第131話 ファラの秘密

 昼食は寮から支給されるお弁当で、今日のメニューは薄切りハムと野菜をたっぷりと挟んだ具だくさんのサンドイッチと、香ばしくグリルしたベイクドポテトの詰め合わせだった。


「はー、腹ぺこだ~」


 弁当箱を開けたファラが、早速サンドイッチを取り上げて齧り付いている。


「模擬戦で思いっきり戦ってたもんね。格好良かったなぁ~」

「ファラ様の活躍、見事でした」


 アルフェとホムも膝の上にお弁当を広げ、ゆっくりと食べ始める。僕にも同じ量のものが用意されていたが、言うほど身体を動かしていたわけではないし、食べきれないかもしれないな。


「……にゃはっ。たまたま運がよかったんだよ。それにしても、ヴァナベルたち、強かったよな」

「はい。実力を伴っての発言とわかり、少し気も晴れました。マスターへの暴言は許せませんが」


 ホムが珍しく感情をはっきりと見せている。よほどヴァナベルのことを悪く思っているんだろうな。僕にはっきりと敵対してくる同世代の人間というものを知らないから、無理もないか。


「まあ、事実には違いないし、いいんだよ、ホム」

「しかし、マスターへの侮辱行為は見過ごせません」

「アルフェも」


 あまり悪感情を刺激しないように宥めるつもりが、アルフェにも加勢されてしまった。


「二人が僕の代わりに怒ってくれるのは嬉しいけど、僕が怒る隙がなくなるよ?」


 場の雰囲気を損ないたくないし、二人にはなるべく笑っていて欲しいので柄にもなく軽口を叩く。


「にゃはははっ! そりゃそうだよな。リーフよりホムとアルフェの方が怒ってるぞ」

「だって……」


 ファラが軽口を交えて指摘してくれたこともあり、アルフェとホムも少し落ち着いたようだ。まだ納得はしていないようだけれど。


「はいはい。リーフが大好きなのは見ててわかるよ」


 ファラはそう言いながら、アルフェの頭をポンポンと撫でた。


「まっ、人には得手不得手ってもんがあるし、リーフは病気のハンデもあるからさ」

「……ありがとう、ファラ」


 正直、こんな短期間で僕たちのことをファラが理解してくれるとは思わなかった。第一印象で良い子だろうなとは思ったが、余程大切に育てられてきたのだろうな。


「まあ、腹が減っちゃ、イライラもするって。まずは食べようぜ」

「うん」


 ファラが促し、黙々と昼食を食べ進める。ファラは余程空腹だったらしく、あっという間に一つ目のサンドイッチを食べ終えると、二つ目のサンドイッチに手を伸ばした。


「……あの、ファラ様」

「んにゃ?」


 様子を窺うようにゆっくりと食べ進めていたホムが、ファラの咀嚼のタイミングを見計らって声をかける。


「わたくし少々気になることが……」

「どうしたんだい、ホム?」

「最後のあの『致命の一刺』なるヴァナベルの技、ファラ様はその遙か前に防御の構えを取っておられたようにお見受けしました。あれは何故なのでしょう?」


 そういえば、ヴァナベル自身も驚いていたな。ただでさえ、ヌメリンが巻き起こした土煙で周囲が見えなかったはずだろうに。


「あー、あれなぁ……」


 ホムの指摘に、ファラは居心地悪そうに猫耳を掻いた。


「……ここだけの話なんだけどさ……。実はあたしも病気なんだよ」


 ファラが急に小声になり、自分の目を指差す。


「魔眼病って言えば、わかるか?」

「ああ」


 魔眼病というのは、反物質ダークマターが体内に取り込まれたことで発症する不治の病だ。反物質が体内に取り込まれたのち、一週間程度の潜伏期間を経て、四十度近い高熱が数日の間続く。この発熱には解熱剤が効果をなさず、体力の無い子供や老人の命を奪うことも珍しくない。


 ここまでは黒石病と大差ないのだが、魔眼病の経過は黒石病とはかなり異なる。


 経過が異なる根本的な原因は、反物質ダークマターとの肉体との相性であるとされているが、この研究自体もまだ曖昧な部分が多い。


 一般的に、反物質ダークマターとの相性が悪い者が発症するとされる黒石病は、体内に取り込まれ、蓄積した反物質が成長し、発熱とともに皮膚の黒化を伴う腫瘍によって顕現する。


 一方、反物質ダークマターとの相性が良い者が発症するとされる魔眼病は、体内に取り込まれた反物質が目に集約し、解熱後に目の奥に独特の結晶型の紋様を持つ腫瘍を形成するのが特徴だ。


「まあ、見た方が早いよな」


 そう言って、ファラは眼球の奥にある反物質の腫瘍にエーテルを流して見せた。そうすることで、ファラの瞳に星の輝きのような結晶型の紋様が浮かび上がるのだ。


「わぁ、キレイ……」


 間近でファラの目を覗き込んだアルフェが、うっとりと呟く。元々疑っていたわけではなかったが、ファラが魔眼を行使してくれたことで、彼女の魔眼をはっきりと見ることができた。


「この模様が出てる間は、魔眼を使ってるってことだな。昼間ならそんなに目立たないけどさ」


 ファラはそう言って、眼球へのエーテルの流れを止めた。


「でも、魔眼って不便だよね」


 魔眼病を発現した者は予見、遠視、透視、魅了等、様々な異能を得ることになり、体内のエーテルを常人よりも多く消費するようになる。そのため常に魔力の枯渇という危険を負うことから、病として定義されているのだ。


「まあ、一応『病』ってついてるくらいだからな。あたしは、制御出来るから問題ないけどさ」


 心配そうに眉を下げたアルフェを気遣ってか、ファラが明るい声音で答える。

 同じ反物質ダークマター由来の病ということもあり、魔眼病もまた不治の病なのだ。


「そうか……」


 母の黒石病を目の当たりにしているだけに、ファラの目に見えない苦労のようなものはなんとなく察することができる。


 だが、ファラの振る舞いから下手な同情は不要だと感じたので、母のことは口に出さずにおいた。


「それでは、ファラ様は予見の魔眼をお持ちなのですか?」

「いや、あたしの魔眼は遅滞だよ。なんでもゆっくり見える。だから、予備動作が入った時点でこうくるかなーって予測が立てられるし、実際に攻撃されてからでも反応が間に合っちゃうんだよ」


 ファラは答えながら、照れくさそうに残りのお弁当をかき込んだ。


 短時間とはいえ、僕たちに見せるために魔眼を行使したわけだし、お弁当もこれだけでは足りなさそうだな。


「……そうだったんだ。全然気がつかなかった」

「まあ、隠してたしな」

「……どうして?」


 アルフェの問いかけにファラが俯き、空になった弁当箱に視線を落とした。


「なんか魔眼ってさ、ズルしているみたいだろ?」

「どうしてズルだと思うのかな? 魔眼はファラの能力なのだから、魔眼も含めてファラの実力だと思うけど」


 身振り手振りで手つかずのままのサンドイッチを差し出し、ファラの空の弁当箱と交換する。


「それに制御には並大抵じゃない努力を要しただろうしね。それだって努力の賜物だ」

「そっか。……ありがとな」


 ファラは嬉しそうにそれを受け取ると、大口でサンドイッチに齧り付いた。


「……けど、まあ、努力って言えば努力だけど、制御に慣れちまった今となってはフツーだよ」

「それなら、よかった」


 ファラの芯の強さが窺える発言に、安堵の笑みが漏れる。他人を思いやって温かな気持ちになるというのは、なんとも心地が良いな。


 トーチ・タウンを出て周囲の環境が変わったということもあり、新しく出逢った人に対してこうした感情を抱くのは久しぶりだ。


 アルフェ以外に友達というものがどういうものかよく分かっていなかったが、こういう関係性が育てればいずれ分かってくるのかもしれないな。


「まあ、取りあえずみんなには秘密にしといてくれよ。使えるからってバンバン使っちゃあ、なんだか卑怯だろうし」


「卑怯と言うのならば、ヴァナベルのあの作戦の方が卑怯です」


 ヴァナベルに対してはかなり鬱憤が溜まっている様子で、ホムが眉を吊り上げた。


「一応軍事訓練の一環なんだから、キレイも汚いもないよ」


 ファラが宥めるように言い、ホムの頭をポンポンと撫でる。ホムは嫌がる様子もなく、ファラのその行為を受け入れた。


「……あたしはさ、魔眼のことは誰にも言いたくなかったから使わないようにしてたんだよ。けど、ホムが怪我するとかは見たくないなって思ったから咄嗟に使ったんだぜ」


 ああ、その言葉だけで、ファラがどういう人物なのかがはっきりと見えてくるな。ホムと組むと言ってくれたときも嬉しかったが、今はそれよりももっと嬉しいと感じる。


「……ありがとう、ファラ」

「んにゃ? なんか礼を言われるようなこと、したか?」


 僕の言葉にファラがまん丸にした目を瞬いている。


「ホムを守ってくれて」


 僕が心からの感謝を込めて伝えた言葉に、ファラは満面の笑みを見せた。


「にゃはっ。そんなの、お互い様だよ。なっ、ホム」

「はい。このご恩はわたくし、命に替えてもお返し致します」

「いやいや、それはマスターのためにとっておけよ。あたし、リーフには恨まれたくないからさ」


 ホムの慇懃な物言いに恐縮した様子で、ファラがぶるぶると首を横に振っている。


「……それもそうですね。かしこまりました」


 ホムも少しズレているが、ファラの言わんとしていることは伝わったようだ。


 それにしても、秘密を打ち明けてくれたということは、ファラも僕たちをかなり信頼してくれているようだな。そろそろ僕も、アルフェのルームメイトというだけでなく、ちゃんと人として彼女を信じてもいい頃だろう。


「ねえ、ファラちゃん。ワタシたち、親友になれそうだね」

「にゃはっ、もう友達だって思ってくれてたんだな」


 ああ、アルフェはもうファラのことを友達だと思って接していたんだな。しかも、僕と同じ親友になれそうだと感じてくれているとは。


 アルフェとファラの会話を聞いているうちに、僕の胸にも温かいものが広がっていくのがはっきりとわかる。


「うん。ワタシ、リーフがとびっきり一番大好きだけど、ホムちゃんもファラちゃんも大好きだよ!」


 そう言いながら、アルフェは空に輝く太陽に負けないくらいの笑顔で、僕に微笑みかけた。



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