第20話 こんなはずじゃなかったのに

 長くて濃密な夜が明けて――


「……へぇ~。リムも、か……」


 目覚めざまし時計がなくとも朝稽古に間に合う時間になると自然と目がめる龍慈は、安心しきった様子で眠る『リム』ことリムサリアを起こさないよう、そっと顔に掛かっていた髪を指先で退けて、とても穏やかな心持こころもちでその寝顔をで…………ふと気付いた。


 寝息が、おぼえのある一定のリズムで繰り返されている事に。


 リムサリアもまた、自分やアーシェラと同様に、体内で霊力を循環させる体内霊力制御を会得した上で身体能力を強化する呼吸法が常態化している状態、つまり、〝覇者の息吹いぶき〟を会得しているのだ。


 ――それはさておき。


「…………」

「おはよう」


 ゆっくりとリムサリアのまぶたが持ち上がり…………しばらくの間、ぽぉ~~…、とまるで自分が目覚めている事に気付いていないような有様ありさまだったので声を掛けると、パチパチとまばたきを繰り返して――


「――あッ!? あぁあああぁ~~~~……~ッ!!」


 唐突に大きな声を上げたかと思ったら、ガバッ、とタオルケットを頭のうえまで引きげてかぶるなり、ごろんっ、と寝返りを打って龍慈に背を向けると、そのまま丸くちぢこまってうめき出した。


 いったいどうしたのかと龍慈が目を丸くしていると、また唐突に脱力して動かなくなって……


「……こんなはずじゃなかったのに……」


 ぽつりとそうつぶやいた。


「ん? じゃあ、どんなはずだったんだ?」


 愛し合って同じベッドで共に朝をむかえる――これは、間違いなく二人で望んだ事。


 それなのに、何をいているのかまるで分らなかったので、龍慈が横向きに寝たままそう訊くと、リムサリアは、また寝返りを打ってタオルケットから頭を出し、目から下を隠したまま、


「……リュージは、もうアタシなしじゃ生きていけなくなってるはずだった」


 そんな事を言い出した。姉御肌あねごはだな普段とは違って、不貞腐ふてくされたおさない少女のように。


 龍慈は、そんな普段とギャップのある姿を、可愛かわいい、いとおしいと思いつつ、昨夜の事を振り返ってみる。


 すると、思い当たるふしはあった。


 昨夜、リムサリアは、龍慈をベッドに押し倒し、上に乗って跨マウントをとると、すぐにシたがった。龍慈は、えてどことは言わないが、前戯で十分ほぐしてからのほうが良いとすすめはしたのだが、蠱惑的こわくてきにおねだりされて、結局、承知しおれて事におよんた。


 そして、案の定、前戯が十分ではなかった事に加えて、敢えてどことは言わないが、キッツキツだった事もあって、出血し、痛みも感じていたようだったが、それよりも喜びがはるかにまさっていたらしい。リムサリアは、して間を置かず、仰向あおむけに寝た男性の上にまたがるように乗った、いわゆる騎乗位で腰を使い始めた。


 始めはぎこちなく、だが、コツをつかむのは早く、痛みがると気持ち良さだけが残り、更なる官能的な刺激を求めて、妖艶に、煽情的に、腰をふり、巨乳寄りの美乳おっぱいらして…………何故か、体位を変えさせてくれなかった。


 今になって、龍慈は思う。


 あの時はそんなふうに考えもしなかったが、あれはまるで、一方的にせいしぼり取ろうとするかのようだった。それに、上から退かずに腰を振り続けながら両手を胸板についたあの姿勢は、二の腕で乳房を寄せて強調し興奮をあおっていたのではなく、主導権をにぎり続けるために、起き上がれないよう押さえ付けていたのかもしれない。


 確かに、あのままだったら、自分はリムサリアのとりこになっていただろう。脳がとろけるような官能によくし、悦楽と人肌のぬくもりにひたり、止めない愛欲におぼれ、リムサリアが与えてくれる快感を際限なく求め、リムサリアの事しか考えられなくなっていたかもしれない。


 もし、自分が童貞だったなら。


 とは言え――


「その目論見もくろみなら、ちゃんと達成されてるぞ」


 現に、もうリムサリアの居ないこれからなど考えられない。考えたくない。


 だと言うのに、リムサリアは、


「そんな事ない。ダメだ。全然ぜんぜんまったく」


 そう言って、うらみがましそうににらんでくる。


 こまって眉尻を下げた龍慈は、ポリポリ後頭部をきつつ思った。


(って事は、やっぱり、あの後か……)




 騎乗位で思うがままに振舞うリムサリアは、美しく、つややかで、色っぽく、魅力的で、煽情的で、蠱惑的で…………要するに、最高にえっちだった。


 完全に身も心をゆだねてしまえば、この上もなく気持ちよくなれるという事は分かっていた――――が、あの時の自分は、快感にあらがい、自制心を総動員してイくのをこらえた。


 それは、そうすべきだと、このままはまずいと、何故なぜかは分からないが、そう思ったからだ。


 今思うと、あれは、おとことしての本能が発した警告だったのかもしれない。


 もし童貞だったなら、成す術もなくイかされまくってしぼり取られた挙句あげく、もう無理だと泣きを入れてゆるしをい、結果、完全に尻にかれて頭が上がらなくなっていただろう。


 しかし、自分には、既にアーシェラという愛妻がいる。一方的に奉仕され、愛され、与えられるより、おおたがいに想い合い、愛し合う事で共に得られる多幸感を知っている。


 それを、リムサリアにも知ってほしいと思った。


 だからこそ、我慢できた。こらえられた。


 リムサリアは、自分がイきそうになると動きを止めて、誤魔化すようにキスや愛撫を求め、落ち着くとまた、たゆんたゆん揺れる乳房おっぱいや抜群のプロポーションを誇る魅惑の肢体を見せつけるかのように腰を使い出し…………いったいどれくらいの時間あいだそうしていたか正確には分からない。


 それでも、龍慈を一度もイかせられず、やがて、妖艶な笑みをたたえていた美貌から余裕が消え、【獣王の強靭な肉体】という能力アビリティを秘めた戦士としての強さと女性ならではの美しさを兼ね備える完全無欠の肢体にたまあせが浮かび、それが腰を使うたびに健康的な肌の上を流れ、組み敷いている夫の上にポタポタポタポタしたたり落ち…………ついには動きを止めた。


 もう自分がイくのを堪えるのに必死で、動けなくなってしまったのだ。


 そこからは、龍慈のターン


 とても抵抗できる状態ではなかったリムサリアに有無を言わせず、仰向あおむけから上体を起こし、すわったまま向かい合って抱き合う、いわゆる対面座位たいめんざいに。


 それから、小刻みに躰を震わせている妻を包み込むように抱き締めて、耳元でそっと愛をささやき、髪をくように頭を撫で、お互いの吐息の熱さが感じられて鼻の頭が触れ合うような距離で見詰め合い、胸や尻だけでなく均整の取れた素晴らしい肢体の隅々まで愛撫して、お互いを求め合うようにキスを繰り返し…………龍慈も、我慢の限界に達したリムサリアと共に、絶頂を迎えた。


 その後、先に、もっと……、とおねだりしたのはリムサリアで、主導権を取り戻そうと頑張ってはいたものの、それは無理だとさとるのにそれほど時間は掛からず、気持ち良過ぎて他の事すべてがどうでも良くなってきていた事も手伝って、二人は、夢中でお互いを求め合った。


 そして、後半戦に突入すると、リムサリアが、しきりに、激しい行為を求めるようになった。もう十分感じているはずなのに、もっと強くして大丈夫だから……ッ! 激しく突いてぇッ! もっと、もっともっとぉ……~ッ! そんな風に嬌声を上げる。


 体内霊力制御の応用で、頭は冷静なまま気血を送り込む事によって勃起状態を維持できる龍慈は、ふと不審に思い、左腕で引き締まって美しくくびれた腰を抱き、右手を背に回してリムサリアの動きを止めさせ、耳元に口を寄せて内緒話をするように尋ねてみた。


 すると、して力を込めているようには見えないにもかかわらず、思うように動けないリムサリアは、そのもどかしさから観念し、たくましい肉体にぴとっと躰を寄せて白状した。


 うるんだひとみ上目遣うわめづかいで、絶える事のない快感に小さく唇や躰を震わせながら、鼻にかかったあまえ声で、


〝……優しくされると、感じすぎちゃうから……〟


 理性が消し飛ぶかと思った。


 それでも、本能の手綱たずなを放さずギリギリのところでこらえる事ができたのは、ひとえに、訓練場に立ててあった剣術訓練用のかたい丸太を軽く握り潰せてしまう力で、愛しいひとを傷付けたくないという一心で。


 龍慈は、ギルドの『鏡の間』の姿見すがたみで見せた能力アビリティ【理外の金剛力】のせいで力の加減が難しく、傷付けてしまうかもしれないのが怖くて激しくできないのだと説明してから、謝った。


 そして、謝りながら、徹底して優しく、とことんまで可愛がり尽くした。


 リムサリアは、可愛がれば可愛がるほど可愛くなっていき、当初の獲物をもてあそぶ妖艶な女豹めひょうは、いつの間にか、旦那様に甘えて可愛い鳴き声を上げる可憐な小猫ちゃんに。


 あいして、でて、いとおしんで……


 リムサリアが求めてくれるのを良い事に、何度も何度も絶頂を迎えて躰に力が入らなくなってしまってからも、夜は長いのだからと急ぐ事なく、あせる事なく、たっぷり、ゆったり時間を使って、その魅惑の肢体を仰向けに寝かせて自分が上になる、いわゆる正常位で、飽く事なく求め合い…………疲労によって、快感と多幸感が苦痛に変わってしまうギリギリのところを見極めて、今日はこれで最後と決め、共に、最高峰の絶頂へとのぼめた。


 脳がとろけるような甘い口付けキスわしながらたっぷりその余韻に浸った後、龍慈は、愛しい妻をかかえて、その身に負担が掛からないよう細心の注意をはらいつつ寝返りを打って位置を入れ替える。そうして上になったリムサリアは、夫の胸板をほほで感じながら身も心もゆだね、微温湯ぬるまゆに浸かっているようなぬくもりに包まれているのを感じながら、今までの人生で味わった事のない多幸感と、もうまばたきするもの億劫おっくうなのに心地好いと思える疲労感に意識をとろかして、眠りに落ちた。


 これは蛇足かもしれないが――


 その頃にはもう、ベッドのシーツは、様々な体液でみだらけ。行為の最中は気にならなくとも、このまま寝ようものなら、目覚めと同時に、独特の臭いと酷い不快感に見舞われ、〝気持ちのいい〟とは到底言えない朝を迎える事になる。


 だが、龍慈には、『美女もむらやむ美肌が維持される』というなぞ能力――【たまはだ】がある。


 この【玉の肌】は、肌が荒れる原因となる不潔な状態を許さない。それ故に、龍慈の肌に直接触れるものを浄化するという副次効果が備わっている。


 この副次効果によって、龍慈がそうしようと思うまでもなく、眠ってしまった妻を愛でていてふと気付いた時にはもう、龍慈自身はもちろん、はだかで抱き合っているリムサリアまで、ある意味風呂でシャワーを浴びるよりも清潔な状態に。シーツは、染み一つない下ろしたてかと思うほど綺麗になっていた。




 事後、どうにも全裸ぜんらで寝る事に慣れられない龍慈は、トランクス型の下着だけ穿き、ベッド脇に落ちていたタオルケットを拾い上げて自分達に掛け、リムサリアに寄りって眠り…………今に至る。


(はてさて、どうしたものか……)


 何かめたら妻が正しい――――父が実践じっせんしていたので、それが夫婦円満の秘訣ひけつなのだと重々じゅうじゅう承知している。


 だが、ここで謝るのは、流石さすがに違う気がする。


 それでも、謝るそれ以外にどうすれば良いのか分からず、龍慈がなやんでいると、


「アタシなしじゃ生きていけなくするはずだったのに……」


 リムサリアが、またそんな事を言いながら、もぞもぞ近付いてきて、


「もうリュージなしに生きていけなくなっちゃったじゃないか……」


 ぴとっ、と躰を寄せるくっつくと、赤くなった顔を見られるのが恥ずかしいのか、額を胸板に押し付けながらそんな文句を言う。


「そう、か……、それは、申し訳ない事をしちまったな」


 龍慈は、そう言ってから、リムサリアの耳元に口を寄せて、秘密を打ち明けるようにそっと、俺としては願ったり叶ったりなんだけど、とささやきかけながら、この可愛過ぎる元《ティーグリュガリア》最強の戦士を、優しく、それでいて、ずっと一緒にいようという思いを込めてしっかりと、両腕で包み込むように抱き締めた。




 龍慈が、昨夜わたしそびれてしまった結婚指環18Kリングおくると、なんだか良い雰囲気になってしまい、リムサリアもOKな感じだったが、ここは自制心の出番。きっちり気持ちを切り替える。そうでないと、おそらく、最短でも半日はベッドから出られない。


 ネックレスの指環が二つになった龍慈と、金と銀の指環を左手薬指にめたリムサリアは、身支度を整えると、そろって隣の部屋へ。


 それは、朝稽古の前に、昨夜はひとり隣の部屋で寝たもう一人の妻、アーシェラの事が気掛かりだったから。


 悪夢は見なかったか? ちゃんと眠れたか? 忘れられた城の守護神ヴァルヴィディエルの分身体であるおおかみのバディと、勝手に動いて装着者を護ってくれる〔守護のマント〕のフレンドが一緒にいてくれている。それでも心配だった。


 リムサリアのほうは、龍慈の居ない部屋に用はないし、アーシェラと話したい事があるらしい。それから、ついでのように、身支度ができたらそのまま出てきてしまったので、《ティーグリュガリア》の秘宝である神器を隣の部屋に置いてきてしまったとも言っていた。


 そんな訳で、二人がアーシェラの部屋の前まで来ると、ノックする前に、ガチャッ、と開錠される音が響いた。


 ちょっと驚きつつノブを回してドアを開ける。すると、そこにはバディの姿が。足音で誰が来たか分かったようだ。


 バディは、クルリと方向転換ターンすると、そのまま先導するように部屋の奥へ。


 リムサリアと、うしにドアを閉めた龍慈があとに続くと、


「おはよう」


 元は二人で寝るために【仙人掌・大の手】で大きくしたベッドの上に、〔守護のマントフレンド〕にくるまって、正座から足を左右に崩したような女の子座りしているアーシェラの姿が。達人レベルの戦士なので、近付く人の気配で自然と目が覚めたのだろう。


 二人は、朝の挨拶を返し、リムサリアはそのままベッドに上がってアーシェラの隣へ。


「どうだった?」

「よかった。思い通りにはいかなかったけど、思った以上に……その……よかった、と思う」


 話している最中に昨夜の事が脳裏をよぎったのか、頬を朱に染めて視線を彷徨さまよわせるリムサリア。


 その様子を見て、アーシェラは微笑み、


「よかった。私は、リュージに、心の支えになる幸せな思い出をもらったから、リムにも、思い出すたびに幸せになる素敵な思い出を作ってもらいたかった」

「ありがとう。アーシェのおかげだ」


 仲がいのはい事だ。それが、どちらも愛する妻達なら尚更なおさらに。


 俺は何て素晴らしい嫁さんをもらったんだ、と心の底から思い、じぃいぃ~~ん、と胸が熱くなった――が、


「それで、思い通りにいかなかった、って言うのは?」


 アーシェラのそんないを耳にした途端、えッ!? そういう事いちゃうのッ!? と感動は驚愕に蹴飛ばされてどこかへ行ってしまい、


「それがさぁ――」


 嬉々として返すリムサリアの様子に、答えちゃうのッ!? と動揺を隠せない龍慈。


 猥談わいだんが好きなのは男子だけではないという事は聞き知っていたが、まさか、夫の前で始めるとは思いもしなかった。


 本当は、包み込むようにぎゅっと抱き締めたり、頭をなでなでしたりといったスキンシップで、昨夜独りで寝たアーシェラの寂しさを少しでも埋められたら、などと考えていたのだが……


 まずアタシが上になって……、とか、私の時は……、とか、嫁さん達が赤裸々に自分の初体験を語り始めたのでたまれなくなった龍慈は、引き続きバディとフレンドに二人の護衛を任せて、朝練に行ってくるッ! と告げるなりその場から逃げ出した。


 アーシェラとリムサリアの、猥談と言うか報告会のような会話は、夫を見送った後も続き――


「……やっぱり、綺麗になってる」


 おもむろに手を伸ばしたアーシェラが、指の腹でそっとリムサリアの頬を撫で、髪をくように触れて言った。


 リムサリアは、え? と目を丸くしてから、自分でも確かめてみて、


「あれ? そう言われてみれば……」


 これまで女として振舞う機会などなかったし、特段手入ていれなどしてこなかった。なので、髪は、日に焼けて色褪いろあせていたし、肌も、清潔にはしていたつもりだがお世辞にも美肌とは言えなかったと思う。


 それなのに、今は、どちらも瑞々みずみずしくスベスベのサラサラ。髪は、きらめくようにつややかだし、はだ肌理きめ細やかで、まさに玉の肌という表現がぴったり……


「……って、まさか、リュージの能力の影響?」


 はっ、と気付いたように言うリムサリアに対して、おそらく、と頷くアーシェラ。


 アーシェラも、リムサリアと同じ理由で手入れなどしていなかったが、龍慈ととこを共にするようになってからは、その前になると身嗜みだしなみが気になるようになって、あれ? と思った事が何度かあった。


 しかし、自分の場合は、〝マザー〟のコアとの融合による変質や、霊酒アムリタを飲んでいる事もあって確信を得られなかった。


 だが、リムサリアの変化ではっきりした。


 龍慈の能力【玉の肌】は、副次的な浄化作用だけでなく、他者の肌にも影響をおよぼす。それはつまり、


「リュージに抱いてもらうと、それだけで綺麗になる? ただでさえ、ものすごく気持ちよくて、幸福感が半端じゃないのに?」


 アーシェラは、こくりと頷き――


「それって……ヤバくないか? いろいろな意味で」


 世の女性の多くは、綺麗になりたいと願っている。


 その中でも特に、貴族の女性の異常とも言える美に対する執着を聞き知っている二人は、真剣な表情で顔を見合わせた。




 荒野を走破する蒸気機関車ワイルダネス・スチームロコモティヴ――ワイルドスチームには、列車運行表ダイヤグラムが存在する。


 ゆえに、好き勝手に走り回って良い訳ではない。


 そして、現在は、非常事態宣言が発令された事で臨時の運行予定ダイヤが組まれており、サンドリバー車団コンボイが、グランベル大要塞へ向かって出発できるのは、明後日みょうごにちの早朝。


 そんな訳で、その間、日が出ている内は、リムサリアの新調した装備の具合を確かめるのに付き合ったり、買い物と言う名目で新妻二人とデートしたりして過ごし、日が落ちてからは、宿の部屋で、熱いが微温湯ぬるまゆに浸かっているかのように心地好く、脳ミソが蕩けそうなほど甘々な時を過ごした。


 隣り合う二部屋はそのままに、一方は身支度を整えるのに使い、二人して夫が待つ部屋へ。


 龍慈としては、一人ずつ、しっとりじっくりたっぷり愛し合いたいというのが本音なのだが、どちらもしたがり、一緒でいいから、とおねだりされたなら、いなやはない。


 とは言え、三人でんずほぐれつ、とはならず、一人ずつ代わりばんこに。


 ちなみに、そうなったのは、アーシェラとリムサリアがそれを希望したから。


 二人が愛し合っているさまはたから見つつ、私もこんな風に可愛がってもらってたの? とか、気持ちよすぎて何も考えられなくなっている時はアタシもこんな感じなんだろうか、と自分に置き換えてドキドキしたり、リュージが気持ちよさそうにしているのを見て、私もしてあげたい、アタシならこうする、などと妄想しながらそれを実現する準備をしたりしつつ自分の番を待ち……


 龍慈は、嫁さん達の自分にしか見せない蕩けた美貌やあられもない姿など、そのあまりの愛くるしさに雄の本能が暴走しそうになったのは一度や二度ではなかったが、大切な人を傷付けたくないという強い思いと金剛石ダイヤモンドの自制心で抑え込み、二人が満足するまで優しく可愛がって、甘やかして、飽く事なく求め合い……


 結果、仲間としてのきずなと夫婦仲が、より一層深まった。


 ――それはさておき。


 グランベルへと至る路線ルートは、主に、東と、西と、中央の三つ。


 東と西は、それぞれ別の都市への中継点でもある宿場町を経由する迂回ルート。中央は、グランベルへ最短で至る直通ルート。


 寄り道をする理由がないサンドリバー車団は、当然、中央を行く予定だった。


 しかし、団長がベルドベルの車団組合コンボイ・ギルドで仕入れてきた情報によると、現在、その中央ルート上のグランベル寄りに、どこからか移動してきたウルフリザードの群れが居座っているらしく、ワイルドスチームが襲撃される事件が多発しており、グランベル側の傭兵組合マーセナリー・ギルドが討伐依頼を出しているので、解決するまでは利用をひかえるように、という御達おたっしが出ているとの事だった。


 そんな訳で、サンドリバー車団の主要メンバーが集まって話し合いが行われ――


「控えろ、ってのは、禁止、って訳じゃない。そうだろ?」


 そう発言したのは、護衛をっているからという理由で、龍慈、アーシェラと共に同席していたリムサリア。


「なら、予定通り中央を行けば良い。遭遇しなければ良し。運悪く遭遇したなら、《銀の腕アタシら》が狩れば良い。襲われたから返り討ちにしました、って事なら、仮にグランベルあっちでもう討伐依頼を受けたやつらがいたとしても、横取りされた、とは言わないさ」


 それを聞いて、


「おいおい、『アタシら』って、まさか、たった三人でウルフリザードの群れを討伐できるって言ってるのか?」


 サンドリバー車団の安全をになう専属戦闘部隊の隊長――ラーゼンが問うと、


「違う」


 そう否定したのは、アーシェラで、


「『襲われても返り討ちにする』と言っているのであって、『討伐しに行く』と言っている訳ではない」

「できるとは思ってるけどね」


 そんな、話をぜっ返すようなリムサリアの発言はさておき、


「俺達が請け負った仕事は、護衛であって、その『ウルフリザード』とやらの討伐じゃない。だろ? だからこそ、団長が、どのルートを選んでも、俺達のやるべき事は変わらない。何が襲って来ようと護り抜く覚悟でワイルドスチームに乗り込み、襲撃に備える。ここまでと同じように、な」


 団長達は、そんな龍慈達の発言をまえて話し合い…………結局、すでにグランベル行きの乗車券を購入済みのお客様方の要望もあって、予定通りの中央ルートを使う事が決まった。


 そして、牽引する付随車に乗客と貨物を満載したサンドリバー車団のワイルドスチーム8台は、夜明けとほぼ同時にベルドベルを出発し……


「あぁ~、やっぱ何事もなしとはいかないかぁ~」


 時は、正午過ぎ。昼食のために停車する事はなく、食堂車などもないので、各々おのおのが自分の席で昼食を終えて、少しった頃。


 場所は、グランベル寄りの荒野。この辺りはまれに雨が降るので、まだら模様のように緑が点在するため動物も生息している。


 まるで大地が波打っているかのように、低いおかせま盆地ぼんちが交互に続いているこのあたりは、ウルフリザードの襲撃が予想されていた地点。


 なので、何となくそんな気がしていた龍慈が、8号車の付随車上甲板で周囲を見渡し警戒していると、案の定。


 進行ルート上からやや離れた場所、11時方向ひだりななめぜんぽうに発見したのは、こちらに向かってくるウルフリザードの群れ――――ではなく、


「あれって…………聖堂騎士団か?」


 交戦中の、それと思しき大型四足獣の群れと、リンデンバウムの支天教総本山で毎日のように会っていた聖騎士や神官達を彷彿ほうふつとさせる、白を基調としたそろいの装備を纏う20名ほどの一団で……


「……ん?」


 龍慈が、自分でも不思議なほど目を引かれたのは、その中の一人――――全長3メートルはありそうな巨大な剣を右肩にかつぐように構えた、周囲の騎士達より頭一つ背が高い、凛とした女性聖騎士の姿だった。

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チートじゃなくてバグってる  ~理外の巨漢と高身長コンプレックスの戦乙女達~ 鎧 兜 @yoroi-kabuto

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