第11話

 時が流れて――四月。

 僕たちは1Kのアパートを借りて、同棲を始めた。


 もうすぐ大学が始まる。大学が始まれば、何かと忙しくなるだろう。だから、それまでの間、思う存分、二人で自堕落な生活をしようじゃないか――。


「――にしても、自堕落すぎるんじゃないだろうか」

「京ちゃん、どうしたのいきなり?」


 トイレから戻ってきた薫が尋ねてきた。


「いや、だから、自堕落すぎるなーって」

「大学始まったらこんな生活できないんだから、今のうちに楽しんでおかないと」

「うーん、だけどさ、毎日毎日一日中ごろごろごろごろしてるのもなあー」

「私は京ちゃんとずっと一緒にいられて、とっても幸せなんだけど」

「うん、まあ……僕も幸せだよ」

「じゃあ、いいじゃん」


 いいのかなあ……?

 首を傾げる僕の隣に、薫が勢いよく座る。ベッドにヒップアタックしてるみたいだった。僕より体重が重いらしいので、ぎしっとベッドが軋む。こちらを見つめる薫は心底幸せそうににこにこしている。


「ところでさ、京ちゃん」

「……ん?」

「性欲ってある?」

「……どうしたんだよ、いきなり」


 前にこんな感じの会話をしたことがあったような……。でも、そのときとは立場が逆のような気がする。前は僕が尋ねたんだ。


「だってさ、私が京ちゃんを押し倒したことは今までに何度もあったけど、京ちゃんが私を押し倒したことって一度もないじゃん」

「んー、そうだったかな?」

「そうだよ」


 薫は不満そうに、口をアヒルみたいに尖らせる。


「京ちゃんはいつだって受け身だ。男のくせに」

「今時、『男のくせに』っていうのはよくないんじゃないかな?」

「うるさい。根性を見せてみろよ」


 そう言うと、薫は大きく両手を広げてみせた。立っていたら、タイタニックのあのポーズみたいだ。

 根性を見せてみろよ――つまり、押し倒してみろよ、と薫は言っているのだ。


 ごくり、と僕は生唾を飲み込むと、薫をベッドに押し倒した。押し倒した、が――そこで僕の動きは止まった。なんだか無性に恥ずかしくなって、それ以上は何もできなかった。

 はあ、と薫はこれ見よがしにため息をついた。君には失望したよ、とでも言いたいのかもしれない。


「ほんっと、京ちゃんって根性なしだよね!」

「……ごめん」

「でも、京ちゃんのそういうところも私は大好きだよ」


 薫はそう言うと、僕の両脇を掴んでぐるっと半回転。あっという間に、僕がベッドに押し倒される構図に。


「ま、今日のところはこれでよしとしてあげよう。でも、いつかは京ちゃんからモーションをかけてね」

「頑張る」

「というわけで――」


 がばっと薫が僕の上に覆いかぶさる。


「――いただきます」


 こうして、僕は今日も恋人においしくいただかれたのだった。

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幼馴染に「性欲ってある?」と聞いた結果 増補改訂版 青水 @Aomizu

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