画期的な方法
@J2130
第1話
大学生の時のお話です。
1年生から2年生になるときの春、とはいっても3月ですね。
まだまだ寒い日が続く時、僕は浜辺のとあるアパートにいました。
当時僕はヨット部、実際にはヨットサークルに在籍していて、3月はほぼ一か月間まるまる合宿期間でした。
まだ合宿所を所持していない時のことで、ヨットはマリンハウスに置いており、宿泊は近くのアパートを借りていました。
ただ、マリンハウスのマスターから、
「絶対に火を使うな! ストーブとお風呂以外はダメ!」
との命令があり、煮炊きはできませんでした。
なので、オーブントースターと電子ポットくらいしか温かいものを食べる“調理器具“手段がなかったのです。
オーブントースターはともかく、電子ポットが調理器具というのも寂しいですね。
長い合宿中でバイトも行けず、お金もない。
ほぼ一日一食になってしまいます。
夜に夕食の買い出しに行きます、みんなの注文を聞いてね。
交代で行くのですが、気分転換もあるし、
“外界”との接触がまったくないのでみんな行きたがります。
先輩の車に何人も乗ってコンビニに行きます。
その時、店員さんが若い女性だったらうれしくて。
そういえば、総理大臣が変わったのを新聞の見出しで知りました。
新聞、買えませんでしたから。
「今度の総理、『かいぶ』っていうらしい」
「まったくお前らはしょうがないな…、あれは『かいべ』ってよむんだよ」
テレビもないので時の総理大臣の名前がよくわからない。
正解は『かいふ』さんですよね、まったく僕らはしょうがないです。
人気があるのは当然カップ麺でした。
寒いので温かいかいものが食べたくなります。
「赤いきつね」はよく食べましたね。
温かくておいしい。
でも食べ盛りにはちょっと足りない。
寒いアパート、8人くらいの部員、テレビもなく、一日一食で、あとは寝るだけ。
おなかが膨れたときに寝ないと、空腹でね、寝れなくなっちゃう。
寒くて、いつもお腹がすいていたけれど面白かったです。若さなのか、バカさなのかな…。
そんな時って不思議です、食べ物の話がよくでます。
「『いもや』の天丼っておいしいよね」
「ああ、うまいな…、食いてえな…」
「『トンカツ村』のかつ丼は食べたことある?」
「ないな…」
「『もりもりハッピーとんかつ村』って知らない? 」
「とんかつ定食も、かつ丼も食いたいな…」
「学食でさ、カレーセットってあるじゃん」
「ああ、カレーにかけのそばかうどんが付くやつだろう…」
「あれ、量はいいんだけれど、カレーさ…それほどでもないよな」
食べ物の話はつきません。
「たい焼き食べたいな…」
甘いものも食べたくなります。
「いいな~、今川焼でもいいけれど、たい焼きたべたいな…」
食べたい、温かく甘いたい焼きが食べたい。
「アンマンもよくない? 」
「おお、アンマンもいいな…」
「くいてえな…」
食べたい…。
よく「蒸しパン」食べてましたね。
なんだろう、ケンタが言ったんだ。
「蒸しパン、腹持ちがよくないか…」
それからみんな「蒸しパン」食べるようになりました。
お金がない人は分けてもらったりして。
お腹がすきにくいもの、安いもの、そんなものを探して買って食べていました。
たまにOBの先輩方が顔を出してくれます。
コンビニのおにぎりを山のように買ってきてれて。
「ああ、世の中に神様はいるのだな…」
と思いました。
「お前ら、一人、千円以内、なんでも食べていいぞ!」
何人かの先輩方がいっしょに来られたとき、僕らを近くの「くるまやラーメン」に連れて行ってくれました。
おいしかったな…。
どうやったら千円以内で一番多く食べられるか、一生懸命一生懸命みんなで計算しました。
今年の夏、閉園になる油壷マリンパークに家族で行きましたが、その途中、まだありました、くるまやラーメン。
奥さんと娘に、
「ここで一日一食の合宿中にさ、先輩に一人千円以内で好きなもの食べろって言ってもらってね…」
「おいしかったよ…、本当においしかった」
と話しました。
本当に本当においしかったです。
合宿中のある日の朝、ハーバーマスターに訊かれました。
「お前ら、昼は食べるのか?」
一般のお客さんも来ますので、仕込みの関係で訊かれました。
ケイスケが応えました。
「昼というか、朝も食べてません!」
その日は珍しく昼にカレーをみんなで食べさせてもらいました。
30年前のこと、よく覚えてるな…。
お腹すいてたな…。
カップ麺を食べたり、おにぎりにしたり、その日の気分だけど、根岸先輩、あるとき画期的な方法を思いつきました。
その日は根岸さんが緑のたぬき、僕が赤いきつね、ケイスケとケンタが他のカップ麺、オサムがおにぎり二つ、広中もおにぎり二つ、唯一の女子の佐川さんがサンドイッチ。みんなで共同で蒸しパンを3つ買い、3年生の山本さんは総菜パンとおむすびとビールでした。
3年生の山本さん、4月から4年生ですね。
船舶免許を持っているので、救助艇の操船の為、もう引退されているのですが、練習に付き合ってくれています。
お金は持ってました。
根岸さんの運転でいつものコンビニに行きました。
アパートに帰り、この日唯一の食事です。夕食ですね。
「堀ちゃん、今日は『赤いきつね』なんだね」
佐川さんが僕に言った。
「うん、なんとなく、うどんだとお腹に溜まりそうで…」
今日はいつもより、いつもお腹が減っていたが、本当にいつもより空腹感が強かった。
「蒸しパン、多めに食べろよ…」
ケイスケが優しく僕に言った。
「うん…、お腹が空きすぎて、午後の練習きつかった…」
あたたかいカップ、あたたかいみんなの気持ち。
こんな状況でも楽しかったのは、ヨット部を辞めなかったのは、そんなみんなだったからでしょうね。
さて、5分たった。
長くも短い、短くも長い5分。
「頂きます」
いい香りだね、だしを飲む。いいな、あたたまるな。
麺も揚げもおいしいな…。
あ…、麺がどんどん減っていく…。
これって、かなり切ない。
どんどん白い麺の面積が少なくなっていくと、ちょっとというかだいぶ寂しくなる。
原因はわかるのですよ、食べたからです。
ええ、わかるのだけどね、寂しい気持ちになるのです。
あ~あ…、なくなっちゃった。
あとは蒸しパンで空腹を埋めないと。
空腹…?
そうか、まだ空腹なんだな…。
一日一食だからね。
あれ…、根岸先輩の動きが怪しい。
なにかコンビニの袋から取り出したぞ。
そのなにかを包むビニール袋を開けた。
なんだあれは…。
「あ…先輩…」
僕だけでなく、ケイスケもケンタも広中もオサムも根岸さんの動作をみて同じ反応をした。
「それは…」
僕らはみんな、羨ましげに、先輩の緑のたぬきを見た
「それは、すごい!」
根岸さんがひそかに買い、今その包を開けて、そして緑のたぬきの中に入れたそのものは。
市販のうどんの麺、うどんの玉だった。
先輩は緑のたぬきの麺だけを食べ、そこにコンビニで売っているうどんの麺をいつのまにか購入し、カップに入れて、つまり
「替え玉」したのだ。
「それ、すごい!」
そんな手があったとは…。
羨望というか驚愕というか、一方で思いつかなかった落胆、空腹感が襲ってきた。
「一杯で二度おいしかったのに…」
やればよかった…、涙が出るほどくやしかった。
僕らは二杯目を食べる先輩を横目に見ながら、蒸しパンをつまんでいた。
みんな言葉にはださなかったが誓っていた。
「明日の夕食は俺も替え玉をやろう…」
いつもお腹をすかしていた昔のお話でした。
了
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