第19話 ちょっと憧れてたんだよね

 龍慈りゅうじ、アーシェラ、リムサリアは、三人で話し合い、その結果、レイドに参加し活躍した事で支払われる報酬、その半分は現金で、残り半分は現物で――〔鎧蟲の玉鋼〕ではなく、クリーチャーの甲殻のまま――受け取る事に。


 そんな訳で、まず報酬の半分を傭兵組合マーセナリー・ギルドで受け取った三人は、残りの半分を受け取るため、城門に程近くワイルドスチームの停車場に隣接する形で存在する出張所へ向かった。


 その途上で――


「――あっ、ちょっと用を思い出した。二人で先に行っててくれ」


 龍慈がそんな事を言い出して、別行動する事に。


 特に疑問をおぼえなかった様子のリムサリアと、その用が何なのかを察したらしいアーシェラを見送った後、龍慈は、そこにあった宝飾品をあつかっている店へ。


 その目的はもちろん、新たにめとる事にした女性におくる、銀色の婚約指環プラチナリング金色の結婚指環18kリングを購入するため。


 目的の物を買う事ができた龍慈は、早足はやあしで出張所へ向かい…………その敷地内の一角で二人と合流した時にはもう、自分達の取り分ほうしゅうが山のように積み上げられていた。


 そのままでは、とても三人で運べる量ではない。だが、龍慈が【仙人掌・小の手】で小さくすると、その全てが、襷掛たすきがけにしている幅広ベルトに取り付けられた無数の小物入れポーチ、その一つに入ってしまった。


 そうして出張所での用を済ませた一行が次に向かったのは、城郭都市の外。


 その目的は、大きく分けて、二つ。


 一つは、人目につかない場所で、今回報酬として受け取ったクリーチャー共の甲殻を【星屑統御スターダストルーラー】で加工し、部族を抜けたため新たな戦装束いくさしょうぞくほっしていたリムサリアの装備を作るため。


 そして、もう一つは――


「――俺と結婚して下さい」


 城郭都市が見えない場所まで移動し、広大な大地のど真ん中で、リムサリアに告白プロポーズし、婚約指輪を受け取ってもらうため。


 リムサリアの返事は、もちろんイエス。


 龍慈は、軽く戸惑いつつもほほをほんのりしゅめてはにかむ二人目の妻の左手を取り、その薬指に銀色の指環をめた。


「へぇ~っ、指環かぁ~」


 自分の薬指にっている指環をしげしげとながめつつ、うれしさとめずらしさが半々はんはんといった様子でそうつぶやくリムサリア。


 何でも、《ティーグリュガリア》では、指環ではなく、夫婦である証として同じ刺青タトゥーを入れるという風習があるらしい。


 それを聞いて、龍慈は反省した。


 この世界にも男性が女性に指環を送る慣例があり、元は転移者が持ち込んで広めたものだが今ではすっかり定着している、という話を聞いてから、全種族共通――亜人や獣人なども勝手にそうだと思い込んでいた。


 龍慈は、まずその事を謝罪し、次に気付かせてくれた事に感謝し、それから、あらためて《ティーグリュガリア》の風習にのっとって告白するつもりだという事を伝えると、リムサリアは、首を横に振り、


「これで良い。――いや、これが良い。リュージを婿むことして《ティーグリュガリア》にむかえ入れるんじゃなく、アタシが、リュージの所に嫁入よめいりするんだからな」


 指環をめた左手をうっとり眺めながら、そう言った。




 リムサリアの防具を作ったのは、告白の後。


 だが、その前に――


「なぁ、何で、矢筒を二つもげてるんだ?」


 リムサリアが所持する神器――〔流星群りゅうせいぐん箙籠手えびらごて〕は、無尽蔵の〔ながぼしの矢〕を好きな時に取り出す事ができる。それなのに、腰の右側と背中、それぞれに矢筒をげている。


 龍慈が、疑問に思っていた事をこの機会にたずねてみると、


「霊力を込めてそだてている〔流れ星の矢〕と、錬金術師が作った属性が付与されている特別とくべつな矢をけてるんだ」


 〔流れ星の矢〕は、霊力を込める事で威力を上げる事ができる。そして、込められた霊力は時間が経過しても失われる事なく保存される上、霊力を込められるのは一度きりではなく、時間を置いて更に追加する事もできる。


 そこで、対大物用の切り札として、日々、就寝前に、残っていた霊力を5本前後の〔流れ星の矢〕に分散させて込め、そうして育ててきた矢を入れているのが背中の矢筒で、腰の矢筒には、弱点である事が多い、または、耐性を持つものが少ない、【火】【氷】【雷】の属性がそれぞれ付与された矢が3本ずつ収められているらしい。


 それを聞いた龍慈が思ったのは、


「それって、その神器に収納できいれられないのか?」

「は?」

「だってよ、〔流星群りゅうせいぐん箙籠手えびらごて〕だろ? 『えびら』ってのは、そもそも、矢を作る道具じゃなく、矢を入れて携帯するための道具の事だぞ?」


 それを聞いて、え? 目を見開いたリムサリアは、左手で、右前腕に装備している神器にれながら、


かたはそんなこと言って――」


 なかった、と続くはずだった言葉は、神器のひじ寄りの部分が変形して収納口が開放された、カシャンッ、という音でさえぎられた。


「…………」


 眉間みけんにしわを寄せ、にらむようにまじまじとその部分を見詰めるリムサリア。


 それから、語り部の仕事は語りついいで知識をつたえる事だろ、とか、ちゃんと仕事しろよ、とか苛立いらだたし気にぶつぶつつぶやきながら、いろいろ試してみた。


 その結果――


 〔流れ星の矢〕以外の矢も収納しておける。


 〔流星群の箙籠手〕の内部に通常の〔流れ星の矢〕以外が収納されている場合、その内部に意識を向けると、自分にしか見えない仮想画面ウィンドウが目の前に出現し、どんな矢が何本収められているか表示される。


 その仮想画面上に複数表示されている図形アイコンに意識を向けて操作する事で、やじりの変更、【燃焼】【凍結】【麻痺】【呪毒】【破邪】といった属性の付与、見た目は一本の矢だが放った後に分裂する〔10本矢〕〔100本矢〕といった特殊な矢を生成する事ができる。


 ――などといった事が分かった。




「わざわざ高い金出して買ってたのに…………クソッ!」


 〔流星群の箙籠手〕には属性が付与された矢を生成する機能が備わっていたのに知らなかった、というのが一番ショックだったらしい。


 そんなリムサリアは、とりあえずそっとしておく事にして、防具製作は、まず下準備から。


 【仙人掌・小の手】で小さくしていたクリーチャー共の甲殻を【大の手】で元の大きさ戻し、次に、アーシェラが、本来目に見えないほど微細な粒子である星屑を目に見える砂粒程度の大きにまとめ、それをバケツ一杯分ほど浮かべて竜巻のように高速回転させ、細かな粒状の研磨剤を吹き付ける事で表面をけずったり角を取ったりするブラスト装置のように、高速で渦巻く荒い星屑の粒の奔流でそれらを跡形もなく粉砕する。


 それから、【星屑統御】で防具を作るにははだかにならなければならないため、周囲に自分達以外の気配はないが、一応、身を隠す事ができる最寄りの岩場へ。


 龍慈は、そちらに背を向けて周囲を警戒し、アーシェラの操作によって、一度空気中に拡散させられた星屑がリムサリアの裸体に収束・結合。


 そうしてアーシェラがリムサリアのため、当人の希望を取り入れて作り上げた装備一式は、機動性重視。首から下をつつはだに張り付くようなインナースーツに、トップはチューブトップ型でボトムはハイレッグ型のこれぞまさにビキニアーマーと言った感じの軽装甲。頭部には、頭環サークレットのような額当て。左腕には、指先から肩までを覆う洗練された形状の弓篭手。両脚には、装甲で補強された膝上まである長靴ニーハイブーツ


「これは……」


 アーシェラは、良い物ができたと思っているのだろう。表情の変化こそとぼしいものの満足気まんぞくげ


 だが、追加で自前の神器――手の甲から肘までを覆う〔流星群の箙籠手〕を右手に装備した当のリムサリアは、新装備を纏った自分の躰を見下ろして、どう言えば良いのかこまったような面持ちで……


「……まぁ、動きやすくはあるな。何も着てないんじゃないかってくらい違和感ないし……、装甲よろいも金属っぽいのに軽いし……」


 やはり、ティーグリュガリアの民族的戦装束を身に纏っていたリムサリアの目には、SF的なインナースーツは奇異なものとうつるようだ。


 それに、インナースーツが覆っていないのは首から上と尻尾だけ。なので、はだ露出ろしゅつは明らかに減っている。なのに、露骨ろこつなまでに躰のラインがあらわなせいで、抜群のプロポーションがより一層際立ってしまっている。


 まぁ、元々水着のような格好だったので、そこに抵抗をおぼえるかはさておき――


「露出を多くしてたのは、風の動きや気配を肌で感じ取るためだったのか?」


 顔以外の肌が直接空気に触れていない。そこが気に入らないのかと思い、龍慈がそう尋ねてみると、


「それもある。けど、それ以上に、あせで濡れた布がはだに張り付くあの感触が嫌なんだ」


 リムサリアの話を簡単にまとめると…………戦闘などで激しく動けば汗をき、汗を吸った布は肌に張り付く。そうなれば、動きの邪魔だし、不快感で集中力ががれる。それがいや


 だからこそ、戦闘を生業なりわいとする者の中でも、防御力より機動力を優先させたい者だけでなく、肌に限らず感覚が鋭い者も、霊力での強化で護身できるようになると、集中力を殺がれる原因となる布の面積をあらかじめ減らしておく事を選び、結果、所謂いわゆるビキニアーマーのような、露出過多の装備を身に纏うようになる、との事。


 爪先つまさき怪我けがしそうなのに、スポーツサンダルのようにしっかり足に固定するタイプのサンダルを着用する者が少なくないのも、下乳したちちが露出するタイプの胸当てを選ぶ女性がめずしくないのも、理由は同じ。


 足は、想像以上に汗を掻く。日本の様に履物はきものを脱いで家に上がる文化がないため、基本、履きっ放し。なので、ブーツだとれる。それで、ブーツの中に入ってしまった小石のせいで、そうでなくとも何かの拍子に、ふやけて弱くなった皮膚が裂けたりけたりしてしまったら、一歩踏み出すごとにがたい激痛に襲われ、最悪、水虫にかかろうものなら、その堪らないかゆみで集中力がいちじるしくがれる。


 だからこそ、そうならないよう、足をちゃんとかわかす事ができるサンダルを選ぶ。


 乳房は、そのほとんどが脂肪で、脂肪は体温ねつを逃がしにくい。なので、汗を掻く。それでそのままにしておくと、胸の谷間や乳房の下側、お腹との境目に汗疹あせもができる。赤い小さなブツブツなんて、見たくないし、見られたくないし、かゆくてたまらない。


 それが嫌だから、中に汗がまらない下乳したちちが露出するタイプの胸当てを選ぶ。


「なるほどなぁ~」


 以前、サンドリバー車団コンボイの戦闘部隊・隊長のラーゼンに、そういった装備が普通に存在し、身に纏っている女性傭兵が多い理由を尋ねてみた事がある。


 その時、彼は、軍目付いくさめつけの目に付くため、つまり、目立つ格好をして自分の活躍をアピールするためだろうと言っていたのだが、実際に使用している人に訊いてみたら、もっと単純で、けっこう切実な理由だった。




「……これ、汗掻あせかいたら、中に溜まらない?」

「溜まらない。即座に汗を吸収して最良の状態を維持してくれる。それに、衝撃は吸収してくれないけどやいばとおらないし、酸や毒を浴びてもけない」

「へぇ~、それが本当なら…………うん、悪くない」


 どうやら、見た目は気にしない事にしたらしい。屈伸くっしんしたり、肩を回したり、弓を引く動作をしたり…………装備の具合を確かめながら言うリムサリア。


 その一方で――


「うぅ~む……」


 動くたびにたゆんたゆん揺れる双丘おっぱいや、キュッと引き締まっていながらも丸みやむっちり感が素晴らしいお尻と太腿などに視線が吸い寄せられそうになりつつも、そんなリムサリアの姿を眺めながら、なやましげにうなる龍慈。


 いったい何について悩んでいるのか?


 それは、そんなリムサリアの装備に対して、口を出すべきかいなか。


 龍慈は、当初インナースーツと軽甲冑だけで良いと考えていたアーシェラに、戦闘用の装束ドレスを纏うようすすめた。


 それは、ただでさえ人目を引く高身長と抜群の容姿が相俟って男女問わず注目を浴びてしまうのはまぬがれないだろうが、多少なりとも野郎共の欲望にまみれたよこしまな視線を減らせるだろう、と考えたから。


 だからこそ、始めは、リムサリアにも、元々身に着けていた腰帯のような布鎧を追加するなどして、躰のラインを隠す方向での提案をしようと思っていたのだが…………その堂々とした立ち姿を眺めている内に、本当にそれで良いのか、という迷いが生じた。


 それは何故か?


 元々スタイルの良さがしげもなくさらされていたから、というのも理由の一つではあるのだが、それ以上に、数多あまたの戦場を駆け抜けて鍛え上げられたその肢体は、アーシェラよりも肉感的魅力を備えグラマーでありながら、負けずおとらずメリハリの利いた抜群のプロポーションを誇る――そんなリムサリアのインナースーツにビキニアーマーを合わせた姿には、水泳やビーチバレーの選手アスリートに通じる凛々りりしさ、いさぎよさ、健康的な美しさがある。


 そこに、腰帯のように前後に垂らしたり、パレオのように腰に巻いたり…………下手に激しく動くとチラチラ見え隠れしてしまう布を足すと、なんか、逆にいやらしエロくなってしまうような気がするのだ。


 それに、思い返してみると、露出過多の装備を身に纏っている女性傭兵は珍しくなく、この世界の男性は――内心でどう思っているかはさておき――それを見ても、興奮したり、はやし立てたり、戸惑ったりする様子はなかった。


 ならば、〝ごうっては郷に従え〟とうし、リムサリアが良いと言うなら、自分は余計な口出しをすべきではないのかもしれない。


 ――だが、


「一つだけ良いか?」


 悩み、迷った末に、やっぱりそれだけは絶対に必要だと思った事を伝えると、リムサリアは、何で? と不思議そうに訊いてきたので、龍慈は胸を張ってどうどうと答えた。


乳房むねをしっかり支えるように固定して、クーパー靱帯の負担を減らすためだ」


 『クーパー靭帯』とは、肋骨や大胸筋の土台とつながっていて乳房おっぱいを吊り上げるように支えているコラーゲン繊維でできている結合組織の事。


 これには伸縮性があまりなく、ぷるんぷるん揺れ動く様は眼福至極だが、激しく揺らしてこのクーパー靱帯が切れたり伸びたりしてしまうと、乳房の形が崩れて無惨に垂れ下がってしまう。


 ボリュームたっぷりで形が美しく最もセクシーでエロさ漂う男性にとって理想形と言われる釣鐘型の乳房おっぱい。このバストおっぱいの持ち主が滅多にいないのは、まず十分な大きさまで育たなければそう呼ぶ事ができない上、大きければ当然重く、重ければ重力にあらがうのが困難で、どうしても肌の張りがその重さに負けてしまい、乳房の下部が胴体につく『しずく型』になってしまうからだ。


 『しずく型』とは、ボリュームがあって巨乳と言われる人に多い形で、釣鐘型ではありえない『爆乳』や『超乳』などと呼ばれるサイズが存在する。この、ふっくらとして柔らかいとわれる、しずく型の乳房おっぱいも実に、実に素晴らしい。


 だが、若くてもっとも肌に張りがあるほんの短い期間にしか存在し得ない奇跡のような、この魅惑の果実が失われてしまうかもしれない――その可能性を見過ごす事が、龍慈には、どうしてもできなかった。


 もっとも、誰もが霊力を宿しているこの世界の女性達は、おそらく、激しく揺れると痛むからだと思われるが、どうやら、霊力による身体強化の応用で、無意識にクーパー靱帯を強化しているらしく、ノーブラや下乳がはみ出るマイクロビキニで激しく動き回っても形が崩れたりしないようだが……


 ――何はともあれ。


 チューブトップ型だった胸部装甲が、これ以上なくフィットして最もストレスがない状態で乳房を覆って固定している装甲プレートを、首に巻かれたバンドとつながっている通気性の良いメッシュ状の布鎧クロスが吊り上げて支える、ホルターネック型に変更された。


「これいいなッ! 胸が軽くなったッ!」


 リムサリアは、とても気に入った様子で、それを作り上げたアーシェラも満足そうだった――が、


「でもよ、それって、リムサリアだけじゃ、着たり脱いだりできないんじゃないか?」


 龍慈が、ふと思った事を口にし、【星屑統御】が使えなくても大丈夫なのか? と訊くと、


「…………」


 龍慈の目を真っ直ぐに見て…………へにゃっ、とまゆをハの字にするアーシェラ。


 どうやら、新たな仲間であり、龍慈の妻同士、つまり、義理の姉妹であり家族となったリムサリアのために何かしたいという一心で、そこまで考えていなかったらしい。


 結局、リムサリアの装備を完成させたのは、龍慈の神器――左腕に装備すると武器に、右腕に装備すると万能の道具になる〔神秘銀の機巧腕アガートラム〕だった。


 龍慈が、右腕に装備した〔神秘銀の機巧腕あいぼう〕に相談すると、自分の意思とは無関係に、まかせろ、と言わんばかりにぐっと握った拳から親指を立てサムズアップし、次に、人差し指でゆびさして必要なものを指示。


 それは、アーシェラが【星屑統御】で作り上げた装備一式――だけでなく、リムサリアの持ち物である弓と鉈、雨具兼防塵用に自身で選択したフード付きのロングコート、最後に、先日のレイドで龍慈が熊式鯖折りベアハッグで砕いたコア、その半分。


 肘から先が喇叭ラッパ状に変形した〔神秘銀の機巧腕〕が、掃除機のようにそれらを全て吸い込み…………右の巨腕の中はいったいどうなっているのか、そこに在るはずの自分の腕はどうなっているのか、謎で仕方ないが、兎にも角にも、ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……、と猛烈な勢いで振動ヴァイブレーションした後、チーンッ、という電子レンジかトースターのようなベルの音が鳴って止まった。


 そうして出来上がったのは、アーシェラが装備しているものに似た、リムサリア専用の〔星屑の腕環〕。


 こちらには、自身の武装限定だが、本当に星屑を統御する能力があり、手首に装備していれば、その結合・拡散・収納をほぼ一瞬で行う事ができる。


 そのため、装備の着脱は自由自在。望んだ瞬間、掌中に〔星屑の弓〕や〔星屑の鉈〕が一瞬にして現れるため、もう持ち歩かなくて良くなり、ロングコートの後ろのスリットから尻尾を出して付属のベルトを締めて上半身もろはだを脱ぐと、ロングスカートを穿いている、または、ロングパレオを巻いているような状態になる。


 そして、左肩から二の腕にかけて入れられた部族を示す刺青トライバルタトゥーは、インナースーツで隠れてしまっていたが、今は、かして浮き上がらせたかのように、デザインとしてそこにある。


 それをふくめて大変気に入った様子のリムサリアは、基本的に街中ではこの姿でいるつもりらしい。


「ありがとうっ!! リュージっ! アーシェラっ!」


 その笑顔を見ていると、こっちまで嬉しくなってくる。


 龍慈は、それを完成させてくれた〔神秘銀の機巧腕あいぼう〕を心の底から賞賛すると同時に感謝し、


「ふむ……」


 同じ星屑製で似た雰囲気の装備を纏うアーシェラとリムサリアの姿を眺めて、これがパーティ《銀の腕》の特色って事になるんだろうなぁ、となんとなく思った。




 その後、城郭都市まで戻った所で、龍慈が、ちょうど良いので夜の分の稽古をしていこうと思うからと別行動する許可を求め、それを受け入れた女性二人は、リムサリアが借りていた宿に寄って部屋を引き払っチェックアウトしてから、アーシェラ達が昨日から泊まっている宿へ。龍慈が宿に戻ったのは、ちょうど夕食時。そろそろだろうと予想してロビーのラウンジで待っていたアーシェラ、リムサリアと合流し、そのまま食堂へ向かう。


 そして、夕食を美味しく頂いた後、龍慈は、一緒に自分達の部屋へ戻ろうとしたのだが……


「リュージはそっち」


 どうにも、アーシェラが、旦那だんなの居ぬ間に1部屋だったのを隣り合う2部屋に変更していたらしく、そう言うなり、リムサリアと二人でそそくさと部屋に入って行ってしまった。


 目の前でドアが閉まり、ひとりポツンと廊下に取り残された龍慈は、


「……おぅ」


 返事か、なげききか、自分でもよく分からない声を漏らすと、言われた通り隣の部屋へ。


 ドアを開け、女の子だけで語り合いたい事でもあんのかな……、などとつぶやきながら首をかしげつつとぼとぼと、デカい図体をちぢめて部屋に入った。


 まずは、照明あかりけて、室内を確認する。


 造りは隣のもといた部屋と同じで、問題は見付からず、最後に、ドアがちゃんと閉まっている事、鍵が掛かっている事を確認した。


 それから、初めての部屋でやる事は大抵同じ。常人サイズの部屋で窮屈な思いをせずにごせるよう、家具の配置や大きさを変更する。


 とりあえず必要のないものは、【仙人掌】の【小の手】で小さくし、必要なものは、そのまま、あるいは【大の手】で大きくして…………程なく作業完了。


 慣れたものだと思いつつ出来を確認して……


「あ……」


 アーシェラと夫婦のちぎりを交わしたあの日から、ベッドはいつも一緒だった。


 だからだろう。ふと気付くと、その大きさは一人で寝るには広過ぎるサイズで……


「…………、まぁいいか」


 そうひとちてから、十手じって形態でおびに差していた〔如意心鉄棒バディ〕を1メートル程の金棒かなぼう形態にして、ベッドから手を伸ばせば届く位置に立て掛け、壁に備え付けのハンガーラックに〔守護のマントフレンド〕と、小物入れポーチ付きのベルトを掛け、その下に、除装して円柱状になった〔神秘銀の機巧腕〕を置く。


 そして、大きくし過ぎたベッドに腰かけ、そのまま上体をゆっくり後ろに倒して……


「……うぅ~む、まさかよわい16にして、ひとさびしいと思うようになるとは……」


 天井を眺めながらそんな事を呟いた――ちょうどその時、トントン、とこの部屋のドアがノックされた。


 はいよ~、と返事をしつつ起き上がり…………鍵を解除し、ドアを開ける。


 すると、そこには、落ち着かない様子でたたずむ、ちゃんとロングコートを着込んだリムサリアの姿が。


「……入って良いか?」


 龍慈が、おう、と答えると、リムサリアは、一つ深呼吸してから、覚悟を新たにしたような表情で部屋の中へ。


「どうしたんだ?」


 わざわざ部屋を別にしたのだから、てっきり今頃は女の子同士で語り合っているのだろうと思っていた。


 なので、龍慈が、そう尋ねると、


「アタシは、一緒で良い、って言ったんだけどさ、アーシェラが、初めては二人っきりのほうが……って」


 新たにした覚悟はどこへやら。リムサリアは、また落ち着きのない様子で視線を彷徨さまよわせながらそう言い……


「……あぁ、そういう事か」


 リムサリアは、この部屋に何をしに来たのか?


 アーシェラは、何故もう一部屋借りたのか?


 龍慈は、それを聞いて、ようやく察しがついた。


 そして、心配になった。


 アーシェラは、一緒に寝るようになってから悪夢を見なくなったと言っていた。だが、今日はひとり。大丈夫だろうか?


 アーシェラの事を案じながらでは、心の底からリムサリアと愛し合う事はできないだろう。――では、どうすれば良い?


 龍慈が思案したのは束の間。安心してまかせられる仲間をたよる事にした。


「バディ、フレンド、――たのむ。アーシェラの側にいてやってくれ」


 そんな龍慈の願いに応えて、〔如意心鉄棒〕は、即座に大型犬サイズの狼に姿を変え、ハンガーラックに掛かっていた〔守護のマント〕は、ひとりでにふわりと浮き上がって宙を移動し、バディの背中へ。


 マントを羽織った狼が部屋を出て行き、隣の部屋のドアを片前足でノックカリカリする。程なくして、カチャッ、と鍵が解除される音に続いてドアが開き、バディとフレンドは、通り抜けられるだけの隙間からするりと部屋の中へ入っていった。




 隣の部屋のドアが閉まり、かすかに響いたのは鍵が掛けられた音。


 それを見届けてから、顔だけ出して様子を窺っていた龍慈とリムサリアも部屋なかに戻り、ドアを閉め、鍵をかけた。


 更に、龍慈は、右のてのひらをドアに当てて、忘れられた城で会得した十の【仙人掌せんにんしょう】の一つ――【きんの手】を行使する。


 この【禁の手】は、封印系の技。力ではどうしようもない敵と遭遇した場合に備えて編み出した。


 だが、【才能タレント】や身動きを封じる以外にも応用が利き、例えば、今回のように、部屋を対象にして音が外に漏れる事を禁じれば、どれだけ大声を出しても外にいる者には聞こえない。


 つまり、情事の際に声を我慢する必要がなくなる。


 アーシェラは、あられもない声を他の誰かに聞かれるのを嫌がって、必死に我慢していた。下唇をんで堪えたり、声が漏れないようふさいでと口付けキスをねだってきたりする様子もめちゃくちゃ可愛かわいい。いとおしい。――だが、ふと思った。愛し合う時はお互いの事にだけ集中できたほうがきっと良い、と。


 それで、龍慈は、この方法を思い付いた。


 もともとアーシェラは、嬌声を上げるほうではなく、情事の最ほんばん中は会話をする事もあまり好まない。力が強過ぎる龍慈が、愛妻を傷付けてしまう事を恐れて、激しく、荒々しくできないからというのもあるのだろうが、甘い響きを帯びた喘ぎ声がどうしても漏れ出てしまう以外は、内緒話するような微かな、あるいは鼻にかかった甘えるような声で、名前を呼んだり、おねだりする程度。それでも、絶頂の瞬間やその前後などは、どうしても堪え切れなかったり、もう余計な事は何も考えられなくなっていたりで、声が出てしまったりする。


 リムサリアがどうかは、まだ分からない。だが、もし何かあったとしても、中から外へ音が伝わらないだけで、外からの呼びかけや音は聞こえるので、やっておいて損はない。


 ドアから手を離し、掌を当てていた場所に『禁』という光の文字がある事を確認して、


「――リュージ」


 呼ばれたので振り返る。


 すると、嬉しそうな笑みを浮かべたリムサリアが上目遣うわめづかいでこちらを見ていて――


「真っ直ぐ立って。背筋を伸ばして」

「おう」


 何故なにゆえ? と思いつつも、とりあえず言われた通り直立きをつけする龍慈。


 リムサリアは、その豊かな胸が龍慈に触れそうで触れないギリギリの所に立って、みずから選んだ夫の瞳を上目遣いに見詰め…………ふふっ、と笑みを漏らして、


「――――っ」


 右手は図太い首の後ろへ、左手は後頭部へと回して抱き寄せるようにしつつ上向き、つま先立ちになって、キスした。


 そこはかとなくぎこちなさを感じる、初々しい口付け。


 一呼吸ほどの間を置いて、くちびると唇が名残惜なごりおしむようにゆっくりと離れ、リムサリアは、詰めていた息をそっと吐き……


「爪先立ちになってキス……、ちょっとあこがれてたんだよね」


 身長約2メートルの乙女リムサリアは、頬を朱に染めて恥ずかしそうに告白し、


「ひょっとすると、俺の背は、リムサリアの憧れをかなえるために伸びたのかもな」


 元の世界では190後半で、この世界に来てからまた伸び始め、成長痛になやまされる事もなくふと気付けば約220センチになっていた巨漢リュージは、割と本気でそう思ったりもしたが、そうとは知らないリムサリアは冗談だと思ったのだろう。何言ってるんだ、と言ってわらい、釣られるようにして龍慈も微笑んだ。


『…………』


 二人は、お互いの息遣いが感じられる距離で見詰め合い…………龍慈は、引き締まって美しくくびれた細い腰を左手で抱き寄せ、右手で、髪をくように撫でてからそっと後頭部にえ、リムサリアは、より強く両手で抱き寄せて、やわららかくも張りのある双丘を押し付けてたくましい胸板を感じながら、唇を重ねる。


「……ぁ……んっ……~っ」


 今度のキスは最初より長く、一息ついてからまた、それから何度も、何度も……


 龍慈は、積極的なリムサリアを受け入れつつ、急ぐ必要はないのだと、焦る事はないのだと、穏やかな息遣いと触れ合う唇のゆったりとした動きで伝え、キスは、熱く荒々しいものから、よりつながりが深く甘やかでありながら濃厚なものへ。


 リムサリアの漏らす吐息がいろっぽく、時と共につやが増していく。


 おたがいに夢中で求め合い…………どちらからともなく唇を離したのは、もうキスだけでは満足できなくなったから。


 リムサリアは、星屑で構成されたロングコートを拡散させて収納した。


 すると、身に着けているのは、婚約指環と〔星屑の腕環〕を除くと、ティーグリュガリアの民族衣装である、前後に布を垂らすタイプの腰帯こしおびだけで……


(――ここであせると格好悪い)


 龍慈は、つちかってきた自制心を発揮し、おとことしての衝動をおさえ、えてゆっくりと服を脱ぎ始め、リムサリアは、あらわになっていく夫のたくましい肉体にうっとりしつつ、そっと手を胸板にわせた。


 服をぎ、脱がせながらベッドへと向かい、お互いに最後の一枚を脱がし合う。


 そして、リードしようとしたものの抵抗を感じ取ったがゆえにされるに任せた龍慈を、リムサリアが押し倒し、夫の上に乗って跨マウントをとった。

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