第132話 総合成績発表の日
校内に植えられた龍樹の葉が、瑞々しい若葉を茂らせている。
「キレイだね、リーフ」
柔らかな五月の暖かな風にそよぐ葉を眺めていたアルフェが、笑顔で同意を求めてきた。
「そうだね。これから暑くなって、夏になるんだって予感がするよ」
入学してからあっという間に一ヶ月が過ぎた。クラス対抗の模擬戦までもう一ヶ月もない。
模擬戦の組み合わせを決める総合成績の月間発表のこの日、僕たちはいつもより少し遅れて校舎へと向かっていた。
ほとんどの生徒が自身の成績を見に早めに寮を出るのだが、混雑を避けた方が良いとのアルフェの判断だ。そうでなくても、成長を止めてしまった僕の身長では、人だかりの出来た掲示物を確認することさえ困難なのだけれど。
「……ワタシはね」
気まぐれに吹く風に弄ばれる髪を押さえ、アルフェが僕と目線を合わせる。
「龍樹のこの色が好き。大好き」
僕の瞳を真っ直ぐに見つめながら、アルフェが柔らかに微笑んだ。
「リーフの瞳の色とおんなじなんだもん」
「……ありがとう、アルフェ」
アルフェは基本的に態度や仕草で好意を示すことが多いのだが、今日ははっきりと言葉にして伝えてきた。少し珍しいと感じたけれど、僕の名前の由来になっている龍樹の木の下でそれを伝えてくるのがなんともアルフェらしいな。
「うぉー! F組が総合一位だぜー!」
アルフェと朝の静かな時間を過ごしていたところに、突然ヴァナベルの叫び声が割って入った。
「一位……?」
アルフェが驚いたように目を瞬かせ、僕の手を取る。
「ねえ、一位だって、リーフ!」
「どうやらそのようだね」
クラス委員長のヴァナベルが総合成績を叫んだことで、F組だけでなく、他のクラスからも注目が集まっているようだ。
僕たちを祝福する声は期待していないが、これでおそらくA組とF組の直接対決ということになるのだろうな。
「ワタシたちも行こっか」
「そうだね。ホムとファラも待っているだろうし」
先に成績を見に行くというファラにホムを付き添わせ、僕はアルフェの提案でゆっくりしていたわけだが、ホームルームの時間が迫っていることを考えると、そろそろ人だかりも落ち着いた頃だろう。
「どのくらいの点差なんだろうね」
アルフェはあくまで総合成績のことを話題にしている。僕が最下位なのは、見るまでもないのだが、アルフェなりに気を遣ってくれているのだろう。
「まあ、A組は元々優秀らしいから、僅差だと思うよ」
「でも、頑張ってよかったよね」
「アルフェの特訓のおかげだよ」
タヌタヌ先生の軍事訓練では、元々の体格故に加点が見込めない分、僕はホムとともにアルフェと魔法の特訓をしていたのだ。その成果がある程度かたちになったのが、この二週間ほどのことだ。魔法学の授業ではなんとか上位に食い込んできているので、どうにか巻き返しが図れているとよいのだが――
「あぁ!? てめぇ、今なんつった!?」
校舎のエントランスホールに足を踏み入れたところで、ヴァナベルの噛みつくような大声が甲高く響いてきた。
「なんか怒ってるみたい……どうしたのかな……」
周囲の生徒のざわめきに嘲笑が混じっている。ヴァナベルの怒りも尋常ではなさそうだ。
「なんでリゼルとライルに加点される!? もう結果は出てんだろ!?」
「それは……教頭先生のご指示でして……」
ヴァナベルの剣幕に、事務員の女性が怯えた様子で声を震わせている。
「だから、なんで今加点すんだって言ってんだよ! 二〇点っつったら、F組を逆転する点数だぞ!? ぜってーわざとだろ!」
がなり立てるヴァナベルを笑うように、ぱんぱん、と間延びした拍手が起こる。
「……んだよ、リゼル! なんでてめぇが、リリルルより高い点になるんだよ!」
「点数は成績を示しています。こちらが優秀というだけのこと」
「はぁ!? さっきまでオレと大して変わんなかっただろ!」
リゼルを前にヴァナベルは我慢出来ない様子で足を踏み鳴らしている。と、不意に人垣が割れて髭を生やした小太りの先生が姿を見せた。
「カールマン先生だ……」
生徒たちが誰ともなく呟く。
サクソス・カールマンという名のこの先生は、この学園の理事長を代々務めているフェリックスの分家の出で、コネで昨年から教頭に就任したともっぱらの噂だ。差別的で貴族以外の生徒を見下し、亜人を集めたF組を作り出したのもこの先生が原因とされている。
「……はっはっは。こちらの集計ミスで加点が漏れていたのだよ。申し訳なかったね、リゼル、そしてライル」
カールマン先生は、ヴァナベルを完全に無視し、リゼルと騒ぎを聞いて近くに来ていたグーテンブルク坊やにそれぞれ謝罪の意を示した。
「教頭先生。気づいてくださり、ありがとうございます。当家の名誉も守られましょう」
慇懃に頭を垂れ、リゼルが挨拶する。グーテンブルク坊やも戸惑い気味に頭を垂れた。
「……さて、文句がある生徒がいると聞いたが、公平公正なこの学園の成績評価を疑っているのかな?」
「可笑しいだろ、だって――」
「おっと、そこの君。教頭ともあろう先生に対して、その口の利き方……減点されてもおかしくないよ?」
威圧的な言葉をちらつかせ、カールマン先生がヴァナベルを蔑むような目で見つめる。
「…………」
減点という言葉に兎耳が動くほど顕著な反応を見せたヴァナベルは、それきり押し黙ってしまった。
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