第130話 疾風怒濤


 模擬戦には刃のない訓練用の模擬武器が用意されていた。数ある武器の中から、ホムはグローブを、ファラはサーベルを二本、ヴァナベルはレイピア、ヌメリンは戦斧をそれぞれ選んだ。


 兎耳族のヴァナベルは速さを活かした戦い方をするのだろうが、正直ヌメリンが戦斧を選んだのには驚いた。


「そういえば、ヌメリンちゃん、力持ちだもんねぇ」


 アルフェが感心した様子で、身の丈ほどの戦斧を片手で軽々と持ち上げるヌメリンを眺めている。言われてみれば、今までの軍事訓練でもかなりの負荷を軽々とこなしていたな。おっとりとした大人しそうな外見からは想像がつかなかったが。


「フィールドはこの演習場の平地と森部分の一部だ。広く使って構わないが、時間に制限がある以上は逃げ回るのは得策ではないぞ」


 タヌタヌ先生が、模擬戦を行う四名に行動可能範囲を説明する。マチルダ先生が魔法学の授業で使っているフィールドと同じ広さを示していることは、すぐに把握できた。


 まあ、マチルダ先生の魔法学では遠くに逃げられないように、一定速度以上の侵入に反応する結界が張られており、その範囲内がフィールドになっているわけだが。


「さて、どう戦う?」

「まずは相手の実力を見定めます」

「だな、賛成だ」


 アルフェが集音魔法をホムに施してくれたおかげで、二人の会話が良く聞こえる。


 タヌタヌ先生の軍事訓練で基礎体力を把握している上、ほぼ軍事訓練のような魔法学の授業を受けているとはいえ、武器を使っての模擬戦自体は初めてだ。互いの行動パターンも読めていない上に、二対二のペア戦ということを考えると、ホムの判断は順当だな。


「では、始め!」


 タヌタヌ先生の合図と同時に、ホムとファラが森へと一斉に駆け出す。攻撃する気満々で構えていたヴァナベルは、虚を突かれた様子で叫んだ。


「はぁ!? なんで来ねぇんだよ!」


 文句を言いながらもヴァナベルはその俊足を遺憾なく発揮して、あっという間に森へと入る。ホムは地上を走るだけでなく、木の幹を駆け上がり、枝を跳躍し、あるいはぶら下がりながらヴァナベルとの間合いを詰め、繰り出されるレイピアの刺突を巧みに避けた。


「ちょこまかちょこまか動きやがって!」

「あたしのことはお忘れかい?」


 苛立ちに任せてレイピアを振り回すヴァナベルに、草叢から飛び出したファラが双剣を振り下ろす。


「ベル!」

「みぎゃっ!」


 素早く反応したのは、それまでヴァナベルと併走するだけだったヌメリンだ。ヌメリンの戦斧がファラの剣を弾き、吹き飛ばす。


 ファラは短く叫んだものの、すぐに跳躍して剣を取り戻した。


「敵に背を向けるとは良い度胸だぜ!」


 攻撃の機会を逃さずに、ヴァナベルがファラとの距離を一気に詰める。


「ファラちゃん!」


 アルフェが悲鳴のように叫んだが、ファラは背後からの刺突を跳躍して躱し、そのまま木の上に逃れた。


「……っ! 抜けねぇ」


 ファラを仕留め損ねたレイピアが、木の幹に突き刺さっている。模擬戦用の刃がない武器とはいえ、ヴァナベルの攻撃をまともに喰らえばひとたまりもなさそうだ。


「はぁああっ!」


 レイピアに気を取られているヴァナベルの背後に迫ったホムが、木の枝にぶら下がって蹴りを繰り出す。


「んなっ!?」


 ヴァナベルは持ち前の反射神経でそれを避け、引き抜いたレイピアと共に退いた。


「ちっ! 上から下からちょこまかとやりやがって。このままじゃ埒があかねぇ!」


 今の一連の攻撃で、かなり体力を消耗したのだろう。ヴァナベルが忌々しげに肩で息を吐いている。一方のホムとファラは、再び木の上から次の攻撃の機会を伺っている。


「降りてこいっつっても無駄だろうから、実力行使と行くぜ。ヌメ!」

「あ~い!」


 ヴァナベルがヌメリンに目配せして命令する。ヌメリンはにこりと微笑むと、戦斧を頭上に掲げ、大きく振り回し始めた。


「ファラ様、ここは危険です」

「だろうな」


 ヌメリンが木を薙ぎ倒そうとしているのを察したホムとファラが飛び退いて地上に逃れたその時。


「よいしょぉ~!」


 間延びした可愛らしい声からは想像のつかない荒々しさで、ヌメリンの戦斧が木々を薙いだ。


「あれぇ~?」


 戦斧が当たった木々が大きく揺れ、ばさばさと音を立てて葉が舞い散る。


「……ん~。刃がないから無理みたいだよ、ベル~」


 作戦は失敗だったようだが、木の幹は深々と抉れている。刃があれば、恐らく攻撃範囲にあった木々は文字通り全て薙ぎ払われていただろう。


「にゃはっ! すごい力だな! 面白くなってきた!」


 ファラは耳と尻尾を立て、興奮した様子で飛び跳ねている。


「さて、どうする、ホム?」

「およその実力は測れました。真っ向勝負に移ります」


 ファラの問いかけにホムはそう宣言すると、グローブの感触を確かめるように両の拳を合わせ、ヴァナベルとの距離を詰めた。


「やっとやる気になったじゃねぇか!」


 間合いに入られないよう、牽制するようにヴァナベルがレイピアを振るっている。ヴァナベルのしなやかな動きに合わせて柔軟に動くレイピアの切っ先に、ホムはかなり苦戦した様子だ。


「ハッ! やっぱりちょこまか逃げてる方が似合ってんなぁ」


 ヴァナベルがホムの間合いを把握した様子で、レイピアを細かく突き出してくる。牽制を目的とする動きだが、巧みにホムの隙を誘導しようとしているらしく、ホムもなかなか手を出せない様子だ。


「あっちもスゲーぞ!」

「行け行けぇ~!」


 白熱してきたクラスメイトが、声援を送っている。見れば、ファラとヌメリンがほぼ互角に戦っていた。


「一撃一撃が大きい分、予備動作もデカくなるよな!」


 ヌメリンの怪力を、ファラはスピードでうまく克服している。斬撃を避けたファラが双剣でヌメリンを捉えるが、ヌメリンはひらりと戦斧の上に逃れて身を躱し、再び振りかぶって周囲を薙ぐ。


「おっと!」


 追撃に転じていたファラはそれを跳躍して避け、ヌメリンに向かって双剣を繰り出す。ヌメリンはそれを戦斧で防ぎ、ホムと牽制しあっているヴァナベルに向かって声を上げた。


「ん~。当たんないよぉ、ベル~」


「当たんねぇじゃなくて、当てるんだよ、ヌメ! オレと一緒にF組を優勝させるって約束しただろ!」


 会話を始めた隙を狙って、ホムが連続した打撃でヴァナベルを圧していく。ヴァナベルはそれを細かいステップで後退して避けながら、ヌメリンに視線を投げた。


「それは、そうだけどぉ~。ファラちゃんもホムちゃんも、敵じゃなくて味方だよぉ~?」

「今は模擬戦で敵だろうが!」

「そ~いえば~」


 視線を送り合い、会話をしているときの方が、個人で戦っているときよりも、冴えている。隙が生まれるかと思ったが、この二人の繋がりはそれを作らないようだ。


「にゃはっ、こっちの攻撃も当てさせてくれないなぁ」


 絶え間なく追撃を続けながら、ファラが楽しげに笑っている。模擬戦とはいえ、戦いを楽しむ余裕がファラにはまだあるようだ。


「ヴァナベルに集中しましょう、ファラ様」

「奇遇だな、あたしもそう思ってた」


 一対一ではなく、二対一に持ち込めば、勝ち目はあるだろう。


「はっ! んなことさせるかよぉ!」


 二人の会話を兎耳で聞きつけたヴァナベルが、苛立ったように足を踏み鳴らした。


「ヌメ!」

「あーーーい!」


 合図を受けたヌメリンが、戦斧を大きく振りかぶる。


「ファラ様! お下がりください!」


 危険を察したホムがファラに向かって叫んだその刹那。


「そーーーーれっ!」


 ヌメリンがこれまでにない勢いで戦斧を地面に叩き付け、地響きとともに激しい土煙が巻き起こった。


「派手にやってきたなぁ!」


 集音魔法のおかげでファラの声は聞こえるが、土煙で周囲の様子が全く見えない。


「……どうなってる……?」

「わかんない……。でも、ホムちゃんもファラちゃんも動いてない」


 アルフェが浄眼でホムとファラの様子を探ってくれる。


「さぁて、どうしてくれようかなぁ?」


 勝ち誇ったヴァナベルの声が土煙の向こうで響いている。ホムとファラは息を潜めているようだ。アルフェのように浄眼で相手の動きが見えるわけではないので、下手に動かない方が得策だと踏んだのかもしれない。


「待ってても無駄だぜ!」


 風で土煙が動くが、もうもうと立ち込める土煙は簡単には晴れなさそうだ。


「ヌメ、もう一丁だ!」

「あい~!」


 土煙の中で、巨大な戦斧の影が動いたかと思うと、再び地面が揺れて土煙が巻き起こる。


 ヌメリンの斬撃にクラスメイトの中から小さな悲鳴が上がったが、幸いホムもファラにも当たってはいない様子だ。


「……わざと外したのか……?」

「ヌメリンちゃんは、二人を攻撃するつもりはないみたい。けど――」


 アルフェが浄眼でエーテルの様子を探りながら集中している。ヌメリンは本気で攻撃をする気はないが、ヴァナベルは違う。


「なに余裕ぶっこいてンだよォ!」


 怒号のようなヴァナベルの声が上がったかと思うと、土煙が縦に割れた。


 ヴァナベルの強い踏み込みに反応し、旋風が巻き起こる。薄くヴァナベルの姿が見えたかと思うと、一陣の風を巻き起こして、ヴァナベルが弾丸のようにホムに刺突した。


「喰らえ、致命の一刺ヴォーパル・ピアース!」

「ホムちゃん!!」


 ヴァナベルの咆吼と、アルフェの悲鳴が重なる。


「卑怯でござる!」


 アイザックが叫ぶ声の直後、金属同士が当たる激しい音が響き渡った。


「あっ……」


 土煙が晴れ、ホムの前に躍り出たファラの姿が見える。ファラは双剣を十字に構え、ヴァナベルの刺突を見事に受け止めていた。


「てめぇ、どっから出て来やがった!?」


 ホムを完全に捉えたはずのヴァナベルが、驚愕の叫びを漏らしている。


「……っ! なんで! なんでだよぉ!」

「甘いよ」


 鋭い刺突を放った低い体勢から身体を起こし、間合いを確保しようとするヴァナベルに、ファラの膝蹴りが炸裂した。


「んがぁっ!」


 一瞬にして形勢逆転されたヴァナベルが、ファラの膝蹴りを受けて背中から地面に叩き付けられる。


「ベル!」


 ヌメリンが鋭い叫びを上げ、ファラに迫る。ホムがその背後に跳躍したその刹那。


「止め!」


 タヌタヌ先生から終了の合図が告げられた。


「両者互角につき、引き分けとする」


 タヌタヌ先生が、鋭い視線で全体を見渡す。厳しい表情のヌメリンが戦斧を振りかざし、ファラを捉えて静止している。ホムはそのヌメリンの間合いで手刀を突きつけているが、すぐに状況を理解したヴァナベルにレイピアを向けられていた。


「にゃはっ」


 険しい表情からいつもの表情に戻ったファラが、武器を下ろし、クラスメイトの方を向いて頭を垂れる。


 それを以て模擬戦の終了ととらえたクラスメイトたちの間から、割れんばかりの拍手が巻き起こった。


「すげーぞ!」

「これが味方ってことは、私たち、勝ち目あるよね!?」


 高揚感に包まれたクラスメイトたちの声と拍手に包まれながらも、ヴァナベルはかなり不満げだ。


「なんだよ、全然納得いかねぇ!」

「まあまあ。それにもう時間だよ~」


 ヌメリンが宥める声で気がついたが、拍手の合間に授業終了を告げる鐘が鳴っていた。


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