第17話:モンちゃんの欲張りショップ



「ささ、どうぞ遠慮せずに」

「は、はぁ」


 突然現れた謎の空間と、そこに聳え立つ金ピカの門。

 誘われるままに、その内側へと足を踏み入れる。

 戸惑う俺を出迎えたのは、一人の背の低い女性だった。

 女性……だと思う、多分。

 金色の髪はくすんでいて、手入れした様子もなく伸びっぱなし。

 顔立ちは整っているけれど、野暮ったい眼鏡があまり似合っていない。

 着ている服もボロボロで、履いている靴も同様。

 猫背気味なせいか、小柄な身体が更に小さく見えてしまう。


「その……貴女が?」

「はい、このショップのオーナーですよぉ。

 是非とも『モンちゃん』と気軽に呼んで下さいねぇ」

「モンちゃん」


 流石にそれは気軽過ぎないだろうか。

 戸惑いながらも、俺は門の内側に広がる空間に目を向けた。

 一言で表すなら、宝物庫。それもファンタジーで見るような奴だ。

 広大な空間は、文字通り金銀財宝の山に埋め尽くされている。

 いつの時代のモノかも分からない金貨。

 どれほどの価値があるかも不明な美術品の数々。

 黄金の放つ輝きに、物理的に目が眩みそうだ。


「――ふふふ。はじめてのお客様は、大体そんな感じで驚かれるんですよねぇ」


 すぐ傍らに立って、オーナー……自称モンちゃんはニヤニヤと笑っている。

 あまり気分の良い笑われ方ではないけど、気にしてる余裕はなかった。


「ええ、まぁ確かに驚きましたけど、今はそんな事より……!」

「状況がピンチだから、無駄話をしている暇はない。

 分かりますが、落ち着いて下さいねぇ?」


 柔らかな口調だけど、同時に有無を言わさぬ力がある。

 そんな声で語りかけながら、変わらずオーナーは笑っていた。

 薄く汚れた指先を、自分の口元に当てて。


「先ず、私のショップは現実の時間の流れとは切り離されております。

 だから焦らずとも、現実の方では一秒も経過しませんのでご安心を」

「時間が、切り離されてる……?」


 いきなりとんでもない事を言い出した。

 まともな神経なら、とてもじゃないけど信じられない話だ。

 けど常識なんて無力だと、嫌というほど思い知らされている。

 どれだけ信じがたい話でも、こちらは信じるしかない。

 目の前にいる相手も悪魔なのだから。


「宜しいですか? ちなみにこれは、初来店のお客様限定のサービスタイム。

 お代も頂きませんし、時間の制限もありませんからねぇ」


 今はまだ、ですけど。

 そう最後に付け加える自称モンちゃん。


「ではでは、当店をご利用頂くに辺り簡単な説明をさせて頂きますねぇ。

 そう難しい話でもありませんから、そう構えなくとも良いですからねぇ」

「……分かりました。説明お願いします」

「ンフフ、素直な良いお返事」


 クスクスと、オーナーは喉を鳴らす。

 それから軽く指を鳴らすと、彼女の背後に一脚の椅子が現れた。

 椅子……というより、玉座と呼んだ方が良い気もする。

 小柄なオーナーには不釣り合いな、大きくきらびやかな椅子。

 全体に余すことなく金銀の装飾が施され、宝石も無数に散りばめられている。

 両方の肘置きは鴉の頭を象っており、瞳には大粒の紅玉が嵌っていた。

 正直に言うなら、大分悪趣味な椅子だった。

 けれど、そこに座るオーナーの姿には不思議と威厳が感じられる。

 ……玉座みたいな椅子に座って接客する是非は、この際考えないでおこう。


「このショップは、私が管理運営する悪魔契約者様専用のよろず屋です。

 支払いにはゲーム内のポイント、それに変換可能な『価値』の高い物品その他。

 つまり何でも取引可能ですねぇ。

 個人的な趣味として、貴金属や宝石は高めに見積もらせて貰います」

「普通に課金するでも良いんですか?」

「はい、勿論。大抵のお客様はそれで買い物なされますから、大丈夫ですよぉ」


 支払いに関しては一先ず分かった。そうなると気になるのは……。


「具体的に、ここでは何が買えるんですか?」

ですよぉ、お客様。

  私のショップでは、必要な対価を支払えれば大抵の物は手に入ります」


 ……流石に、それは範囲が広すぎてよく分からない。

 困惑する俺に、オーナーはニコニコと笑っている。

 と、オーナーは懐から手のひらサイズの砂時計を取り出した。


「それは?」

「このショップは、時間の流れから切り離されていますから。

 それを利用して、あまり長居されても困るでしょう?

 ですから、基本一回の来店は三十分までと区切らせて貰っています」


 確かに、それは必要な措置だろう。

 制限がないと、此処を避難所みたいに使う輩も出てなこないとも限らない。

 説明を続けながら、オーナーは砂時計をひっくり返した。


「ショップを開けるのは一日三回まで。

 一度店に入ったら、再入店には最低一時間の待機時間が発生します。

 入店時には、必ず何かしらの取引は行う事。

 規則破りには、内容に応じた罰則が発生します。ここまでは宜しい?」

「大丈夫です」

「素晴らしい。では続きまして、このショップで何が購入できるのか。

 大体何でも――では、お客様も困ってしまいますよねぇ?」


 頷く。何でも、では流石に曖昧すぎる。もう少しは詳細に教えて欲しい。

 オーナーは数秒程度だけ考える仕草を見せて。


「先ず、お客様がどういう状況に置かれているのか。

 それに対してどうしたいのか。そこから教えて頂いても?」

「あ、はい。分かりました」


 大まかにだが、現実世界での俺の状況を説明した。

 強力な悪魔とその契約者と交戦している事。

 悪魔の実力では負けていないが、契約者の質で劣っている事。

 起死回生の策などなく、藁に縋るつもりでこのショップに入った事。

 砂時計の砂が落ちる音に焦りながらも、一通りの事をオーナーに説明できた。


「なるほど、なるほど。それはなかなか災難でしたねぇ」


 のんびりと笑うオーナー。

 完全に他人事な反応だが、実際に他人事であるからそれは仕方ない。

 重要なのは、ここに窮地を脱する何かがあるかだ。


「さて、そうですねぇ。

 状況は概ね分かりましたし、オススメの商品を紹介致しましょうか?」

「! 是非お願いします!」

「ではでは……」


 どんな商品が出てくるのか。

 ちょっと想像も付かないが、わざわざ「オススメ」なんて言うぐらいだ。

 きっと凄い魔法のアイテムとか――いや、待て待て。

 仮にそんなものがあったとして、取引価格は?

 あまりに高いと、仮におじさんの資金を崩しても足りない可能性が……。


「本日のオススメ商品はぁ……こちら!! ステアーAUG!!」

「はい??」


 なんか、黒い不可思議な形のモノが出てきた。

 ステアーAUG? 見慣れない形状の、一抱えほどはある物体。

 いや、俺はそういうの全然詳しくは無いんだけど。


「……銃?」

「はい、いわゆるアサルトライフルの一種ですねぇ。

 開発そのものは結構古いんですけど。

 デザインも良くて機能的にも素晴らしいですよ?」

「いやいやいや」


 銃って。しかもアサルトライフルって。

 サバゲーとかの経験もないのに、実銃の取扱いなんて分からないから。

 俺の反応に、オーナーはライフルを抱えたまま首を傾げる。


「おや、もしかして不評でしたか?」

「普通の男子学生に、そんなガチな銃を扱うスキルはないですよ」

「いやぁ、でもホントにオススメですよ?

 銃。大抵の人間は撃たれたら死にますからねぇ」


 それは確かに当たり前な事実だ。

 当たり前過ぎて普段は考える事もない。

 まるでオモチャを扱うみたいに、悪魔は手にした銃を軽く叩いた。


「特に強化されてない人体なら、数発手足に当たればおしまいです。

 こんなゴツいのでなくとも、ちょっと上等な拳銃でも十分は十分。

 勿論、悪魔に銃弾は通じませんけどね?

 逆に命令されてない限り、悪魔も銃弾をどうこうできないんですよ」

「……なるほど」


 悪魔に銃弾は効かない。

 物理的には悪魔は「存在しない」のだから、それは当然だ。

 世界に「存在しない」悪魔は、物質に対して自発的に干渉する事もできない。

 故に悪魔は、命令がない限りは銃弾を防げない。

 実に簡単な理屈だった。


「まぁそんな感じで、対策の甘い契約者が不意に撃たれてそのまま死亡!

 とか、意外とあるんですよぉこのケース」

「……ちなみにこの話、銃をススメる時はいつもしてますか?」

「ええ、はい。セールストークって奴ですねぇ」

「つまり、ここを利用するような契約者は銃の対策ぐらいはしてるんですね」

「ンフフ、思ったより賢いですねぇ」


 俺の言葉に、オーナーは唇を三日月の形に歪めた。

 実際、「契約者を銃で撃ってしまえば簡単」という話には説得力があった。

 今の話を聞いて、そのまま流れで銃を購入する奴は間違いなくいるはず。

 逆に、「だからこそ銃で撃たれる対策をする」と考えるのも必ず出てくる。

 そういう相手にも、きっとこのオーナーは――。


「安いモノなら防弾処理のされた衣服、お高めならボディアーマー各種。

 魔術的な手段なら、『矢避け』の呪いを施した護符アミュレットもありますねぇ。

 少々お値段は張りますが肉体を直接『強化する』のもオススメですよぉ?

 後者はやり過ぎるとデメリットもありますので、ご利用は計画的に」

「……わざわざ『高い』って言うぐらいですから。ホントに高価なんでしょうね」

「そりゃあもう。簡単な改造なら珍しくもないですけどねぇ?

 アサルトライフルの射撃を防ぐほどとなると、そうはいませんかねぇ」


 つまり、今持ってるゴツい銃を防げるほどの防御はお高いと。

 悪魔契約者なら、銃弾ぐらいなら対策して当然。

 そして簡単に対策できる範囲を超える威力の銃を「オススメ」する。

 安い拳銃をオススメしないだけ、商売人としては誠実と言えた。


「けどそんなゴツいのを、素人でまともに扱える気はしないです」

「あら残念……。

 今なら銃弾と各種アタッチメント込みで三十万円ぐらいですよ……?」

「意外と現実的な値段……」


 これなら、買う奴は普通にいるかもしれない。

 悪魔の店で購入した銃器で武装する契約者。

 そんな奴がこの先普通に出てくる可能性があるとか、考えただけで頭が痛い。

 ……銃で撃ってくる奴の対策もしておかないと。

 いや、それより今は目前の状況からだ。

 オススメされはしたけど、やっぱり銃はダメだ。

 こんなゴツいの俺じゃ扱えないし、それ以前にソフィアを殺したいわけじゃない。

 手段を選ぶ余裕がないのは、頭では分かっている。

 それでも、クラスメイトを殺す――なんて手段は、選びたくはなかった。

 砂時計の砂は落ち続ける。

 悩んでいる間にも、時間は無情にも過ぎて行く。


「……あの」

「? はい?」


 一人思考に没頭していると、オーナーが再び口を開いた。

 彼女は眼鏡の位置を指で直しつつ、何故かぐっと踏み込んで来た。

 いきなり顔が近い……!

 困惑する俺の顔を、オーナーは数秒ほど間近で眺めてから。


「……もしかして、日野 カナデ様ですかねぇ?」

「あ、はい。俺は日野 カナデですけど……」

「あぁ。そうでしたか。いえ、すみませんねぇ。

 名前は最初に確認しておくべきでした。

 魂の気配と、あとは匂いが似てるのでギリギリ気付けましたよ。

 いやぁ、ホントに良かった!」

 

 流れが読めずに首を傾げてしまう。

 そんな俺に、オーナーは変わらぬ笑顔のまま。


「清澄 誠司様からのご依頼でしてねぇ。

 貴方が契約を引き継いだ場合、自分の『装備』を譲って欲しいと。

 すぐにご用意しますので、少々お待ち頂けますか?」


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