第18話:遺産



「ささ、どうぞご確認下さい」


 オーナーは俺の前に様々なものを積み上げた。

 大小幾つもの箱は、どれも中身がぎっしりと詰まっている。

 試しに一つを開けてみると。


「……発煙筒……?」


 赤い、手のひらサイズの筒状の物体。間違いなく発煙筒だ。

 一抱え以上はある木箱に詰め込まれている。

 これをおじさんは何に使ったんだ?


「誠司様は上客でして、本当に色んな物をご注文下さいました。

 いやぁ、支払いに迷いもなく、本当に良いお客様でしたねぇ……」

 

 しみじみと、心底懐かしそうに語るオーナー。

 それが本心なのか演技なのかは、何とも言えなかった。

 とりあえず、中身の確認を続ける。砂時計の砂も残り少ない。


「……やっぱり、こういうのもあるのか」


 箱の一つには、様々な銃器が入っていた。

 俺は詳しくないので、名前や性能までは分からない。

 さっきオーナーが出したようなアサルトライフル。

 銃身が長細く、スコープの付いてるのは多分スナイパーライフルだ。

 あとはサイズやデザインの異なる拳銃が複数。

 ……オーナーは、「さぁどれでもご自由に」って顔だけど。


「幾ら何でもなぁ……」


 素人が気軽に使って良いものじゃない。

 万一持ってるのを警察に見咎められたら、それで終わりだ。

 制限時間はあと僅か早く、早く何か見つけないと――。


「……これは?」


 目に止まったのは、一冊の古びた本。

 外観はかなりボロボロで、相当な年代物のようだ。

 表紙は表も裏も何も書かれていない。

 手に取った質感から、多分動物の革で装丁されているようだった。


「いやぁ、それを見つけるとはお目が高いですねぇ」

「古い本みたいですけど……何ですか、これ?」

「陳腐な呼び方になりますが、いわゆる『魔導書』になりますねぇ」


 魔導書。銃という現実的な武器を見た後に、突然出てきた非現実な単語。

 さっきとはまた別の意味で、どう取り扱うべきか分からない。

 本なのだから、ページをめくれば良いのか。

 表紙に指をかけたところで、オーナーは言葉を続けた。

 

「魔術、というと胡散臭く聞こえるでしょうねぇ。

 けどそれも、実際のところは単なる道具の一種に過ぎません。

 ただ銃のような物質的なものでないというだけで」

「……この本を開けば、魔術を使えるようになると?」

「普通は才能と、それなりの時間と努力が必要ですねぇ。

 この魔導書はその多くを省いてくれる。

 誠司様は苛烈な方でしたが、常人ではありましたからねぇ。

 魔術を扱うための手段としてこれをお求めになられました」

「おじさんが……」

 

 発煙筒の用途は、未だに不明だけど。

 大量の銃器やこの魔導書については、流石に理解できる。

 どれも全て、戦うためには必要な手段だ。

 悪魔だとか魔術だとか、昨日までは何も知らずに生きてきた。

 そんな人間が、形振り構わずかき集めた山札。


「今は本の形をしていますけどねぇ。

 現実世界で使うのなら、テウルギアのアプリの追加データに変化します。

 使い方は簡単。

 貴方の思考に合わせて、魔導書が必要な魔術を自動で選択してくれる。

 後はそこから使いたい魔術を決定するだけ!」

 

 それだけ聞くと、まさに便利な魔法のアイテムだ。

 けど、そんなはずはない。

 

?」

「才能も鍛錬も無しに術を行使するわけですからねぇ。

 魔術とは理を歪めるもの。その歪めた分の反動は、人間の肉体と精神を削ります」

「当然、そのぐらいの危険はありますよね」

「ですからコレ、意外と不人気なんですよ。

 誠司様以外に、お求め頂いた上で継続使用した方は殆どいません」

「……そこまで反動キツいですか」

「恐らく二回か、運が良くて三回。それが貴方が術を使う限界でしょう」

「二回か、三回……」


 少ないけど、使える札が最大で三枚。何もないのに比べれば全然マシだ。


「……魔術の反動は、貴方が想像する以上に重い。

 三回という数字は、『命の保証を捨てた』上での話ですからご注意を」

「ご忠告ありがとう御座います、オーナー」

「モンちゃんと気軽に呼んで欲しいんですけどねぇ」


 オーナーは気分良さげに笑う。

 もう間もなく、砂時計の砂が落ち切る。


「……しかし、本当にソレをお持ちになるので?

 リスクが高いですし、銃の方が間違いなく安定しますよ?」

「銃は素人がまともに撃てるとは思えませんし。

 貴方の説明通りなら、こっちの魔導書は使うだけなら簡単だ。

 アプリ内のデータって形になるのも、銃と違って持ち運びに困らない」

「なるほど、なるほど。ちゃんとお考えあっての事なら問題ありませんよ」


 言いながら、オーナーは椅子から立ち上がる。

 そして恭しく俺に向けて一礼をする。

 丁度同じくタイミングで、時計の砂が全て落ちた。


「誠司様の預かり物を一部お渡しした事で、今回の取引は完了とさせて頂きます。

 またのご来店をお待ちしておりますよ、カナデ様」

 

 見送りの言葉と共に、世界は裏返る。一瞬、強い目眩いを感じた。

 軽く頭を振ってから、戻ってきた現実の世界に目を向ける。

 状況はショップに入る前と変わらない。

 ソフィアとオロバスの連携に、ミサキが防戦を強いられている。


「君も大概しぶといなぁ……!」

「そう思うなら、さっさと諦めたらどう……!?」

「オロバス、無駄口はいいから早くして」


 状況は変わらず、数秒後には崩れ落ちそうな危うい状態だ。

 テウルギアの画面に、新しい本型のアイコンが追加されている。

 多分、これのはずだ。

 クリックすると、カメラ画面に重なる形で新しい窓が開いた。

 間を置かずに、窓枠の中で文字が踊る。


『状況の分析:開始――完了。敵性契約者の制圧、推奨。

 適切な魔術の候補を以下に表示します』

「元はあんなボロボロの本だったのに、動きが凄くハイテクだな……」


 これもあのオーナーが造ったのか。

 何とも言えないが、素人でも使いやすいのはありがたい。

 魔導書は殆ど間を置かず、候補となる魔術を画面上に表示した。


『第一候補:呪殺――対象を速やかに絶命させる。

 反動、極大。呪詛返しの危険大』

 

 いきなり「使ったら逆に死ぬ」みたいな候補が出てきた。

 どうやら魔導書の頭(?)はあまり良くないらしい。

 呪殺は無視して、その下に表示された他の候補を確認する。


「火炎、閃光、強化、拘束……」


 火炎は反動が大きく、それ以外は小さいようだ。

 とはいえ、小さいから大した事はない……なんて事はないだろう。

 オーナーは二回か三回が俺の限界だと言っていた。

 アレは恐らく、「反動の小さい魔術ならそのぐらい」という意味だろう。

 であれば、反動の大きい魔術は除外する。


『使用する際は該当する魔術をクリックするか、音声入力での選択も可能です』

「……よし」


 手札は定まり、思考も纏まった。勝てる気はしないが、やるしかない。

 覚悟を決めて、戦場を確認する。

 テウルギアの画面に映されるオロバスの《領界》。

 大聖堂に似た空間、その中心でミサキが相手の猛攻に晒されている。


「っ……まだ……!!」


 歯を食いしばり、死線の際で耐え続けている彼女。

 今にも飛び出したい衝動を何とか抑える。

 低い勝率を少しでも上げるため、動く機会を待つ。


「死よ、汝は――」


 そして、その時は訪れた。

 ソフィアは聖なる言葉を唱え、戦い続けるミサキを狙う。

 俺から注意を外してはいなくとも。

 その瞬間は確実に、意識はミサキへと集中させている。

 歌うような声が響くと同時に、俺は駆け出した。


「マスター!!」


 ほぼ同時に、オロバスが主人に対して警告を発した。

 本当に面倒臭いな未来視……!!

 ソフィアの反応も迅速で、口にしかけていた言葉も中断する。

 行けるのかと、湧き出る迷いと躊躇いを、頭の中から払い落とす。

 戦う二人の悪魔のすぐ傍を駆ける恐怖も一緒に。


「やらせないよ、オロバス……!!」


 妨害に動こうとした馬耳を、ミサキが抑えてくれた。

 ほんの僅かにできた戦場の隙間。

 すぐに閉じてしまう空白を全力で潜り抜ける。

 そんな俺の姿を、ソフィアは冷たい目で捉えていた。


「不意打ちのつもり? その程度で――」

「強化っ!!」


 余裕で対応しようとしたソフィアの声を遮って、俺は叫んだ。

 僅かな時間、肉体をその言葉通りに「強化」する魔術。

 叫んだ直後に、全身に燃えるような熱が宿った。

 身体が軽く、普段では考えられないような力が出せる。

 急にこちらが加速した事に、相手は少なからず動揺したようだった。


「なっ……!?」

「閃光!!」


 相手が冷静になる前に、行動の選択肢を奪う。

 驚くソフィアに向け、今度は強烈な光を生み出す魔術を放った。

 これで魔術行使は二回。

 立て続けに使ったせいか、「反動」もまた殆ど同時に襲って来る。

 例えるなら、いきなり四十度近い高熱が出たような。

 猛烈な吐き気と眩暈に意識が吹っ飛びそうだ。

 だけど、まだ力尽きるわけにはいかない。

 幸いと言うべきか、五体の「強化」はまだ続いている。

 反動で内側がボロボロでも、意識さえあれば身体は動かせた。


「ごめん……!!」

「きゃっ!?」


 つい謝罪を口にしながら、そのままソフィアを地面に引き倒す。

 「閃光」で目つぶしされたばかりの彼女は、ロクに抵抗も出来ずに倒れる。

 後は抑えつけてしまえば……!


「この……っ!」

「なっ……」


 今度はこっちが驚かされる番が来た。

 ソフィアの不意を打ち、俺は「強化」された腕で彼女を抑えようとした。

 それに対し、細い腕が全力で押し返してくる。

 こっちは素人とはいえ、魔導書の力でパワーアップしてるにも関わらずだ。

 明らかに女の子の腕力じゃない。


「女に遠慮なしに飛び掛かって来るとか、良い度胸じゃない日野くん……!」


 唸るように言ってから、ソフィアはまた何事かを呟き出す。

 恐らくは聖なる言葉だけど、小声で早口なため聞き取れなかった。

 ただ、このままでは絶対に拙い事だけは確かだ。


「拘束……!!」


 本日三回目の魔術。半透明な鎖が地面から這い出し、ソフィアの五体に絡みつく。

 俺の方はというと、頭蓋が内側から爆ぜる感覚を味わっていた。

 筆舌に尽くしがたい、生命が直接削り取られていく苦痛。

 それはもう、体験した事のあるどんな痛みや病よりも辛かった。


「っ、まだ……もう、少し……!」


 ここで気を失うわけにはいかない。

 あと少し、あと少しなんだ。

 拘束の魔術は想定通り、ソフィアを縛りあげて自由を奪う。

 聖なる言葉の詠唱も中断させられた。

 あと少し。あと少しだから、後は――。


「…………ぁ、れ?」


 視界が回った。力が入らず、目の前が暗くなる。

 拙いと思った時には、手遅れだった。

 身体の感覚が失せて、ただ地面に転がった事だけは分かる。

 三回目の魔術は、思いの外簡単に俺を限界の底へと叩き落していた。

 ダメだ、これはダメだ。

 また何もできず、地を這うのだけは認められない。

 赤い夢を、思い出してしまう。


「カナデ――っ!」


 誰かの声が聞こえる。

 誰だったか……良く知ってる、人の、ような。

 思考は纏まらず、もう何も分からない。

 俺の意識は、電源を落としたテレビのようにぷつりと途切れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る