第122話 1年F組

 1年F組の教室に入ってすぐ、これまで引っかかっていたものの正体が明らかになった。


「亜人の子ばっかりだね……」

「どうやらそのようだ」


 さすがのアルフェも気づいたらしく、教室の入り口でぽつりと呟いた。かくいうアルフェもハーフエルフで、ホムに到ってはホムンクルスだ。僕は人間ではあるけれど、エーテル過剰生成症候群のせいで普通ではない身体になってしまっている。


 前日の夕食時にファラが言っていたように入学式では亜人が多いという印象はなかったので、現実には亜人は少数派なのだろう。だが、その少数派がこのクラスに集中していることは一目瞭然だ。


「もうすぐホームルームの時間だし、席に着いて待とうか」

「そうだね」


 アルフェが頷き、階段状になっている座席の後方を見る。と、先ほどまでは誰もいなかった窓際の席で、双子のダークエルフの姉妹が水晶球を浮かべていた。


 褐色の肌で、銀髪サイドテールのダークエルフは、恐らく、リリ・ラス・エルマとルル・ラス・エルマの姉妹だろう。同じ苗字の生徒がいたので覚えていたが、どうやら一卵性の双子らしく全く見分けがつかないな。


「ダークエルフちゃんがいるね。可愛いなぁ」

「そうだね」


 姉妹の手許で、水晶球が滑らかに動いている。どうやら占いをしているらしく、水晶球の中にはこの教室が投影されている。


「確か、リリちゃんとルルちゃんだよね。どっちがどっちなんだろう?」


 アルフェは小声で呟いたのだが、その声に反応したようにエルマ姉妹の耳が動き、二人揃って席を立った。


「「……お困りかな、白い肌の見知らぬ人」」


 二人が声を揃えて言い、アルフェと僕を真っ直ぐに見つめる。


「こそこそ話しててごめんね」


 アルフェは素直に謝罪すると、人懐っこい笑みを浮かべて彼女たちに近づいた。


「ワタシもハーフだけどエルフだから、ダークエルフちゃんに会えたのが嬉しくて」


 アルフェが横髪を持ち上げ、自らの尖った耳を見せる。高校生になってアルフェの耳は、すっかりエルフのそれと相違なくなっている。


「「おお」」


 エルマ姉妹が驚きで目を丸くし、声を重ねる。タイミングも声も全く同じなのが興味深い。


「なるほど。それでは、教えて差し上げよう。白い肌の見知らぬエルフの人」

「わたしがリリだ」


 そう言いながらエルマ姉妹の片方が、右のサイドテールにつけた紫色のリボンを指差す。


「わたしがルルだ」


 もう一人が左のサイドテールにつけたピンクのリボンを指差した。


「君たちが来るのは、この占いでわかっていた」


 エルマ姉妹が同時にアルフェの手を取り、にこやかに微笑みかける。


「「白い肌の見知らぬエルフの人。リリルルは、この運命的な出会いを祝して、ここにエルフ同盟を締結する」」


 一語一句間違わずに声が重なる。ここまでくると、驚異的なシンクロ率だ。


 リボンと結び方を変えたらどちらがどちらかわからないし、リリとルル二人セットで覚えておいた方がいいだろうな。本人たちが自称しているように、リリルルと呼んでおこう。


「あ、ありがとう。ワタシはアルフェ」

「「教えてくれて感謝する。白いエルフの人」」


 微笑むリリルルはそのままアルフェと手を繋いで、くるくると踊りながら廊下に出て行く。その様子を他の亜人の生徒たちが興味深げに目で追っている。


 やれやれ、目立つつもりはなかったが、この調子だとなかなかに難しそうだな。


 それにしても、リリルルは今まで出逢ったことのないタイプだな。アルフェはもう楽しそうに踊っているけれど、僕が同じように振る舞えるかといえば全く自信がない。


「……マスター」


 廊下に出てもなお踊り続ける三人を遠巻きに見ていると、ホムがおずおずと口を開いた。


「どうした、ホム?」

「ダークエルフは、同盟を結ぶときに踊るものなのでしょうか?」


 ああ、僕自身もそういえばダークエルフを見るのは初めてだ。


「いや、あれは多分リリルルのオリジナルだ。全部がそうだと思わない方がいい」

「承知しました」


 ホムが合点がいった様子で頷き、改めてクラスを見回す。危害を加える人物がいないか警戒している様子だが、今のところその心配もなさそうだ。


 ホームルームの開始時刻が迫っていることもあり、クラスには人が増えてきた。こうしてみると、犬の亜人に代表される獣牙族じゅうがぞく、鼠人族、馬人族や魚人族など、かなり珍しい亜人が集まっているな。


「……やはり、グーテンブルク坊やの成績順という話は当てにならなさそうだ」

「マスターとアルフェ様の成績でしたら、A組以外に有り得ません」


 僕の呟きに、ホムが憤慨した様子で返してくる。


「多分ね。さて、アルフェの様子を見に行こうか」

「はい」


 教室と廊下を隔てる窓ガラスには、くるくると踊り続けている三人の影が見えている。その影を手掛かりに廊下に出ると、獣牙族のルナールがかなり焦った様子で走ってくるのが見えた。


「遅刻遅刻でござる! 急ぐでござるよ、ロメオ殿!」


 耳慣れない言葉で喋りながら走ってくる生徒の背中では、ふさふさした狐の尻尾が忙しなく揺れている。長めの金髪で顔が隠れてあまり見えないが、チェック柄の着物を着ているということは、カナド地方の出身なのだろうか。そうなると、腰に差しているのは木刀なのかもしれない。


「待てよ、アイザック。廊下は走るなって――」


 獣牙族の生徒に遅れて走ってきたのは、白衣を着た丸眼鏡のかなり小柄の生徒だ。几帳面に短く刈り上げられた襟足が特徴の黒髪は、カナド地方の子供に良く見られるぼっちゃん刈りと呼ばれる髪型だったはずだ。白衣も間近で見ると、随分とぶかぶかだな。この年齢でこの体格ということは、恐らく小人族こびとぞくだろう。


「拙者走ってはおらぬ! これは縮地でござるよ、ロメオ殿!」

「滅茶苦茶言うなよ、アイザック――」


 そこまで言って、ロメオと呼ばれていた生徒は急に立ち止まり、僕をまじまじと凝視した。


「ご、ごめん……」


 進路を邪魔したつもりはなかったが、邪魔だったに違いない。廊下の端に避けると、近くで踊っていたリリルルとアルフェもぴたりと動きを止めた。


「「これはこれは、見知らぬルナールの人と見知らぬ小人族の人」」


 リリルルが芝居がかった仕草で教室にアイザックとロメオを誘導する。


「ど、どうも……」


 二人は面食らったように顔を見合わせると、先ほどまでの勢いが嘘のように大人しく教室に入っていった。


「マスター、あのロメオとやらは顔見知りでしょうか?」

「いや? どうしてそう思うんだい?」

「マスターの方をかなり気に掛けているようです」


 そう言えばまだチラチラとこちらを見ているな。もしかすると、小人族と間違われたのかもしれない。


「まあ、気にする必要は――」

「げげっ!」


 僕の声が嫌そうな声に遮られる。誰かと思えば、背後にヴァナベルとヌメリンがいた。


「お前、マジで高等部だったのかぁ!? しかも同じクラスかよ!」

「……残念ながらそのようだね」


 ここまで露骨に本音を吐露してくるとは、やはりまともに相手にするのは面倒だな。


「なんだよ、残念ながらって! オレが同じクラスで文句あんのかよ!?」


 先に突っかかってきたくせに、なんで文句を言っているのか意味がわからないな。ここは無視を決め込むしかないか……。


「まあまあ、みんな仲良くしようよ~」


 ヌメリンがおっとりとした調子でヴァナベルを宥めていると、予鈴が校舎に響いた。


「予鈴が鳴り終わる前に席に着くんだぞ」


 名簿らしき黒い冊子を手に現れたのは、頭部が狸の獣牙族の男性だ。帝国の軍服を着ているところを見るに軍人であることは明らかなので、恐らく軍事科の教師なのだろう。


「いいか、オレはまだお前をクラスメイトだと認めてないからな」

「…………」


 ヴァナベルが吐き捨てるように言ってくるが、意味がわからないので、無視を決め込んで教室に入る。


「……ちっ! なんとか言いやがれ」

「ベル~、着席しないと遅刻だよ~」

「わぁってる!」


 背後で相変わらずヴァナベルが騒いでいたが、もう放っておこう。


 予鈴が鳴り終わり、全員が着席したのを待ってから先ほどの先生が自己紹介を始めた。


「さて、揃ったな。わしは、タヌティウス・タヌタルド。この1年F組を担当する。わしのことは、タヌタヌ先生と呼んで――」

「担任まで亜人とは、徹底してやがる……」


 話の途中でヴァナベルが大きな独り言を挟んだ。


「ヴァナベル、話の途中だ。私語は慎むように」


 注意を受けたヴァナベルは怯むどころか立ち上がり、悪びれもせず机を叩いた。


「だってそうだろ! F組に亜人ばっか集めやがって。聞けばこの差別は去年かららしいじゃねぇか」


 ヴァナベルの突然の剣幕に、教室全体にざわめきが広がる。ほとんど全員が亜人ということは、教室を見渡せばすぐにわかる事実だ。だが、タヌタヌ先生は、ざわめきが落ち着くのを待ってから、落ち着いた様子で答えた。


「……誤解のないように言っておくが、全員が亜人というわけではないぞ」

「はぁ!? これの、どこがだよ!」


 ヴァナベルが片眉を持ち上げ、両手を広げて教室の生徒たちを示す。クラスメイトたちはひそひそと囁き合っていたが、その視線は次第に僕に集中した。


「マスター」


 ホムがどうすべきか迷った様子で指示を仰ぐ。僕は挙手して立ち上がると、クラスメイトたちの好奇の視線を甘んじて受けた。


「僕は人間だ。とある事情があって、この姿のまま成長しなくなっている」

「ほら、人間っていってもこのちんちくりんだけだろ?」

「ちんちくりんとはなんだ!」


 鼻で笑ったヴァナベルに激昂した様子で言い返したのは、先ほどの小人族のロメオだ。


「なにか訳アリでござろう? 他人の容姿をとやかく言うのはよすでござる」


 小人族に対する差別発言と捉えたのか、顔が真っ赤なロメオに代わり、アイザックがフォローを入れる。さすがにまずいと気がついたのか、ヴァナベルも素直に謝罪した。


「……悪かったよ。けどさ――」


 なおも言い足りなさそうなヴァナベルを諫めるように、タヌタヌ先生がコツコツと黒板を叩く。


「雑談は終わりだ。自己紹介の後、クラス委員長を決めるぞ」


 黒板には、いつの間にか自己紹介とクラス委員長と書かれていた。

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