第3話:テウルギアの悪魔



 ゲームを起動すると、画面は白から黒に移り変わる。

 表示されたのは、いわゆる「悪魔の祭壇」だった。

 暗闇の中で浮かび上がる五芒星。燃える蝋燭に照らし出される怪しげな祭壇。

 その上に鎮座する、不気味な山羊頭の像。確かバフォメットだったか。

 像の両目が赤く輝き、その光が「契約召喚テウルギア」の文字を形作った。

 ……タイトルコールらしいが、別に凝ってるほどでもないな。


「祭壇とか悪魔像とかは不気味だな。ウン」


 小さい子供が知らずに起動したら泣くかもしれない。

 視覚的な恐ろしさとは裏腹に、流れる曲は妙に軽快でアップテンポだ。

 どういう選曲センスなのやら。


「スタート、っと」


 タイトル下に表示された「START」の一文。

 これでいよいよゲーム開始かと、躊躇うことなくクリックする。

 すると――。


「……んっ?」


 タイトル画面のまま、表示された『ようこそ、日野カナデ様』というメッセージ。

 ……え、どういう事だ?

 困惑している内に更にメッセージは続く。


『この契約アカウントは、現在「清澄きよずみ誠司せいじ」が契約者として登録されています。

 特例の合意により、日野カナデ様は契約を引き継ぐ機会が一度だけ与えられます。

 契約内容利用規約をよくご確認の上、このアカウントを引き継ぐかをご判断下さい』


 ……えーと、要するにだ。

 このテウルギアをプレイしていたおじさんのアカウント。

 それを俺が引き継ぐか否かの確認なのか、これは。

 どうやら、これもおじさんが予め設定していたようだ。

 スマホを貰ったのは俺なんだから、次にアプリを起動するのは俺しかいない。

 考えてみれば、別におかしい事なんてなかった。


「ちょっとビビって損したな。しかし、妙なとこは凝ってるゲームだな……」


 思わず感心してしまった。

 メッセージが消え、画面に映るのは問題の「契約内容利用規約」だ。

 まぁ、それ自体はどんなソシャゲでもプレイ前に確認される奴だ。

 内容に目を通した上で、「同意する」にチェックをする。

 ぶっちゃけ、この手の規約はロクに見ないで進めるけど、一応目を通すか。

 「契約内容利用規約」をクリック。

 すると、ズラズラと並ぶ細かい文字の群れが現れた。

 と、その文字列に被せる形で出てくるメッセージボックス。

 

『あなたは悪魔と契約しようとしています』


 一文目からしてこれだ。続く内容も方向性は似たようなもので。


『テウルギアでは、あなたは一体の悪魔と契約します。

 悪魔は「価値」を与えることで成長し、より強い位階の悪魔となります。

 この契約規約に同意する事で、あなたは悪魔契約者テウルギストとして登録されます。

 契約を失った場合、あなたは悪魔に自分の魂を差し出す事となります。

 しかし最後の勝者となった暁には、あなたはあらゆる願いを叶える権利を得ます。

 より詳しい内容を知りたい方は、このまま契約内容利用規約にお進み下さい』

 

 これは、何と言うべきか。

 世界観――というか、ゲーム内容の説明か?

 利用規約のページにこんな文章を載せるとはまた。

 一応、そのまま利用規約の本文も見てみた。

 軽く読んだだけで頭痛がしてくる、なかなか素敵な内容だった。

 序文と似た内容を詳細かつ迂遠に、誤解を招く表現や回りくどい言い回し。

 その全てをミキサーにかけた、ひたすら難解で読みづらい長文の海だ。

 俺は早々に読むのを止めた。

 ただ、本文にも「悪魔云々」と書くのはなかなか凄いな。

 まるで、本当に悪魔と契約するみたいだ。


「さて、これで良いな」


 利用規約も一応読んだ。

 確認したのでチェックを入れて、「同意する」のボタンをクリック。

 すると、再び画面が暗くなった。

 多分ロード画面だ。端っこに、デフォルメされた黒山羊が走っている。

 マスコットキャラか? デザイン的に、タイトル画面のバフォメットだろうな。

 やがて画面が変化し、映し出されたのは――。


「……リビング?」


 それは、見慣れている我が家のリビングだ。

 あれっと思いスマホを動かすと、画面の中も動く。

 どうやらカメラ機能が作動しているらしい。

 ただ単純に景色を映しているだけでなく、画面上に幾つかの表示もある。

 それはキラキラ光る何かで、試しに指で触れてみた。

 チャリン、と音を立て、光は弾けるように消えた。

 すると、画面の右端に「10ポイント」という表示が浮かび上がった。


「……なるほど、AR機能を利用してるのか」


 確か似たゲームがあった気がする。

 現実の風景をカメラで撮影しながら、画面上に現実でない映像を重ねる。

 今の光が何なのかはよく分からなかったけど。

 多分、アレに触るとゲーム内で使うポイントが拾える――。


「ッ!?」


 何気なくカメラを動かし、テーブルの辺りを撮影した時。

 そこに一人の少女がいた。

 椅子に座って、頬杖をついて俺を見ていた。

 黒い学生服――というより、少々クラシカルなセーラー服姿。

 髪の色も真っ黒で、長く艶やかで美しい。

 ……クラスメイトのソフィアも、大概美少女ではあったけど。

 画面越しに俺を見ている彼女は、ちょっと人間とは思えなかった。

 単純に顔立ちが整ってるとか、そういう話じゃない。

 一目見ただけで、魂を鷲掴みにされたような錯覚に襲われた。


「誰……!」


 俺は反射的に、画面ではなく現実の方に目を向けた。

 当然、テーブルには誰もいない。椅子に座っている少女なんて影も形もない。

 恐る恐る、スマートフォンの画面も確認する。

 そこには黒髪の少女なんて、何処にもいなかった。


「……見間違え、か?」


 呟くが、あの真っ赤な瞳が脳裏を焼きついて離れない。

 心臓の鼓動がやけにうるさく聞こえる。

 ……落ち着け、なんでそんなに動揺してるんだ?

 単なるゲームのキャラとか、そんな何でもない物かもしれないんだ。

 だったら、そこまでビビる必要も……。


「うわっ!?」


 目が合った。カメラを間近から覗き込む赤い瞳。

 見間違えるはずもない。黒い少女は、いつの間にか俺の目の前に立っていた。

 驚き過ぎて悲鳴を上げてしまった。


「――――」


 ひっくり返りそうなこちらを見て、黒い少女は笑っているようだ。

 笑っていると断言しないのは、声が聞こえないからだ。


「――――」

「……え? 何だって?」


 俺を見ながら、黒い少女は唇を動かす。

 何かを言ってるっぽいんだが、相変わらず声は聞こえない。

 戸惑うこっちの様子を見て、少女は怪訝そうな顔をする。

 それからぱんっ、と両手を合わせた。

 右も左も、薄手の黒い手袋を身に付けているのが何故か気になった。


「――――」

「……な、何? 聞こえないんだけど」


 画面上で距離を詰め、少女はしきりにスマートフォンを指差していた。

 口をパクパクさせてるが、やっぱり何も聞こえない。

 ……あ、そうか。

 ここでようやく、彼女が何を伝えようとしているのか分かった。

 画面の隅にあるスピーカーのマーク。

 今は赤い射線が付いてるそのアイコンをクリック。

 すると。


「……どう? 聞こえる?」

「え、あ。うん。聞こえる聞こえる」

「そう。良かった。

 誠司の奴、普段はボイスをミュートにしてるのうっかり忘れてたよ」


 ようやく声が聞こえるようになった少女は、大仰な仕草で肩を竦める。

 それは良い。それは良いんだが……。


「? どうしたのかな、カナデ」

「いや、どうしたもこうしたも……」


 一体、貴女は誰なんですか?

 最初は幽霊かと思ったけど、どうやらゲームのキャラっぽい。

 だけど、ゲームのキャラにしては……こう、何というか。

 喋り方や仕草が、あまりに人間的過ぎるような。


「――不思議かな?」

「!?」


 またスマホの画面が美少女のドアップに埋め尽くされていた。

 後ろにスッ転びかけたがギリギリ踏ん張る。

 それがおかしかったのか、少女は鈴の音みたいな声で笑う。


「不思議だろうね、当然だ。

 良く分からないままゲームを起動したら、こんな可憐な少女に語り掛けられて。

 それを不思議と思わない人間の方が少ないだろうさ」

「え、あ、うん。そ、そうだな」


 めっちゃ美少女なのは間違いないけど、自分で言うのか。

 戸惑う俺など軽くスルーして、謎の黒髪少女はニコリと微笑みかけてくる。

 ゲーム画面越しじゃなかったら、そのままコロっと行ってしまいそうな。

 そんな極上の笑みだった。

 ……ちょっと、牙を見せる獣も連想してしまう。

 そんな類の笑顔ではあったが。


「私のことはミサキと呼んで欲しい」

「ミサキ?」

「そうだよ、カナデ。私の名前はミサキだ」


 未だに混乱している俺に対し、少女――ミサキは自分の名を告げる。

 表情は、先ほどから変わらない笑みのまま。


「元々は清澄誠司と契約していたテウルギアの悪魔。

 ――そして今は、君だけのパートナーだ。

 末永く宜しく頼むよ、契約者サマ?」


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