この日常に呪いあれ

氷泉白夢

呪いのわら人形だって今の時代を生きてみたい

 草木も眠る丑三つ時。

 ひとりの少女が刃を持ちて、闇に紛れる影を狩る。

 それは今の世にも変わらず現れる危険かつ邪悪な存在。

 怪異と呼ばれ人知れず世界を闇に陥れんとする存在を、やはり人知れずに退治する存在がいる。

 それが退治屋。

 これは、天才退治屋である花菱はなびしもえと、呪いのわら人形の付喪神が織りなす物語である……




「なあ、わらわは人間の世界をもっと見てみたいのじゃ。連れてってくれ」

「え、やだ……」


 前髪が顔の半分を隠すほど長い少女……花菱萌は動くわら人形にすぐさまそう返す。

 いつも通り怪異を退治した花菱萌は打ち捨てられた動くわら人形に絡まれていたのである。

 そのわら人形はてぽてぽよたよたと、しかし妙な速さで逃げようとする萌に食らいついていた。


「えー、ここは連れてってくれる流れじゃろー、なーなー」

「やだ、あたしは怪異と仲良くするつもりはないし」

「こんなにかわいいわら人形が頼んでおるのにか?」

「動くわら人形とかなんもかわいくないだろ」


 萌は苛立ちながら足元にすがるわら人形を踏みつけた。

 すると急に萌は何かに地面に押し付けられるように地面に倒れ伏した。

 ほんの一瞬だったが、何者かに踏みつけられたような、そんな感覚であった。


「うっ、な、これは……」

「くくく、これがわらわの能力よ。わらわが受けたダメージはそのまま他の誰かにうつる……今は呪いの対象を何も決めていなかったからお前に帰ってきたが……おぬしにも人知れず傷つけたいやつくらいいるじゃろう?」


 わら人形は底意地の悪そうな声でそう言う。

 そんな言葉に萌は毅然として返した。


「ふざけるな!気に入らないやつはわら人形なんか使わずに直接嫌がらせするわ!」

「あ、普通に性格が悪いやつじゃったか」


 萌は髪から唯一覗く口を歪に歪ませながらきひひと笑う。


「嫌がらせしてるのがあたしだって直接叩き込んでやるから向こうから近づかなくなるんじゃない。誰がやったかわからない呪いなんて意味ないわ」

「ええ、普通に引く……」


 そんな様子に自分のことを棚に上げてわら人形は普通に引いた。

 萌は何故か少し勝ち誇った表情をする。


「えー、でもおぬしあれなんじゃろ?退治屋なんじゃろ?正義の為に怪異を倒してるとかじゃないの?」

「そんなわけないでしょ。そもそもあたし現世に未練なんかこれっぽっちもないのよ」

「はあ」

「なんかもうめんどくさくなって、自殺しようと思ったのよ。屋上から飛び降りようと思って」

「普通に重い過去」

「そしたらなんか、急に霊感みたいなのに目覚めたのか、幽霊がにやにやしながら下から手招きしてんのが見えたのよ」

「あー、あれじゃな、仲間を求めるやつ」


 一部の地縛霊はそうやって仲間を増やし、群れて強くなる傾向がある。

 それが萌の逆鱗に触れた。

 ぎりぎりと歯ぎしりしながらわなわなと震え、怒りをあらわにする。


「冗談じゃないわ、あたしは静かに死にたかったのに死んだら地縛霊になってあのにやにやしたパリピ幽霊野郎どもに無理矢理地縛霊サークルみたいなのに入れられるって悟ったのよ、許せない。何が悲しくて死後にまであんなのに絡まれないといけないわけ?だから決めたわけ、怪異全部ぶち殺して平穏な死後を手に入れようって」

「おまえこわい」

「ふ、わら人形相手に語りすぎたわね。そういうわけだからあんたにも消えてもらうわ」


 そういって萌は怪異退治に使うハサミをわら人形に向けて振り上げる。

 その様子を見てわら人形は焦りもせずに手をぱたぱたさせながら言う。


「あー、わらわな。呪いのわら人形じゃろ?この身で呪いを伝えるせいかどんなダメージでも消滅しないんじゃよ」

「え、なにそれ、チート?」


 今度は萌が普通に引いた。

 わら人形は少し得意げに語る。


「わらわもいろいろ試したんじゃよ、燃やされたり、沈められたり、八つ裂きにされたり。じゃが死ねなかった。わらわを殺す手段などこの世にはないのかもしれんな、ふっ」

「なにそれ、あたしの平穏な死後ライフの邪魔にもほどがある」

「死後なのかライフなのかわからんなそれ」


 そう言ってわら人形はふうとためいきをつく。

 表情が一切ないにも関わらず全力で憂いを表現している姿に萌はなんとなく腹が立った。


「でもわらわこう見えて安全なわら人形じゃから、わらわが死なない代わりに呪いの相手もどれだけダメージを受けても死なないし、簡単に治るんじゃよ、すごいじゃろ」

「呪いのわら人形としてはだいぶ失格じゃない?」

「それは言うな」

「……というか、あんた死にたいわけ?」


 萌の言葉にわら人形はむう、と唸る。


「おぬし人間嫌いなわりに観察上手じゃの」

「嬉しくない」


 萌は本当に一切嬉しくなさそうに言った。

 そんなにか、とわら人形は少し困惑しつつも語る。


「そうさなあ、別に死にたいというわけじゃあないが、何をしても死なない存在というのも不自然なところあるじゃろ、そういった意味でちゃんとこの世から消えられるのかどうか不安なところはあるか」

「……」


 萌は少し考えた。

 このまま放っておいてもついてきかねないのであればいっそ徹底的に管理したほうがやりやすいかもしれない、と。

 そして結論を出す。


「わかった、じゃああたしがあんたを殺す手段を見つけてあげるわ。あんたも消えるし、あたしも平穏な死を迎えられる。ほっといたらマジで死後にまで絡まれそうで嫌だし」

「おお……それはつまり、わらわに人間の世界を見せてくれるということか!おまえ案外いいやつじゃの!」

「やめて、そういうのじゃないから……」


 心底嫌そうな声と顔で萌は言う。

 そこまでか、とわら人形はおののいた。


「というか人間の世界を見たいってなんなの?別に適当に見ればいいじゃない、あんた普通に動けるんだし」

「む、知らんのか?付喪神は人間の力を借りれば人間の姿を得ることができるんじゃよ」

「ふーん、いや、でもあたし別にそこまで協力する義理ないし」

「ここまで来てそれはないじゃろー、やってくれなきゃ車道で寝転がって車に轢かれるぞ、もちろん呪いはお前に行くようにする」

「うわ、タチわる」


 ちたぱたと手足を暴れさせて駄々っ子するわら人形に萌は明確にいらついた。

 だがわら人形の姿のままよりは何かしら役に立つかもしれない。

 萌は仕方なくわら人形の言う通りに力を与える。

 するとわら人形は光に包まれ、徐々に姿を変えていく。


 そして光がはれるとそこには……


「……おお、見よ、これがわらわの人間としての姿か」

「……」


 そこには長く美しい髪にすらりと長い手足、豊満な胸にきゅっと引き締まったくびれ。

 切れ長のつり目の美しい顔立ちをした長身の美女が裸で立っていた。

 美女はふふんと髪をかきあげ、どことなくセクシーなポーズを取る。


「どうじゃどうじゃ、なかなかいかしておるではないか、なあ」

「ウワァアーッ!!」


 萌は反射的にハサミで美女を突き刺した。

 美女がぐふっと口と腹部から血を噴き出すと萌も同時にぐふっと口と腹部から血を噴き出した。


「な、なにをするんじゃおぬし……普通に人殺しじゃろ今の行動……」

「なんか……無性に腹が立って……やらなきゃいけないと思った……」


 数分後、わら人形の美女と萌の怪我は無事治った。

 自分の腹部をさすっても怪我があったことすら感じない。

 そして血もついていない高校の制服を確認し、さすがの萌も驚いた。


「マジですぐ治るのね、気持ち悪」

「この特性のおかげで命拾いしてるのにひどい言いぐさ」

「ていうかあんた、いくらなんでもその姿は盛りすぎでしょ、ないわ」

「いや、別にわらわがこの姿決めたわけじゃないし、普通の人間と同じで外見なんぞ選べんわ」

「はあ?」


 萌は殺意のこもった声でそう言った。

 ちなみに萌は身長はやや低めでプロポーションもよく言えばスレンダーである。


「つまりこれは、わらわの生まれ持ったプロポーションというわけじゃ、いやあやはり人間になってよかった」

「ウワァアアアーッ!」


 萌は再びハサミでセクシーにポーズを決めるわら人形の美女の腹部を突き刺した。

 再び血を吐き倒れ伏す両者。

 例え治ろうが痛いものは痛い。

 こほこほと血を吐き苦しみながら両者は悶えた。


「こ、こうなるのがわかっているはずなのに、何故」

「とにかく殺意がわいたから……」


----


「とにかく落ち着かないし、全裸のままうろつかれても嫌だから元に戻って」

「んむう……しかしせっかく人間になれるようになったのに……そうじゃ、うまい事やったら……よし、こうじゃな」

「なんかろくでもない予感がする……」


 わら人形に戻ったそれは、何やら頭をごそごそといじり、そして振り返る。


「どうじゃ」


 そこには小さなわら人形の胴体にアンバランスな人間の美女の頭がのっかった怪生物が存在した。


「きも……うわっ、キモい……えっ……きもっ……」

「三回も言うたな」


 わら人形の上に乗ったリアルな顔は憂いを帯びた表情をする。

 下手な生首が動いているよりも恐ろしい光景だった。


「いやほんとやめて、えぐい」

「んむー……では……」


 わら人形はもう一度頭をごそごそし頭を収縮する、わら人形のサイズにもぴったり合うように調整する。


「どうじゃ」


 と、そこにはわら人形の胴体にデフォルメされたジト目で口がバッテンの少女の頭がのっかったギリギリかわいいと言える存在がそこにいた。


「うん……まあ、ギリセーフ」

「付き合いは短いがお前からその言葉を引き出すのはなかなか大変だとわかるぞ」


 ぷにっとした顔がころころと変わる。

 わら人形の時でもなんとなくセクシーなポーズを取っている。

 萌は舌打ちをしてため息をつきながら再び歩いていく。


「えぇ……ていうかあたし本当にこいつと一緒に過ごすの……?やだな……」

「ええい、いい加減覚悟を決めよ。わらわは憧れの人間ライフを満喫するんじゃ」

「あの姿でうろつかれるの普通に腹立つからやめて」

「それじゃわざわざお前に頼った意味がないじゃろ!!」


 わら人形は萌の肩に勝手によじ登る。

 払いのけようとする萌の手をわら人形は華麗によけながら、そういえばと切り出す。


「なあ、わらわに名前をつけてくれ、わら人形じゃ呼びにくいじゃろ」

「え、やだ……自分で好きに名乗ってよ……」

「せっかくなんじゃしつけてくれてもいいじゃろ!」

「やだ、あたしみたいなのがわら人形に名前つけてたらなんか、普通に嫌でしょ」

「そういうとこまだ気にする感覚があるんじゃな……」


 そうして二人は帰路についていく。

 向かうは天照高校に通う退治屋に支給されている寮、月詠寮。

 こうして少女とわら人形の奇妙な共同生活が始まったのであった。

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