第111話 命の重さ

 街の灯りが遠くに見える。トーチ・タウンの目印であるフレア・トーチと呼ばれる塔が、旅人たちにとって目印であるならば、今の僕たちにとっては希望の光だ。


 通信室からトーチ・タウンの基地に送った暗号通信は、届いていないのか、僕たちを探す機影は見当たらない。


「父上……」


 心細さからか、父を呼ぶ声が唇から漏れた。このまま街を目指してアーケシウスを進ませても、損傷の酷い機体では、いずれ追っ手に見つかってしまう。


「リーフ、ガイスト・アーマーが近づいて来てる」

「……そのようだね」


 思ったよりも時間は稼げたが、修理を終えたガイスト・アーマー五機がこちらに向かって来ている。途中で仲間の救援に当たったとしても、最低でも四機は僕たちの追跡に当たるだろう。


「いたぞ! 捕まえろ!」


 探照灯の光が伸ばされ、アーケシウスを照らし出す。完全に位置を把握された僕は、手に滲む汗を服の裾で拭いながら、操縦桿を握り直した。


「リーフ、このままじゃ……」


 アルフェの声が恐怖に引き攣っている。距離はまだあるが、映像盤で確認するに、多連装魔導砲ガトリングを装備した機体が先陣を切っているようだ。操縦槽の僕はともかく、生身のホムとアルフェには、掠っただけで致命傷になる。


「……わかってる」


 どうすればいいのか考えながら、唇を噛む。アーケシウスの両腕は破損しているし、ホムも重傷を負っていて戦える状態ではない。生身のアルフェに魔法を行使させるのはもっての外だ。


 ――捨て身でやるしかない。


 街の灯りが見えるところまで、移動は出来ている。戦闘の気配があれば、さすがに軍が動くはずだ。そうでなくても、街の周辺の哨戒任務に就いている小隊が存在している。


 向こうが攻撃を仕掛けてくるようなら、アルフェとホムを守るために、僕が取るべき行動はただ一つだ。


 膝の上にのせていた真なる叡智の書アルス・マグナが、僕の意思を汲み取ったようにページを送り、輝命烈光閃ラストバニッシュの項目で止まった。


 この光魔法は、クルセイダーと呼ばれる上位の聖騎士が最後の手段として使う魔法だ。グラスは、真なる叡智の書アルス・マグナの中に術式の記録を残したが、実際に使ったことはない。正確には、その資格がなかった。


 そもそも、光魔法は女神の加護を持つ者の証である『聖痕』の持ち主しか発動できない。ただ、今の僕は女神アウローラと同じエーテルが流れているので、理論上は発動できることになる。だが、光魔法最終奥義の一つ輝命烈光閃ラストバニッシュは、いわゆる自分の命と引き換えとした自爆魔法であり、周囲数百メートルを灰燼かいじんと化す強力な魔法だ。僕自身は、女神アウローラのエーテルのせいで死なない可能性もあるが、兎に角やってみなければわからない。



「…………」


 詠唱に目を通し、息を吸い込む。


 ――ああ、最後にアルフェになにか言うべきなのかな。でも、ここでお別れを言うのは嫌だな。


 迷いが行動を鈍らせたその時、ホムの声がした。


「……マスター」


 目を開けると、ホムがアーケシウスから飛び降りたのが見えた。


「ホム! 戻れ!」

「いいえ、その命令は聞けません。……わたくしが時間を稼ぎますから、どうかマスターはアルフェ様と逃げてください」


 ホムがアーケシウスを見上げて、強い口調で訴えている。その目には覚悟の光が宿っていた。


「お前、まさか……」


 アルフェの治癒魔法を受けたとはいえ、満身創痍のホムは、とても戦える状態ではない。こんな状態で、しかも生身で武装した従機と戦うのは間違っている。それでも、そこに向かうからには、ホムは死を覚悟しているのだ。


「マスターの元に生まれ、アルフェ様と出会え……ホムはとても幸せでした」

「違う……違う……ホム……。そんなものは幸せなんかじゃない! 戻れ、ホム!」


 制止する僕の声を振り切って、ホムが駆け出して行く。


「ははははははっ! ホムンクルスの方から来やがった!」

「いいぞ、捕まえろ!」

「ホムーーーーー!!」


 ホムとガイスト・アーマーが接触しそうになったその刹那。


「そこまでだ!」


 どこからともなく飛んできた砲弾が着弾し、ガイスト・アーマーの目の前に落ちた。


「ヤベぇ! 帝国軍だ!」


 着弾の衝撃で土煙が上がっている。帝国軍という名に、僕の目から涙が溢れた。


「父上!」


 軍の格納庫を見学させてもらった時に見た、レーヴェと呼ばれる機兵が噴射推進装置バーニアで颯爽とガイスト・アーマーたちに接近していく。


 その中でも最も機敏な動きをしていたのは、六機の小隊二つを束ねる機体だった。鮮やかに魔導砲と剣を駆使してガイスト・アーマーを牽制しながら士気を削ぐと、あっという間に五機のガイスト・アーマーをものの数分で制圧してしまった。


 隊長を務める機体は、ガイスト・アーマーを制圧してすぐ、アーケシウスの傍に近づいて来た。


「リーフのパパ!」


 浄眼でエーテルを視たアルフェが叫ぶよりも早く、僕は気づいていた。あんなに強く、格好良く、親身になって僕たちを守ってくれるのは父をおいて他にいない。


「……もう大丈夫だ、リーフ」

「父上……」


 拡声器を通じて優しく響いた父の言葉に、僕は心から安堵した。これでもう、大丈夫だ。アルモリア草を持って、父と共に街に帰ることができる。


 酷く危険な目に遭ったが、これもまたひとつの幸せなのだろうな。


 母が元気だった頃の幸せを、急いで取り戻さなければ。

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