第2話 涙と後悔

 次の日、罪悪感を感じながらも僕は親族の葬式のため帰省の準備を進めていた。最低限の荷物をまとめて、移動の経路を確認する。最寄りのバス停にはもう三十分後には居なければならない。最終的に残った荷物は財布とスマホ、そしてショルダーバッグに入れた数冊の本。それ以外は無駄だと思った。着替えは実家に帰ればあるだろう。多少の時間潰しの道具と地元に着いた時に最低限の連絡手段があればよかった。


 バス停には十分ほど前についてしまった。待っている間空の色が鼠色に染まっていることを確認した。しばらくしてバスが停り、整理券を取って席に座る。席に着くと同時に本当に帰っていいのか、僕がただ夏森から逃げたいが為に帰省するのではないか、それによって周りにも迷惑、心配をかけるのではないか、不安や不満を抱えたまま駅までバスに揺られる。

 駅に着いてからは新幹線に乗るために改札口を潜る。それほど大きな駅ではないから、新幹線は停らない。大きな駅まで各駅停車の電車に乗って移動する。それはものの数分だったが、心の中が空っぽになった状態だと乗り過ごしてしまいそうで、注意を払う事に必死で疲れがどっと溜まってしまった。


 新幹線が停るのをホームで待っていた。新幹線に乗ってこの心だけをここに置いておきたかった。心の穴が他の物で埋まることを望んだ。新幹線の扉が開き、中に乗り込む。自由席で買っていたが、平日ということもあってあまり人はいなかった。特に学生がいるのは珍しいのだろう。周囲に立つサラリーマン達が僕を見て不思議そうな顔をする。新幹線が動き出した時、ふと窓を見た。別れを惜しむドラマの様な演出を頭の中で思い描いた。「誰か」がこちらに向けて手を振り、動き出すと同時に走り出すが、だんだん置いていかれるホームの「誰か」。それを追うように窓に手を当て目で追う。そんな演出を数回考えてみた。ホームにいる「誰か」は夏森であったり、他の友達、先輩。色々な人で想像した。どれも現実からかけ離れすぎていて、しっくり来なかった。


 新幹線では本を読んで過ごそうと決めていたが、連日の疲れや抱えたストレスなんかが相当大きかった事を身体が一番よく知っていた。

 本を開いては数ページ読み、その度うたた寝に入る。新幹線が停る駅のアナウンスでハッとして目を覚ます。そんなことを降りる駅まで繰り返した。夢を見ることすら許されなかった。

 僕がどれだけ立ち止まっていても社会は流れていく事を感じる。僕なんてちっぽけな存在なんだ。と少しだけ落胆した。


 人混みに流されそうになりながら、地元へ向かう改札口へ向かう。気がつけば昨日から何も口にしていないことをふと思い出す。初めて駅弁というものを買ういい機会かもしれないと感じながらも、駅にある小さな売店でサンドウィッチとおにぎり、水だけを買って地元へ向かう新幹線に乗り込んだ。



 家の出発は朝早かったはずなのに、地元に着いた頃には日が沈み、時刻は六時を迎えていた。学校帰りの高校生、仕事終わりのサラリーマン、買い物帰りのおばちゃんが目に入ってくる。高校生活を少しだけ振り返りながらふと懐かしくも思えた。思えば、同じ失敗を高校の時も繰り返していた。

 何度も何度も変わるタイミングはあったはずなのに、結局何も変われなかった。


「遥翔ー! おかえり〜」

 駅口から出ると雪が降り始めている所に姉が立って手を振っていた。雪も今降り始めた頃で、まだ地面は見える。この頃に見る雪はまだ綺麗と言えるだろう。静まり返った街を雪が化粧をする。これが最近聞く「映え」や「エモい」というのだろう、と考えながら姉の車に乗り込む。

「どう? やっぱりこっちの方が寒い?」

 地元は極寒の地とまではいかないが、普通に雪は何センチと積もるし、朝起きたら扉が凍っていて開かないということも多々ある。

「まぁ、風はあっちの方が冷たいかな。 そういう意味でいったら今はあっちの方が寒いかも。」

 からっ風が吹き荒ぶ向こうでは信じられない冷たい冷気が地肌を刺激する。それに比べたら何も悪さをしない冷気の方が良かった。


 実家に戻るとやはり家の中は暖かかった。ストーブにコタツ、色々な暖房器具が僕を迎えてくれる。

「長旅疲れたでしょ? お風呂溜めておいたから入って今日はおやすみ」

 気を使って母がお風呂を溜めておいてくれた。一人暮らしではなかなか浸かる機会が無い湯船、防水のスピーカーで音楽をかけながらゆっくりと浸かった。


 久しぶりに実家の布団に潜って豆電球を見つめていた。ここ数日で起こった出来事、何も言わず置いてきた友達。考えても無駄なことばかりが浮かんでくる。あくびと共に涙が流れてきた。枕を濡らしながら寝るのも悪くは無いのかもしれない。

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願ったり叶ったり 田土マア @TadutiMaa

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