いばらは素振りか。俺は走り込みで戦闘向けじゃない奴らは素振りって。まぁ別にいいが。……姫は非戦闘系の奴らも戦争に使う気満々ってことだな)


 真はしばらく観察をした後、誰にも気づかれないようその場を後にした。




 _______________


 真が昼休憩という名のクラスメイト観察をして数時間後、すでに日は暮れ、空が暗くなり、クラスメイトは全員城に戻り夕食を楽しんでいる。


 そんな時間帯に、


「はっ、はっ、はっ……」


 一人走る者がいた。当然その正体は真。

 そしてそんな真に近づく人影が一つ。


「あんた、こんな時間まで何やってんのよ」


「はっ、はっ。え?あぁ、いばらか」


 その正体は真の幼馴染であるいばら。


「いばらか。じゃ、ないわよ!で、何やってるの?」


 真は一度足を止め、いばらの元へ歩く。


「何って言われてもな。見て分かる通り走ってるだけだが?」


 真は他に何やってると思うんだ?という風にいばらに言う。


「走ってるだけって、こんな時間まで?それに聞いた話だとあんた朝からずっと走ってるんでしょ!」


「え?あぁ、まぁだいたいそうだな」


「ほんと、あんたね……」


 いばらは驚きを通り越し、もはやあきれている。


 真がここまでいばらとの認識がずれているのは、もちろん月影のせいだ。

 真が本格的に月影に入ったのは五歳のころ。

 月影ではまず最初に基礎的な訓練を行い、それが終わり次第任務に就くことになる。


 真が訓練を終えたのは初めてから約4年ほどの9歳のころ。

 セイラにいたってはそれより短く約3年で訓練を終えた。


 真は幼いころから過酷な訓練を受けていたからこそ、ほぼ一日中走り続けるなんてことに違和感を感じない。ちなみに真がわざわざ走り続けていたのは特に部屋に戻ってもやることが無いからだ。


「もう騎士の人もいなくなってるんだから終わっていいでしょ?早くしないとあんたの分の食事なくなるわよ」


 いばらは真の手を引き城に向かおうとする。

 だが真はいばらの手からスルリと自分の手を抜き、いばらが向かう方とは別の方向に歩き出す。


「え?ちょっと」


「悪いな。どうにもあの城の食事は合わないんだ」


 そう言い残し、真は自分の部屋へ向かう。


 そして残ったいばらは、


「あんた昨日の食事も、今日の食事も食べてないじゃない!」


 と真に向かって叫んだのだった。



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