第121話 疑惑のクラス編成


 入寮翌日の入学式は、校舎の中心にある大講堂で行われた。


「美しい生命の息吹を感じられるこの春、私たちは由緒あるこのカナルフォード高等教育学校の新入生として、入学の日を迎えることができました」


 生徒代表の青髪の男子生徒が、胸を張って代表の挨拶を述べている。つんと尖らせるように整えられた短髪と自信に満ちあふれた目が印象的で、身に纏っている正装もこの日のためにあつらえたであろうことが明らかだ。青に近い紺を基調とした正装は、金糸の刺繍や金ボタンが随所に盛り込まれ、一目見て高価なものであるとわかる。


「これもひとえに理事長先生をはじめとした、フェリックス財団の皆様方、本日ご列席を賜りましたファリオン公爵家、ラズール公爵家、デュラン侯爵家、フェリックス伯爵家、カールマン伯爵家、グーテンブルク男爵家の皆様方、ご来賓の方々のあたたかな祝福によるものです」


 人物を把握しているのか、壇上の男子生徒が来賓の一人一人と目を合わせながら、誇らしげにその名を読み上げていく。


「私たちはこのご恩に報いるべく、これより一層の努力と成長をお約束致します。諸先生方におかれましては、何卒ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します。……新入生代表リゼル・ジーゲルト」


 リゼルと名乗った男子生徒が壇上で深々と頭を下げると、貴族寮の列から割れんばかりの拍手が湧いた。


 文化の違いというか、挨拶の仰々しさに一般寮の生徒は辟易としている様子だが、ここは周囲に合わせておいた方がいいのだろうと、ホムを促して僕も拍手を送る。一般寮の列からも疎らな拍手が起こりはじめると、リゼルはやっと納得がいった様子でもう一度頭を垂れ、新入生の列へと戻った。


 やれやれ、多少のことは覚悟していたつもりだが、ここはやはりセント・サライアスとは全く異なる文化があるようだ。僕としては勉学の妨げにならない限りは許容するつもりだが、果たしてアルフェやホムはどう感じるだろうか。少なくともアルフェが誰かに傷つけられることがないよう、気をつけていなければな。


   * * *


「おーい、リーフ、アルフェ」


 入学式の後、大講堂の外に貼り出されたクラス分け表を見に行くと、どこかで聞いたような声が僕たちを呼んだ。


「ああ、誰かと思えばグーテンブルク坊やじゃないか」

「ジョストくんも一緒なんだね」


 僕の呟きにアルフェが相槌を打つ。小学校の頃からの癖で、グーテンブルク坊やと呼んでいるが、そろそろ見た目は坊やではなくなってきたな。金髪で肩より短く整えた髪のグーテンブルク坊やも、他の貴族らに倣って正装を誂えており、馬子にも衣装という雰囲気だ。


 ジョストも黒髪をお洒落に整えて正装に身を包んでいるところを見るに、ただの従者ではなく生徒として入学しているようだ。


「相変わらず三人一緒だな。そのホムンクルスも連れてきたのか?」

「いや、ホムは僕たちと同じ生徒だ」

「軍事科を専攻させていただいております」


 グーテンブルク坊やの質問に、ホムが丁寧に答えて頭を下げた。


「へぇー。生まれてたかだか数年なのに、優秀なんだな」


 ホムンクルスの原理をあまり理解していないグーテンブルク坊やが、感心した様子でホムを見つめる。一方のホムは、グーテンブルク坊への挨拶が済んだこともあり、僕に代わってクラス分け表を熱心に眺めている。


「俺たちはA組なんだ。クラス分けは成績順なんだぜ」

「わたくしたちは、F組でした」


 グーテンブルク坊やが自慢げに発言したのを受けて、ホムが振り返る。


「ワタシたち、三人一緒だよ、リーフ!」


 アルフェも僕たちの名前を見つけたらしく、飛び跳ねながら喜んだ。


「はははっ! Fかぁ~。クラス分けが成績順ってことは――」

「F組が最も優秀というわけですね」


 グーテンブルク坊やのからかうような発言に、ホムが淡々とした口調で頷く。グーテンブルク坊やはホムの反応に顔を赤くした。


「どうしてそうなる!? A組が上に決まってんだろ!」

「……そうか……」


 セント・サライアスで首席だった僕たち三人全員が、グーテンブルク坊やよりも成績が下ということは考え難いな。ここでも成績順という名目でなんらかの操作が行われていると見て良いだろう。


「ホム、他に知っている人の名前はあるかい?」

「はい、ファラ様とヴァナベル、ヌメリンの名前を見つけました」


 僕の問いかけを予測していたように、ホムが淀みなく応える。ファラはともかく、ヴァナベルと同じクラスになるとは、無視し続けるのが難しくなりそうだな。


「どうしたの、リーフ? ワタシたち、一緒のクラスで嬉しくないの?」


 アルフェが心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。


「……いや、アルフェとホムと一緒なのは嬉しいよ」


 三人が同じクラスなのは願ってもない幸運であることは間違いない。


「だけど、今この状況を素直に喜ぶべきかと言われると、どうも気になるな」


 その引っかかりの正体は多分、F組の教室に行けばわかるはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る