8 21回目の正直 (お題:21回目)
常連ってさぁ、どのくらい通えば常連なワケ?
かれこれ三年は通ってる。そりゃ、毎日じゃないけど、週に二度は顔を出してる。
『想い出の味』のことを知ったのは、一年ほど通ってからだった。
もう食べられないような味? 何かあったかな?
最初のリクエストは、初めて付き合った彼女と食べに行ったたこ焼き。少し小さめだけど一皿の数が多くて、山椒の粉がかかってた。学生御用達の店だったけれど、卒業から三年ほどでなくなってしまった。
「あー……そいつは、ちぃと無理だな。すまねぇ」
アッサリ却下されたけど、仕方ないと諦めはついた。
二度目は最初の一品が頼まなくても出るようになった頃。旅行先で食べた牡蠣飯を思い出して、作ってくれと頼み込んだ。源さんは、これも「出来ない」と言ったけど、うちので良けりゃ、と源さんの牡蠣飯を作ってくれた。
それはそれで旨かったから満足はしたんだが、別の客が一見何でもない一品を感無量の顔で食べるのを目撃するたびに、自分も食ってみたいと思う気持ちは膨らんだ。
三回、四回。十回、十五回。何度頼んでも、源さんは首を横に振る。
何故なのかと聞いても、「できないものはできない」の一点張り。
実は源さんに嫌われているのかと落ち込んで、そこから意地になって昔食べたものを思い起こした。
「友達の誕生会で出てきたフルーツポンチ!」
その日はほかに客がいなかった。先にいた二人が入れ違うように出て行ったので、丁度そういう時間帯だったのかもしれない。
その代わり、小さな子供が興味深そうにこちらを見ていた。カウンターの向こうにいるので、源さんの身内だろうか。少し目つきが悪くて、顔立ちが似てる。
「それって、どんなたべもの?」
「缶詰の果物がいろいろ入ってて、寒天とかも……汁がピリピリしたから、きっと炭酸が入ってたんじゃないかと」
「ふうん。じーちゃん、つくれる?」
「そこで出たものは分からねえが、似たようなのは作れるぞ」
源さんは缶詰をいくつかと、冷蔵庫からサイダーを取り出して、手早くボウルで混ぜ合わせた。みかんにパインにモモ。真っ赤なチェリー。みつまめも入って、みかん以外の缶詰の汁も混ぜ合わせる。そこにサイダーを注げば完成だった。
「俺は白玉入ったのが好きだがな。今日はこんなとこだ」
小さな器に分けて、少年と俺の前に置かれる。
ドキドキして炭酸のはじける音を聞いていると、少年がひとくち口に含んでぱっと表情を明るくした。
「なんか、たのしいあじ!」
そうだったかも、と、自分も口に運んで……こんなものだったかなとちょっと落胆した。他の人のように「そうそうそう!」とはならない。
「これは一般的な作り方だ。あんたの思ってるものとは違うかもしれねえ。残念だが、同じものは出来そうにないよ」
かれこれ二十回目。さすがに、肩が落ちた。
「……なんでダメなんですかね……」
「え。おじさん、たのめるものあるでしょ」
きょとん、と少年は言った。
「え?」
「どうぞってされてるのに」
「コラ! 孫がすまねぇ。気にしないでくれ」
源さんはちょっと慌てて、フルーツポンチの入ったボウルと少年を奥の部屋に追いやった。
おじさんと呼ばれたのももやっとしたけれど、それ以上に少年の言葉が小骨のように引っかかって気持ち悪い。
「頼めるものって……」
「子供の言うことだから」
源さんは飄々といつもの店主に戻ったけれど、追加のビールをジョッキに注いだ後、奥の部屋を少し厳しい目で振り返っていた。
「どうぞ」には実はひとつ心当たりがある。
でも、どちらかというと思い出したくない記憶だ。当時親友だった男と絶縁する羽目になったきっかけで……
そいつとはクラスも部活も一緒で、下手すると家族より長い時間一緒にいたかもしれない。爽やかスポーツ少年だったそいつは、文句なく女にもモテていた。
その関係が少々変わってきたのは、そいつの家の近所に転校生が越して来てから。
人懐っこくて、ちょっとドジな女子。面倒見のいいそいつは、よく忘れ物なんかを届けていた。
しばらくして、そいつは俺との約束をキャンセルするようになった。訊いても、別の外せない用事が入ったからとしか言わない。
しゃーねーなー、マックのポテトで許してやるよ、なんて初めは流してた。
雲行きが怪しくなったのは、キャンセル喰らった日に姉にパシリにされた時。繁華街を楽しそうに歩く二人を見た時からだった。店先で頭を寄せ合うようにショーウィンドウを覗き込み、指を差しては笑い合う。
なんだよ。そういうことなら早く言えばいいじゃないか。
ちょっとムッとして、無駄に早足で帰ったのを覚えている。
いつ報告があるのかと、あえてこちらからは訊かなかった。誕生日が近かったこともあって、その日は盛大に祝ってくれると言う言葉に、水を差したくなかったというのもある。
当日、そいつの家に呼ばれていた。十三時集合、ということだったけど、昼は食うなと言うので腹ヘリのまま着いたのは十二時くらいだった。呼び鈴を押して、返事がある前に上がり込む。いつものことだった。
玄関に可愛らしいサンダルがあるのを見て、嫌な予感はしていた。
「ま、まずいよ。まずいって!」
そう、あわあわする彼女を「大丈夫だから」となだめるそいつ。
なんだか、一気に冷めた気分になって、部屋の入り口で立ち止まった。
「俺、お邪魔だった?」
「そ、そんなことないよ!」
「彼女もいっしょに祝いたいって言うから。十三時って言ったじゃないか」
一瞬顔を見合わせた二人は、焦ったように取り繕う。
「腹減ったし……」
「も、もう少しだから、ちょっと待ってて!」
「お前は座ってろよ。俺も手伝って、すぐ用意するから」
テーブルの上にはケーキのようなちらし寿司がすでに出来上がっていて、彼らは餃子を包んでいるようだった。焦る彼女が作る餃子はいびつな形になって、それをクスクスと笑うそいつと仲良さそうに作業する様子を見せつけられる。
だんだん、イライラしていた。
俺の誕生日だよな? って。
ようやく料理が揃って、そいつらも席につくと、彼女が「どうぞ」って言ったんだ。
まだ音を立ててるアツアツの餃子は、皮がもちっと、肉汁がたっぷりで危うく舌を火傷しそうになりながら頬張る。ニンニクと生姜が効いていて、好きな味だった。
「どう、かな?」
「……うまいんじゃね?」
「ほんと!? 良かった!」
ぱっと顔をほころばせた彼女は、そのまま横を向いて、そいつにも餃子をひとつ取り分けた。
「ほら、○○君も食べなさいよ! 美味しいって言いなさい!」
突き出される餃子に、苦笑を向けるそいつ。ふっとため息が出た。
「……あのさぁ、いちゃつくなら、よそでやってくんない?」
「え……?」
顔色を失くして、彼女が振り向く。
「二人、付き合ってんだろ? それは、別にいいけどさ、俺をダシにすんのやめてくんねーかな」
「おいっ! 彼女は!」
「一緒に祝いたいとか見え見えなんだよね。もういいから、後は二人でどうぞよろしくやれよ」
立ち上がった俺の腕を彼女が掴む。
「待って。違うの! 誤解だから……」
「もういいって言ってんだろ!!」
振り払った腕は、勢い余ってケーキ寿司にぶつかり、床の上にぶちまけられた。
見開いた彼女の目から涙がボロリとこぼれて、そのまま彼女は玄関へと走り去る。
彼女の名を呼んで追いかけかけたそいつは、入り口で振り返って俺を睨みつけた。
「人の話はちゃんと聞けよ! 後で、話あるからな!」
彼女を追って出て行った彼は、結局その日遅くまで帰らなかったようだ。
飛び出した彼女が、車に轢かれて亡くなったと聞いたのは、次の日学校でのことだった。
彼とはそれきり話をすることもなく、進路も分かれて現在に至る。
* * *
心の奥底に刺さっていた小さなトゲを思い出して、一週間ほど落ち込んでいた。
ついでに葛藤もしていた。それは『想い出の味』だろうか。忘れられないけれど、もう一度味わいたいとは思えない。それでも、少年の言葉がどうしても気になって。
俺は源さんに二十一回目のリクエストをした。
源さんはレシピも聞かず、ただ黙って頷いた。次に来るときに用意しておくと。
当日、記憶よりはずっと小ぶりのケーキ寿司と餃子が出される。餃子はニンニクとショウガの効いたあの味。そして、あの時食べられなかった、そぼろの挟まったちらし寿司をひとくち口に含んだ時――
『私、あなたのことが好きだったの』
幻聴が聞こえた。忘れたくて忘れられない彼女の声。
そんなことって、あるだろうか。
そんな、残酷なことが。
でも、それなら話があると言ったあいつが、結局何も言わなかった理由も解る。彼女がいなくなったのに、そんな話を聞かされても、きっと俺は信じなかった。
『彼は協力してくれただけ。そろそろ、仲直りしてほしいな……』
あの時の彼女のように、俺の目からボロリと涙の粒が落ちる。
『うっかり死んじゃって、ごめんねえ』
幻聴はそれっきり。だけど、いやに明るいその声が、逆に彼女らしさを強調する。
箸を動かせなくなった俺を見ないように、源さんは黙って洗い物を続けていた。
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作中参考食品:餃子、ケーキ寿司
ちらし寿司もケーキの型などで丸くして、マグロやキュウリ、玉子、いくらなんかで飾ればカラフルでケーキっぽくなりますね。そぼろや桜でんぶだけでも。今は混ぜるだけ、なんてのもありますので、料理下手な学生でもハードルは低いんじゃないでしょうか。
作者の家では生チラシや手巻きになりがちなので、普通のちらし寿司を食べる機会はあんまりないんですよね。
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