わら人形だって名前が欲しい

「あー、もう、クソ、世の中クソ、マジクソ」

「女の子がクソクソ言うもんじゃないぞ」

「お前に女の子を説かれる筋合いはない」


 日の暮れかかった頃、自室に帰ってくるなり世界に呪詛をまく少女、花菱萌。

 それを戒める呪いのわら人形の付喪神。

 ひょんなことから共に暮らすようになった二人だったが、出会った夜から一夜明け、萌は学校へ行きそして今帰ってきたところである。

 わら人形はというと、わら人形の方の姿で偉そうに長めのソファに座りなにやら本を読んでいる。


「まったく、お前が人間の姿になるなというから本が読みにくくて仕方がないぞ」

「だって部屋に全裸の女がいる光景、普通に嫌だし」

「おぬしの服じゃ小さすぎて着れたもんじゃないからのう、わらわのプロポーションがよすぎるばかりに、すまんの」

「また刺されたいらしいな」


 やれやれと言った態度を取るわら人形に萌は殺意を隠さない。

 たとえ自分がダメージを負ったとしてもやらなければいけない時がある。そんな気持ちだった。


「……というか、なんの本読んでるのよ」

「これな、名前の本。縁起のいい名前とかいろいろ書いてあるんじゃと」

「呪いのわら人形がなに縁起とか気にしてんのよ」


 鞄を投げ捨て、ソファにだらっと座る。

 月詠寮の部屋は広く、ソファやテレビ、ベッド、冷蔵庫などが全て備え付けで置いてある。

 何故ここまで豪華かと言うと、月詠寮は天照学園が独自に育成している退治屋にのみ住むことが許される寮だからだ。

 この寮には人間に友好的な怪異もいくらか住み着いており、わら人形も特に問題なく寮の中を動き回れる。

 名前の本も怪異の誰かが持ってきたのだろう。

 ちなみに萌は正直怪異たちを苦々しく思っているが、同じくらい寮の他の人間も苦々しく思っており、つまりいちいち相手をしたくないため喧嘩を売られない限りは無視を決め込んでいる。


「やっぱり名前ないと不便じゃしなー、萌がつけてくれれば解決なんじゃが」

「だからなんであたしがつけないといけないのよ、あと気安く名前呼ばないで」

「そういう反応じゃからこうして自分で名前つけようと調べとるんじゃないかー」


 わら人形はぽふりと本をかけ布団のようにかぶってごろりと寝転がる。

 確かに名前がないのは不便かもしれない、と萌も思ってはいるがかといって自分がつける理由もない。


「しかしなんじゃな、昔は名前も岩とか菊とかそんなんじゃったが最近はずいぶんこじゃれた名前も多いのう」

「それどっちも幽霊の名前でしょ」

「むう、花菱わら子とかちょっとダサいしな、ここはナウい名前にしたいのう」

「あんたいつ生まれなの?あとあたしの名字使うのはやめろ」


 わら人形は萌のことをじっと見る。

 萌はそんなわら人形を苛立たしそうに睨む。髪に隠れているので見えないが。


「なに」

「いや、なんだかんだで会話にしっかり付き合ってくれるんじゃなあと」

「あ?」

「なんだかんだ言って寂しがりだったりするんじゃないのかお」

「ふッ」


 おぬし、と言おうとしたわら人形の脳天を萌はハサミで突き刺した。


「「ぐあぁああああああッ!!!」」


 結果、萌は脳に刃物を突き刺された激痛を味わうことになる。

 その感覚をあまり詳細に描写すると話の意図が変わってしまうのでここでは明記しないことにする。

 そんなこんなでわら人形と萌はその場で頭を押さえて転げまわる。

 しばらく後、痛みが引いた萌とわら人形は再びソファに座る。


「おぬしも懲りないというかなんというか……呪いたい相手のことを考えればダメージはそっちにうつるというに」

「あたしが今殺したいと思ったのはあんただけだから、他に呪いがいったら逆に面倒でしょ」


 律儀なやつじゃな、と言いたくなったわら人形だったがまた刺されかねないので黙っておいた。


「まあ、それはそれとして、いい名前の候補が見つかったんじゃよ」

「ああそう。で、なんて名乗るの」

「うむ、わら人形とはいえ名前ぐらい明るくてもいいじゃろ。そこで光という漢字を使う。そしてせっかく人間として動けるようになったんじゃし自由な感じをイメージして、宙という漢字も使ってみたくての、で。本を調べるといい感じのネーミングがあってな」

「ふうん……?」

「光宙と書いてピカチ」

「やめろ!!」


 萌の突然の制止にわら人形は驚き本を取り落とした。


「そういうのは、キラキラネームって言って縁起がよくないのよ」

「さっきはなに縁起とか気にしてるんじゃって言ってたくせに……」

「いいからやめなさい」


 今までとなにか違うマジな雰囲気を感じ、わら人形も思わず頷いた。

 萌はふうと息をつくが、わら人形は不満そうに落とした本を拾いにいく。


「まったく、自分では決めてくれないくせに文句だけは言うんじゃから」

「わら子でいいじゃないもう」

「もっとかわいらしいやつがいいのじゃー」


 ちたぱた暴れるわら人形に萌は舌打ちをする。


「かわいい名前なんて別にいいことないし」

「そういえば萌も名前はかわいらしいのう」

「……」

「……あー……まあ、なんじゃ。そうじゃな、別に名前なんてなんでもいいか、はは」


 ツッコミも反論もなくただ静かになった萌に対してわら人形はそう言い残し、寝室の方に向かっていった。

 リビングと寝室は別の部屋になっている。

 きっと居心地が悪かったのだろう。

 萌はわら人形が置いていった本を拾って、少しだけためいきをつく。


----


 しばらく後、萌はわら人形が入っていった寝室に入っていく。

 わら人形はベッドのわきに置かれたランプテーブルの上に座って足をぷらぷらさせていた。

 萌は寝室の入り口に立ったままため息をつく。


「……変な気とか使わないでいいから」

「むう、そうはいうがな」

「あんたって」


 わら人形の言葉を遮るように萌は質問を投げかける。

 なんとなく調子が狂い、わら人形はぷにぷにした自分の頬をわらの腕でかく。


「名前、つけてもらいたいわけ?」

「んん……まあ、なんじゃ。ちょっとした憧れじゃよ、名もない付喪神のな」

「ふーん」


 そう言って萌はベッドにうつぶせに倒れこんだ。

 まだ寝るには早すぎる時間だし、制服から着替えてもいない。

 それでもこうしてごろんと転がりたい時が萌にはある。


「ま、わら子でもよいかな、と思い始めてな」

「めぐる」


 わら人形は目を丸くする。

 萌はごろんと転がって仰向けになり、そして起き上がってわら人形を見る。


「呪いって巡り巡っていくものだから、めぐる。名前」

「……」

「嫌なら別にいいけど」

「……いや、めぐる、めぐるか!はは、いいな!いい名前じゃ!」


 わら人形はひょいとテーブルから降りるやいなや、美しい美女の姿になるとベッドに座った萌に抱き着いた。


「ちょっ」

「わらわは今日からめぐるじゃ!ありがとな萌!!」

「やめろ気色悪い!!」

「そんなこと言うもんじゃないぞ萌ー、ふふふー、めぐる、いやいい名前じゃ、ふふふ!」


 こうして、わら人形には晴れてめぐるという名前が付き、改めて退治屋花菱萌とわら人形のめぐるの生活が始まるのであった。

 裸の美女が女子高生を押し倒すように抱きつくというあまりよろしくない絵面と共に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

この日常に呪いあれ 氷泉白夢 @hakumu0906

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ