36 「新たな仲間」
サイレンス。
それは、岩石王の手足として動く魔物。
その名前を聞くと、俺の身体が反射的に強張る。
「このサイレンス”翡翠”を使って、新しい気の聖宝器の再現をしましょう!」
エアが脳天気に提案した。
そんなに軽々しく!?
「それぇ……倒したんっすかぁ?」
俺は恐る恐るきく。
「はい!ハルマきゅんが」
エアが得意げに言う。
「元々、サイレンスは7体いました。その頃は
「この翡翠と緑の矢を使って、気の聖宝器”レーザービーム”を再現するんだな?」
俺は腕を組み、翡翠を見つめた。
納得した素振りをしたけど、めちゃくちゃ抵抗があるぜぇ……。
これぇ、サイレンスなんだよな。
間近で見るのは初めてだ。
ノーラに砕かれたサイレンス”エメラルド”はしっかり見てなかったからなぁ。
ミスリルをモーフィングすることには慣れたけどぉ……サイレンスはゾッとする。
"職人殺し"のトラウマが身体に染み付いているんだ。
分かってるのにビビっちまう。
なんだか悔しぃぜ。
「カジバ、大丈夫?」
隣のミスリルが心配そうにきいた。
俺は無理やり口元を上げた。
「ったりめーよぉ!!!」
こういう時は無根拠な威勢を張る ”ドワーフスピリッツ” が役立つ。
俺はガハハと笑った。
いいぞぉ。やれそうな気がしてきたぁ!!!
「トネリコぉ、待ってろよぉ!すぐにでっけぇ槍を渡してやるからなぁ!!!」
俺は腕を捲ると、緑の弓矢と翡翠に同時に触れた。
「
―――――
ケンタウレの少女、トネリコのための投槍と籠手。
新しい気の聖宝器”レーザービーム”が無事完成した。
気の試練がようやく終了したんだ。
今までで最長の試練だった。
だけど、やりがいがあった。
オリジナルの聖宝器作り。
なんだか、ようやく”勇者ハルマ”に近づけた感覚がするぜぇ。
ドワーフの皆にも自慢しないとなぁっっ!!!
―――――
俺たちはシグルドの城塞に来ている。
目の前には玉座に腰掛けたアルフォンス王。そして隣に立つエドガー王子。
俺とミスリルとハルジオンの3人は、王様に報告を終えた。
気の試練を終えたこと。
次の目的地に向かうこと。
この2つを伝えた。
「……そうか、それは素晴らしいことだ」
アルフォンス王がゆっくりと頷いた。
「勇敢な子供たちよ。そなたたちは皆の希望だ。我々は聖剣製作の旅を全力で支える」
ミスガル王国のアルフォンス王。
初めて会った時とは、全く雰囲気が違うぜぇ。
初対面は最悪だった。
あの時は「恐怖で頭が爆発した王様」としか思ってなかったからな。〈すんません〉
俺は心の中で頭を下げた。
「残りの試練は『水』と『虚』の2つ。私たちはこれから水の試練を受けるためにドワーフの里へ向かいます」
ハルジオンが王様に説明した。
「旅に必要なものがあれば、できる限り揃えよう。そなたたちには迷惑をかけた」
王様が頭を下げた。
「君たちには感謝している」
隣のエドガーも頭を下げた。
王様と王子。2人の関係も初めて会った時とは変化している。
防衛権戦の後、2人の事情はある程度耳にした。
魔族嫌いのアルフォンス王。
その原因は、妻と息子に降りかかった不幸にあった。
王妃は魔族が持ち込んだ病で命を落とした。
王子は魔族に呪いをかけられて"狼男"にされた。
2つの不幸が同時に降りかかったのは約15年前。
アルフォンス王は王妃の死を機に、ミズガル王国から魔族を徹底的に排除し始めた。
ミズガル王国は元から魔族との交流を避ける国だったが、”魔族断ち”の勢いが激しくなったそうだ。
一方、呪いにかかったエドガー王子。
彼にかかった呪いは王子自身によって隠されてきた。
呪いについて知っていたのは白の騎士の副隊長だけ。
王子の呪いは王様にも秘密だった。
しかし、王様は息子の異変に気づいていた。
ここが2人のすれ違いだった。
王は徹底的に魔族を排除するようになり、王子に対しては冷たい態度を取り始めた。
王は王子を白の騎士の主戦力から外し、戦いを止めるように口を出し始めた。
王子は自身が必要とされていないことに落胆した。
しかし、王の真意は違った。
戦いを止めるように言ったのは呪いが心配だったからだ。息子が毎晩、自身の呪いに怯えていることを王様は知っていた。
徹底的な魔族排除も王子のためだった。王子の呪いは人間には気づかれない。だが、魔族には気づかれる可能性があった。
その危険を避けたのだ。
しかし魔族を排除した結果、国を危険に晒すことになった。
ケンタウロスの忠告を聞かず、魔王軍の対処が遅れた。
「私は長い間、運命を呪ってきた。……だが今回、自分の力に向き合うことで守れたものがあった。魔鉱石の少女、君のおかげだ」
エドガーがミスリルの方を向いた。
「『良い力か、悪い力かは私が決める』……君の言葉、心に刻んだよ。私が"狼男"であることはどうしようもない。だから、この力で何をすべきかを考えた。そうしたら仲間たちも受け入れてくれた」
「私も……できることをやっただけで」
ミスリルが恥ずかしそうに頷いた。
俺はその光景が、なんだか嬉しかった。
多分、ミスリルの意志が誰かに刻まれることが嬉しかったんだと思う。
「発つ前に、1つ確認したいことがあるのだ。カジバ」
アルフォンス王が最後にそう言った。
「おっ、俺ですか?」
俺は自分を指差す。
「そなたは強い”対魔力”を持っている、そうだな?」
王様が俺に確認する。
俺は無言で頷いた。
「……確認したいこととは、両親の名だ」
王様が慎重に言った。
俺は予想外の質問に驚いた。
「父ちゃんがヴィーラント。母ちゃんがアルヴィトです……けどぉ」
俺は恐る恐る答える。
なんの確認だぁ?これぇ。
俺は心の中で首を傾げた。
しかし、俺の回答を聞いた王様の表情が明らかに変わった。
「やはり……そうだったのか」
王様が俯いて呟く。
「2人は今……どこに?」
エドガーが俺に尋ねた。
「もう死んでます。……殺されました。職人殺しに」
俺は淡々と答えた。
王と王子。2人は残念そうに目を瞑った。
「ヴィーラントとアルヴィト。君の両親はこの国の鍛冶師だった」
王様が言った。
え?
俺は目を丸くした。
そんなの……知らねぇ。
俺の両親はホッドミーミルの森で身を隠しながら鍛冶師をしていた。
でも……そうだ。
「王様に仕えて城壁に守ってもらうことも出来た」と、父ちゃんが言っていたのを思い出した。
その王様って、アルフォンス王だったのか……。
王様は立派な自身の剣を俺に手渡した。
「これはミズガル王の象徴。この剣はヴィーラントが作ったものだ」
王様が言った。
「……抜いてみても?」
俺は恐る恐るきく。
王様は縦に頷いた。
俺は剣を抜いて剣身を見つめる。
父ちゃんの作る剣は沢山再現した。
洞窟に引きこもっていた時のことだ。
……見間違うはずがねぇ。
「たしかにぃ……父ちゃんの剣だ」
俺は小さく呟いた。
観察すると、すぐに分かった。
『火』『土』『風』の魔力を得た今なら、昔以上に分かる。
父ちゃんの技術、手の動き……。側で見てるように伝わる。
……本当に、ここで職人をしてたんだ。
「ヴィーラントとアルヴィトはシグルドを逃げ出したのだ。……君が生まれた時にな」
王様が経緯を話し始めた。
王子の呪いに気づいた王は、”対魔力”を持つ人間を血眼で探し始めた。
呪いを解く研究のためだ。
”対魔力”が呪いに対して無力だということも知らず、王は”対魔力”に執着し続けた。
そんな時、強い”対魔力”を持つ子供が産まれた。〈俺オブ俺〉
「王は息子を奪って、実験に使うかもしれない」
そう考えた両親は、密かに国を逃げ出したそうだ。
「……そなたの両親が”職人殺し”に殺されたのは、私に責任がある。本当にすまない」
王が言った。
俺は無言で俯いた。
「カジバ……」
ミスリルが俺に近寄る。
俺はゆっくりと顔を上げ、口を開いた。
「よかったぁ〜〜〜。俺ぇ、故郷を守れたってことだ」
安堵の声。
心からそう思った。
「王様ぁ……聞けてよかったです」
俺は王様にそう言った。
「……そうか。ありがとう」
王様は目を閉じて、ポツリと言った。
世界は広い。
洞窟を出て、森を出て、国を出て……そう感じてきた。
だけど。
……繋がってんだなぁ、世界って。
両親が死んだことを王様のせいだとは思わない。
そもそも俺が生まれなければ両親は死ななかったかもしれねぇ……。
でも俺が生まれないと、ミスリルと出会えなかった。
ドワーフとも出会えなかった。
この国も守れなかったかも……。
何が正しかったのか、それは分からねぇ。
「これが正しかった」と胸を張って思えるように努力するしかないんだ。
……俺が証明するしかねぇんだ。
「そなたは立派な鍛冶師だ。両親と同じくな」
王様は立ち上がると俺の前に立った。
「光栄です……」
俺と王様は握手を交わした。
「あっ、そうだ!王様ぁ、ひとつお願いが……」
握手を終えた後、俺は王様に言った。
―――――
俺たち3人は地下牢の扉を開けて中に入った。
牢の中には蛇髪少女がいる。
彼女の身体は椅子に固定され、顔には目隠しをされている。
髪の蛇が、俺たちを威嚇した。
「エグレ、聞こえるか」
俺は彼女に呼びかける。
「なに?」
エグレがイラついた様子で答える。
「……何度言われても同じ、私はここから出ていかないから」
彼女はそう言った。
エグレは既に自由の身になったはずだ。
持っている情報を素直に答えたからだ。
だけど、彼女は牢を出ようとしなかった。
「このまま戻ったら、沈黙の魔女に殺される」
そう言い続けて今に至る。
白の騎士たちは彼女の扱いに困っているらしい。
俺が懐から赤いグラスを取り出すと、彼女の様子が変わった。
「そっ、それ!!!」
目隠しをしたエグレが声をあげた。
「見えるのか?」
その様子にハルジオンが驚いた。
「見えるよ。髪の蛇の目を通してね……」
エグレが呟いた。
確かに、彼女の髪の蛇は俺の方を睨んでいる。
「このグラス、大事なものなんだろ?王様から返してもらったぜ」
俺はエグレに言った。
「このレンズを通すと石化の呪いにかからないんだなぁ。……これを作った奴は凄い職人だぜ」
「職人ねぇ……」
エグレが小さく呟く。
「お前ぇ、これからどうするんだ?」
俺はきく。
「なに?さっさと消えろって?」
エグレが吐き捨てる。
「これからどうしてぇのかを聞きたいんだ」
俺は言った。
エグレは少しの間を置いた後、ゆっくりと口を開いた。
「……
彼女の声は小さく震えていた、
エグレの主人、沈黙の魔女は本当に恐ろしいやつなんだな……。
「だが、この国の騎士だってお前に友好的なわけじゃない。無事ではいられないぞ」
ハルジオンが言った。
「知ってる。一部の騎士から暴力を振るわれたからね」
エグレが強く言う。
「身体を触られそうにもなった。……髪の蛇で噛み付いてやったけど」
……そうなのか。
「この国の騎士はお前の処遇に困っているそうだ。お前は交渉材料にならないからだ」
ハルジオンが率直に言う。
「……ははっ、そりゃあそうだ。主人は平気で私を殺すし。人質の価値はない……」
エグレが自虐を言う。
彼女をこのまま放っておいたら、遅かれ早かれ死ぬだろう。
彼女は「ノーラを石化させていない」と言っている。それが事実かは分からない。
だけど、俺をゴブリンから助けてくれたことは事実だ。
できれば信じてやりたい。
「俺は魔王軍が嫌いだ」
ハルジオンが呟いた。
「だったらなに?」
エグレが小さく言う。
「だが、無理矢理戦わされている奴は別だ。かつてのケンタウロス族のようにな」
ハルジオンが言う。
「ゴルゴン族。……お前たちもそうなんだろう?」
「……そうだよ」
辺りを気にした後、エグレが小さく呟いた。
「酷い虐待を受けてきた。アタシたちに安息の場所はない」
「……皆を解放したいか?」
ハルジオンがきく。
エグレは小さく頷いた。
「だったらさ、一緒に行こうぜ!」
俺が言う。
「え?」
エグレが呟く。
「カジバなら、そう言うと思ってた」
隣のミスリルがクスッと笑う。
おいおい、通じ合ってるってかぁ!
「ここにいてもしょうがねぇだろ?俺たちに協力してくれないか?」
俺は言う。
「……アタシを信じられるの?」
エグレが首を傾げた。
「信じたいって思うぜ」
俺は答える。
「私も。……魔鉱石だけど、カジバたちと一緒にいるよ」
ミスリルが小さく言った。
「……馬鹿。お前、いいように利用されてるんだよ」
エグレがミスリルの方を向く。
「違うよ。自分で決めたの」
ミスリルが言った。
「俺たちはお前の身を守る。お前は俺たちを手伝う。お互いに利用し合えばいい」
ハルジオンが腕を組んだ。
「まぁ、とにかく。ここに引きこもっててもしょうがねぇよ」
俺はそう言うと、エグレの目隠しを外した。
「ちょっと、馬鹿じゃないのっっ!本っ当っっ!」
エグレは目を瞑り、素早く下を向いた。
「そのまま、じっとしてろよぉ」
俺は彼女に赤いグラスをかけてやった。
「信じられない……本当に馬鹿」
彼女が呟いた。呆れた声色だった。
「きっとオリハルコンは岩石王に取り込まれてる。勝ち目はないよ」
エグレが言う。
「……そうとは限らない」
ハルジオンが言った。
「オリハルコンはランク5。岩石王を砕いた元聖剣だ。つまり岩石王に匹敵する力がある。そんな彼女を復活前の岩石王が簡単に取り込めるか?」
たしかにそうだ。
「そうだとしても、本当に勝てるわけ?」
エグレが首を傾げる。
「やるさ」
俺は強く言った。
「アタシに恩を着せても何も返せないよ」
エグレが言う。
「いいや、これは俺の恩返しだ」
俺はエグレを真っ直ぐ見た。
赤いグラスの奥。
彼女の瞳を捉える。
彼女は目を逸らすと諦めたようにため息をついた。
「ゴブリンからお前を助けたのは、ただの気まぐれだって。……でも分かった。手伝う」
「だけどスパイはしないよ。戻ったらきっと殺される」
エグレはそう言うと、少し考えた。
「……アタシはサイレンスや魔王軍の巡回ルートを知ってる。そこを避けた安全な道を教えられるかも」
「なんだぁ、最高じゃねぇか!」
俺は大きな声を出した。
「俺たちはこれから”ドワーフの里”に向かう。ドワーフの里は分かるか?」
ハルジオンがエグレにきいた。
「分かるけど……よりによってそこか。まあいいや……そこまでの安全な道案内をするよ」
エグレが答えた。
「黒髪のエルフのこと。本当に……悪かった」
最後にエグレがそう言った。
「お前のせいじゃないだろ?」
俺が言う。
「……とにかく謝らせて」
彼女はそれだけ言った。
―――――
翌日、俺たちは旅の準備を整えて城門を出た。
俺は相棒の馬”グルファクシ”にまたがる。
グルファクシはすっかり元気を取り戻した。
ぶってぇ心のでっけぇ馬。
タフな奴だぜぇ!!!
ハルジオンは相棒の白馬”アルスヴィス”に乗る。
ミスリルは灰色の馬”グラニテイオー”に跨った。
エグレは俺と同じくグルファクシに跨っている。
彼女は俺の目の前だ。
ノーラの馬”バヤール”はシグルドに残ることにした。
主人の側にいるそうだ。
俺たちの横にはケンタウロス一行がいる。
その先頭には”レーザービーム”を持ったトネリコ。
随分と逞しく見える。
「ケンタウロス族は数十人程度の集団で各地を転々としています。私の家族はみんな通訳なので、各集団にバラバラにいるんですけど」
トネリコが言った。
「私はこれからケンタウロスたちを集めて軍を作ります。この”レーザービーム”の力で集めてみせます。最後の戦いに備えて」
「今度こそ恩返しをします、勇者ハルジオン様。ケンタウロス族として……あなたを愛する1人のケンタウレとして」
彼女はそう言った後、頬を赤くする。
「……信じて待っている」
ハルジオンが彼女に言った。
荒野を駆けるケンタウロス一行を見送ると、俺はあることを思い出した。
「そうだ!」
俺は鞘に収まった短剣を取り出し、ハルジオンに手渡す。
「これ、直しておいたぜ」
ハルジオンは少し驚いた後、ゆっくりと剣を抜いた。
「……カジバ、お前がいてくれて良かったよ。何度でも立ち上がれる気がする」
彼が言った。
「なんだよぉ、急に」
俺は頬を掻いた。
ミスリルがニヤけながら俺とハルジオンを交互に見ている。
「……行くよ。日のあるうちに出来るだけ進んでおきたい」
エグレがぶっきらぼうに言った。
「ノーラ、行ってくるぜ……」
俺は城門の上を見た
次の目的地はドワーフの里。
俺の第二の故郷だ。
ドワーフの皆、無事でいてくれよぉっっ!!!
カジバノチカラ -鉱石少女がエクスカリバーになるまで- 上田文字禍 @uedamojika
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