第2話 月影のトップ

「お疲れ様です!」


 真っ暗な路地裏で大勢の黒い服を着た者たちが同じような黒服の男たちを回収していく。


「お疲れ。新入り」


 黒服の若い男が挨拶をすると、黒服たちに指示を出していたリーダーの男が応答する。


「あの、さっき聞いたんですけど。……この人数をたった二人でやったってのは本当なんですか?」


 新人が食い気味に聞くと、リーダーはため息をつく。


「本当だ。……あそこに二人いるだろ?」


 リーダーが指をさす方向には、学生服を着ている少年とメイド服を着ている少女、真とセイラが連絡を取っている姿がある。


「まさか、あの二人ですか?見たところ学生ですよね。片方は学生服を着てますし」


「あぁ、正真正銘あの二人は学生やってる年ごろの子供だ。たしか今は十五、十六くらいの年だったはずだ」


「え、マジですか!?そんな子供が何でこんな仕事を?」


「さあな。ま、あの人らにも叶えたい何かってのがあるんだろ。あ、あと口の利き方には気をつけろよ。あの二人は月影うちの最強格だからな」


「え!?ま、まさかあの二人って……」


「ま、そういうことだ。さぁ俺たちは俺たちの仕事を続けるぞ」


「は、はい!」


 リーダーと新入は後片付けを続けた。







 ____________________


「報告は以上です。トップ」


「……なるほど。ご苦労だった」


 場所は変わり、とあるビルの一室。

 そこで真とセイラは今回の任務の報告をしていた。


 そして報告を受けている彼こそ裏組織『月影』のトップ、忍田しのだ黒仁こくじ

 見る者すべてを見透かすような目、黒い髪、そして一目でただ物ではないと分かる余裕と雰囲気を纏う男だ。


「……さて、堅苦しいのはここまででいいだろう」


 黒仁は姿勢を崩し、ソファーに背中を預ける。


「いいんですか?トップ」


「いいよ。その呼び方もね。普通に呼んでくれていいよ」


「……分かりましたよ。叔父さん」


 真も口調を崩し肩の力を抜く。

 叔父さんという言葉から察することができると思うが黒仁は真の父親の弟、正真正銘の真の叔父だ。


「そういえばいつも報告はメールなのに今日は実際に呼び出しなんて、何かあったんですか?」


「まあ、たまには顔を合わせてと思ってね。……今回の任務、【真価解放ちから】を使ったんだね」


 黒仁は報告書を見る。


「堅苦しいのは無し。と言った途端にそれですか。……今回は数が多かったですし、セイラも了解してくれたので」


 真はセイラの方を見る。

 そんな真に合わせて黒仁もセイラを見る。


「マスターのおっしゃった通りです。あとは、誘導部隊がロクに仕事をこなさなかったので」


 セイラは無表情ながら多少愚痴を混ぜて話す。

 黒仁はそんなセイラの言葉を聞きながら、「そういえば」と別の報告書を取り出す。


「これは誘導部隊かれらの報告書なんだけどね。これによると、「異能部隊なら問題ないと思った」だそうだよ」


「「………」」


 その報告に二人は無言ながらもイラっとした様子を見せる。

 そんな様子を見て黒仁は報告書を置き、やれやれといったようにタバコを取り出す。


「一応こちらからも誘導部隊に伝えておくよ。それで話を戻すけど」


 黒仁はタバコに火を付ける。


「【真価開放】それとレーショウは【形状変換】を使って体調に変わりはないかな?」


「はい。俺は問題ないです」


「私の方も変わりありません」


 真たちが報告すると黒仁はタバコをふかす。


「そうか。では、もしも変化や違和感があったら報告してくれ。に、してもだ真。力を使ったということはつまり、レーショウとキスをしたんだね?」


「え?まぁ、しましたけど?」


 真は突然放たれた言葉に驚きながら返す。


「そうか。……そっかあ〜」


 黒仁は先程までの重たい空気を消すような、大きなため息をつく。


「ええっと、どうしたんですか?」 


 そんな黒仁を心配して真が声をかける。


「いや、ね。本当は君にはいばらを任せたいなぁと思っていたんだよ」


「いばらを?なんで……」


「なぜマスターにトップのご息女を任せたいと?」


 セイラは真の言葉を遮り、無表情ながらムッとした様子で問いかける。

 ちなみにいばらというのは、黒仁の娘であり、真やセイラと同年の真の従兄妹だ。


「ほら、最近いばらが僕のことを避けるんだよ。年頃の娘だからね、そんなものだとは分かっているんだけどね」


 この人本当にさっきと同じ人か?と疑問に思うほど娘の話を喋る、月影のトップ。


「ま、要するに僕もそろそろ子離れする時期なのかと思ってね。そこでどこぞの馬の骨じゃなく、信頼出来る真に任せたいというわけだよ」


「は、はぁ。そう言っても俺だっていばらとそこまで仲良い訳じゃありませんよ?最近の会話の中では前よりも棘が多い言葉ばかり言われますし」


「そうなのかい?でもいばらは家では君の話ばかりをして……」


 黒仁が言いかけると、コンコンと窓が叩かれる。

 三人が居るのは二十階ほどあるビルの最上階。かなりの高さがあるこんな場所の窓を叩くことが出来るなんて人間では無い。


「あぁ、ようやく来たね」


 黒仁がカーテンを開けると、そこには足に何かを括り付けたカラスがいる。

 黒仁は「ご苦労」と、カラスの足に括り付けられた物を手に取り、カラスを飛ばす。


「トップ、それは?」


 真はカラスが持ってきた物が任務しごと関係だと感じ取り、呼び方を変える。


「これはとある特殊任務関連の物だ。君たちをわざわざ呼んだのはこの話をするため」


 黒仁はタバコを灰皿に押し付け、ソファーに腰をかける。


「聞く覚悟はいいね?」


 念を押す黒仁の言葉に二人は頷く。


「まず最初に伝えておくことがある。ここ最近で行方不明者が増えている。それも我々月影でも捜索が完全に不可能な物が急増している」


 その言葉に二人の顔がこわばる。


「そして行方不明者が最後に確認された場所を調べたところ、例の特殊な反応がでた。ここまで言えば分かるね?」


「……異世界転移の被害者が増えている」


 真が答えると黒仁は頷く。


 異世界転移とは世界各地で人が突然消える現象の事だ。

 人が突然消えるだけなら神隠しやオカルト話の部類だが、消えた人たちが直前まで居た場所を調査すると、この世界では存在しない物質の反応を観測することが出来た。この事から特殊な反応を検知できる行方不明事件が異世界転移と名付けられた。

 ただしその名称を知っているのは世界でもほんの一部の組織や国の上層部だけ。多くの人たちは謎の行方不明事件として認識している。


「それと同時に、世界各地で異世界に繋がると思われるが確認された。そして、そのうちの一つを月影が確保した。捜査を始める体制も現在進められている」


「……それって。マスター!」


 突如セイラの顔色が変わり、その眼には希望がともる。

 そして同じような状態の真はセイラの顔を見て頷く。


「本当、なんですね」


「あぁ、そしてその調査に、異能部隊を加えることが決まった」


「「……!」」


 黒仁の言葉を聞き二人は勢いよく立ち上がる。


「やっと、やっとだ!やっと、」


「うっ、ぐすっ。マス、マスター!」


 セイラは普段無表情なその顔に涙を浮かべ、真はこぶしを強く握りしめながら反対の手で泣くセイラの肩を抱く。


「二人とも落ち着いて、……なんて二人のことを思えば言えないか。それと、もう一つ伝えておくことがある」


 二人はあふれだす感情を抑えながら、聞く姿勢をとる。


「これは、異世界調査の一環で作った物なんだけどね」


 黒仁は先程カラスに括りついていた物を真とセイラの目の前に置く。

 二人はそれを慎重に手に取る。それは小さな宝石のような物が埋め込まれた銀の指輪。


「それはGPS、発信機みたいな物だ。それも世界各地のみならず世界を超えても、つまり異世界に居てもこちらから居場所を把握することが出来る代物だ」


 まだ試作品の段階だけど、と黒仁は付け足す。


「それは君たちへのプレゼントだ。さて、もう夜も遅い。レーショウはともかく真は明日学校だろう?送りの車をだそう。任務ご苦労だった。新たな任務については追って連絡する」


 その言葉を最後に、真とセイラは「失礼しました」と言って、部屋の外へ出る。

 そのままビルを出ると、黒服の女性が車を用意していたのでそのまま車に乗る。


「マスターは明日学校ですよね。家についたら私が起こしますのでどうぞお休みください」


「あぁ、頼んだ」


 おやすみなさい。というセイラの言葉を聞き、真は揺れる車の中眠りについた。


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