第15話 レイド
サンドリバー
それは、
余談になるが、その最中に聞き知ったのが、
何でも、この世界にも、婚約や結婚を申し込む際、男性が女性に指環を送る慣例があるらしい。元は転移者が持ち込んで広めたもので、今ではすっかり定着しており、結婚を申し込む際に男性が女性に
それを知った龍慈は、
それから、アーシェラの左手の薬指には、金色と銀色、二つの指環が嵌っている。
だが、龍慈の左手の薬指に指環はない。
それは、
そんな訳で、龍慈は、結婚指環を、認識票や〔ライセンス〕とは別の
――何はともあれ。
8台の『
一日目、二日目とまさに天然の要害といった場所に存在していた二つの宿場町に停泊し、現在、サンドリバー車団は、グランベル大要塞
今日も、太陽が地平線から離れる頃に出発し、予定では、晴れ渡ってどこまでも青く雲一つないこの空が、
ワイルドスチームが牽引する
だが、龍慈とアーシェラは、ただでさえ自分達にとっては
現在も、〔
そんな二人の頭上、日中の強い日差しを
吹き
整地されていない道を時速60キロ前後で走行するワイルドスチームはかなり揺れるため、常人が上甲板に直接座ったりしたら、短時間で
そして、同じ理由で、人一人を膝の上に何時間乗せていようと何の問題ない。それが、
ちなみに、そんな二人の隣で寝そべっている大きな
行程は、順調そのもの。
この平和な時間が少しでも長く続いてほしいと思う。だが、妙なもので、その反面、何もないならないで、嵐の前の静けさ、という言葉が脳裏を
「バディ? どうした?」
「――ウゥウウウウゥ……ッ!」
「どうやら、平和な新婚旅行はここまでみたいだな」
それに対して、アーシェラは、むぅ、と不満そうに
そんな、
それは、
龍慈は、立ち上がる前に、バディの首からベルトをはずして【仙人掌・大の手】で本来の大きさに戻し、左肩から右腰へ
相も変わらず巨大な世界樹が薄っすらと
「へぇ~~っ、あいつらはこんな風に落ちてくるのか」
強化された視力で発見したのは、尾を引く小さな光の点。それを見付けた時は一つかと思ったが、少し
どうやら、各車輌の見張りは、地上のほうに目がいっていて空の異変に気付いていないようなので、これは報せておいたほうが良いだろうと思った龍慈は、右手の親指と人差し指を
8号車の
見張りの彼は、先程の龍慈と同じように、片手で
カンカンカンカン……
カンカンカンカンカンカンカンカン……
始め、8号車のものだけだった
程なくして、乗車している傭兵達が
「まさか、この時期に〝
そう言ったのは、牽引車から付随車へ短い連絡橋を渡ってやってきた、今回8号車の車長を担当する事になった男性。
エルフは、世界樹と共生関係にあった昆虫を生体兵器へと改造し、200~300体をまとめて豪華客船ほどの大きさがある『種』と呼ばれる
龍慈は、英勇校の授業でそう
「
「ありません。何か違いが?」
「確認されているものと同型のものであれば大きな違いはないのですが、
「へぇ~」
「無茶や深追いは禁物ですが、もしそれらと遭遇したなら、可能な限り優先的に倒して下さい。戦闘経験を
龍慈は、なるほど、と頷き、了解した
そして、車長が牽引車のほうへ戻って行った後、今すぐ何かできる事がある訳でもないので、厳しい眼差しを空へ向けているアーシェラとバディの隣で、龍慈も、ぼんやりと火球のようなそれらを眺めていたのだが……
「…………あれ? なんか、一つ、こっちに向かってきてるような気がしないか?」
だが、シランド南大陸に一つ落ちたのは間違いない。場所は、地平線の向こう、進行方向に対して
今向かっている城郭都市ベルドベルや、グランベル大要塞の位置を把握していない龍慈は、無事なら良いがと案じていたが、正午になる前に、ほっ、と胸を撫で下ろす事ができた。
それは、ベルドベルから来たという
前方から長く
20台以上の車団がそのまま走り去り、群れから離脱した5台とサンドリバー車団の8台が停車。向こうから2名、サンドリバー側からも2名――団長とラーゼンが出て、短い
そして、彼らから団長に伝えられ、団長から各車の車長達に、そして、担当する車輌へ戻った車長からワイルドスチームに乗車している傭兵達に伝えられた内容を簡単にまとめると――
投下された〝種〟が、ワイルドスチームを使えば1日以内で往復できる範囲内に落ちた事が観測されたため、ベルドベルの傭兵ギルドは、非常呼集をかけ、緊急指令を発した。内容は、当該地域に存在するクリーチャーの殲滅。つまり――
「――レイドだ」
それは、『強襲』『急襲』を意味する言葉で、人里付近で強力な
「対象は、B以上と銅」
傭兵には、個人の戦闘力のみを示す『レベル』と、傭兵としての個人・集団の総合力を示す『ランク』が存在する。
この場合、車長が言う『B以上と銅』とは、Bランク以上の集団と、
龍慈とアーシェラが結成した《銀の腕》分隊のランクはD。なので、対象外。だが、二人共、〔ライセンス〕と一緒に銅の
その後すぐ、サンドリバー車団は、2台と6台――対象の傭兵達を乗せて現場へ向かうチームと、対象外の傭兵達を乗せてベルドベルへ向かうチームに別れた。
前者、付随車を牽引する2台のワイルドスチームを運用するのは、
龍慈達を
それを見送ってから、団長や戦闘部隊副隊長など残りの団員達と対象外の傭兵達を乗せたサンドリバー車団の6台は、ベルドベルへ向かって出発した。
「二人は、レイド、初参加だよな?」
ラーゼンが、牽引車のほうからやってきて、例によって
先日傭兵になったばかりの二人が肯定すると、
「対クリーチャーのレイドは、〝
後退すると、すぐに
これが、レイド戦の基本的な流れらしい。
「そう言う訳だから、二人には、他に個人で参戦する奴らと臨時で分隊を組んでもらう事になる」
そう告げたラーゼンに対して、
「お断りします」
間髪入れずに返したのはアーシェラで、
「私達は、《銀の腕》分隊です」
そうでしょう? と問われた龍慈は、内心、臨時で知らない
混成車団が停車したのは、正午を少し
場所は、北へ進むにつれて
そこには、先行していた20台以上のワイルドスチームが、適当な間隔をあけて停車しており、その一部を、付随車2台の間に
この岩山の向こうが戦場で、ラーゼン達ワイルドスチームを運用するチームは、この場の防衛を担当するらしい。
「
という訳で、行ってみる事にした龍慈。
探せば歩いて登れるルートもありそうだが、一応どうするか訊いてみると一緒に行くと言うので、〔神秘銀の機巧腕〕は
驚いている周囲の人々の目など気にもせず、ヘリコプターやドローンのように、その場から垂直に上昇していっきに岩山の頂上へ。
「おっと、先客がいたか」
こんな所で何をしているのか訊いてみたかったが、高みの見物を決め込んでいるという雰囲気ではない。なので、龍慈は、邪魔をしないよう一番高い所を
適当な足場を見付けてアーシェラを降ろしてから、龍慈も、片足にボードを付けた状態で降り立った。〔神秘銀の機巧腕〕は、着地するなり
「やっぱ、良く見えるな」
ゆるやかな起伏が続く土色の荒野。その中に、風化しかけた城壁にも見える巨大な岩がポツリポツリと点在していて、隣の岩山の陰には、別の車団が布陣している。どうやら、非常呼集を掛けて傭兵を派遣した都市はベルドベルだけではないようだ。
そして、目測でだいたい一キロ強の所にあるのが、巨大な
「ん? あれは……」
龍慈は、目を
「……〝種〟を
そんな龍慈の
「そうよ」
答えが返ってきた。
ちょっと驚いて軽く目を見開き、声が聞こえてきたほうに顔を向ける。
すると、年の頃は十代後半、両腕が大きな翼で両脚の膝から下が鳥の足の小柄な女性が宙に浮いていた。どうやら、魔法で風を操り、広げた翼で受ける事で滞空しているらしい。
彼女は、この岩山の一番高い所にいた7名、その中の軍服のような制服を身に着けている者の一人。もっとも、トップは
「
「レイドに参加するんで、戦場を見ておこうと思ってね」
確か、彼女のように翼と鳥の足を備えるのは、獣人の中でも『ガンダルヴァ』と呼ばれる種族。この世界の『ハルピュイア』は
「所属は?」
「《銀の腕》分隊」
「分隊? 《銀の腕》なんて聞いた事ないわ。ランクは?」
「D」
「D? 非常呼集の対象はB以上なのに、何でDがこんな所まで来てるのよッ!?」
そう問われたので、右手で懐からネックレスを引っ張り出して銅の
「そういう事は先に言いなさいよッ!」
聞かれた事に対して、一つ一つちゃんと答えていただけなのに怒られた。
理不尽な仕打ちだと思わなくもないが、龍慈は気にせず、ひょいと肩を
それは、話をしていろいろ教えてもらおうと思ったからであり、それには滞空しっ放しは疲れそうだと
「あッ!?」
案の定、ガンダルヴァ女性の両足は、差し出された〔神秘銀の機巧腕〕の前腕に触れた瞬間、ガシッ、と
「ちょッ!? 何やって…………え?」
片腕で自分の体重を支えられるはずがない。転落する――そう思ったのだろう。始めは驚き
「重くないの?」
「苦にならないって意味じゃ、小鳥と大差ないな」
それを聞いたガンダルヴァ女性は、小鳥のように軽くて可愛らしいだなんて~、と気分を良くしてニマニマくねくねし、龍慈が質問しても良いかと
龍慈は、
「何で、クリーチャーは〝種〟を
「最高のエサだからよ。
『
『
そして、
「最高のエサがすぐそばにあるから、放置するとあっと言う間に成長する。――だからこそのレイドよ。今
龍慈は、なるほどねぇ~、と独り言ち、
「じゃあ、俺達も行くとするか」
そう声を掛けると、アーシェラは、凛々しい戦乙女の顔で頷いた――が、
「――ダメよ」
ガンダルヴァ女性に
「敵が主力を出してくるまでは、高ランクの〝色付き〟達に経験を積ませて、実力と自信を付けさせるの」
『色付き』とは、レベル8未満の俗称。レベル1は、素の鉄の
その発言に、龍慈は、なるほど、と感心したが、
「それはおかしい」
そう言ったのはアーシェラで、
「何がおかしいのよ」
「『高ランク』という事は、実績を積んできたベテランだという事。私や龍慈のように、実力はあっても実績はない『高レベル低ランク』に経験を積ませると言うならまだ分かる。でも、そんな私達を差し置いて、相応の実力と自信を持って傭兵を続けているはずのベテランに更なる経験を積ませる、と
龍慈は、確かに、と頷き、どういう事だ、と目で問う二人。
それに対して、ガンダルヴァ女性は、
「知らないわよッ! 団長がそう言ってたんだからそうなのッ!」
逆ギレし、そう
龍慈は、その後ろ姿を唖然と見送りつつ、
「結局のところ、何しに来たんだ?」
「たぶん、見知らぬ傭兵の名前と所属を確認するために」
アーシェラの回答に、龍慈は、なるほど、と頷いた。
その後、戦場を確認するという
そして、ラーゼンと合流すると、ガンダルヴァ女性との会話で
すると、ラーゼンは、どう答えたものか
「まぁ、本音
そう白状するように言ってから、更に、
「敵の主力が
そう続けた。
ちなみに、『脱色』とは、赤から銅へ、レベル7から壁があると言われているレベル8への昇格を果たす事を意味する俗語。
それを聞いて、納得した様子のアーシェラ。
龍慈も、なるほど、と頷いて、
「それとは別に、もう一つ聞きたい事があるんだが」
そう言って、許可を得てからした質問は、
「どうしてこの場にいる娘さん達は、あぁも露出度が高いんだ?」
この世界には、
チンクチコルビの傭兵ギルドでもちらほら見かけて
「そりゃあ、
『軍目付』とは、日本の戦国時代にも存在した、自軍兵士の戦場での功罪――手柄や失態などを調査・記録して報告する役目の事であり、その役目を
上を目指すなら、昇格を望むなら、ギルドに持ち込まれた依頼をこなすだけでは
話は少し飛ぶが、――この世界の人々には、霊力が
それ
それでも、妊娠を
要するに、男が多く、女は少ない――そんなレイドが行なわれる戦場で、軍目付に自身の存在や活躍を
「なるほどねぇ~」
そんな話を聞いてから、改めて視線を
確かに、女性もそうだが、男性もまた主張が強い装備を身に着けていたり、同じ制服や民族衣装を纏っていても、装身具を足したり改造したりするなどして、個性を出している者達が多い。
そんな中にあって、龍慈とアーシェラ、そして、民族衣装を身に纏う身長およそ2メートルの
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