第18話 〝使徒召喚〟と〝勇者召喚〟

「さっさとやるべき事をませて、もっとおたがいの事を知るために話をしようッ!」


 そう言い出したのは、新たに分隊とハーレムに加わったリムサリアで、彼女を先頭に、【才能タレント】を見せ合った龍慈とアーシェラの三人は、傭兵ギルド本館2階の『鏡の間』から1階の受付窓口へ。


「昨日のレイドに参加した者だ」


 リムサリアと遭遇した事ですっかり失念していたが、龍慈は、その原因たる者の言葉で、何のために朝からギルドにやってきたのかを思い出した。


 受付嬢に、金の認識票プレートと〔ライセンス〕が取り付けられているネックレスごと差し出すリムサリア。


 龍慈は、たまたまいていたので、そのとなりの窓口へ。


 リムサリアにならい、失念していた事などおくびにも出さずしれっと、レイドに参加した事と要請に応じて出頭したむねを告げ、受付嬢に、銅のプレートと〔ライセンス〕が取り付けられているネックレスごと差し出した。


 受付嬢は、それを受け取り、手慣てなれた様子で〔ライセンス〕を〔読取器よみとりき〕に差し込み、そこに記録されている情報を表示させる。


 そして、目を通すなり軽く見開いて、


「《銀の腕》分隊のリュージ様ですね? ギルド長より、リュージ様がお越しになったらギルド長室へご案内するようもうし付かっております」


 そんな事を言い出した。


 なんか面倒臭そうなので、龍慈は、どうにか断れないかと思案したが、


「一緒に行く」

「アタシも気になるからついてく」


 アーシェラとリムサリアが行く気になっているので、まぁいいか、とあきらめてギルド長室へ向かう事に。


 案内役をつとめてくれた受付嬢が、ギルド長室の両開きのとびらをノックすると、程なくしてその片側が開き、室内から姿を現したのは、まさに秘書といった感じの女性。役目を終えた受付嬢は、一礼して来た道を戻って行き、龍慈達は、秘書のような女性職員にうながされるまま部屋に足を踏み入れた。




 ギルド長室は、ゆとりが感じられるだけの十分な広さがあり、入ってすぐの所には、長方形のテーブルをはさんでソファーが向かい合う応接セットが、その向こうには重厚な執務机デスクがあり、突き当りの壁を背にして席に着き事務仕事をしているのは、龍慈ほどではないものの体格ガタイの良い壮年の男性。


 秘書とおぼしき女性職員が、そっと扉をめてから、マスター、と呼びかけると、執務机で仕事をしていた男性――ギルド長が顔を上げ、来訪者の中に想定していなかった人物がじっている事に気付いて眉根まゆねを寄せた。


「君は……〝我流〟のリムサリアか? 何故なぜここに?」


 女性、約2メートルの長身、部族を示す刺青トライバルタトゥー…………などから推理したのだろう。


 そう問うギルド長に対して、〝我流〟という二つ名で通っているらしいリムサリアは、均整プロポーションという見地から言うと、あといくらかふくらんでいれば大き過ぎて抜群とは言えなくなってしまう、そんな絶妙なゆたかさと美しい形を兼ね備えた理想的な乳房おっぱいを突き出すように胸を張って――


「ダーリンのそばにいたいからだ」

『ダーリン?』


 龍慈とギルド長がしくも声をそろえると、リムサリアは、そう、と満面の笑みで頷いてから、私の最愛の人ダーリン、と答えつつ龍慈の図太い腕にぎゅっと抱き付いた。


 そのまま更に続けて、


「アタシは、嫁入りして《銀の腕》の一員になったんだ。もう《剣の牙》の隊長じゃない」

嫁入よめいり? 彼の婿入むこいりではなく? 確か、君が所有する神器は《ティーグリュガリア》の秘宝の一つだろう? よく許してもらえたな」

「――そうなんだッ! アタシは神器を所有している。――これだッ!」


 食い気味にそう言いつつ右手に装備している甲拳ガントレットを龍慈の目の前に突き出すリムサリア。


 そんなあからさまな話題転換に、ギルド長と、さり気なく自分も旦那様の腕に抱き付いていたアーシェラは、うたがわしそうな目を向けるが、龍慈は素直に、へぇ~、と目の前に差し出されたものに興味を向けた――が、


「この〔流星群りゅうせいぐん箙籠手えびらごて〕は、無尽蔵の〔ながぼしの矢〕を好きな時に取り出す事ができる神器で、《ティーグリュガリア》に伝わる三つの秘宝の中でも300年以上受け継がれてきたもっと由緒ゆいしょ正しい神器なんだ」


 得意げに語られたその内容に、ん? と眉根を寄せて、


「300年以上受け継がれてきた? 〝召喚の儀〟ができるのは64年に一度。俺達で3回目。なのに受け継がれてきたのが300年以上じゃ、計算が合わねぇぞ?」

「ん? リュージは知らないのか? 〝使徒召喚〟の儀式が行われるようになる前から、〝勇者召喚〟の儀式は行われていたんだぞ?」

「何ですと?」


 封印されていたアーシェラは知らないだろうから、ギルド長に知っているかと問う視線を向ける龍慈。すると、彼は、はっきりと頷いて、


「〝使徒召喚〟と名前を変えて、一度に100名以上の異世界人が召喚されるようになったのは130年ほど前からだが、それ以前に〝勇者召還〟が行われていたのは事実だ。各地に伝説が残っている」


 今や多くの国が滅び、語り継ぐ者がいなくなってしまった事で失われた伝説ものも多いが、それは確か、との事。


 ちなみに、龍慈達が〝召喚の儀〟としか聞かされていない3回目の〝使徒召喚〟で呼び出された異世界人は、およそ200名。


 対して、それ以前に行われていた〝勇者召還〟で呼び出されていた異世界人は、たったの3名だったらしい。


「それはさておき、――『俺達で3回目』という事は、君は使徒だという事だね?」


 話を変えた、というよりも、本題に戻したと言ったほうが正しいのだろう。


 ギルド長が、座って話をしよう、と言いながら応接セットのほうに移動し、対面のソファーに座るようすすめた。




「あれ? 座らないの?」


 勧められてソファーに腰を下ろしたのは龍慈だけで、振り返って嫁さん達にたずねると、


「呼び出されたのはリュージで、アタシはおまけだからな」


 リムサリアは、ソファーの後ろで立ったままそう答え、その隣でたたずんでいるアーシェラは何も言わないが、どうやら、そんな彼女だけを立たせておくつもりはないらしい。


 その一方で、対面のソファーにはギルド長が座り、その後ろでは、やはり秘書だった女性職員が二人と同じようにひかえている。


「君は、使徒だね?」


 改めて問うギルド長に対して、龍慈は、悠然と構えて、


「使徒、異世界人、転移者…………何と呼んでくれても構わないが、できるものなら名前が良い。俺には『龍慈』っていう親にもらった立派な名前があるんでね」


 ギルド長は、承知した、と言って頷き、次に、君も使徒なのか? とアーシェラにも問い、首を横に振るのを見て、そうか、と頷くと、


「教えてほしい。一ヶ月後と予測されている〝大侵攻〟――その一週間前にはグランベル大要塞に到着する予定になってはいるが、現状、防衛戦に参加する予定の使徒達は、いまだこのシランド南大陸にも到達していない。それなのに、リュージ、君一人がここにいるのは何故だ?」

「無関係だからだ」

「無関係?」

「俺は、当初、南西大陸のイストーリア王国に行く予定だったからな」

「南西大陸のイストーリア…………それが何故、今ここに?」

「チンコ……じゃなくて、えぇ~と、チンチコルビで傭兵になった時、防衛戦に参加してくれって要請されたからだ」

「防衛戦に、か……」


 龍慈の答えは、ギルド長の疑問を全て解消してくれるものではなかった。しかし、来る予定の使徒達が来られなくなったという訳ではない事と、当座とうざの目的は分かった。


 ならば、不興を買ってしまう可能性を押してまで根掘り葉掘り尋ねるべきではないと気持ちを切り替えて、次の質問をする事に。


「分かった。それで、ベルドベルここに来る途中で〝種蒔き〟に遭遇し、レイドに参加した、と?」


 そう確認してから、


「そのレイドでの事についてなんだが……」


 そう前置きし、非常に困ったと言わんばかりの表情で、


「現場にいた軍目付いくさめつけ達からの報告書によると、何でも、レイドの中盤、突然〝種〟が爆発して砕け散ったらしい。そして、軍目付の半数以上が原因不明だと言う中、数名が、それをやったのは、巨大な銀の腕の大男、つまり、リュージ、君なのではないか、と言っている」

「あぁ、そうだ」


 龍慈があっさり肯定すると、ギルド長は、真偽の程を探ろうとするかのように、その目を真っ直ぐ見据みすえながら、


にわかには信じ難い話だが…………いったいどうやって?」

「ドロップキックして」


 その簡潔極かんけつきわまりない回答に、ギルド長は、ヒクッ、とほほを引きつらせ、


「……すまないが、もう少し詳しく話してもらえるか?」

「『合図と同時に走れ』って言われてたんだ。だから、この機会に全力疾走してみようと思った。だからそうしたら、なんか、自分で想像していた以上にもの凄いスピードが出て、気付いた時にはもう〝種〟がぶつかりそうな距離めのまえにあった。――で、止まれそうになかったからその勢いのままドロップキックをかました」

「…………それを信じろ、と?」

「いいや」と答えつつ首を横に振ってから「訊かれたから答えただけだ。信じる信じないは、そちらの判断にまかせる」


 泰然と構える龍慈に対して、思わずうつむいて重く深いため息を吐くギルド長。


 それから、大きく息を吸い込みつつおもてを上げると、気を取り直して、


「つまり、君は、たった一撃のドロップキックで、工廠型アーセナルだけでなく屍喰型スカベンジャーをも撃破してコアを砕いた、と言うんだな?」

「いや、核を砕いたのは蹴りじゃない。熊式鯖折りベアハッグだ」

「………………何だって?」


 ギルド長が、今にも、もう勘弁してくれ、と言い出しそうな表情で訊き返すと、龍慈ではなくリムサリアが、


「アタシ達はその瞬間を目撃した。あの時は開いた口がふさがらなかったぞ」


 そう証言し、愉快そうに笑う。


 その一方で、全く笑えないギルド長は、俯いて頭を抱え…………やがて、ふぅ、と何かを吹っ切るように一息つくと、振り返って何事かを指示し、それを受けた秘書の女性職員が承知したむねを告げるなりそそくさと部屋から出て行った。




 その後、ギルド長は、龍慈からだけでなく、アーシェラとリムサリアからも報告を聴き、その内容についていくつか確認し…………それが終わると、用件は以上との事で、三人はギルド長室を後にした。


 その足で三人が向かったのは、受付窓口。


 それはもちろん、先に提出していた〔ライセンス〕と認識票ネックレスと、レイドでの活躍に見合った報酬を受け取るため。


 まずは現金を受け取る。それから、もどってきた〔ライセンス〕に記録されている情報の変更点を確認すると、レイドに参加した回数や成功した回数、その他に――


 リムサリアは、所属が書き換えられて、正式に《銀の腕》分隊の一員に。


 アーシェラは、認識票プレートが、銅からいっきに二段階昇級レベルアップして金に。ランクもDからCへ昇格ランクアップした。


 おそらく、途中で部屋から出て行った秘書がギルド長に指示されていたのはこれだろう――そう思ったのだが……


「何だこりゃ?」


 龍慈は、受け取ったネックレスに〔ライセンス〕と共に取り付けられている金の文字が打刻された認識票を見て、眉根を寄せた。


 受付嬢に訊いてみる。すると、それは、金の上、規格外の証、との事。


 そもそも、一目見てわかるようプレートの色で個人の戦闘力レベルを表すのは、レイドの際、実力が同程度の者を集めて部隊を編制するためであり、成功と生還の確率を上げるため。


 それゆえに、最上級の金レベル10であっても、原則として、最低でも四人一組フォーマンセルを作らなければならないと定められており、それ以下で行動する事が禁止されている。


 しかし、金字に黒の認識票プレートを持つ者は、その例外。


 隔絶した力をそなえるがゆえに、他者に合わせようとすると実力を発揮し切る事ができない、その存在が足枷あしかせとなってかえって危険だと判断され、独断専行が容認される。


 その説明を聞いて、アーシェラとリムサリアは、夫の昇級を我が事のように喜んでしみなくたたえた。


 しかし、とうの龍慈は、


「へぇ~」


 割とどうでも良さそうにそうこぼしただけ。


 そんな様子を見て、アーシェラは不思議そうに小首をかしげ、リムサリアが嬉しくないのかと尋ねると、


「これが必死に努力した結果だってんなら喜びも一入ひとしおだったんだろうが、勝手にポンポン上がってっただけだからな」


 そう言ってから黒いプレートをまじまじと見つつ、困惑しているというか、戸惑っているというか、まゆをハの字にして、名誉な事ではあるんだろうが、今一いまいち有難ありがたみがなぁ~、とらす龍慈。


 尊敬とそれを遥かに上回る畏怖いふの念から人外バケモノ認定されたという事実とは裏腹に、どこか滑稽こっけいでそこはかとなく愛嬌がただよう――そんな夫の姿に、妻二人はふと顔を見合わせて、思わず、ぷっ、と吹き出した。

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