11 王様の耳はロバの耳 (お題:私と読者と仲間たち)

 インスタほど有名どころじゃないけど、とあるSNSで『B級だっていいじゃない!』という投稿をシリーズで続けている。

 ありがたいことに、そのタグを付けたときには読者が増える。フォローもぼちぼち増えてくれるので、NEWオープンの報を聞けば、真っ先に駆けつける身体になってしまった。


 人気があるのは安くてボリューミーだったり、カスタマイズ豊富なメニュー。あとは、昭和レトロな雰囲気とか。年配の人に好評らしい。

 とはいえ、そういう店は紹介してもしばらくして閉めちゃったり、酷いときには行った先が更地だったりする。

 そんなだから、見かけはオンボロお化け屋敷のこの居酒屋なんて、格好の話題になるはずなんだけど……


「はわん。まただ〜」


 画像のクラッシュ。本体のシャットダウン。データの消失。謎の不具合で、どうしてもネット上にアップできない。

 お出汁の染みたおでんや、柔らかく煮込まれたもつ煮込み。白子の天ぷらにキュウリの一本漬け。ここで出てくる料理は派手じゃないけど、どれもほっとする美味しさだ。

 それを、もっと伝えたいのに!


 ……いや。理由は薄々感付いてる。この店のこと、全部が全部アップできないわけじゃない。

 店では圏外になるから、リアルタイムでの更新は絶対無理。でも、写真は撮れる。


 『美味しいおでんを食べてきました!』


 こういうのは大丈夫。

 店名も、大丈夫。住所もイケるのに、店に到るまでの細かい道順や目印はNG。

 なんと、アップしようとしてからしばらくは、その店に行き着けなくなるおまけ付き。

 何を言ってるんだと思うでしょう?

 だけど、本当なのだ。あったはずの扉が見つからない。ビルの裏口のような、その場所が。


 それについても心当たりがある。

 『おばけ居酒屋』と呼ばれているのは、古い木造建築に、破れた赤提灯とか暖簾の見た目がそう見えるからだ。前の店主が亡くなって、営業日数が減ったのも、その噂に拍車をかけた(のだそうだ。私が知ったのは、今の店主に変わってすぐくらいだった)。

 だけど、私は気付いている。そこには、『おばけ』がいるのだ。

 幽霊じゃない。あ、幽霊がいることも、あるにはあるけど、たぶん、あれは、妖怪というもののような気がする。


 オカルト好きにはたまらない、絶好のスポットになるというのに、そういう文章は絶対に消えてしまう。

 妖艶美女のろくろ首。無口な作業着のぬりかべ。いつの間にかカウンターで寛いでるぬらりひょん。

 親戚の子だという少年は、時々耳と尻尾が見えている。

 店の中では皆、人を装っていて、ちゃんとお金を払って利用しているから、店主も気付いているのかいないのか判らない。

 私は彼らの本質が、その姿にダブって見えるのだ。


 初めは驚いたし、馬の糞でも出されるんじゃないかと心配もしたけど、店主はちゃんと人間だし(目つきは悪いし無愛想だけど)彼らが悪さをする様子もない。

 ただ、楽しそうに幸せそうに料理を食べている。

 だから、妖怪も魅了する味、なんて書きたくなるのも解るでしょう?

 もしかしたら、彼らに会えるかもしれませんよ。その程度の紹介文、許してくれてもいいじゃない。本気にする人、いやしないって。


 今のままだと、この店も近いうちに無くなっちゃう。いつ行っても、人間より妖怪の客の方が多いんだもの。

 私だって毎日行けるほど裕福じゃない。いっときの盛り上がりだとしても、その中から二度三度通ってくれる人がきっと出てくる。広く知ってもらって、何とか繋ぎ止めたいのだ。それなのに。

 それなのに!

 私はスマホを投げ出して、ベッドの上に倒れ込んだ。




 二週間ほどのペナルティ日数を過ごして、ようやくかの店に行き着く。奥のテーブル、定位置のその場所で赤い着物を着た美女がクスリと笑った。

 今日は作業着のおじさんはいない。他の客も。私は思いきってそのテーブルへと近づき、彼女のはす向かいに腰掛けた。


「この店を潰すつもりですか」


 突然の口撃に彼女は一瞬目を見開いて、すぐにコロコロと笑い出した。


「そんなわけ、ないだろう?」

「だって、じゃあ、どうして客を制限するような真似、するんですか」

「物事には、タイミングというものがあってね。相応、ということもあるし」

「相応……」


 復唱した私の前に、厚みのあるごつい湯のみが置かれた。おしぼりも。


ぼんは、まだ納得してないからねぇ」

「納得?」


 見上げた私ではなく、着物の美女を睨みつけて、店主はカウンターの中に戻っていく。


「嬢ちゃんは、どうして自分の口で広めようとしないんだい?」

「……うっ」


 リアルでのコミュニケーションは苦手オブ苦手だ。当然、友達も少ない。

 そんな私が、一晩中明るいこの街で『妖怪』なんて単語を発して誰が信じるというのだろう。

 ネットの中にはコアな人がたくさんいる。リアルで闇雲に叫んで失笑されるより、趣味で盛り上がっている人たちに囁く方が、ずっと効果的だと思うのだ。


「嬢ちゃんの書いた断片情報で、辿り着いた人もいるよ。ただね、来てほしくない客にも、押しかけられるのは困るんだ」

「それは……」


 不特定多数に公開するからには、確かに嫌な客も増えるのかもしれない。今のところ、妖怪がいたって店の雰囲気が嫌な感じになったことはない。だから、紹介したいと思うのだし。


「嬢ちゃんが店のためを思ってくれてるのは、わかってる。だから、出禁にまではしてないだろ?」

「……え? 出禁?!」

あねさん」


 冷やりとした声が、カウンターの向こうから飛んできた。


「いいんだよ。この嬢ちゃんは視えてるんだから。白黒つけとかないと、そろそろ面倒だよ」

「で、出禁って、入れてもらえなくなるってことですか?」

「辿り着けなくなるってことさ。昨日までは来られなかっただろ? あれが、ずっと続く」

「そんな、」


 ばかな、とは続けられなかった。だって、確かに昨日まではどうやっても来られなかった。せっかく居心地のいい、料理もおいしい店を見つけたと思ったのに。

 ちっ、と舌打ちが聞こえて、店主が冷蔵庫から何かを取り出して、盛り付け始めた。


「放っておけばいいだろ。どうせ閉めるはずだった。どっちの客も、

「坊――それは、客の前で言うことじゃないよ!」

「出禁にするなら、どの道これで最後じゃないか」


 そう言いながら私の前に出した一皿には、小さなチョコレートケーキが乗っていた。金のラインが入った薄い板状の三角のチョコレートが刺さっていて、オレンジ色のソースが周囲を飾っている。

 突然、レストランで出るようなスイーツが現れて、私は混乱した。これは、最後の晩餐的な何かなんだろうか。


「詫びだ。本来、客にはこちらの都合を押し付けるべきではない」


 呆気にとられながらも、私は差し出されたフォークを受け取った。崩してしまうのがもったいなくて、でも本人がそこで見ている。写真を撮りたいけど、食べないわけにはいかない流れだ。心中泣きながら半分にしたケーキを頬張った。


「……おい、し……!」


 それは、味も間違いなく高級スイーツだった。オレンジのソースの酸味が、チョコの甘味や苦みをさっぱりと包んでくれるよう。しっとりしたスポンジにはオレンジピールが混ぜ込まれていて、パリッとした表面のチョコとともに、口の中でほどけて混ざる。

 この居酒屋でスイーツは眼中になかった。頼んだとして、期待する味は家庭で作られるような素朴なもの。でも、これは……

 感動している私の斜向かいで、着物の美女は店主に向かって小さく首を横に振った。


「あたしらには、魅力がないね」

「え……? 美味しいですよ? どこのお店のですか?」

「坊の手作りさ」

「え!?」


 美女は苦笑して、店主は難しい顔をしたまま背中を向けた。


「源さんのレシピなら、大丈夫なのにねぇ……」


 ひどく心配そうな表情で店主の背中を見つめる彼女が、私の中で焼き付いたように居座った。




 その日、「坊が言うから」と何を書いても妨害しない旨を告げられて、何度も書き直した文章は、結局、無難なものになってしまった。

 読者からのコメントには「場所を詳しく!」との文言が並ぶ。スイーツに言及したから、写真が撮れなかったにも関わらず、女性の反応も多い。

 私だって教えたい。だけど、何か訳ありな様子の店主が、有象無象の客に嫌気がさして辞めてしまうのは、もっと嫌だ。

 どうやら悪いものではなさそうな妖怪のお客さんたちにも、興味が湧いてきた。もしかしたら、違う世界が覗けるかもしれない。人間とも正面切って付き合えない私が、彼らの仲間に入ることはできないのかもしれないけれど。


 ともかく、出禁しめだしを食らうようなことは避けなければならない。

 だから私はひとり部屋の片隅で、公開しない原稿を書く。誰かにぶちまけてしまいたいことを、ありのままに。タイトルは「本物に会える店」。出来上がったそれを、私はクラウド上の個人フォルダに保存埋蔵した。




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