第17話 新たな仲間は二人目の嫁

 時は、レイドが行われた日の翌日。


 場所は、城郭都市ベルドベルの傭兵組合マーセナリー・ギルドでの事。


 昨日のレイド戦後、素材の回収は戦闘に参加していなかった部隊が担当すると言うのでまかせ、龍慈とアーシェラは、ラーゼン達と共にサンドリバー車団コンボイのワイルドスチームで移動し、その日の内にベルドベルに到着。団長が用意してくれていたホテルに宿泊し、翌日、二人は朝からギルドに足を運んだ。


 それは、昨日の内に出頭してほしいと要請されていたから。


 元々、依頼の達成報告と同様に、レイドに参加したならそれを報告する義務があるため、あらためて言われずともおもむくつもりだったが、何故か、しっかりくぎを刺すように強くい求められた。


 そして、〔神秘銀の機巧腕アガートラム〕を左腕に装備して〔守護のマントフレンド〕を羽織り、十手じゅって形態の〔如意心鉄棒バディ〕を帯に差している龍慈と、〔星屑の腕環〕を左手首にめて【星屑統御スターダストルーラー】で作ったマントを纏って目深にフードをかぶっているアシェラが、ギルドの本館に到着すると、


「――待ってたぞッ! 《銀の腕》のリュージとアーシェラっ!」


 正面出入口から入ってすぐの所で声を掛けられた。


 よく通る声が聞こえてきたほうに目を向けると、長身の女性が、寄り掛かっていた壁から離れてズンズン近付いてくる。


「確か……《ティーグリュガリア》のリムサリア、だったよな?」

「覚えていてくれたかっ!」


 野性味あふれる絶世の美女は、二人のそばまで来て足を止め、自分より大きな男の目をキラキラした瞳で見詰め、嬉しそうに笑った。


「昨日の今日だからな。必ずギルドに顔を出すだろうと思って待っていたんだ」


 そう話す彼女は、装備している武装こそ同じで矢筒と一緒に弓も背負っているが、服は例の民族衣装ではなく、街の店で購入したような、男物のシャツを着てそのすそを豊かな胸の下でしぼってしばり、前にだけ布を垂らすタイプの腰帯こしおびに、脚の付け根のところで引き千切ったようなローライズのホットパンツを合わせている。


「実は、二人に折り入って頼みたい事がある。話し自体はすぐ済むから、少し顔を貸してくれないか?」


 一転して、真剣な表情でそう話すリムサリア。


「まぁ、時間を指定されてる訳でもないし……」


 そう言いつつ隣のアーシェラに目で問うと、こくり、と頷いたので、龍慈が了解したむねを伝えると、リムサリアは、感謝するッ! と笑顔で言ってから、ついて来てくれ、とうながして歩き出し、三人は、自分達に集まる視線など気にも留めず、階段でギルドの2階へ上がって行った。




 傭兵ギルドの本館は、意図的にどこも同じ造りになっているため、初めて訪れた都市や町のギルドでも、何所どこなにがあるか迷う事はない。


 リムサリアが、龍慈とアーシェラを連れ込んだのは、本来一人で利用する小部屋――新たな【才能タレント】が開花していないか、【技術スキル】が上位のものに変化していたり別のものに派生していたりしないか確認する事ができる『鏡の間』。


 三名共に平均身長を大きく超えるため、窮屈きゅうくつという程ではないが、やや手狭に感じる部屋の中で、正面の壁に掛けられた大きな長方形の鏡すがたみの前に立ったリムサリアは、躰ごと、くるっ、と振り返り、並んで立っている二人に向かって、単刀直入に言う、と前置きし、一度空気を吐き切ってから、大きく吸い込んで――


「――アタシを、リュージのハーレムに入れてくれ」


 そんな事を言い出した。


「は? ハーレム? 俺の?」


 この世界には、重婚を禁じる法が存在しない。つまり、一夫多妻が認められている。それは、こちらに召還されて早々、転移者男子達の間で話題になっていたため、龍慈も知ってはいた。


 しかし、ハーレム願望はなく、側室を持つ予定も、愛人をかこうつもりもない。


 なので――


「そんなものはないし、作る予定もない。俺は、嫁さん一筋だ」


 はっきりとそう告げる。


 すると――


『え?』

「えッ!?」


 リムサリアとアーシェラは、驚きの声を漏らし、龍慈は、嫁さんアーシェラに驚かれた事に驚いた。


 そんな驚き覚めやらぬ中、リムサリアは、そうなのか? と意外そうに言ってから、


「それは困ったな。アタシは、リュージにとつぐと決めて一族を抜けて来たんだ。もう、まごの顔を見せにきた、くらいの理由がなければ故郷さとには帰れない」

「いや、そんな事言われても……」


 生涯ただ一人の女性アーシェラへの愛をつらぬこうと心に決めているため、そんな事を言われてもハーレムを作ろうという気にはならない。


 りとて、自分に嫁ぐために来たという女の子を無下にもできない。


 それで龍慈がこまっていると、アーシェラが一歩前に出て、


「いくつか確認させてほしい」


 その発言に対して、リムサリアは、興味深そうに、見下みおろすというほど視線を下げずとも話ができる希少な同性をながめながら、何でもいてくれ、と頷いた。


貴女あなたがリュージの妻になりたいのは何故?」

「それはもちろん、れたからだっ!」


 胸を張って即答するリムサリア。更に続けて、


「戦場で出逢であった男は、アタシよりも強く、大きかった。声も、においもい。自分のおっとにするならこういう男がいいと思い、興味を持った。そして――」


 アーシェラの目を見詰めながら、楽しそうにも嬉しそうにも見える笑みを浮かべて、


「アーシェラが、リュージに向ける眼差しと表情を見て確信したんだ。――この男しかいない、と」


 えっ、それってどうなの? と内心ドキドキする龍慈をよそに、アーシェラは、軽く目をみはり、それから頬を緩めた。


 えっ、それってどういう笑み? と内心ハラハラする龍慈をよそに、アーシェラが放った次なる質問は、


「分隊に加入する意思は?」

「ある」と即答してから「それも一緒に伝えるべきだったな」


 そう言って反省するリムサリア。


 彼女に確認したかった事というのは以上らしい。


 今度は、女性二人のかたわらで内心穏やかではない夫に向かって、


「リュージがどんなに強くても、一人で出来る事には限りがある。信じ頼る事ができる仲間は、何物にも代え難い」


 その言葉には並々なみなみならぬ実感が込められていたがゆえに、龍慈は、真剣に耳をかたむけ、


「昨日の戦場で見た限り、実力は申し分ない。リュージが、彼女を妻として迎え入れれば、同時に、頼りになる仲間をも得られる。この申し出は、受けるべきだと思う」


 それには、アーシェラ一筋と心に決めているため承服できず、眉間みけんにしわを寄せて眉尻まゆじりが下がった不服の表情を浮かべた。


 すると、アーシェラは、我儘わがままな子供に向けるような、少し困った表情を浮かべて、


「私にとって、リュージの幸せこそが何よりの幸せ。だから、私のせいで、得られるはずの幸せを手放したりしないで」


 それには全く同感で、だからこそ、アーシェラを困らせたり、悲しい顔をさせるのは本意ではない。その上さらに、ね? と言い聞かされ、いじらしい愛妻に、お願い、とまで言われてしまっては、是非もない。


 アーシェラの瞳をじっと見詰め…………分かった、と頷く龍慈。


 二人で話している間、黙って待っていたリムサリアの前に立ち、


旦那だんな相応ふさわしいか、もっと時間をかけて見極めたほうが良いんじゃないか?」

「後悔なんてしないし、させない。リュージにも、アーシェラにも。――我らがたる神獣ティーグリューガにちかって」


 これまでの言動から既に察しはついていたが、やはり、決意は固いらしい。


 ならば、こちらも覚悟を決めるべきだろう。


 龍慈は、分かった、と頷いて、


「俺の妻として、《銀の腕》分隊のメンバーとして、歓迎する」


 そう伝えてから、よろしく、と言いながら右手を差し出す。


 それに対して、リムサリアは、


「こちらこそよろしく頼むっ!」


 見ているだけで気分が晴れるような、明るく爽快な笑みを浮かべて握手しそのてをとった。




 リムサリアは、アーシェラとも笑顔で握手を交わしてから、


「二人には話しておこうと思う」


 そう言いつつ、この『鏡の間』の姿見に触れた。


 浮かび上がった【才能】ひかりのもじは――


 ―― 能力 ――


【獣王の強靭な肉体】 生まれ持ったのは、獣の王の力を受け入れるに足るうつわ

【生存本能】 死中に活を求める時、生き残るために必要なありとあらゆる力が高まる


―― 技術 ――


【我流】 己が道を


「アタシは、この【才能タレント】で《ティーグリュガリア》最強の戦士になり、アタシのこの【才能】のせいで、故郷さとは、真っ二つに割れてしまったんだ」


 リムサリアの話を、整理して簡単にまとめると――


 高度に洗練された戦闘術と狩猟術を代々受け継ぐ戦闘部族《ティーグリュガリア》は、現在、次期族長の事で、族長派と長老派に別れて対立している。


 族長派がしているのは、リムサリア。


 長老派が推しているのは、現族長の長男、つまり、リムサリアの兄。


 族長派は、最強の戦士が部族のおさになるというおきてのっとり、例え【我流】であっても最強の座に君臨するリムサリアこそが次期族長に相応ふさわしいと推していて、長老派は、代々受け継いできた技術を正しく次代に伝える事ができない者は族長に相応しくないと主張し、【我流】のリムサリアを除けば最強であり、伝統の技を正しく使いこなす長男を推している。


「族長なんてがらじゃないし、とっとと誰かのもととつげば済む話だったんだが、自分より背が低くて弱っちい、手のかかる弟みたいな奴らの事を、どうしても男として見れなくてなぁ……」


 問題を棚上たなあげし、遠征にかこつけて居心地の悪い故郷を抜け出して、たまたまいた都市で非常呼集に引っ掛かり、レイドに参加した。そして、その戦場で ――


「 ――理想的な男と運命的に出逢であったんだ」


 直観的に、この男しかいないと、これは運命だと確信し、一族を抜けて嫁ぐ事を決めた、との事。


「アタシが他所よそに嫁げば、兄貴は、名実共に、伝統の戦闘術と狩猟術を受け継ぐ《ティーグリュガリア》最強の戦士で、次期族長として文句もんくの付けようがない。アタシは幸せになって、親父殿と爺様達が喧嘩けんかする理由もなくなる。――最高だろ?」


 そう言って、いい笑みを見せるリムサリア。


 心の底からそう思っているように見える。しかし、部族を示す刺青トライバルタトゥーを入れているリムサリアは、部族の一員である事に並々ならぬほこりを持っているはず。例えすでに未練は断ち切っていたとしても、愛する故郷や同胞と別れて生きねばならない事について、何も思わないはずがない。


「運命、か……。なら、俺も教えておいたほうが良いだろうな」


 そう言って、龍慈は、場所をわってもらい、その前に立って右手で姿見かがみに触れた。


 鏡面に浮かび上がり、リムサリアの目にうつったのは、新たに加わった【心眼】を除き、謎の【才能】と読みにくい上に分かり難い説明文。


「ったく、けものの神様だって人の言葉で分かり易く説明してくれるってのに……」


 龍慈が顔をしかめる一方で、案の定、リムサリアは、は? と目を丸くした。


「分かる奴はこれを一目見て分かるみたいなんだが…………俺は、運命の女神に選ばれてこの世界に召還された『使徒』ってやつなんだ」

「えッ!?」

「だから、リムサリアが、故郷さとを一つにするためにみずから出て行く事を選ばざるを得なかったのも、俺と……いや、俺達と出逢ったのも、全て運命だったんだ、ってのは、あながち間違いじゃないかもしれない」


 自分達は、幼い少女の姿でえがかれる運命の女神のてのひらの上でいい様に転がされているだけなのかもしれない。それを不服とし、運命にあらがうと言うならこの話はなかった事にしよう――そう思ってこの事をあかかしたのだが……


「――すごいッ!! じゃあ、本当に、リュージは私の運命の男で、私達は出逢うべくして出逢ったんだなッ!!」


 リムサリアは、瞳をキラキラさせてそう言うなり、大きく両手を広げて、


「――運命の女神と神獣ティーグリューガに、この上ない感謝をッ!!」


 そうさけぶなり、飛び付くようにして龍慈とアーシェラを抱き締めた。


 感謝感激雨霰かんしゃかんげきあめあられといった様子で笑うリムサリア。それに対して、龍慈とアーシェラは、思わず顔を見合わせてパチパチ瞬きを繰り返し…………アーシェラは、くすっ、と笑い、龍慈は、ぷっ、と吹き出した。


 おのれは坂東武者の末裔であり、武士に二言はない。


 口にした『嫁さん一筋』の言葉をたがえる事なく、これからは、この二人の嫁さんと共に生きて行こうと心に決め、龍慈は、アーシェラとリムサリアを一緒に軽々とかかえた。

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