第3話 幼きあの日、すべての始まり

 真は揺れる車の中で夢を見ていた。

 昔のあの頃の幸せだった日常と、それが壊された日の夢を。



 ――――――――――――――――――

 その日、真(五歳)は父と母と共に家族で仲良く食卓を囲っていた。


「どうかしら?真の好きなトンカツの味は」


「さくさくで、おいしいよ!さすがお母さん!」


 机に並べられた料理を口に運びながら真は笑う。


「それならよかった。それで、今日はどうだったの?お父さんとの訓練は」


「えっとね、今日は二発お父さんに入れたよ!」


 真は笑って言うが、当のお父さんは頭をかく。


「あらあら。月影一番の実力者のあなたが二発なんて少し手加減が過ぎるんじゃないの?」


「いや〜。それがだな、一発目は手加減した結果だが、二発目はまじで虚を突かれたというかな。真には才能があるんだよ」


 空気は一家団欒のそれだが、会話の中身は完全に一般的な物ではない。

 それでもこの家族には幸せに包まれていた。


「ごちそうさまでした」


 やがて、真が最初に食べ終わり食器を台所に持って行こうと立ち上がる。その瞬間、真の足元が光り出す。


「「真!」」


「え?え?なに、これ。お父さん!お母さん!」


 真は突如起こった現象に混乱し、その場から動けず助けを求める。


「真、真!なんだ、これ?真に触れない?」


 お父さんは必死に真の手をつかもうとするが、謎の透明な壁により触れることができない。


 そんな中、内心必死ながらもどうにか冷静を保っているお母さんは冷静に謎の壁を分析する。


「これは、透明な壁?でも、普通の壁なら簡単に割れるはず。突然現れた壁、この強度。まさか、例の現象!……あなた、二人でやりましょう」


 お母さんはポケットから瓶を取り出すと、入っていた錠剤を一粒口にして、瓶を投げ捨てる。


「分かった!いくぞ!」


 二人は真から距離をとり、助走をつけて全力の力を込めた拳を壁に叩き込む。


「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」 


「はぁぁぁぁっ!!!!」


 そして、パキッンと壁から音が鳴り、破壊する。そして真にその手が届く。


「「真!!」」


「お父さんっ!お母さんっ!」


 壁を壊した二人は真の手を掴み、壁中から引っ張り出す。

 真を助けることが出来た。そう思っていたが──。


「な、なんだこれ……」


 真が閉じ込められていた光の中から、複数の光の手が伸び出てくる。


「くそっ、なんだこの手!?」


 お父さんは光の手を殴り、破壊していく。だが壊しても壊しても光の中から次々と手が出てくる。その手は真の方にも伸びる。


「真っ、危ない!」


 真を庇いお母さんが手に捕まる。


「っ!この野郎!」


 お父さんは手を次々と破壊していくが、どんどん増えていく手にさすがに一人では対処できず、捕まってしまう。


「お父さんっ!!お母さんっ!」


 その手は二人を捕まえて満足したのか二人を透明な壁の中に閉じ込める。


 真は泣きながら壁を壊そうと拳を振るう。だが子供の真の力では破壊どころかヒビを入れることすら出来ない。


 そんな真に、二人は涙を浮かべながら声をかける。


「真、ごめんね。お母さんたち、ちょっと遠くに連れて行かれちゃうみたい。けどちゃんと戻ってくるから」


「お母さん!」


「真、お前は強い。だから、次に合うときまでにもっと強くなってお父さんたちを驚かせてくれ」


「お父さん!」


 そんな別れの言葉に、真は涙を拭い自分の思いを口にする。


「っ!うん!僕、もっともっと強くなって、それで!僕がお父さんとお母さんを助けに行くよ!」


「それは、頼もしわね」


「あぁ。けどな真、お父さんたちだって強いんだ。だから、お父さんたちも頑張る、お前も頑張る。そうすれば、早く再開できる。約束だ!」


「うん!約束!」


 壁越しに三人は拳を合わせ合い次の瞬間、


「――っ、っ!おとゔさん!おかぁさん!」


 二人は、世界から消えた。


 _______


 二人が消えてから、すぐに真の叔父である黒仁が家に駆けつけた。


 真の家は月影によってくまなく調べられた。そこで分かったのは特殊な反応があるということ。だが肝心の両親の行方は不明。

 残った真は、黒仁が引き取ることになった。


 こうして調査が終わり、黒仁に真は先に声をかける。


「叔父さん」


「真。……っ!」


 その時、黒仁を呼んだ真には虚無と、殺意と、怒りと、多くの負の感情が混ざった、大人ですら見るだけで意識を失いそうになるほどの闇を宿した眼をしていた。


「僕は、強くなる。強くなって二人を助けに行く。だから……」


 真は一歩、また一歩と黒仁に近づき、そのたびに黒仁は真が発する圧に耐えるため自分の足に力を込める。


「僕を……俺を月影に入れてくれ!」


 そんな覚悟と決意のこもった言葉に、黒仁は真の眼を真っ直ぐと見つめる。


(本来であれば、まだ月影に入るには幼い年齢だ。だが、いずれ向かい入れる予定はあった。それが少し早まったと思えば。……よし)


「……わかった。ただし、月影うちは厳しいぞ」


 そんな黒仁の脅しにも真は「覚悟の上だ」と切り捨てる。



 この日に真の両親が巻き込まれた現象を『異世界転移』と呼んだ。







 ―――――――――――――――――――――


 真が両親を失ってから五年が経った。

 真は十歳になり、現在は小学生と月影を両立する日々を送っていた。多くの任務をこなす中で真は裏世界で『死神』と呼ばれるようになった。

 そんな真はあの日以来、特殊な力が使えるようになっていた。


 そして現在、真は異世界転移が最近頻繁に起こっていると報告のあった海外のとある地域に調査をしに来ている。



 真が真っ暗な街のある建物の屋根の上で双眼鏡を片手に調査をしてる中、通信機に着信が入る。


[『異能調査部隊』隊長より、確認。近状を報告せよ]


「こちら『死神』。現状特に変化なし」


[了解。では、引き続き……!『異能調査部隊』隊長より伝達。異常な反応を確認。端末に転送した場所に向かってくれ」


「『死神』了解。すぐに向かう]


 真は人間離れした動きで屋根から屋根へと跳び移り、最速最短でポイントの地点に向かった。




 ――――――――――――


「お父さん!お母さん!」


「セイラ、早く逃げて!」


 とある一つの民家。

 そこでは白銀の髪をもつ十歳の少女、セイラ=レーショウが泣きながら、透明な壁の中に閉じ込められている両親に向かって叫んでいる。


 数分前。

 セイラと両親の足元が突然光り出した。

 そんな突然の状況にも関わらず、せめて娘だけでもと、両親はセイラを光の外へと押し出した。

 だがその直後に謎の透明な壁により両親はその場を動けなくなってしまった。


「やだよぉ!お父さん!お母さん!」


「逃げて、逃げてセイラ!」


「くそっ!なんなんだ、この壁は!」


 母親はセイラに呼びかけ、父親はなんとか壁を壊そうと内側からなんども壁を叩く。

 そんな泣き声が響く中、突然ドカンッと、セイラの後ろで扉が壊れる音がする。


「くそっ!間に合えー!」


 セイラの背後から黒髪の少年、真が壁を破壊しようとすごい勢いで壁に向かって走る。

 だが、


「ごめんね、セイ……」


 真の速度でも僅かに間に合わず、二人は転移させられてしまった。


「お父さん、お母さん?――っ!おとうさん!おかぁさん!」


「くそっ、くそっ!間に合わなかった!」


 その場には突然起こった理不尽に泣く少女と、理不尽に抵抗できなかったことを嘆く少年が残った。 


「う、ぅぅ。お父さん、お母さん」


 そんな中、セイラよりも速く冷静さを取り戻した真は、涙を流すセイラを見て過去の自分と目の前の少女を重ねる。


(あの頃の俺には叔父さんが居て、『月影』があった。だから今でも父さんと母さんを諦めないでいられる。けど、この子は?この子はこの先、両親をなくしたことを嘆きながらも自分では何もできない無力さを味わうことになる。なら、)


「ねぇ、君」


「う、ぅ。……何、ですか?」


 真はその時、初めてセイラの顔を見た。そして、


(綺麗な子だな)


 整った容姿と月明かりに照らされて輝く銀髪を見て、こんな状況にも関わらずそう思ってしまった。


「あの?」


セイラは黙ってしまった真の顔を覗き込む。


「あぁ、ごめん。そう君だよ。……さっきは本当にごめん。君のお父さんとお母さんを助けられなかった」


 真は頭を床に着くほど深く下げる。


「……あなたが謝る必要ないですよ。あれは、どうしようもないことでした」


 セイラの表情は話していくたびに段々と暗くなっていく。


「それに、もうどうしようもないですし……。お父さんもお母さんもいなくなってしまったら、私はもう生きていけないですから。いいんです全部、どうでも」


 セイラの瞳は完全に光を失い、瞳に闇を宿らせた目に変わる。


「でも謝ってくれるなら、あなたが私を殺してくれませんか?このまま餓死するよりは辛くなさそうですし、そっちのほうが早く二人に会えると思うので」


 視線を下に下げたまま覇気のない声で言う。

 そんなセイラを見て真は、


「だから、……え?」


 セイラを強く、抱きしめた。


「あの、何を?」


「お前に二つ、選択肢を与える!」


 真はセイラを抱きしめたまま、セイラの疑問を無視して話を続ける。


「一つ目は!お前の望み通り俺がお前を殺してやる!」


「なら、早く私を殺して、「二つ目は!」」


「俺と一緒に!お前の両親を助ける!」


 真は抱きしめていた腕を解き、セイラの目を真っ直ぐ見つめる。


「お父さんとお母さんを見つけることが、出来るんですか?」


「………」


 黙った真を見て「ならやっぱり死……」とセイラは口を開きかける。

 だがそれより先に真が先に口を開く。


「俺は、必ず見つけ出す。それが例え、世界の果てでも宇宙でも異世界であろうとも!」


「あっ……」


 その時、セイラは初めて真を見た。


 自分と同じような虚無と絶望を混ぜたような闇を宿した眼。そんな眼の中でも僅かに残っている光。絶望の中に生きる思いを見た。


(たぶん、この人も私と同じ。だけど、この人は前に進んでる。なら!)


「あなたならお父さんとお母さんを救えますか?」


「あぁ、けど俺だけじゃない。俺と君の二人で助けるんだ」


 真は手を差し出す。

 セイラはその手を強く握りしめる。


「これからよろしくお願いします。私に道を示してくれた人マイ・マスター


 これが二人の出会い。月影最強と呼ばれる死神と冥土の出会いだった。






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