第16話 ティーグリュガリアの女傑

 まだ〝ネスト〟になる前――落ちて来たばかりの〝種〟を強襲する場合、序盤は、いわば前哨戦。


 主力を温存しつつ敵戦力をけずり、ランク・レベルが低い者達に経験を積ませるため、熟練の傭兵達がおとり役をつとめ、り出したクリーチャー共をあの手この手で分散させ、一つの分隊で1体のクリーチャーを担当し、これを各個撃破する。


 ちょっかいに応じず、釣り出す事ができなくなってからが、中盤であり本番。


 レイドで指揮をるのは、Aランク以上の経験豊富な隊長ベテランなので、烏合うごうしゅうに高度な連携を求めたりはしない。『行け』と言われたら指示された場所に行って各自の判断で戦い、疲労や負傷で限界が来たら各自の判断で後退して構わない。すぐにひかえていた分隊が交代してその穴を埋める。休憩して疲労を、治療を受けて負傷を回復させ、まだ戦えるなら――もっとかせいだり昇格するため軍目付いくさめつけに活躍をアピールしたいなら、指揮官や伝令でんれいにそのむねを伝えておけばまた『行け』と指示されるので、後退してきた分隊の穴を埋める形で戦線に復帰する。


 遠距離攻撃能力を有する『砲兵型アーティラリー』の砲撃をくぐって接近し、その前に立ちはだかる、もっとも数が多い歩哨型センチネルや、突撃力にひいでた『騎兵型キャバルリー』、敏捷性に秀で読めない動きをする『猟兵型イェーガー』などを排除して砲兵型を撃破し…………粗方あらかた片付くと、いよいよ終盤のボス戦へ。


 〝種〟から出てきた『屍喰型スカベンジャー』さえ倒してしまえば、あとは、戦闘能力を持たず自力で動く事もできないクリーチャーを生産するクリーチャー――『工廠型アーセナル』とかえる前のクリーチャーのたまごを全て破壊するだけ。


 これが、情報を蓄積して学習し、下位種を統率する能力を与えられた『指揮型コマンダー』が現れ始めるレベル1の〝ネスト〟になると、途端とたんに攻略が厄介やっかいになり、脅威度レベルが一つ上がるごとに攻略の難易度がね上がる。


 だからこそ、〝種蒔き〟によってエルフの非支配領域に落とされた〝種〟を可及かきゅうすみやかに駆除するため、実力ある傭兵達が協力しての強襲レイドが行われるのだ。


 そして、今回の〝種蒔き〟に際して、最寄りのベルドベルをふくむ周辺の城郭都市から派遣された傭兵達によるレイドは、今まさに中盤に突入した。


 指揮権と対スカベンジャーの切り札を預けられた《リンガイア傭兵騎士団》――クリーチャーによって滅ぼされたリンガイア王国の生き残り達によって結成されたランクA傭兵団――の団長の指示が、通信用霊装を所持した同団員達をかいして八方向に展開している各部隊へ通達され、突撃開始。


 ひかえをのぞく傭兵達が、合図と共に〝種〟目掛けて駆け出した――直後、


 ――その〝種〟が派手に爆裂飛散した。


『――はぁッ!!!?』

「何だッ!? 何が起こったッ!?」

「まさか、新手の攻撃……ッ!?」


 驚愕し、困惑し、戸惑い、狼狽うろたえ…………とても平静ではいられない傭兵達。


 そんな彼ら彼女らは、雨のように降り注ぐ緑の体液に混じって、大小無数の鉱物っぽいものや肉片ぽいものが落下して来る空をあおいで唖然あぜん呆然ぼうぜんとし……


「…………あっ、――屍喰型改造魔蟲スカベンジャーはどうなったッ!?」


 いち早く我に返った者の声がまたたく間に周囲へ広がって行き、かつては破壊不可能とわれていた屍喰型のコアを破壊しとどめをすべを持つ数名が、それぞれの仲間達と共に、屍喰型を発見し次第しだいほろぼすため、〝種〟の残骸を目掛けて駆け出した。




 ――時はしばしさかのぼる。


 荒野を走破する蒸気機関車ワイルドスチームや後方陣地の防衛を担当するラーゼン達と別れた後、龍慈とアーシェラは、個人または分隊の上限に満たない少数で参加している他の傭兵達と共に、〝種〟を中心とした八方向に突貫作業できずかれた簡易陣地の一つ――巨岩の陰にある北西陣地に配置された。


「なぁ、アーシェラ」


 通常の銅のプレートレベル8は、ここまで昇格する間に幾度もレイドを経験しているものなのだろう。誰一人として作戦についてくわしい説明を求める者はなく、司令官の指示を傭兵達に伝える役目をになっている《リンガイア傭兵騎士団》の分隊長も、別命あるまで待機、と言い渡した切り。


 昔の人は言った。〝聞くは一時のはじ、聞かぬは一生の恥〟と。


 レイド初参加の龍慈は、分隊長に、味方の傭兵達まわりに合わせたほうが良いのか、それとも気にせずやっちまって構わないのかを確認しておいたほうが良いだろうと思った――のだが、その直前になってふとそれを思いつき、訊くのをやめて、隣にいる〔星屑の矛〕を手にした戦乙女モードの愛妻アーシェラに声をかけた。


「どうせ走るなら、この機会に全力疾走してみようと思うんだけど、良いかな?」


 忘れられた城でも準備運動ウォーミングアップで走ってはいた。だが、実のところ、全力疾走した事はない。それは、そうするのに十分な長さの真っ直ぐな道がなかったからだ。


 一ヶ月の修行で、身体強化も上達したはず。なので、試してみたい。


 それに対して、走力あしにかなりの自信があるらしいアーシェラは、分かった、と一つ頷いて、


「ちゃんとついて行くから、私の事は気にしないで」


 他の傭兵達は、点在する巨岩を遮蔽物として利用しながら進むのだろう。


 だが、〔守護のマントフレンド〕を纏い、左腕に〔神秘銀の機巧腕アガートラム〕を装備した龍慈は、〔如意心鉄棒バディ〕を長さ50センチほどの十手じってに変化させてかぎおびに引っ掛けるようにして腰の左斜め前に差し、一直線に〝種〟まで走れるルートを探し出して、みなとは少し離れた場所で位置に付いた。


 そして――


「――かまえッ!」


 分隊長の号令で、各々おのおのが抜き放った得物を構える一方、龍慈は、楽しみでたまらないという事がうかがえる表情で口角を吊り上げ、深い前傾姿勢で、地面を巨腕の左手で鷲掴わしづかみにした、クラウチングスタートとスタンディングスタートの中間ちゅうかんのような体勢で合図を待ち……


「――突撃ッ!!」


 その声が響いた瞬間、その場から龍慈の姿がき消え、その直後には轟音が響き渡り、蹴り砕かれた地面がぜるように陥没した。


 ――龍慈は思う。


 この世界エアリスが、レベルアップで得たポイントをステータスの各パラメーターに割り振る事で強化される、ゲームのような世界じゃなくて本当に良かった、と。


 もしそうだったなら、自分は、膂力値STR極振りで鈍足のろまだった可能性が高い。


 だが、この世界はそうではない。


 速さスピードを決めるのは、敏捷値AGLではなく、足腰の力パワーだ。


 【理外の金剛力】に加えて全身全霊の身体強化によって増幅された超絶的脚力が、その巨躯を一歩で亜音速に到達させ、次の一歩で音の壁を突き破り、その次の一歩で更なる超音速の世界へ。


 走り出した瞬間、背中で、バッ、と勝手に広がった〔守護のマント〕が自動車のリアスポイラーのように気流を整える事で空気抵抗を低下させ、躰が浮き上がるのを抑制し、走行を安定させ、今この時、かつてない疾走感酔いしれイっちゃって、ただ全力で走る事しか考えられなくなってしまった龍慈クレイジーが、飛ぶように爆走する。


 1歩目から2歩目までの距離より、2歩目から3歩目までの距離のほうが長く、3歩目から4歩目までの距離のほうが更に長く…………一蹴ひとけりごとに地面を大きく蹴り砕いて陥没させ、巻き起こったジェット戦闘機が地面スレスレを超音速飛行したかのごとき殺人的な衝撃波ソニックブームで地面をハーフパイプ状にえぐり飛ばしながら、限界などないかのように加速し続け――ふと気付いた時にはもう〝種〟が目の前にせまっていた。


 刹那せつなの間に、いま走り出したばっかなのに、とか、あんなに遠くにあったはずなのに、とか、もっと走りたい、とか、まだ全力を出し切ってない、とか、更にその先へ、とか、止まれない、とか、ぶつかる…………などなど、脳内では言葉が乱舞して最善の行動を選択するなど不可能な状態だったが、躰のほうは勝手に急制動ブレーキあきらめて、ドンッ、と地面を踏み切り、――繰り出されたのは飛び両脚蹴りドロップキック


 そして、【能力アビリティ】と霊力で最大限に強化された超音速の巨大な砲弾リュージが直撃し、突き破り、一瞬で反対側まで貫通した結果、まるで、対物ライフルから発射された12.7ミリ・アンチマテリアルライフル弾で撃ち抜かれた西瓜スイカのように、〝種〟が派手に爆裂飛散した。




「――ぬぅんッ!!」


 〝種〟を貫通し、不運なクリーチャー共をね飛ばしても落ちない勢いを、バフッ、と〔守護のマントフレンド〕が滑走距離短縮のために使う落下傘ドラッグシュートのように広がって減速ころし、咄嗟とっさに体勢を整え、なんとか、ズシンッ、と両足で着地した龍慈は、そのまま、ズザザザザザザァ……、と派手に横滑よこすべりしてからようやく止まり……


「あぁ~……、なんてこった……~っ!」


 ザァ……、と雨のように降り注ぐ緑の体液に混じって、ポトッ、ボトボト、ドンッ、ズシンッ、と大小無数の鉱物っぽいものや肉片ぽいものが落下して来る空をあおいで、愕然がくぜんとした。


 見れば、地上に出ていた部分のほとんどがなくなっていて、地面付近の残っている部分も無惨むざんな事になっている。


 こんな事になるとは思いもしなかった。ただ全力疾走したかっただけなのに……


 龍慈は、ふと、突然道路みちに飛び出してきた猫をねてしまったらこんな気持ちなのだろうか、とゴールド免許の自動車運転手ドライバーの気持ちに思いをせ……


「……ん? ――おい相棒ッ!? それはそりゃ何だッ!?」


 自分の意思とは無関係に、〔神秘銀の機巧腕あいぼう〕が、デカくてあおく透き通った柱状の結晶を小脇こわきに抱えている事に気付くなり、目玉が飛び出そうなほど驚いて頓狂とんきょうな声を上げた。


「いったい何時いつの間に……」


 走り出した時と走っている最中は持っていなかった。これは間違いない。という事は、〝種〟のからを蹴りやぶって突っ込み反対側から飛び出すまでの間、という事に――


「――オイお前ッ!!」


 不意にするどく響いた女性の声に思考をさえぎられ、半ば反射的に顔を横に向ける。


 すると、5メートほど離れた所にいたのは、北西の陣地へ振り分けられる前に見かけた、個性を出している者達が多い上位の傭兵達の中にあってひときわ異彩を放っていた有名人。


 あの時、ラーゼンが教えてくれた名前は、確か、『リムサリア』。


 高度に洗練された戦闘術と狩猟術を代々受け継ぐ戦闘部族《ティーグリュガリア》の次期族長と目されている一族最強の戦士にして、部族の精鋭で構成された《剣の牙》小隊の隊長。


 年のころは、二十歳はたち前後。身長はおよそ200センチ2メートル。虎っぽい獣耳と尻尾を有し、はだは健康的な小麦色で、後ろは背負っている矢筒に掛からないよう肩の高さで切りそろえられている髪は黄金、瞳は琥珀色でやや釣り目がち。野生の獣に通じる均整の取れた抜群の肢体は、たくましくもしなやかで、左の肩から二の腕にかけて、獣の爪牙と鳥の羽を意匠化した部族を示す刺青トライバルタトゥーがあり、ボリュームたっぷりで形が美しく最もセクシーでエロさ漂う男性にとって理想形と言われる釣鐘型の乳房おっぱいを、革製のビスチェのような胴鎧が下から持ち上げるようにしっかり支え、前後に布を垂らすタイプの腰帯こしおびを身に着けて色鮮やかな飾り帯を巻いてめ、魅惑的な腰つきや脚線をしげもなくさらしている。


 主武装は弓だが、腰の後ろには片手剣ブロードソードほどもあるさやに納めたなたき、二つの矢筒を背中と腰の右側にそれぞれげ、左手には、指先からひじまでを覆う甲拳ガントレットを、右手には、革製の手袋グローブと、手の甲からひじまでを覆う統一感を無視した異質な金属製の篭手こてを装備しており、一目ひとめ業物わざものと分かる弓を左手でたずさえている。


 その周囲には、同じトライバルタトゥーと獣耳と尻尾からして同族と思しき得物を手にした男達の姿もあったが、屈強ではあるものの身長は180あるかないかといったところで……


 ――それはさておき。


 そんな、アーシェラとはまたタイプが違う絶世の美女の目が向けられているのは、龍慈が、というより、〔神秘銀の機巧腕アガートラム〕がかかえている結晶で、


「それッ! スカベンジャーのコアだろッ!?」

「何ですと?」


 両手で持ち、あらためてマジマジと観察すみつめる龍慈。


 〝マザー〟の核によく似ているが、あれと比べるとだいぶ小さい。あちらはアーシェラが余裕で納まるサイズだったが、こちらは園児えんじくらいしか納まらない。


 屍喰型は、工廠型と共に成長するらしい。なら、それにともなって核も大きくなっていくのだろうか? それとも、〝マザー〟とスカベンジャーは別物なのだろうか? あるいは、アーシェラが融合した事で結果的に巨大化しただけか……


「うぅ~む……」


 そんな事を思案し、首をかしげながらうなっていると、


「それを置いて下がれッ! この〔流星の矢〕ならコアを破壊できるッ!」


 そう言うなり、やじりからはずまで一体形成で、鏃には小指の先ほどの宝玉が象嵌ぞうがんされていて矢羽根の替わりに螺旋らせん状の凹凸おうとつがある金属製の矢を、つるつがえ、あごの下までいっきに引くリムサリア。


 それに対して、龍慈は、


「へぇ~。なら、その前にちょっとためさせてくれ」


 そう言うなり、一旦いったん、柱状の結晶を、ひょいっ、と放り投げ、


「――ふんッ!!」


 ガシッ、とそのほぼ中央に両腕でき付くなり締め上げた。


 左腕には〔神秘銀の機巧腕〕を装備しているのでうかがい知れないが、右腕の筋肉が隆起して結晶を圧迫し、力を加え続け…………やはりそんな方法で破壊できる訳がない――と思いきや、唐突に音を立てて折れ砕けた。どうやら、耐久力の限界を迎えたらしい。


 大きな二つのかたまりと無数の小さな欠片かけらとなって地面に散乱するスカベンジャーの核。


 それを見て、


『…………はぁ?』


 獣人達は、そろって間の抜けた声を漏らし、


「ふむ」


 龍慈は、自分の推測はやはりまとていたようだ、と確信を得るにいたり、満足げに頷いた――が、


「そんなバカな……ッ! ――まさかッ! その義腕ひだりうでっ、神器かッ!?」


 リムサリアも、力を抜いて矢を番えたまま弓を下ろし、始めは仲間達と同じように瞠目どうもくしていたが、はっ、と息をむなり、そんな事を言い出した。


「スカベンジャーの核は、この世界の武器や魔法ではこわせないッ! 破壊できるのは、異世界のことわりと神の力が融合する事によって創り出された神器だけだッ!」

「そうなのか。――ん? って事は…………あっ!?」


 〝マザー〟の時も、今も、神器アガートラムを左腕に装備していた。


 それは、コアに神器が接触していた、という事であり、〔神秘銀の機巧腕〕の力で破壊していた可能性がある、という事。


 衝撃を逃がせない状態で力を加え続ければ破壊する事ができる、という仮説を立証するには、〔神秘銀の機巧腕〕を装備していない状態で実行しなければならなかったのだ。


「うぬぅ~っ」


 ついさっき得るに至った確信は何だったんだ、とおのれのアホさ加減に思わず眉根を寄せてうなる龍慈。だが――


「……まぁいいか」


 検証はまたすれば良い。少なくとも、霊気を消失させてしまう呪いがなくとも破壊する事ができるのだという事だけはわかったのだから、とりあえずそれで良しとしよう――そう思う事にして、さっさと気持ちを切り替えた。




 〝種〟ごと工廠型が破壊されたのは一目瞭然。


 ついでに、屍喰型の核は、今、目の前で破壊された。


 通常のレイドなら、これで終了。――だが、


「――姐御あねごッ! クリーチャーどもがッ!」


 今回は、とある巨漢の暴挙によって手順ながれが変わり、先に倒すはずだったクリーチャー共のほとんどが生き残っている。


 そして、従来であれば、護衛として工廠型からはなれないはずのクリーチャー共が、一斉に〝種〟の残骸から離れて包囲している傭兵達に向かっていく。


 その動きは、統制が取れているようには見えない。おそらく、個々が勝手に獲物を求めて行動しているのだろう。


 仲間を攻撃する素振そぶりこそないものの、我先われさきにといった様子で、屍喰型の核を破壊するすべを持つがゆえに突出していた部隊に向かって、エサむらがる境内けいだいはとか猿山のさるのように、怒涛どとうの勢いで押し寄せ……


「――姐御ッ!!」


 獣人男性の一人がそう声を上げた直後、付近に落下した物の中で一番大きな〝種〟の残骸、その陰から飛び上がった猟兵型イェーガーが、一番近くにいたリムサリアにおどりりかかった。


 『猟兵型イェーガー』は、大きさこそ歩哨型センチネルと大差なく、穿脚あしの数は三対6本と歩哨型より少ない。だが、それぞれが二回り以上図太く、先端は衝角ラムのように硬く鋭利で、甲殻も全体的に分厚く、力もはるかに強い上、敏捷性まで高く、〝種〟の時は付近から離れる事はないが、〝巣〟へ進化すると歩哨型にまぎれて遠征するようになり、被害を拡大させる。


 そんな猟兵型が、気配を殺し、〝種〟の残骸を遮蔽物として利用しつつ獲物との距離を詰め、襲い掛かり――ズガァアァンッッッ!!!! ととどろいた爆撃のごとき打撃音と共にたたき落とされ、そのままつぶされた。


 それを成したのは、龍慈。


 右手でおびから引き抜いて振りかぶった瞬間、〔如意心鉄棒バディ〕は一瞬にして十手から長さおよそ4メートルの金棒へと姿を変え、右腕一本で繰り出された振り下ろしの一撃は易々やすやすと音速を超えて空中にあった猟兵型を打ち落とし、地面にめり込ませ、その強固なはずの体を割り砕き、


「おっと。余計なお世話だったか」


 金棒を肩にかついで、にっ、とわらう。


 それは、助けるつもりだったリムサリアが、その存在に気付いていたのか、それとも反射的な行動かはさだかでないが、横へ跳びサイドステップしつつ四半回転しながら弓を引いていたから。


 龍慈が手を出さなくとも、直前まで自分がいたはずの場所に着地した猟兵型に至近距離から必殺の矢をち込んで仕留めていた事だろう。


「――騎兵型が来たぞッ!」


 また別の声が響き渡り、龍慈と、一撃で易々と猟兵型を撃破した瞬間をの当たりにして絶句していたリムサリアが、気を引き締めて、顔を〝種〟の残骸があるほうへ向けた。


 ドドドドドド……、と足音をとどろかせ、土煙を巻き上げながら突撃してくるクリーチャー共。


 その先頭にいる『騎兵型キャバルリー』は、歩哨型よりも、頭、胸、腹が一体化した体のはばせまく、前後に長く、上に高く、前方にはさいつののような衝角ラムを備え、移動用の三対6本の穿脚の他に、攻撃用の二対4本、細長く先端が鎌のように鋭い刺脚が体の上部から生えている。


 攻撃用と移動用――用途ようと別の脚を備える事で、横移動は苦手とするものの、前方への移動に限れば優に時速100キロを超える機動力と、高い位置からより広い範囲への攻撃が可能という高い戦闘力をそなえ、足を止めた状態でも十分な脅威だが、それ以上に厄介やっかいなのが、正面の衝角をかわしてもそれで体勢をくずしたところを駆け抜け様に上部の刺脚で薙ぎ払う、二段構えの突進攻撃。


「――後退すさがるよッ!!」


 あの数に、あの勢いのまま、突撃を食らったらマズい。自分達は今、突出している。だからここを目掛けてむらがってきているのであって、後ろの味方のところまで後退すれば、クリーチャー共は分散するはず。


 そんな判断からの指示に、獣人達は即座に従ってきびすを返し――その獣耳が聞き取ったのは、ジャコンッ、ガキンッ、カシャンッ、ジャキンッ……そんな多重連鎖的に響いた金属音。


 リムサリアが思わず足を止めて振り返ると、自分よりも背が高い大男の巨大な銀の左腕が、多銃身回転砲塔式重機関砲きみょうなかたちに変わっていて、


 ――ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ…………ッ!!


 砲塔さきのほうが、ヒュイィイィン、と甲高い音を立てて回転し始めたと思った直後、まるではちの羽音のように途切れる事のない発砲音を響かせて、尋常ではない数の光弾が連続で発射された。


 その光のおびのように見えるほどみつな光弾の列が、向かってくる騎兵型共を右から左へ薙ぎ払った――が、歩哨型のものよりも分厚い前面の外骨格の表面をけずり、着弾の衝撃で派手に吹っ飛ばし転倒クラッシュさせたものの、撃破するには至っていない。


「へぇ~っ、この距離じゃ撃ち抜けとおらないのか」


 それを見て、ちょっと驚いたようにそうこぼした龍慈は、一足飛びに距離を詰めるなり右手で金棒を振り下ろした。それと同時に、〔神秘銀の機巧腕〕は、至近距離からの断続的な射撃で左側のクリーチャー共を始末しまつしていく。


 ――ドゴンッ! ゴチュッ! ズガンッ!

 ――ヴヴヴヴヴッ、ヴヴヴヴヴヴヴヴヴッ、ヴヴヴヴッ!!


 小枝のように軽々と振り回される長大な金棒の一撃は、長柄の戦斧ウォーアックス長柄の戦鎚ウォーハンマーを上回る重さで硬い甲殻を叩き割り、至近距離から放たれる数多あまたの光弾は、中級以下の魔法は通用せず据え置き式大型弩砲バリスタの矢を弾き返す外骨格を易々と穴だらけにする。


 一匹始末したら次へ、始末したら次へ、次へ、次へ…………その行動には恐ろしいほどに躊躇ためらいがなく、感嘆を禁じ得ない程に無駄がない。


 思わず足を止めて振り返り絶句している獣人達の目にうつるのは、戦闘ではなく、圧倒的強者による蹂躙じゅうりんであり、情け容赦のない虐殺だった。


「ふむ……、前面まえだけ特に厚くなってるんだな」


 熟練と言って良い見事な手並みで向かってきたクリーチャー共をあっと言う間に駆逐したというのに、大男は、金棒の先っぽで、中身がドロドロに溶けた後に残った殻を叩いて音を確認しつつそんな事を口にする。まるで、初めて騎兵型と戦ったかのように。


 こいつはいったい何なんだ? と獣人達が困惑する中、


「――おっ」


 大男が唐突とうとつに声をらした。何かに気付いたらしい。


 今度はいったい何だ? とその視線を辿たどるように〝種〟の残骸のほうへ目を向けた一同のひとみに映ったのは、――縦横無尽にはしった光の残像。


 それは、タイプを問わず、反撃するいとまを与えず、クリーチャー共の外骨格を易々と斬りきざんだ、付与系上級雷術【神雷刃】によって強制励起された超高熱の刃プラズマブレードの輝き。


 それを成したのは、およそ4メートルのほこたずさえた見目麗みめうるわしき乙女おとめで、


「――リュージっ!」


 大男の姿をみとめるなり、脇目わきめもふらずに駆け寄った。


「アーシェラがこっちに来たなら、急いで戻る必要はないよな?」


 まるで何事もなかったかのように平然とむかえて話しかける龍慈に対して、アーシェラは、とりあえず、こくん、と頷いたものの、


「全力疾走するとしか言ってなかった。それなのに、どうしたらこうなるの?」


 到底とうてい何事もなかった事になどできず、〝種〟の残骸のほうに目を向けながらそうたずね、


「なんか、もの凄いスピードが出て、ぶつかりそうなのに止まれそうになかったからドロップキックしたら、こうなった」


 眉尻を下げたあきらめの表情で、はぁ……、とため息を一つ。


 しかし、それで気持ちを切り替えて、


くわしい話はあとで。今は……」


 龍慈は、みなまで言わないアーシェラに向かって、おうっ、とこたえ、


「やるべき事をやっちまおう」


 駆除が済んでいるのはこの一角だけ。〝種〟の防衛にいていた他のクリーチャー共は、他の突出していた部隊や包囲している傭兵達に向かって行った。


 現在地ここからそちらへ向かえば、統制を失っているクリーチャー共を前後から挟撃きょうげきする形になる。


 龍慈は、鼻歌でも歌い出しそうな飄々ひょうひょうとした顔で、アーシェラは、凛と美しい戦乙女の顔で、残敵を掃討せんと歩き出し――


「――オイっ! お前アンタらっ!」


 そんな二人の背中に向かって声を掛けたのは、蚊帳かやの外に追いやられていた獣人達を率いる野性味あふれる美女。


「アタシは、《ティーグリュガリア》のリムサリア。――アンタらは?」


 リムサリアは、みずからが名乗ってから、足を止め振り返った二人に名をたずね、


「《銀の腕》分隊。俺は龍慈。こっちはアーシェラだ」


 龍慈は、名乗り返し、連合つれあいを紹介すると、貴殿きでんらの武運をいのる、と告げるなりきびすを返し、アーシェラと共に駆け出した。


「《銀の腕》のリュージ。それに、アーシェラ、か……」


 二人の背中を見送り、それぞれの名を口にすると、うれしそうな、新たな楽しみを見付けたような笑みを浮かべるリムサリア。


 そして――


「――行くよッ! ついてきなッ!!」


 同胞の、おうッ!! という威勢のいい声を背に受けて、二人とは逆の方向へ駆け出した。




 『砲兵型アーティラリー』は、はさみのないさそりに似たタイプで、小型のものでも歩哨型より3倍以上大きく、最も重厚な外骨格を有し、三対6本の穿脚で台形の胴体を支え、4本の脚を束ねたような図太く可動範囲が広い尻尾で、岩や、歩哨型や、口から土砂を取り込み体内でたくわえられている液体と混ぜ合わせて製造される砲弾――通称『クソ』を、確認されている限り最大で600メートル以上離れた場所まで投擲とうてきし、距離を詰めてきた敵に対しては、み砕いて適当な大きさにした無数の石片を口から散弾銃ショットガンの散弾のように吐き散らして攻撃する。


 投擲される糞は、一言で言ってしまうと焼夷ナパーム弾で、丸く表面は硬いが、弾着すると衝撃で割れ砕けて中の粘液ゲルが飛び散り、空気と反応して高熱を発し、燃え上がり、広範囲を一挙いっきょに焼きくす。


 その炎は、水を掛けた程度では消えず、粘液を浴びてしまうと皮膚ひふに浸透してしまうため、その部分のかわと肉をぎ落とす以外に助ける方法はない。


 もっとも数が少ないタイプで、龍慈が叩き潰したりアーシェラが斬り刻んだりしたものの中にはいなかったそれが、戦果をげようと突っ込んだ傭兵達に看過かんかできない被害をもたらしていた。


 ――ドッ


 その1体の外骨格を穿うがって胴体に突き刺さったのは、飛来した1本の矢。


 それは〔流星の矢〕と呼ばれる特殊なもので、次の瞬間、やじりめ込まれている宝玉が体内で爆発。その衝撃波で、胴体から脚と尻尾が吹っ飛び、体液と中身がぶちまけられた。


 それを成したのは、リムサリア。


 野性味あふれる絶世の美女が戦場を疾走し、タンッ、と地を蹴って低く跳躍ちょうやく――そうやって弓で矢をるのに邪魔な走る際に地面を蹴る事で生じる振動がない状態を作り、空中で完璧に姿勢を制御して矢を放ち、着地すると勢いを落とす事なく流れるようにそのまま駆け出して次の獲物を射程に捉えるなりまたび、矢筒からではなく、右手に装備している篭手、その手首の手前にいている細い隙間スリットから求めるままに飛び出してくる〔流星の矢〕をつかみ取るなりつがえ、素早く適量の霊力を込めてははなつ。


 現在のところ、命中率は100%で、文字通り一撃必殺。


 そして、その移動速度はあまりにも速く、


「――姐御ッ!?」

「前に出過ですぎですッ!」

「ちょッ、ちょっと姐御ッ!?」


 身体能力に優れた獣人、その中でも戦闘部族として雷名とどろかす《ティーグリュガリア》の精鋭達が、追い付くどころかどんどん引き離されていく。


 声が聞こえていない訳ではない。それでも、止まらない、止まれない。


 それ程までにリムサリアを突き動かすのは、先刻せんこく目にした光景――リュージとアーシェラの戦いぶりであり、その殲滅せんめつ速度。


 今も、昔も、本気の自分に、ついてこられる者はいなかった。肩を並べられる者はいなかった。


 だが――


(あの二人なら……ッ!)


 想像すると、どうしようもない程に胸がおどる。


 らしくもなく、浮かれ、はしゃぎ…………そのせいで、つい普段から心がけている加減を忘れて本領を発揮してしまい、同胞を置き去りにして見敵必殺――視界に入ったクリーチャーを片っ端から、他の部隊が相手取っていた個体までことごとく仕留めてしまった。


 ――戦闘終了後。


 リムサリアは、手柄てがらを横取りされたと方々ほうぼうから顰蹙ひんしゅくを買ってしまった自分とは違い、戦闘中の傭兵達に声をかけて、必要とあらば手をし、不要なら次へ行くという具合に、〝種〟の残骸を中心としてぐるっと約半周しつつ敵を潰していったリュージとアーシェラが、自分達とは別方向――ベルドベルへ向かうワイルドスチームに乗ったのを確認すると、同胞達を呼び集めた。


 みなの前で仁王立におうだちになり、見慣れた顔を見回す。


 そして、一つ深呼吸してから、口を縛るだけの荷袋ずたぶくろひもつかんで肩に掛けると、


「――お前達はさとに帰れ」


 唐突にそう告げた。それから、更に続けて、


「私は行く。族長オヤジどのには、喧嘩けんかはやめて兄貴や長老衆ジイさまがたと仲良くするよう伝えてくれ」

「ちょっ、ちょっと待って下さいよ姐御ッ! 行く、って何所どこに?」

よめに、だ」

『ヨメ?』


 く行くは族長として里をおさめる一族最強の戦士が他所よそとつぐ――そんな事、一度たりとも想像した事すらない一同は、そろって頭の上に疑問符クエスチョンマークを浮かべ、ヨメって何所どこだ? とか、そんな都市まちあったか? などといった事を口々にたずね合い……


「――じゃあなっ!! みな、躰をいたわれよっ!」


 そんな同胞達をよそに、そう告げるなりきびすを返したリムサリアは、脱兎だっとの如く駆け出した。


 あとに残された獣人男性達が、あっ、とそれに気付いた時にはすでにその背中は遠く……


「ヨメ、って…………嫁?」

『――嫁ぇええええええええええぇッッッ!!!?』

「ちょっと待って下さいッ! 姐御ぉッ!!」

『姐御ぉおおおおおおおおおおぉ――――~ッッッ!!!!』


 必死に呼びかけてもその声は届かず、後を追いかけようにも、戦闘中、かなわなかったものの遅れる事なく後に続こうとした、言い換えると、延々えんえんと全力疾走をいられていた戦士達には、もうそれだけの体力あしが残っておらず……


 結局、既に出発したサンドリバー車団コンボイの後に続くように発進した別のベルドベル行きのワイルドスチーム、その付随車トレーラーの上甲板に飛び乗ったのを見届けるのが精一杯だった。

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