第21話 付属幼稚園での生活

 セント・サライアス付属幼稚園では、習熟度と入園年次に合わせたクラス分けがなされており、僕とアルフェは特待生という枠のせいか、幼稚園でも二人で過ごすことが多かった。


 託児所と比べて大きく変化があった点は、託児所では見守りに特化した職員が僕たちを担当していたのに対し、幼稚園では働きかけに特化した先生が僕たちを担当したことにあるだろう。


 振り返ってみるに、幼稚園で過ごした四歳から六歳までの間は、託児所での生活に比べてかなり教育的な学習計画が組まれていたように思う。


 託児所は家よりも子供向けの玩具や絵本などが潤沢にある施設で、散歩や昼寝といった日課があるのに対し、幼稚園は教育に力を入れており、遊びの延長線に小学校での教育計画が見えるような設計になっていた。


 例えば、僕が好んでいた読書も、読み終わって自己完結するのではなく、本を通じてなにを感じたのかという感想を常に求められた。入園当初は、内容理解を把握するためなのか「どんな話だった?」というような働きかけが行われており、入園から時間が経つにつれ、より複雑な質問へと変化していった。


 感想というものを求められるのが得意ではなかった僕は、読書傾向を専門書関連へと移行させていったのだが、幼稚園の先生の態度は変わらなかった。僕が理解できているという前提に立ち、質問を向けてくる。前世の僕――つまりグラスだった頃からかなり時間が経っている自覚があったため、錬金術の知識を現代のものに合わせていく目的で、僕は先生にごく簡単な仮説を幾つか披露した。


 先生はそのたびに興味を持って僕の仮説に耳を傾け、その検証に時間を割いてくれた。アルフェの興味も僕につられて自然と錬金術へと向いた。


 やり過ぎたら女神に処刑されかねないから気をつけなければならないが、やはり錬金術についての知識を更新していく過程は面白かった。



 六歳になると、幼児期からの一貫教育を謳っていることもあり、僕とアルフェにはクラス分けのテストが課された。


 課題図書から自分の好きな本を選ぶ読書感想文、ごく簡単な算術テストに、付属幼稚園へ入園するきっかけとなった浮遊石を浮かせるテストの三つだ。


 テストの内容は、僕が先生と取り組んでいるものと比較すると遙かに幼稚な内容だったが、何かの引っかけかと思い、念入りに仮説を立てて、以前に検証した結果をデータとして呈示しておいた。


 子供の脳の特性の問題か、記憶領域に余裕があるのか以前のデータがきちんとした数値として頭の中に瞬時に浮かんでくるのは非常に便利だ。グラスの頃にはなかった能力だが、アルフェも度々暗誦あんしょうを披露して先生に褒められていたので、この頃の子供には良くあることなのだろう。


 そんなことを考えながら図表を付記していると、後ろの席にいるはずのアルフェの気配が隣に移ったような気がした。


「リーフ、リーフってば」


 いつの間に移動してきたのか、アルフェが僕の隣で誇らしそうに笑っている。


「アルフェ、できたよ」


 制限時間がないと聞いていたが、アルフェはもうテスト課題を提出し終えたらしい。集中していて全く気づかなかったが、先生に褒められたらしいことがわかった。


「それは何より」


 アルフェが解けたというならば、僕の考えすぎだったようだ。柄にもなく夢中になってしまったと苦笑しながら、僕もペンを置いた。


「リーフには、少し難しかったかな?」


 時間がかかっていたことから、僕が解けていないと解釈した試験監督が優しく声をかけてくる。


「いえ。面白かったです」


 子供らしい表情を意識して、アルフェと同じように微笑みながら解答用紙を提出する。用紙を受け取った試験監督は、大きく目を見開いたかと思うと、顔色を変えた。


「そんな……、まさか……」


 ぶつぶつと呟き、首を捻りながら試験監督が教室から出て行く。


「かんとくの先生、どうしたのかな?」

「さあ?」


 不思議そうに訊ねるアルフェに、気づいていない振りをしたが、およその見当はついた。

 普段のクラスでの振る舞いから自分たちが普通だと思っていたが、もしかすると僕は大きな勘違いをしているのかもしれない。



   ◇◇◇



 季節は巡り、龍樹に紅色の花が咲いた。


 付属幼稚園を卒業した僕とアルフェは、この春、晴れてセント・サライアス小学校に入学する運びとなった。


 付属幼稚園に入学した時点で特待生としての待遇が決まっていた僕とアルフェだったが、入学に先駆けて受けたクラス分けテストで首席扱いとなり、俗に言うエリートが揃うクラスへと振り分けられた。


 セント・サライアス小学校では、魔法の才能が特に重要視されているようで、浮遊石を浮かせるテストで自在に浮遊石を操り、校舎の屋根ほどに浮かせたアルフェには、入学式の生徒代表の話が持ちかけられるほどだった。


 ――まさか、『普通』の赤ちゃんとしてお手本にしてきたアルフェが、魔法の才能に関してはずば抜けていたとは……。


 クラスには僕とアルフェしかいなかったことや、先生の熱心な働きかけもあり、『普通』の概念を完全に見誤っていたようだ。


 これからは、もう少しセーブした方が良さそうだな。


「……リーフ。リーフってば、ワタシの話、聞いてる?」

「え? あ……うん」


 考えごとをしていた僕の頬をアルフェがつつく。


「新入生の代表には、リーフがいいよ。絶対!」


 僕があまり聞いていなかったのをわかっているのか、アルフェが聞こえないふりをしていた間の話を端折り、結論だけを突きつけた。


「……なんで僕? 頼まれたのはアルフェだよね?」

「ワタシじゃなくてリーフがいい。それか、一緒がいいっ!」


 この一週間、アルフェはずっと生徒代表の役割を断り続けている。最近は、断れないことがわかってきたのか、僕を巻き込む方向性のようだ。


 アルフェが断ると、僕にその役割が回ってくるのは、先生からもう聞いている。


 ――これ以上は目立たないようにしたいし、アルフェになんとしても引き受けてもらいたいんだけどな。


「ねえ、アルフェ。これは名誉なことだよ。ジュディさんだって喜んでいたよね?」

「ママは……、そうだけど……」


 アルフェが俯いて、もごもごと呟いている。


「ジュディさんは、他にはなんて?」

「……がんばったら、ごほうび、くれるって……」


 ご褒美というのは、子供の動機付けには有効なようだ。アルフェの意思表示が「絶対にやりたくない」から「リーフとやりたい」に変わっているのには、きっとそのことが関係しているのだろう。


 だったら、それを使わない手はないはずだ。


「アルフェが、がんばってるところを、僕も見たいな。がんばってくれたら、僕からもごほうびをあげるよ」

「……ほんとに?」


 アルフェが念を押すように訊ねてくる。どうやら効果が期待できそうだ。


「もちろん。それでアルフェが、がんばれるなら」

「……じゃあ、じゃあ……」


 アルフェが逡巡ののち、僕の目を真っ直ぐに見つめて訊いた。


「なんでもいうことを聞いてくれる?」

「いいよ。約束する」


 子供のお願いなどたかが知れている。僕が承諾すると、アルフェは快く新入生代表の役割を予定通り引き受けてくれた。

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