7 運命の人 (お題:直観)

 雷に打たれたような出会い、とか、憧れない?

 上手くいくかどうかは知らないけど、そんな衝撃を受けてみたいものだとは思う。

 でも、まあ、自分には無理だとも解ってるんだよね。なんつーの? カン?

 広告代理店なんかで仕事をしてると、世の中の流行りものの最先端を常に取り込まなきゃいけないわけで。一世を風靡しては廃れていくあれこれを見続けた結果、を判る人間になってしまった。

 化粧もファッションもこのくらいやっとけばウケるでしょ。っていうのが判る。

 判ってしまうと、なんだかつまらないんだよねー。

 「いいね!」の数とかどうでもいい。そうなるように上げてんだもん。そうなるに決まってる。


 その点、同僚の律夏りつかはイイ。

 素直で真直ぐ。よそ見しないで自分の好きなことを見つめてる。その分、目端が利かないのか、ポカすることも多くてよく落ち込むけど。ここぞという時の瞬発力や、明後日の方向への突破力とか、何が飛び出るか判らない感じが最高だ。

 彼女のミスからその仕事がどうなっていくのかを見るのは、下手なドラマを見るより面白い。

 だから、私は彼女を慰めても大きなフォローなどはしないのだ。

 性格が悪い? 知ってる。だから何?

 どれもこれも、私が手を出すほどのことではないのだもの。




 ……とはいえ、今日の空間デザイナーを自称する、律夏のクライアントはヤバかった。

 何が? と、言われてもうまく言えないので、カンでしかないのだけど。顔はいいし、所属する建築会社も大手だし、頭も悪くなさそうだった。ポカした律夏を無下に扱わなかったのも評価が高い。

 なのに。なのに、だ。

 どうにも本能が警鐘を鳴らす。ノットフォーミー!

 当たり前だが、そんな男、律夏にもバッドだ。当たり障りなくイマドキの印象付けるようにして、私はフェードアウト。律夏にも外で会わないように注意しようとして――できなかった。

 ビシバシと感じる。律夏は挽回のチャンスを

 カンだ。カンでしかない。

 腹立たしいし、納得いかないけど、結局私は律夏を送り出した。

 こんなに自分が信じられなかったことなど無い。きっと間違いを犯したに違いないと、行きつけのショットバーのカウンターにだらしなく頭を乗せた。


「よっしー、落ちてんの、珍しいな」


 目の前でグラスを拭きながら、ひびきが柔らかく笑った。


「よっしー言うな。今は客だぞ。……対応を間違えた気がする」

「それこそ、珍しい。仕事?」

「仕事なら取り返せばいいじゃん。律夏に何かあったらどうしよう……」

「何? ハニー絡み? 喧嘩でもした?」

「ハニー言うな。うぅ。怪しい男の元へ送り出してしまった……」


 ぷっと吹き出す響を睨みつける。


「いや。無理。それ、完全にめんどくさい男のセリフじゃん」


 げらげら笑う響はマスターにたしなめられて、ようやく声を落としたけど、まだ肩が震えてる。

 コンタクトにして髪を撫でつけ、バーテンダーをしている響はそこそこいい男だ。休みの日はスウェット上下でぼさ頭の眼鏡ダサ男になるし、まだグラス拭きしかさせてもらえないペーペーだと、私は知ってるけど。

 いわゆる腐れ縁だから、向こうも私の裏側を熟知している。だから、まあ、気を遣うことはない。たまに寝るけど、付き合ってるという訳でもない。

 ああ、本当に、律夏のように生きられたら良かったのに。



 * * *



 結局腹いせに閉店まで居座って、一杯おごらせた上にお持ち帰りしてやった。それでも気分は晴れなくて。


「あのね。をこういう風に誤魔化そうとするの、よっしーの悪いとこだからね」


 トーストと目玉焼きを前に、フライパンで指されて肩をすくめる。

 柔らかい緑色のスムージーとか、どっから出てきたんだろう。そういう家電は確かに持ってるけど。


「ごめん。ありがとう?」

「俺はいいけど、世には勘違いヤローもストーカーも山ほどいるんだからな」

「あー。その辺は、わかるから」


 響は小さくため息をついた。


「それも厄介……ま、いいや。ちゃんと食べて、ハニーに心配かけないように」

「そこは、心配してほしいなぁ」

芳枝よしえ


 おっと。マジ説教モードに入った。

 慌ててトーストにかじりつく。寝ぐせもすっぴんも見られて怖くない相手は、怒らせると少々厄介なので引いておくに限る。この年で親に密告されるとか冗談にもならない。

 いつものようにパリッと支度を済ませても、響はのんびりコーヒーを飲んでいた。


「一緒に出ないの?」

「ここの方が便利家電揃ってるから、洗濯してアイロンかけて、もうひと眠りしてから帰る」

「は? 使用料取るぞ」

「よっしーの分も洗濯するし、掃除機もかけて帰るんだからいいだろ」


 ぐぬぬ。これだから腐れ縁というやつは!


「鍵はちゃんとしてよね!」


 スマホを見ながらゆっくり上げられる左手に、微妙な敗北感を感じた。




 乗らない気分でそこそこサボりつつ仕事をこなして、ようやく昼休み。愛しのハニー……もとい、律夏は少々興奮しながら私の手を引いた。

 朝から何か言いたそうなのは気づいていたし、表情も昨日より明るい。弾む足取りが可愛くて、ようやくほっとした。

 いつものカレーランチを前に、律夏は身体を乗り出して、声を潜める。


「昨日、吉出さんと『おばけ居酒屋』探したんだけどね、全然見つからなくて。へとへとになって、もうご飯を食べて帰ろうかってことになったんだけど……」

「ごはん、食べたの!?」


 ちょっと肝が冷えた。律夏の好みではないと思うけど、無碍に断ることも彼女はしない。


「あ、ううん。その前に吉出さんに電話が入って。急な仕事だったみたい。それで、そこで別れたんだけど、そしたら、そのあと偶然その居酒屋らしいとこ見つけちゃって」

「へぇ……って、見つけた?」

「そうなの! すごいんだよ? ビルに囲まれた場所に、ぽつんと。あれ、見つからないのも当然だよ。っていうか、どうしてそうなったって感じで」


 まくしたてる律夏はいつになく興奮気味で、相槌を打つのも忘れそうになる。


「店も看板もボロボロだし、スマホは通じないし、吉出さんのことは言ってもいないのに出禁だって言われるし、着物の美女はいるし、愛想はないし、だけどおでんは絶品だし!」

「ど……どうどう。ちょっと、落ち着いて? よくわかんなくなってるよ?」

「そうなの! よくわかんないの!」


 落ち着こうとしたのか、律夏は何度かカレーを口に運んだ。


「店主は、噂通りだったの?」

「よくわかんない。前の店主を知らないし……でも、三十半ばくらいの、無愛想な男の人だった」


 『おばけ居酒屋』はいわゆる都市伝説だ。店主が死んで畳んだはずの店が、時々開いている。そこには若い頃の店主の姿が……なんて、よくある。

 ただ、その店はちゃんと営業している頃から、「たどり着けない」「迷う」と噂の絶えない店だった(らしい)。常連にだけ出す裏メニューの話とか、ネットの中ではまことしやかに囁かれていた。

 一緒に探してくれなんて、あの男の口実だと思っていたのに。


「それで、えー……出禁?」

「そう! 見つけたこと、吉出さんに教えようと思ったんだけど、店主さんに「その男は出禁だから駄目だ」って。吉出さん、探したけど行けてないって言ってたよね? 教えるべきか、迷っちゃって……」


 どう思う? って上目遣いに頼られたら、私の返事は決まってる。


「そりゃ、黙ってるべきだね。どういう経緯か知らないけど、店側に迷惑がかかることはしない方がいいもの」

「そう、かな……」

「そうそう。それに、一緒に探すことで約束は果たしてるでしょ! もう、仕事以外で関わらない方がいいよ!」


 ここぞとばかりにきっちり主張しておく。あの男は有害。決定!


「た、確かに。後は仕事で挽回した方がいいよね」


 ちょっとほっとしたように肩の力を抜いて微笑む律夏は可愛い。うむ。可愛い。これで仕事も心配ないはずだ。やきもきした分、ご飯に誘っちゃおうかな。

 タイミングを計っていたら、先に律夏が口を開いた。


「芳枝、週末暇? 店はボロボロだけど……おでんはすごく美味しかったの。他のも食べてみたいし、夢じゃないって確かめたいし、一緒に行ってくれない? そのあとイタリアンでも付き合うから!」


 あの男にイタリアンの方が好きって言ったのは方便だし、律夏となら何処でもいいのに。こういうところも、可愛いんだよなぁ。


「おでんも好きだよ? 律夏のお薦めなら、楽しみ!」

「ほんと? 良かったー。店主さん、ちょっと怖い感じだから、芳枝がいてくれると頼もしい!」


 ほうほう。律夏を怖がらせるとは。

 それでも食べたくなる料理の腕がどれほどのものなのか、確かめさせてもらいましょう。

 ミッションコンプリートで、ご飯のお誘いまで受けて上機嫌だった私は、その店主の顔を見るまで、どうして律夏がそこに辿り着けたのか、疑いも不思議にも全く思わなかった。


 世の中には、雷に打たれたような衝撃がなくとも、動き始める運命の輪というものがあるのだ。私はそれを、特等席で見守ることになる。




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