第27話:準備
「ふふふ、毎度ありがとう御座いますねぇ……」
ショップの女主人であるモンちゃん――大悪魔マモンは笑った。
学校での襲撃後、俺たちは大急ぎで戦いの準備を進めていた。
あの戦いで怪我人は多く出たが、幸いにも死者は一人も出なかった。
しかし重傷を負った生徒も少なくはない。
当然のように大騒ぎになったが、その中でソフィアは全力で頑張った。
おかげで俺たちは「運良く助かった生徒」で済み、注目される事はなかった。
結局、学校は一時閉鎖された。
そのまま俺たちは、夜に行われる《魔宴》のために動き続けていた。
ソフィアの受けた呪いは、今も変わらず進行しているが。
「すぐ死ぬわけじゃない私の事はいいから。
それより、今夜死ぬかもしれない自分の心配をしなさいよ」
本人にそう言われたら、素直に頷くしかない。
ちなみにこの一言でミサキと軽く喧嘩になったけど、それは置いておこう。
時刻は間もなく0時を回る。
既にショップは一度利用しており、今は二度目。
ショップに預けられたおじさんの装備。
その中から、今夜使うモノの確認をしていた。
「しかし《魔宴》ですか、まだ契約して日も浅いでしょうに……」
マモンはくすくすと笑うが、馬鹿にしているわけではない。
ただ愉快な娯楽を見つけて、つい笑ってしまったようだ。
俺は別に気にしないのだが。
「あまり、余計なことは言わないで貰える?」
ミサキはややご立腹のようだった。
契約した悪魔も、同意があればショップ内について来られるらしい。
加えて、この空間は特殊なようで悪魔と人間でも特に制約無しに触れ合える。
……まぁ、だからなのか。
「ミサキ」
「何かな、カナデ?」
「流石にちょっと苦しいです」
ショップに入ってからずっと、ミサキが腕に抱きついて離れてくれないのだ。
良いけど、いやあんまり良くないかもしれない。
これでも俺は健全な男子学生なわけで、別に枯れたつもりもない。
押し付けられる体温と微かな膨らみは、正直に言って大変心臓に悪い。
ミサキはミサキで、そんな俺の反応を楽しんでいるようだった。
「別にそんな強くはしていないだろう?
男の子なんだから、細かい事は気にしない」
「男の子だから気にしてるんですよ。いやホントに」
「通常のショップ利用は一時間上限ですけどねぇ。
そういう目的でしたら、特別に二時間五千円の個室もご用意致しますよ?」
「結構です」
未成年になんてことを言うのか。
「冗談ですよぉ?」とマモンは笑うけど、今のは絶対に本気だった。
ミサキも「私は別に良いよ?」みたいな顔してるけど、断固としてスルーする。
それよりも、今は《魔宴》の準備だ。
「オーナー、こちらの品を持ち出すので確認を」
「はいはい、お待ち下さいねぇ」
愉快そうに笑いながらも、マモンは仕事には素早く対応してくれる。
預かっている品のリストをチェックし、持ち出す品に間違いがないかを確認する。
「はい、確認しました。あとはカナデ様のご自由にお使い下さい。
再度こちらに預ける時は次のご来店時にお申し出下さい」
「ありがとう御座います」
礼をしてから、改めて手元の品を確認する。
先ず細かい物では指輪が幾つか。
どれも小さな宝石が嵌っていたり、金で出来ていたりと高価な物だ。
牙噛も装飾を身に付けていたが、アレは悪魔に捧げる供物だ。
指輪以外にもネックレスやピアスなど。
小さい装飾品なら嵩張らず、アプリ操作が必要な課金と違って即座に捧げられる。
最初は妙に派手な格好をしていると思ったが、悪魔契約者として合理的な姿だ。
おじさんの残した装備の中にも、この手の装飾品は幾つもあった。
その中なら指輪を五つと首飾りを一つ。
あまり大量に持っても邪魔になってしまうし、数には限りがある。
「はい、これも」
「ん。ありがとう、ミサキ」
ミサキが差し出したのは一着のロングコート。
白というよりも薄い灰色で、サイズは少しばかり大きい。
手伝って貰いながら袖を通す。
「似合ってるよ」
「ありがとう、お世辞でも嬉しいよ」
俺の返事にミサキはくすりと笑った。
これもおじさんが悪魔との戦いに使っていた物らしい。
軽く触ってみると、要所に硬い感触がある。
銃を防ぐための薄い装甲板。
コートを編んでいる生地自体も防弾性能が高いのだとか。
「後は……」
手にするのは一丁の拳銃。素人でも使える、小さくて威力も低い物だ。
扱い方に関しては既に確認してある。
それでもまともに使える気はしないが、何とか頑張るしかない。
牙噛と戦う上で、これは必要な武器だ。
「大丈夫かい? カナデ」
「……あぁ、大丈夫。
本物の銃なんて初めて使うから、少し緊張するけど」
気遣うミサキに応えて、銃はそのまま懐にしまっておく。
コートの内側にあるホルスターへ、落とさないようしっかりと収めておいた。
換えの銃弾も懐に入れて、一先ずは良し。
ショップで回収する必要のある物品はこれだけだ。
「……よし、行こう。オーナー、ありがとう御座いました」
「いえいえ、これも仕事ですからねぇ」
改めて礼を口にすると、マモンは小さく微笑む。
それから俺たちに向けて恭しく一礼をした。
「果たして今宵の宴の勝者が誰となるか。
それは天の主にも見通せぬ事でありましょう。
悪魔と踊る貴方に、ささやかな幸運がありますように――」
歌うような別れの言葉。
或いは、中立であるマモンなりの再会の約束であったのかもしれない。
用の済んだショップが消えれば、俺たちは夜の街に立っていた。
辺りに人気は殆どない。
そして目の前には、寂れて煤けた墓標めいた建物が一つ。
牙噛の指定した廃ビルだ。
「終わった?」
ビルの入口付近に、ソフィアとオロバスがいた。
俺は軽く手を上げて応える。
「あぁ、準備は済ませて来た。お待たせ」
「私から見たら、貴方が消えたと思ったらすぐ出てきただけ。
別に待ってはないわね」
そういえば、ショップ内は時間が経過しないのだった。
テウルギアを使用していないソフィアは、その辺りは詳しくないようだ。
傍に行くと、彼女は小さな包みをこちらに差し出す。
これも戦うために準備しておいた物の一つ。
「言うまでもないでしょうけど」
「取り扱い注意。分かってるよ、ありがとう」
「ホントはそんな物、持たせておきたくはないんだけど……」
あからさまな危険物を、俺みたいな素人に渡す。
それは彼女なりにかなり抵抗があるようだ。
俺の方も、自分から安易に「大丈夫」とら言えないけど……。
「――貴女が心配しなくても大丈夫。カナデはできる子だから」
そうしたら、ミサキの方が自信満々に言ってしまった。
ソフィアの表情が思い切り歪む。
「アンタ、過保護なのか日野くんのイエス女なのかどっちなわけ?」
「余計なお世話だね、ソフィア。
私だって出来ればカナデに危ない物なんて持たせたくないけど。
それでも彼が決めた事だから尊重したいだけ」
「面倒臭い女ねマジで」
「うん。ソフィアは手伝ってくれてありがとう。ミサキも、俺は大丈夫だから」
あと五分ほどで約束の時間だ。
牙噛との《魔宴》、間もなく時計の針は0時に届く。
火花を散らす二人を仲裁し、改めて廃ビルの入口を見る。
罅だらけのガラスの扉を、オロバスが丁度開いたところだった。
「さ、先ずは今宵の主役から」
「……主役かは分からないけど、ありがとう」
促され、俺とミサキが先ずビルの内へと足を踏み入れる。
それに続いてソフィアが入り、最後にオロバスが。
扉が軋む音を響かせながら閉じる。
中は当然のように何もなく、そして荒れ果てていた。
元々は中小企業のオフィスでも入っていたのか。
今はがらんとした空間に、埃とゴミが散らばっているだけだった。
「気配は上だね」
「行こう」
ミサキの言葉に頷き、階段を使って上に向かう。
外から見た時、この廃ビルの高さは確か五階建てほどだった。
どの階に牙噛がいるかまでは不明だ。
――《魔宴》で指定された条件。
時間を今夜の0時、舞台をこの廃ビルにする事だけを指定されていた。
同行可能な人数に制限はない。
あからさま過ぎる意図を感じるが、それは別に問題なかった。
こちらの出した条件は、「牙噛と戦うのは俺とミサキだけ」という部分のみ。
悪魔契約者として殺し合う条件は、お互いにそれだけだ。
「今の内に確認したい事はないかな? 聞ける時に聞いておくと良い」
「ん? そう、だなぁ……」
緊張を滲ませた事に、気を回してくれたのか。
オロバスの言葉を聞いて、前を見たまま少し考え込む。
段取りは大筋ではあるが決まっている。
《魔宴》について、特に確認することはないけど……。
「……悪魔って、何で見た目女の子ばかりなんだ?」
「ちょっと日野くん、それ今聞くこと??」
「アッハッハッハ」
「いや、ごめん。つい思ってた疑問が口から出ちゃって……」
ソフィアの言う通り、今聞く事じゃなかった。
ツボに入ったのか、オロバスは控えめながらも大笑いをして。
「まぁ、年頃の男子としては気になるのは分かるよ。
カナデ少年の疑問に速やかな答えを示そう。
君は屈強で人相の悪い男と、見目麗しい花のような女性。
どっちの方がお近づきになりたい?」
「それはまぁ、後者の方がいいです」
「だろう? つまりそういう事だよ」
「ホントに?」
いや、言いたい事は分かる。
言いたい事は分かるんだけど、まさか本当にそんな理由なのか。
ソフィアはため息を吐くだけで、特に否定したりはしない。
「いやいや、実際大事なことだよ?
昔だったらおどろおどろしい外見とか、威厳ある見た目とか。
そういうのが重視されてたんだけどね。
今は契約者から見ての話しやすさや、見た目で好感が持てるか否か。
これらの要素が一番重要だと、こういう姿を取るのが悪魔の基本なのさ」
「な、なるほど……」
「命懸けの戦いの前だってのに、ホント何の話してんのよ……」
割とガチでソフィアに呆れられてしまった。
ふと、傍らにいる少女の方を見る。
ミサキは微笑みながら小首を傾げている。
「何かな?」
「いや――その、何と言うか」
そういう理由で、ミサキもその姿をしているのか?
なんて、流石にちょっと正面からは聞けない。
口ごもってしまった俺に対し、彼女は肩を竦める。
「カナデ?」
「な、なに?」
「私は可愛いかな? それとも綺麗?」
「……どっちも、っていう答えは?」
「いいよ。百点満点だ」
クスクスと、悪戯が成功した少女のように。
ミサキは心底楽しそうに笑ってみせた。
……感じた疑問に対して、何かをはぐらかされた気はするけど。
それならそれで、別に構わない。
緊張が少し緩んで、その分だけ気持ちが落ち着いた。
「……ミサキ」
「あぁ、この先だよ」
場所は四階。フロアに入る扉の前で俺たちは立ち止まった。
悪魔の気配が読めなくとも分かる。
この向こうが、今夜の宴の会場であると。
相手も俺たちが辿り着いた事は把握しているはず。
最悪、奇襲される覚悟はしていたけど。
「動きは無し、と。
よっぽど罠に自信があるのか、単純に舐めてるのか」
「開いていきなり襲って来る『未来』は見えてない。
そこは安心してくれて構わないよ」
危険の有無を、オロバスが未来視で確認してくれたようだ。
頷いて、俺はそのまま扉の前に立つ。
覚悟の方はとうに済ませてある。もう間もなく宴の時間だ。
「ミサキ、破ってくれ」
「了解――!!」
下した主命に、ミサキは素早く応じた。
スカートを翻して、爪先を思い切り金属製の扉に捻じ込んだ。
派手な音を立てながら、拉げた扉が吹き飛ぶ。
壊れた扉の向こう側。
そこには、赤と金で彩られた異様な空間が広がっていた。
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