第15話 レイド

 サンドリバー車団コンボイが、城郭都市チンクチコルビを出発したのは、龍慈とアーシェラが、ギルドに登録して傭兵になり、想いを確かめ合って夫婦になった日から、五日後の事。


 それは、傭兵組合マーセナリー・ギルドからの要請と車団組合コンボイ・ギルドからの支援を受け、クリーチャー共に襲われてこわされてしまった8号車と付随車トレーラーの修理が完了するまでにかかった時間で、その間に、龍慈とアーシェラは、デート気分で幾つもの店をめぐり、必要な物を買いそろえ、旅の準備を整えた。


 余談になるが、その最中に聞き知ったのが、指環ゆびわの話。


 何でも、この世界にも、婚約や結婚を申し込む際、男性が女性に指環を送る慣例があるらしい。元は転移者が持ち込んで広めたもので、今ではすっかり定着しており、結婚を申し込む際に男性が女性に銀色シルバーの指環を送り、結婚したあかしとして、男女がお互いの左手薬指に金色ゴールドの指環をめる。


 それを知った龍慈は、早速さっそく指環を買い求め、その日の夕方、美しい夕日をバックに、視界をさえぎるもののないチンクチコルビの城壁の上で、アーシェラに銀色の指環プラチナリングをプレゼントし、その日の夜、ベッドに入る前に、二人で金色の指環18kリングを交換し合った。


 それから、アーシェラの左手の薬指には、金色と銀色、二つの指環が嵌っている。


 だが、龍慈の左手の薬指に指環はない。


 それは、あやまって指環をしたまま〔神秘銀の機巧腕アガートラム〕を装備してしまうと、除装した時に消失してしまっている可能性があるからであり、はずしてすぐ戦闘を行えば、そのどさくさで落として紛失してしまう恐れがあるから。


 そんな訳で、龍慈は、結婚指環を、認識票や〔ライセンス〕とは別のくさりに――アーシェラに【星屑統御】で作ってもらった細い鎖に通して、首からさげげている。


 ――何はともあれ。


 8台の『荒野を走破する蒸気機関車ワイルダネス・スチームロコモティヴ』――通称『ワイルドスチーム』が、搭乗可能人数ギリギリまで傭兵を乗せてチンクチコルビを出発してから今日で三日目。


 一日目、二日目とまさに天然の要害といった場所に存在していた二つの宿場町に停泊し、現在、サンドリバー車団は、グランベル大要塞最寄もよりの城郭都市――『ベルドベル』を目指して荒野の只中ただなかを走行している。


 今日も、太陽が地平線から離れる頃に出発し、予定では、晴れ渡ってどこまでも青く雲一つないこの空が、あかね色にまる頃にはベルドベルに到着する――事になっていたのだが……




 ワイルドスチームが牽引する付随車トレーラーの屋根の上――グルリと落下防止用のさくが取り付けられ、その中央にも左右を分けるように手摺てすりが取り付けられている上甲板は、関係者以外立ち入り禁止。


 だが、龍慈とアーシェラは、ただでさえ自分達にとっては手狭てぜまなのに定員ギリギリまで人が乗り込んだ状態では窮屈きゅうくつ過ぎるから、と頼み、特別に許可をもらって、今や、8号車の付随車上甲板が二人の定位置となっていた。


 現在も、〔守護のマントフレンド〕を纏って〔神秘銀の機巧腕〕を左腕に装備している龍慈が、落下防止用のさくに寄り掛って両脚を伸ばして座り、アーシェラはその膝の上に腰を下ろして横向きに座り、分厚い胸板に身をゆだねきっている。


 そんな二人の頭上、日中の強い日差しをさえぎるため、左右の柵の間にピンと張られて即席の屋根ルーフになっているのは、当初、椅子の代わりに使おうと思っていたハンモック。


 吹きさらしだが、アーシェラが【空気使い】の能力で干渉しているらしく、風は心地好いくらいで、人目にはさらされないため、クーデレなよめさんも楽にできる。


 整地されていない道を時速60キロ前後で走行するワイルドスチームはかなり揺れるため、常人が上甲板に直接座ったりしたら、短時間でしりが死ぬ。だが、龍慈が纏っている〔守護のマント〕はまぎれもない宝具であり、衝撃を吸収してくれるため震動が全く苦にならない。もっとも、【理外の金剛力】と常態化した身体強化によって、その程度の震動はでもないのだが。


 そして、同じ理由で、人一人を膝の上に何時間乗せていようと何の問題ない。それが、ふところにしまっていた鎖に通して首から提げている結婚指環を引っ張り出してその隣に自分の左手薬指に嵌めている指環を並べ、すっかり安らいでいる様子の可愛い嫁さんなら尚更なおさらに。


 ちなみに、そんな二人の隣で寝そべっている大きなおおかみは、聖獣ヴァルヴィディエルの分身体が宿っている〔如意心鉄棒バディ〕が変化した姿で、首輪代わりに装着しているのは、【仙人掌・小の手】で小さくした、小物入れポーチを取り付けられるだけ取り付けた龍慈のベルト。


 行程は、順調そのもの。


 この平和な時間が少しでも長く続いてほしいと思う。だが、妙なもので、その反面、何もないならないで、嵐の前の静けさ、という言葉が脳裏をよぎり……


「バディ? どうした?」


 その大きな狼バディが、寝そべったまま不意に頭をもたげ、目を空へ向ける。そのまましばらくの間、何かを探すかのように視線を振りつつ見上げ続け……


「――ウゥウウウウゥ……ッ!」


 ねるように立ち上がるなりうなり始めた。


「どうやら、平和な新婚旅行はここまでみたいだな」


 名残惜なごりおしげに言って一つ息をく龍慈。


 それに対して、アーシェラは、むぅ、と不満そうにほほふくらませた。


 そんな、水入みずいらずの時だけ見せてくれるようになった表情もいとおしい。だが、バディが危険を感知してしらせてくれている。気持ちを切り替えねばならない。


 それは、うるわしき新妻にいづまであると同時に超一流の戦士でもあるアーシェラも当然心得ており、夫に何かを言われるまでもなく、自分で引っ張り出した龍慈の指環を元通り懐に戻し、服の上からそっとでてから立ち上がった。


 龍慈は、立ち上がる前に、バディの首からベルトをはずして【仙人掌・大の手】で本来の大きさに戻し、左肩から右腰へたすきのように掛け、愛妻の隣で、狼の視線を辿たどるようにして北の空へ目を向ける。


 相も変わらず巨大な世界樹が薄っすらとうかがえる他には特に何もないように見える、平穏な空。だがしかし、〔神秘銀の機巧腕〕が変形した巨大な左手でひさしを作り、目をらしてよくよく探すと……


「へぇ~~っ、あいつらはこんな風に落ちてくるのか」


 強化された視力で発見したのは、尾を引く小さな光の点。それを見付けた時は一つかと思ったが、少しながめている間にどんどん増えていく。


 どうやら、各車輌の見張りは、地上のほうに目がいっていて空の異変に気付いていないようなので、これは報せておいたほうが良いだろうと思った龍慈は、右手の親指と人差し指をくわえ、鋭く指笛を吹き鳴らした。


 8号車の牽引車ワイルドスチームにいる見張りが振り向いてこちらを見たので、巨大な銀色の手で空を指差す。


 見張りの彼は、先程の龍慈と同じように、片手でひさしを作りつつ北のほうを見上げて…………愕然とした表情を浮かべた後、大慌てできびすを返し、そこに備え付けられているかねをハンマーで何度も打ち鳴らした。


 カンカンカンカン……

 カンカンカンカンカンカンカンカン……


 始め、8号車のものだけだった警鐘けいしょうの音が、次々と他の車輌からも響き始める。


 程なくして、乗車している傭兵達が車内したで騒ぎ出し、団員達が続々と上甲板に飛び出してきて、見張りが指差す空へ目を向けた。


「まさか、この時期に〝種蒔たねまき〟とは……」


 そう言ったのは、牽引車から付随車へ短い連絡橋を渡ってやってきた、今回8号車の車長を担当する事になった男性。


 エルフは、世界樹と共生関係にあった昆虫を生体兵器へと改造し、200~300体をまとめて豪華客船ほどの大きさがある『種』と呼ばれるからに納めて、世界樹の上から地上へと投下する。それは、一度に一つではなく、不定期に、まとまった数を地上にばらく――それを揶揄やゆして、『エルフの種蒔き』または単に『種蒔き』と呼ぶ。


 龍慈は、英勇校の授業でそうならったが、実際に見るのは今回が初めてだった。


ってきたクリーチャーと戦った事は?」

「ありません。何か違いが?」

「確認されているものと同型のものであれば大きな違いはないのですが、まれに、亜種や新種が混じっている事があります」

「へぇ~」

「無茶や深追いは禁物ですが、もしそれらと遭遇したなら、可能な限り優先的に倒して下さい。戦闘経験をまれた結果、その種類タイプが我々の排除に有用であると敵に判断されたら、今後、それらが増産される、つまり、厄介やっかいな敵が増える事になります」


 龍慈は、なるほど、と頷き、了解したむねを伝えた。


 そして、車長が牽引車のほうへ戻って行った後、今すぐ何かできる事がある訳でもないので、厳しい眼差しを空へ向けているアーシェラとバディの隣で、龍慈も、ぼんやりと火球のようなそれらを眺めていたのだが……


「…………あれ? なんか、一つ、こっちに向かってきてるような気がしないか?」




 さいわいな事に、目の届く範囲には落ちなかった。


 だが、シランド南大陸に一つ落ちたのは間違いない。場所は、地平線の向こう、進行方向に対して1時と2時の間ぐらいみぎななめまえ


 今向かっている城郭都市ベルドベルや、グランベル大要塞の位置を把握していない龍慈は、無事なら良いがと案じていたが、正午になる前に、ほっ、と胸を撫で下ろす事ができた。


 それは、ベルドベルから来たという車団コンボイと遭遇したからだ。


 前方から長く蒸気機関車ワイルドスチーム汽笛きてきの音が響いてきて、それに応えるようにサンドリバー車団の1号車が同じように汽笛を鳴らし、更に、今度は短く区切った2度の汽笛が聞こえてくると、サンドリバー車団はそれにも同じように汽笛を鳴らし返してから減速し始めた。


 20台以上の車団がそのまま走り去り、群れから離脱した5台とサンドリバー車団の8台が停車。向こうから2名、サンドリバー側からも2名――団長とラーゼンが出て、短い挨拶あいさつからすぐ本題へ。


 そして、彼らから団長に伝えられ、団長から各車の車長達に、そして、担当する車輌へ戻った車長からワイルドスチームに乗車している傭兵達に伝えられた内容を簡単にまとめると――


 投下された〝種〟が、ワイルドスチームを使えば1日以内で往復できる範囲内に落ちた事が観測されたため、ベルドベルの傭兵ギルドは、非常呼集をかけ、緊急指令を発した。内容は、当該地域に存在するクリーチャーの殲滅。つまり――


「――レイドだ」


 それは、『強襲』『急襲』を意味する言葉で、人里付近で強力な魔獣モンスターが発見されたり、今回のような緊急事態に際して、実力ある傭兵達が協力して強襲し退治する事。


「対象は、B以上と銅」


 傭兵には、個人の戦闘力のみを示す『レベル』と、傭兵としての個人・集団の総合力を示す『ランク』が存在する。


 この場合、車長が言う『B以上と銅』とは、Bランク以上の集団と、銅のプレートレベル8以上の個人。


 龍慈とアーシェラが結成した《銀の腕》分隊のランクはD。なので、対象外。だが、二人共、〔ライセンス〕と一緒に銅の認識票プレートを首から提げている。ゆえに、それぞれが個人で強制参加、という事になる。


 その後すぐ、サンドリバー車団は、2台と6台――対象の傭兵達を乗せて現場へ向かうチームと、対象外の傭兵達を乗せてベルドベルへ向かうチームに別れた。


 前者、付随車を牽引する2台のワイルドスチームを運用するのは、隊長ラーゼンを始めとした戦闘部隊の少数精鋭と志願した最低限の団員達。


 龍慈達をふくむ対象の傭兵達は、サンドリバーの2台と向こうの5台に分乗し、計7台の混合車団が走り去る。


 それを見送ってから、団長や戦闘部隊副隊長など残りの団員達と対象外の傭兵達を乗せたサンドリバー車団の6台は、ベルドベルへ向かって出発した。




「二人は、レイド、初参加だよな?」


 ラーゼンが、牽引車のほうからやってきて、例によって付随車トレーラーの上甲板にいた龍慈とアーシェラにそう声を掛けたのは、7台の混成車団が走り出してから程なくしての事。


 先日傭兵になったばかりの二人が肯定すると、


「対クリーチャーのレイドは、〝〟から釣り出し、分散ばらけさせ、一つの分隊で1体のクリーチャーを担当し、各個撃破。――これが基本だ。レイドで指揮をるのは、Aランク以上の経験豊富な隊長ベテランだから、烏合うごうしゅうに高度な連携を求めたりはしない。『行け』と言われたら指示された場所に行って各自の判断で戦い、疲労や負傷で限界が来たら各自の判断で後退する。――それだけだ」


 後退すると、すぐにひかえていた分隊が交代してその穴をめる。休憩して疲労を、治療を受けて負傷を回復し、まだ戦えやれるようなら、指揮官や伝令でんれいにそのむねを伝えておけば、また『行け』と指示されるのでどこかの分隊と交代して戦う。


 これが、レイド戦の基本的な流れらしい。


「そう言う訳だから、二人には、他に個人で参戦する奴らと臨時で分隊を組んでもらう事になる」


 そう告げたラーゼンに対して、


「お断りします」


 間髪入れずに返したのはアーシェラで、


「私達は、《銀の腕》分隊です」


 そうでしょう? と問われた龍慈は、内心、臨時で知らないやつらと分隊を組むのも面白おもしろそうだな、と思っていた事などおくびにも出さず、もちろんだと言わんばかりに、にっ、とならびの良い白い歯を見せてグッドサインを返サムズアップした。




 混成車団が停車したのは、正午を少しぎた頃。


 場所は、北へ進むにつれて散見さんけんされるようになった標高100~200メートルほどの切り立った岩山、その一つのふもと


 そこには、先行していた20台以上のワイルドスチームが、適当な間隔をあけて停車しており、その一部を、付随車2台の間に帆布はんぷを張ってその下に道具や機材を配置するなどして利用し、陣地が構築されている。


 この岩山の向こうが戦場で、ラーゼン達ワイルドスチームを運用するチームは、この場の防衛を担当するらしい。


頂上うえから戦場を見渡せそうだな」


 という訳で、行ってみる事にした龍慈。


 探せば歩いて登れるルートもありそうだが、一応どうするか訊いてみると一緒に行くと言うので、〔神秘銀の機巧腕〕は二重反転式回転翼ツインローターブレードに、〔如意心鉄棒バディ〕は両足に固定できるスノーボードのような板状に変化してもらい、忘れられた城を出た時のようにアーシェラを抱えて準備完了。


 驚いている周囲の人々の目など気にもせず、ヘリコプターやドローンのように、その場から垂直に上昇していっきに岩山の頂上へ。


「おっと、先客がいたか」


 岩肌いわはだき出しの山の上、平らな場所などないいただきには、7名の人影が。その内の4名が、同じ軍服のような制服を身に着けている。


 こんな所で何をしているのか訊いてみたかったが、高みの見物を決め込んでいるという雰囲気ではない。なので、龍慈は、邪魔をしないよう一番高い所をあきらめて、少し離れた次に高いみねへ。


 適当な足場を見付けてアーシェラを降ろしてから、龍慈も、片足にボードを付けた状態で降り立った。〔神秘銀の機巧腕〕は、着地するなりすみやかに二重反転式回転翼から巨大な銀腕へ。


「やっぱ、良く見えるな」


 ゆるやかな起伏が続く土色の荒野。その中に、風化しかけた城壁にも見える巨大な岩がポツリポツリと点在していて、隣の岩山の陰には、別の車団が布陣している。どうやら、非常呼集を掛けて傭兵を派遣した都市はベルドベルだけではないようだ。


 そして、目測でだいたい一キロ強の所にあるのが、巨大な隕石孔クレーターと、その中心に突き刺さっている、焚火たきびで焼いてがしてしまった焼きいものようなもの――クリーチャーを納めて地上にばら撒かれた〝種〟。


「ん? あれは……」


 龍慈は、目をすがめ、更に、範囲を限定するため右手の親指と人差し指で作った輪を通してよくよく見ると、〝種〟の表面に無数のクリーチャーが取り付いていて……


「……〝種〟をってるのか?」


 そんな龍慈のひとり言に対して、


「そうよ」


 答えが返ってきた。


 ちょっと驚いて軽く目を見開き、声が聞こえてきたほうに顔を向ける。


 すると、年の頃は十代後半、両腕が大きな翼で両脚の膝から下が鳥の足の小柄な女性が宙に浮いていた。どうやら、魔法で風を操り、広げた翼で受ける事で滞空しているらしい。


 彼女は、この岩山の一番高い所にいた7名、その中の軍服のような制服を身に着けている者の一人。もっとも、トップはそで無しへそ出し、ボトムはすそをギリギリまで切り詰めたホットパンツで素足をさらす、という具合に改造されているが。


貴方あなた達、こんな所で何してるの?」

「レイドに参加するんで、戦場を見ておこうと思ってね」


 確か、彼女のように翼と鳥の足を備えるのは、獣人の中でも『ガンダルヴァ』と呼ばれる種族。この世界の『ハルピュイア』は魔獣モンスターなので、ガンダルヴァの女性をハルピュイアと呼んだり間違えたりする事は最大級の侮辱だ、という話を英勇校での訓練期間中、獣人女性の調査に余念がなかったクラスメイト男子がしていたのを思い出しつつ、龍慈がそう答えると、


「所属は?」

「《銀の腕》分隊」

「分隊? 《銀の腕》なんて聞いた事ないわ。ランクは?」

「D」

「D? 非常呼集の対象はB以上なのに、何でDがこんな所まで来てるのよッ!?」


 そう問われたので、右手で懐からネックレスを引っ張り出して銅の認識票プレートを見せる。すると、


「そういう事は先に言いなさいよッ!」


 聞かれた事に対して、一つ一つちゃんと答えていただけなのに怒られた。


 理不尽な仕打ちだと思わなくもないが、龍慈は気にせず、ひょいと肩をすくめてからネックレスを懐にしまい、――すっ、と銀腕をガンダルヴァ女性の足元に差し出した。


 それは、話をしていろいろ教えてもらおうと思ったからであり、それには滞空しっ放しは疲れそうだとおもんぱかったからであると同時に、鳥は足に何かが触れると反射的につかんでしまうらしいという雑学トリビアを思い出したからで、


「あッ!?」


 案の定、ガンダルヴァ女性の両足は、差し出された〔神秘銀の機巧腕〕の前腕に触れた瞬間、ガシッ、とつかんだ。


「ちょッ!? 何やって…………え?」


 片腕で自分の体重を支えられるはずがない。転落する――そう思ったのだろう。始めは驚きあせっていたが、して間を置かず、予想外の安定感に目を丸くした。


「重くないの?」


 人一人ひとひとり分の重さは感じている。だが、


「苦にならないって意味じゃ、小鳥と大差ないな」


 それを聞いたガンダルヴァ女性は、小鳥のように軽くて可愛らしいだなんて~、と気分を良くしてニマニマくねくねし、龍慈が質問しても良いかとたずねると、何でも聞きなさい、と快諾した。


 龍慈は、鷹匠たかじょうが腕に鷹を止まらせるような感じで、ガンダルヴァ女性を銀腕に止まらせたまま、


「何で、クリーチャーは〝種〟をうんだ?」

「最高のエサだからよ。歩哨型センチネルが喰って運び、そのクソを屍喰型スカベンジャーが喰らって工廠型アーセナルを育てるの」


 『工廠型アーセナル』とは、クリーチャーを生産するクリーチャーの事。それのみに特化した存在で、単体ではその場から移動する事もできず、成長するにしたがって生産されるクリーチャーの数が増加する。


 『屍喰型スカベンジャー』は、工廠型が危険にさらされると分離されて単独で戦闘を行なうが、通常は、工廠型に接続されていて、寿命を迎えたクリーチャーや、倒されたものの死骸など、何でも喰らって体内で精製された栄養エネルギー資源マテリアルを工廠型に供給し続ける。


 そして、歩哨型センチネルの一部は、働きアリのように、接続されている屍喰型スカベンジャー工廠型アーセナルの世話をするという事は英勇校で教わったが、〝種〟が最高のエサだというのは初耳だ。


「最高のエサがすぐそばにあるから、放置するとあっと言う間に成長する。――だからこそのレイドよ。今のこっている他の〝ネスト〟みたいに、大きくなり過ぎて手が付けられなくなる前にぶっ潰すの」


 龍慈は、なるほどねぇ~、と独り言ち、


「じゃあ、俺達も行くとするか」


 そう声を掛けると、アーシェラは、凛々しい戦乙女の顔で頷いた――が、


「――ダメよ」


 ガンダルヴァ女性に制止さとめられた。


「敵が主力を出してくるまでは、高ランクの〝色付き〟達に経験を積ませて、実力と自信を付けさせるの」


 『色付き』とは、レベル8未満の俗称。レベル1は、素の鉄の認識票プレートで、レベル2~7までは、鉄に塗料で白、青、緑、黄、橙、赤の色を付けたものであるがゆえにそう呼ばれる。


 その発言に、龍慈は、なるほど、と感心したが、


「それはおかしい」


 そう言ったのはアーシェラで、


「何がおかしいのよ」

「『高ランク』という事は、実績を積んできたベテランだという事。私や龍慈のように、実力はあっても実績はない『高レベル低ランク』に経験を積ませると言うならまだ分かる。でも、そんな私達を差し置いて、相応の実力と自信を持って傭兵を続けているはずのベテランに更なる経験を積ませる、と貴女あなたは言った」


 龍慈は、確かに、と頷き、どういう事だ、と目で問う二人。


 それに対して、ガンダルヴァ女性は、


「知らないわよッ! 団長がそう言ってたんだからそうなのッ!」


 逆ギレし、そうわめき散らすなり銀腕から飛び立っていただきにいる6名のもとへ戻ってしまった。


 龍慈は、その後ろ姿を唖然と見送りつつ、


「結局のところ、何しに来たんだ?」

「たぶん、見知らぬ傭兵の名前と所属を確認するために」


 アーシェラの回答に、龍慈は、なるほど、と頷いた。


 その後、戦場を確認するという山の上ここに来た目的を達成した二人は、しばし〝色付き〟達の戦闘を拝見してからふもとへ。


 そして、ラーゼンと合流すると、ガンダルヴァ女性との会話でおぼえた疑問をぶつけてみた。


 すると、ラーゼンは、どう答えたものかまようような間を置いてから、


「まぁ、本音じりの建前だな」


 そう白状するように言ってから、更に、


「敵の主力がひかえている以上、こちらも主力を温存したい。要するに、露払つゆはらいをさせている訳だが、いざとなったらすぐ救助・増援がくる状態で、ギリギリの戦闘を経験させる事によって限界をえさせ、〝色付き〟からの〝脱色〟をうながしたい、ってのは本心だろうな」


 そう続けた。


 ちなみに、『脱色』とは、赤から銅へ、レベル7から壁があると言われているレベル8への昇格を果たす事を意味する俗語。


 それを聞いて、納得した様子のアーシェラ。


 龍慈も、なるほど、と頷いて、


「それとは別に、もう一つ聞きたい事があるんだが」


 そう言って、許可を得てからした質問は、


「どうしてこの場にいる娘さん達は、あぁも露出度が高いんだ?」


 この世界には、所謂いわゆるビキニアーマーのような、女性キャラ向け見た目重視装備セクシーコスチュームが普通に存在している。


 チンクチコルビの傭兵ギルドでもちらほら見かけてひそかに衝撃を受けたものだが、レベル8以上ランクA以上の傭兵達がつどっているこの場に限れば、目に付く女性のほぼ全員がそんなセクシー装備で、躰のラインはあらわだが肌の露出はほぼないアーシェラのような装備のほうが少数派。


「そりゃあ、軍目付いくさめつけの目に付くためだろ」


 『軍目付』とは、日本の戦国時代にも存在した、自軍兵士の戦場での功罪――手柄や失態などを調査・記録して報告する役目の事であり、その役目をになう人物の事。


 上を目指すなら、昇格を望むなら、ギルドに持ち込まれた依頼をこなすだけではりず、レイドで軍目付に自身の有能さを見せ付け、ギルドにその資格ありと認めさせる必要がある。


 話は少し飛ぶが、――この世界の人々には、霊力が宿やどっている。


 それゆえに、その操作制御に熟練する事で肉体の限界を超えて強くなる事ができるため、特に完全実力主義の傭兵社会では、男女に有利不利はないと言って良い。


 それでも、妊娠をに戦場を離れ、出産後も育児などのために復職しない者が多くいるため、傭兵は男性が過半数をめる。


 要するに、男が多く、女は少ない――そんなレイドが行なわれる戦場で、軍目付に自身の存在や活躍を主張アピールするため目立つには、個人を識別する上で重要な特徴の一つである性別、つまり、女である事を利用しない手はない、という事らしい。


 露出過多の装備一式セクシーコスチュームは、魔法や武術でしっかり護身できなければ命取りになる上級者向けの装備。つまり、それを身に着けているだけで、相応の実力を備えているのだという事までアピールできて一石二鳥。更に、個人を象徴する色パーソナルカラー所属を示す部隊章エンブレムを身に付ければ、それを仕事とする軍目付が見落としたり見間違えたりする事はない、との事。


「なるほどねぇ~」


 そんな話を聞いてから、改めて視線をめぐらせてみる龍慈。


 確かに、女性もそうだが、男性もまた主張が強い装備を身に着けていたり、同じ制服や民族衣装を纏っていても、装身具を足したり改造したりするなどして、個性を出している者達が多い。


 そんな中にあって、龍慈とアーシェラ、そして、民族衣装を身に纏う身長およそ2メートルのとらっぽい耳と尻尾を有する獣人女性は、ひときわ異彩を放っていた。

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