第14話 確かな寄る辺

 傭兵ギルドを後にした龍慈達が向かったのは、ユファイ川の東側――チコルビ区にある大型店舗てんぽ。一般市民や傭兵、同業者にも分けへだてなく売る業務用スーパーのような店。


 そこには、既にサンドリバー車団コンボイの買い物部隊が来ていて、アーシェラは、ここの2階は女性用の商品が取りそろえられている専用の売り場だから、と到着早々そうそう女性陣に連行されていった。


 助けを求めているようにも見えたアーシェラを見送った後、龍慈はまず、この店では買取りもやっているというので、忘れられた城から持ち出した宝石類をいくつか売って現金を得る事に。


 結果、そのどれもが想像を超えたが付いた。


 ついでに、忘れられた城にあった古代王国の金貨を見せて、これは使えるのかと尋ねたところ、使えない事はないそうだが、年経としへた金属は良い触媒になるため錬金術師が高値で買取ってくれるらしい。この店でも買取る事はできるそうだが、十分以上の現金を得たので、とりあえずやめておく事に。


 龍慈は、広々とした店内を見て回る。


 軍資金は用意できた。しかし、今日、この店で旅に必要だと思うものを全て買いそろえるつもりはない。サンドリバー車団の準備が完了するまでしばらくこの都市にとどまる事になるので、その間に他の店も見て回る。購入するのはその後。


 日用品、雑貨、道具、武器、防具、薬品…………などなど、本当に多種多様な商品が取り揃えられている店内で、特に龍慈の目を引いたのは、やはりと言うべきか、魔法と科学が融合したような機器だった。


 洋灯ランプのような古式ゆかしいものから、火を出さず熱で調理するIHクッキングヒーターのような近代的なものまで、この世界の科学技術だけでは実現不可能な物も、魔法を組み合わせる事で完成させたのだろう、元の世界のいわゆる家電に相当する機器がいろいろあった。


 それらを見ていてふと思いつき、店員さんを見付けて訊いてみる。


「乗り物もあつかってますか?」


 答えははい。ただし、ここではなく別の店舗で、との事。


 場所を教えてもらったので必ず行こうと心に決めつつ店内見学に戻り…………結局、龍慈は何も買わず、アーシェラは、彼女の装備に合ったデザインのショルダーバッグと、その中に納めた何かを購入した。


 その際、自分のほうを見てニヤニヤする女性陣と、ほほをほんのり桜色に染めて目を合わせようとしないアーシェラの態度が妙に気になったが……


 ――何はともあれ。


 プレハブ式レストランダイナーのような飲食店での昼食をはさみ、午後は、団長や団員達と別れ、なんと、こちらの世界にもあった、大きなサイズのお店へ。


 実のところ、サイズは【仙人掌】の【大の手】【小の手】で調節できるのだが、先程の店で何も買わなかったのを見て気をかせてくれたらしい。


 他に用があるのに、少し分かりにくい場所にあるから、とわざわざ案内してくれたラーゼンと店の前で別れ、龍慈とアーシェラは店内へ。主に人間ヒューマンより大柄な者が多い鬼人ロード獣人ビースト達が利用するという店は、出入口からして大きく、龍慈でもかがまずに入店する事ができた。


 そして、始めは、ここでも今日は見るだけにしようと思っていたのだが、欲しいと思い、こういうのがいとイメージしていた通りの物と出会えたので、少しまよいはしたものの、購入する事に。


 買ったのは、長くて頑丈な幅広のベルト、作りがしっかりとしていて長さの調節と着脱が容易なバックル、弾倉入れマガジンポーチのようなベルトに取り付ける丈夫な素材でできた小物入れポーチを、そこに取り付けられるだけ。


 龍慈は、それを、左肩から右腰へたすきのように掛けた。


 そうして、ポーチにそれぞれ【仙人掌】でサイズを調節した物を入れておけば、左腕に〔神秘銀の機巧腕〕を装備していても、右手だけで中の物を取り出せる。バックパックを背負う事があれば、その時は腰に巻けば良い。


 その他にも、武器や防具だけではなく、衣類や食器、調理器具、清掃用具…………などなどといった日用雑貨まで、自分にとって小さくない、使いやすいサイズの物があって嬉しくなってしまったが、衝動買いは良くない。今日のところは、ぐっとこらえた。


 店を出た龍慈とアーシェラは、宿泊しているホテルへ戻る前に、幾つか教えてもらった他の専門店の場所を確認するため、朝夕の稽古をするのに適当な場所を探すため、市外をのんびり散策する事に。


 高身長の二人は、どこにいても目立ったが、龍慈は他人ひとの目など気にしないし、アーシェラは龍慈しか見ていなかったので気にならなかった。




 ――その日の夜。


 団長やラーゼン達との食事や、夜稽古などもみ、あとは寝るだけ。


(今夜も、たぶんだろう。だが、その前に……)


 龍慈は、一人静かに覚悟を決めた。


 そして――


「リュージ……」


 シャワールームから出てきたアーシェラに呼ばれて振り返り、


「…………」


 あまりの衝撃に目をみはり、言葉を失った。


 いったい何にそれほどまでの衝撃を受けたのか?

 

 それは――


「……変じゃ…ない?」


 アーシェラが、大人っぽく、それでいて可愛らしいブラ&ショーツと、プロポーションの素晴らしさをかして見せるシースルーのワンピース型パジャマネグリジェを身に着けていたからだ。


「……綺麗だ……」


 人間というのは、本当に素晴らしいものをの当たりにすると思わず立ち上がってしまうものなのか、昨夜のように【仙人掌・大の手】で大きくしたベッドに腰かけていた龍慈は、何かにかれたかのようにふらふらと腰を上げ、心の底から込み上げてきた言葉が、ポロリと口からこぼれ出た。


「よかった」


 胸に手を当てて、ほっとしたように微笑むアーシェラ。


 龍慈は、花がほころぶがごとくとはまさに事の事だと思いながら、


「それ、どうしたんだ?」

「教えてもらった。これを着ればリュージだっていちころだ、って……」


 そんな的確過ぎるアドバイスをしたのは、サンドリバー車団の女性陣だろう。あの店でニヤニヤしていた訳がようやく分かった。


いちころ?」

一溜ひとたまりもなく、な」


 セクシーだがたまらなくキュートで、煽情的せんじょうてきだがアーシェラの清楚せいそな印象をそこなう事なくむしろ引き立てる。うるわしさが浮世離うきよばなれしていて神秘的ですらあり、手を触れるどころか近付く事すら躊躇ためらわれる程に。


 そんな男心など露知つゆしらず、アーシェラはしずしずと距離を詰め、龍慈は、ふところに飛び込んできた無防備過ぎる女の子を、〔神秘銀の機巧腕〕を装備していない生身の両腕で包み込むように、ふわりと抱きめた。


「……リュージ……」


 はぁ……~、と息をらし、心底安心しきって身をゆだねるアーシェラ。


 自分では、デカイとか、筋肉が付き過ぎているとか、戦闘しかとりがないだとか卑下ひげするが、更にデカく、筋骨隆々で、それ以外に取り柄が思いつかない龍慈は、可憐で愛おしい女の子の細い腰をそっと抱き、サラサラな髪をくようにその頭を優しくで……


「アーシェラ――」


 覚悟はすでに決まっている。


 龍慈は、ん? と顔を上げたアーシェラの瞳を真っ直ぐに見詰めて――


「――俺と結婚して下さい」


 告白プロポーズした。


 すると、アーシェラは――


「……え?」


 驚きに目を見開いて…………うつむくと、両手で龍慈の胸を突き放すようにして後退あとずさった。




 そこにはもう、先程までの幸せいっぱいな雰囲気は欠片かけらも残っていない。


 だが、この反応は、残念な事に、


 だからこそ、龍慈は、動揺する事なく、また、怖気おじけづく事もなく、


「俺と夫婦いっしょになってくれないか?」


 だまったまま立ちくしているアーシェラにもう一度声をかけ、右手を差し出した。


 しかし、それに対しても、アーシェラは、小さく、だが、はっきりと首を横に振る。


「理由を聞いても良いかい?」


 龍慈が、穏やかな声音こわねで語り掛けるように問うと、


「……リュージだって知っているでしょう? ……私は……けがれ切っている」


 古代王国の王女であるアーシェラは、かつて、彼女や忘れられた城の番人である聖獣ヴァルヴィディエルが〝星獣の母マザー〟と呼ぶ改造魔蟲クリーチャーの親玉と熾烈しれつな戦いを繰り広げ、ついには、おのが身を犠牲にしてそのコアと融合する事で、からくも封印する事に成功した。


 それから長い時をて、復活した〝マザー〟は龍慈によって倒され、アーシェラは封印から解き放たれた。


 しかし、その瞳や髪、はだの色は生来のものではなく、アーシェラは、鏡やガラスにうつる自分の姿を見るたびに、コアと融合した事で変質してしまったのだという事実を突き付けられ、絶望に打ちひしがれ……


「……それでも、リュージが、当たり前のように、人としてせっしてくれるから……」


 希望をうしなわずにいられる。


「……受け入れてくれたから……」


 共に生きて行くと決めた。〝マザー〟と共に滅びるはずだったこの命とこの力、その全てをリュージのために使い切る――そのためだけに。


 だというのに、甘えてしまった。すがってしまった。あまつさえ、弱り目に付け込んで関係まで持ってしまった。


 片や、運命の女神に選ばれた使徒。


 片や、〝マザーばけもの〟と融合しまじった女。


「……でも、本来であれば、今の関係ですら決してゆるされる事じゃない。だから、結婚なんて――」

「――そうじゃないんだ、アーシェラ」


 龍慈には予想できわかっていた。そう言い出すだろうという事は。


 だから、まよわない。


 重い、と一言で切って落とされるのではないか、一度いただけで彼氏面かれしづらかよ、と引かれたりはしないか、そう考えるとひざが震えそうになった。


 しかし、共に行く、〝マザー〟と共に滅びるはずだった命と力の全てを自分のために使う――そう言ってくれた女の子に手を出したのだ。男としてのけじめを付けなければならない。


 だが、それはこちらの勝手な言い分。ゆえに――


「問題は、結婚『したい』か『したくない』か、俺の妻に『なりたい』か『なりたくない』かなんだ。今のままの関係がいってんなら、それで構わない。だから、もしそうなら、結婚なんてしたくない、妻になんてなりたくない、そうはっきり言ってくれ」

「――そんなことないッ!!」


 アーシェラは声をあらげ、


「なりたくないなんて…そんなこと……。でも、ダメなの……っ、こんな穢れ切った私が、リュージの妻になんて……そんなこと…絶対に……っ」


 一転して、声を落とし、うつむき、両手で顔をおおってしまった。


 その様子を見れば、容易に想像がつく。頭が悪い自分が、語彙ごいの少ないおのれが、どれだけ言葉をくしても説得できないだろうという事は。


 ならば、もう、御託ごたくを封じる方法は、女をだまらせる方法は、一つしかない。


 それを試した事はないが、――やるしかない。


「それってさ、細かい事はさておき、『したい』か『したくない』かで言ったら、『したい』って事だよな? ――なら何の問題もない」


 そう言いつつ、龍慈は、その巨躯きょくからは想像できないほど素早く間合いを詰め――


「だから……ッ!?」


 反論しようと顔を上げたアーシェラの目の前にあったのは分厚い胸板で、驚いて顔を上げると、そこには、真剣な表情を浮かべた顔があって、


「穢れていようがいまいが構わない。俺は、変わってしまった理由もふくめて、今のアーシェラにれたんだ」


 左手で細い腰を抱き寄せつつ、動揺どうようしてれる瞳を見詰めながら、ささやくように語り掛ける龍慈。


 そのおだやかでありながら真っ直ぐな想いが込められた言葉の熱に当てられたのか、アーシェラは、顔を火照ほてらせて、あ、あの……、その……、などといった意味を成さない言葉をつぶきながら、まるで逃げ道を探すかのように視線を彷徨さまよわせ……


 ――龍慈は、更にたたみ掛ける。


 右手でその頬にそっと触れて目を自分に向けさせて、


「――アーシェラの事が好きだ」

「……わ、私も……」とあふれ出そうになった本音をあわててみ込み「……だ、だから、ダメなものはダメなの……。……そ、それに、いつか必ず後悔させてしま――ぁんッ!?」


 龍慈は、その頬にえていた右手でアーシェラの顎先に触れるなり、クイッ、と上向かせ、――口付けキスで口をふさいだ。


 お互いの唇が軽く触れ合うくらいのあわいキス。だが、御託を、自分の本当の気持ちを誤魔化ごまかす言い訳をやめさせるには十分で……


 龍慈は、その感触が失われてしまう事をしむようにゆっくりとくちびるを離し、意表をかれて驚き見開かれた目を見詰め、顎先に触れていた右手をそっとアーシェラのうなじに移して、


「後悔?」そう言いつつ余裕の表情で、ふっ、と笑ってから「心の底からいとおしいと思えたひとを手放すこと以上の後悔があると、本当に思うのかい?」


 我ながらクサい台詞セリフいたものだと思う。だが、マンガやアニメやラノベなど、想いを伝えるべき時に余計な主義主張プライドが邪魔をして伝えられず、結果、ひどい遠回りをしたり、悲しい結末をむかえてしまったりした登場人物を何人も知っている。


 彼らの二のまいえんじるつもりも、アーシェラに演じさせるつもりもない。


「……そ、それは……」


 龍慈は、そんな往生際おうじょうぎわの悪さすらも可愛いと思いながら、必死に言葉を探して薄く開いては閉じてを繰り返すくちびるに、ゆっくりと自分の唇を近付けていく。


 例え、アーシェラほどの手練てだれであっても、自分は力でせる事ができる。できてしまう。だからこそ、そんな事をしてはならないし、したくない。


 それ故に、力加減には細心の注意をはらい、上向くアーシェラのうなじを支える右手は、五指ゆびで後頭部をつかんで固定したりせず、てのひらをそっとえるだけ。細い腰を抱き寄せている左手は、腰の後ろに掌を当てているだけで、逃げられないよう腕を回して抱え込んだりはしない。


 それでも、アーシェラは、顔をそむけようとはせず、突き放そうとしているように見える分厚い胸板に当てられた両手の力は、あの巨大なほこを自在に振り回す戦乙女のものとは思えないほど弱々しく…………二人の唇が触れ合った。


 先程よりもわずかに強く、おたがいの唇のやわらかさとぬくもりがしっかりと感じられるくらいの優しいキス。だが、お互いが相手への気持ちを再確認するには十分で……


 アーシェラは、持ち上げた両手で龍慈の頬に触れ、愛おしそうにでながら、


「……本当に、いいの?」

「――良い」


 眉尻まゆじりを下げた泣きそうな表情で確認してきたアーシェラの言葉には、まだその後に、私なんかで……、などといった余計なものが続きそうだったので食い気味に即答し、龍慈もまた、この〝いとおしい〟という気持ちを教えてくれた女の子の頬を何よりも大切そうに撫でながら、


「結婚しよう、アーシェラ」


 ありったけの想いを込めて申し込み、


「はい……っ!」


 アーシェラは、涙をあふれさせながら微笑み、その申し出を受け入れた。


 実際のところ、都市の市民権を持たない龍慈とアーシェラは、婚約はできても結婚はできない。余人に『結婚した』と話しても、『夫婦』だとは認識されず、良くて『婚約した仲の良い恋人同士』と思われるのが関の山。傭兵の場合は特に、そういう事はどこかに定住を決め市民権を得て家を構えてからにしろ、と言われるだろう。


 それでも、これは、龍慈が、はっきり言葉にする事で、しっかり態度でしめした事で、親類縁者が遠い過去の存在と成り果てたこの現代で天涯孤独の身の上だったアーシェラが、たしかなを得た瞬間だった。


 二人は、長くて熱いちかいの口付けを交わし、龍慈は、軽々と抱き上げて身をゆだね切っているアーシェラをベッドへ運ぶ。


 そして、お互いの事を、妻だと、夫だと、認め合った二人は、躰を重ね、心も重ねて、思い合い、求め合った。

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