とーとろじー

 私立大学に通う梨沙子は特にお金に困っているわけではなかった。授業料も親が払ってくれるし、仕送りも十分すぎるほどもらっていた。それほど彼女の両親は親馬鹿だったのだ。しかし梨沙子は、自分の家庭はそれほど裕福というわけではなく、親は無理をしてお金を送ってくれているのではないか?と思っていた。バイトはやらなくてもいいと言われていたが、飲食店でのバイトを始めた。仕送りを減らしてくれと親に頼んだが、受け取っておけ、美味しいもの食べたり友達と遊んだりしなさい、使わないなら貯金していればいいと言われ、梨沙子も言い返すことはできなかった。

親にはとても感謝していた。ここまで育ててくれたことにも感謝しているし、今もこうやって愛情たっぷりに支援してくれることを有難く思う。おかげで何不自由なく安心して生活することができているのだから。親は私にこそ涙を見せなかったが、母は父が泣いていたと電話でこっそり言っていたし、父は父で母が私を心配して夜眠れないことが時々あると電話で話していた。

自立したいという気持ちもあるし、親に迷惑をかけているんじゃないか、親は無理しているんじゃないか、という不安、申し訳なさ、心配もある。梨沙子は稼がなければと焦った。バイトのシフトを増やし、飲食だけでなく、シフトの融通が利きやすいコンビニのバイトも始めた。それでも焦燥感がどこか胸の片隅にあった。もっと効率よく稼ぎたい。そう思った。

ちょうどその日は試験期間中で、翌日も試験があったのだが、パパ活のことが頭から離れなくなってしまっていた。梨沙子はパパ活アプリをダウンロードした。以前からパパ活は気になっていた。肉体関係は持ちたくないが、お食事に1回行くだけで5000円以上ももらえる。大人な関係さえ持たなければ非常に良い仕事だと思った。アカウントを作った。ほとんどの男性が30代以降のおじさんたちだった。大抵が年収が1000万以上だった。アプリの仕組みもよくわからぬまま気に入った安全そうな男性何人かにハートマークをつけた。自分のプロフィールを閲覧した人の人数が少しずつ増えていったが、たった6人が訪問しただけなのに、自分は二十歳だから需要が高いのだろうと有頂天になって女王様気取りで喜んだ。一人の男性からハートが返ってきて、メッセージが来た。

「はじめまして!~~です!マッチングありがとうございます(⌒∇⌒)」

このハートマークの意味ってマッチングだったのか。ほんの少し、恐怖のようなものを感じた。そういう大人の世界の中に自分が足を踏み入れているのだと今更自覚した。何通かメッセージをやり取りした。梨沙子はスマホが気になって仕方がなかった。通知音が来ていないにも関わらず何度もメッセージを確認した。試験の勉強など全く集中できなかった。相手の男性が「どのようなお付き合いを考えていますか?」と聞いてきた。パパ活など初めてなので、「どのようなお付き合い」と聞かれても、彼氏もできたことのない梨沙子にはよくわからなかった。しかしここで相手に主導権を握らせてはならないと思った梨沙子は「初めてなのでよくわかりませんが、交際は控えさせていただきます。」と送信した。しばらくして男性から帰ってきたメッセージは、これまでのきちっとした感じが一気に抜けて、ため口でさらっと別れを告げた。混乱し、もしかしたら意味を取り違えたのかもしれないと思い、梨沙子は交際とは大人の関係という意味だと言った。しかし男性は食事等は仕事でできるからと断った。

梨沙子は打撃を受けてしょげた。梨沙子は男性を子供だと甘く見ていた。若い女の子と食事に行くだけでよだれを垂らすような男だろうと見くびっていた。だが相手も50代だ。そんな幼稚でういういしいはずがない。そして最も失望したのが、男たちは体ばかりを求めるのだという現実だった。当たり前である。そんなアプリを使っているような男なのだから。外見や肉体関係よりも精神的な美しい関係を重視する男性もいなくはないだろう。だが生物学的に考えればそんな純粋な男性などほとんどいないのは明らかだ。

しかし梨沙子も梨沙子だ。偽の愛情を金で売ろうと企んでいたのだから。

双方とも醜かったのだ。

このできごとが頭から離れないまま梨沙子が受けた翌日の試験は、半分以上が空欄だった。

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