第22話 セント・サライアス小学校

 春の冷たい風に龍樹の紅い花びらがひらひらと舞っている。


 この日に合わせておろした真新しい服に身を包み、僕とアルフェは通い慣れた幼稚園の校舎の東側にあるセント・サライアス小学校に入学した。


「二年前と比べると大きくなったわね、リーフ」

「君が贈った帽子もぴったりになってきたな。こうして幼稚園の頃と比べると、成長の早さを感じて感慨深いものだな」

「大事に使ってくれているお陰よ。ありがとう、リーフ」


 幼稚園の入学式の写真と比較して、僕の物持ちの良さをしきりに褒めてくれる両親は、僕が母の錬金術の道具を借りてこっそりと防水等の加工を施して劣化しないように努めているのには気づいていない様子だ。


「僕の初めての宝物ですから、当然です」

「そうね。ママ、とっても嬉しいわ」

「リーフのとれーどまーくだもんね」


 僕と両親の会話にアルフェが笑顔で加わる。アルフェは薄紫色の髪の一部を耳の上辺りで束ねて、いつもよりも身だしなみに気を遣っているのがわかった。


「アルフェも、その髪型似合ってるよ」

「ありがとう。リーフがすきなら今度から毎日これにしようかな」


 目を細めて幸せそうに笑うアルフェが、僕の手を引いて指を絡ませてくる。ぎゅっと僕の手を握るアルフェの手は、春の風に冷えたのか少しひんやりとしていた。


「えへへ、リーフのおてて、あったかぁい」


 甘い声で囁くように呟いたアルフェが、僕の腕にそっと頬を寄せる。


 新入生代表として壇上で挨拶を述べるという大役を成し遂げた後ということもあり、新しい環境で緊張していたのだろうなと思いながら、僕はアルフェの好きなようにさせた。アルフェが頑張ってくれたお陰で、僕にその役が降りかかるのを回避できたわけだし、こうしてべたべたと甘えられるぐらいで済むならば安いものだ。


「アルフェはがんばって偉かったね」

「うん。リーフのおかげ」


 労いの言葉も忘れずにかけておくと、アルフェは僕に身体を寄せながら嬉しそうに頷いた。


「僕、なにもしてないけど?」

「リーフと約束、したから」


 ああ、あの『なんでもいうことを聞く』という約束のことか。


「そうだね。ちゃんと覚えてるよ」


 念のため約束を守る意思があることを表明しておく。アルフェは僕が約束を違えることなどまるで疑っていない様子で微笑んだ。


 ――それにしても。


 セント・サライアス小学校は、二年前と比較してもかなりの設備投資が行われている。時計塔を挟んでいるので幼稚園の頃はあまり把握できていなかったが、新たな校舎の建設も進められている。以前僕の帽子を轢いたシャベルアームがついた土木建築用の従機をはじめとした作業用の従機が多く投入され、忙しく働いている姿が見えた。


「……あれは……」


 その中でも目を惹いたのは、円柱形の胴体に手足がついた寸胴型のロボットだった。


 ――オラムか。今の時代でも使われてるんだな……。


 校舎の二階よりもやや低い三メートルほどの機体は、僕がグラスだった頃にも使用されていた従機オラムだ。この時代では民間用の作業機械として活躍しているらしく、器用に煉瓦を積む作業をこなしている。


 僕の知るオラムと違って滑らかに動いているのは、脚部に取り付けられたローラーが果たしている役割が多そうだ。凹凸がある工事現場でも安定した移動を可能にしているのが、実に興味深い。


 グラスとしての僕の死から転生の間に蒸気車両の開発が進んでいるから、その技術が用いられているのだろうな。


「リーフ? あの従機がすきなの?」


 僕が従機オラムを注視していることに気づいたアルフェが、顔を覗き込んでくる。


「好きって言うか、随分と昔の機体だなって思っただけだよ」


 初期の試作機の部品は、錬金術を用いて造られていたけれど、今は多分違うんだろう。オラムにしては滑らかに動いているのも、技術の発展を感じさせて興味深かった。


「新しい校舎も楽しみだね、リーフ。錬金術の設備もできるんだって」

「えっ?」


 アルフェの無邪気な発言に、背筋に冷たいものが走ったような気がした。僕が錬金術師だったということは、アルフェも含めて誰にも言っていないはずなのに。


「錬金術だよ、リーフ。リーフのママも錬金術師なんでしょ?」


 ……ああ、なんだ。僕の母のことを言っていたのか。


 早合点だとわかり、ほっと一息吐く。魔法に特化している教育機関だと認識していたけれど、錬金術をはじめとして、幅広い教育を計画しているのかもしれない。そこは流石に歴史上の賢者の名を冠しているだけのことはありそうだ。


 将来を見据えてこれだけの設備投資がされているということは、やはりこの小学校には将来を期待されている者だけが集まっているようだな。僕もその期待に添って、両親に恩返しができるように努めなくては。


 なるべく目立たないように、『普通』に。


 ただ、身近なお手本であったアルフェが既に普通じゃないところを考えると、先が思いやられそうだ。


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