第33話 そして幸せに暮らした
『アイテム屋と職人は?』
服屋がやって来た。
「外の準備に回ったよ」
『あいつらの分も作ったのに……』
そう言う服屋は、クリスマスのサンタのような浮かれたファー付きの帽子を持っている。サンタと違うのは、色が青いことくらいだ。私も抵抗したが、無理矢理かぶせられた。
『外の子たちにも着せたい』
「外の子ね……」
祖父が開放した怪物たちは、石像に戻ることなくその辺をうろうろしている。それに加えて、友好的になった使い魔も何体かいるので我が家の周りはカオス状態だ。
『いずれは人外向けのブランドも立ち上げる』
「いいね、夢が大きくて……」
服を着せられている犬の姿を思い、ちょっとげんなりしたが、服屋がとても楽しそうだったので黙っていた。
「すまない! 召喚獣があと二体来ることになって、食材が足りない。少し集めてくる!」
召喚師は腕まくりをしながら言った。彼は、囚われていた間に破った約束の埋め合わせのため、召喚獣に会いまくっている。今回の会にも多数招待していた。なんでも、命を賭けて一緒に戦うためには、普段の付き合いが欠かせないのだそうだ。
「あ、それじゃ魚系がもう少し欲しいな。彩りになる水草も頼むよ」
「分かった」
一番働いているのは、料理人だ。後からどんどん増えていく招待客のためにオードブルを作り続け、並行してメイン料理の下ごしらえもしている。時々速すぎて手元が見えなくなることもあって、私は驚愕した。
「画家、そろそろ医者を起こしてテーブルをセッティングしてくれ」
宿屋が医者の顔をつつきながら言った。
「あら、そうでしたわね」
「できたら声かけてくれ。料理人、仕上げくらいなら俺も手伝うぞ」
その時、職人たちが戻ってきた。
「外にもテーブルを作ったから、そっちにも皿を頼む」
「職人が運んでくれるからお任せよ!」
「お前さんもやるんじゃ」
……まあ、こんな感じでバタバタはしたものの、皆が力を合わせたおかげで、宴の準備が整った。
卓は様変わりしていた。深青の布の上にさらに白いクロスがしいてあり、各々の取り皿と青のナフキンが並ぶ。氷のキャンドルの中で、金色の炎がちらちらと燃えていた。
その間にはびっしりとごちそうが並ぶ。魚あり副菜あり、驚いたことに肉らしきものまで並んでいた。この日のために料理人が作った自家製ワインも、デキャンタの中で輝いていた。
「ということで……開始の合図は私、アイテム屋がつとめまーす」
「「「「「「「お前じゃねえよ」」」」」」」
「ぶーぶー」
私と祖父以外からブーイングをくらって、アイテム屋は不満そうに着席した。
「ごめんね、アイテム屋。今回ばかりは僕が言わなくちゃ。──いやあ、孫って本当に可愛いものですね」
「それ以上ふざけたらしばくよ、じいちゃん」
祖父は咳払いをした。
「みんなのおかげで、こうしてまた集まることができた。僕の不始末で、大変迷惑をかけて申し訳なかった」
穏やかな口調で、祖父が続ける。
「これからしばらく、新しい住民を迎えることはないと思う。ゆっくりでいい、ここにいる面子で、交流を深めていってほしい。──私と孫も、そうするつもりだから」
祖父から視線を送られた。今度は素直に、それに微笑み返す。
「その前哨戦として、今日は存分に飲み食いしようじゃないか。全員、グラスは持ったね?」
室内の全員がうなずく。耳のいいのがいるのか、屋外からも、野太い咆哮が聞こえてきた。
「乾杯!」
「かんぱ──い!!」
祖父の音頭の後、皆がグラスをぶつけあう。そして皆、料理にとりかかった。久しぶりの料理人の本気料理ということもあり、皆の目の輝きが違う。私もなんとか痛む指で、肉を確保した。
「美味しい!」
獣肉のローストは絶品だった。鶏肉のように柔らかくて、臭みは全くない。付け合わせのソースもマスタードのような味で、ワインのつまみに最高だった。アイテム屋が感激のあまり泣いているのが見える。
「こりゃ上物だなあ。誰が集めてきたんだよ?」
医者もローストを頬張りながら、目を細めた。彼はくれくれと騒ぐ祖父の口に、器用に左手で肉を差し出している。
「それは私たちのだ」
「喜んでもらえて何より」
「めりくりやで。あ、違うか」
「グオ」
天井の入り口からヒュドラとドラゴンが、玄関から精霊と雪女がやってきた。いずれも、外で乾杯していた面々だ。
「広くなったな」
「じいちゃんが魔力制御の練習がてら拡張してたら、こうなっちゃいまして」
手からの出力でないと安定しない私と違って、祖父は足からでも頭からでも対象を動かすことができた。館に住んでいたこの人は、もっと広い方がいいだろうと言わんばかりに家をいじりまくり、私の家は倍ほどの大きさになっている。
「ヒュドラがおかわりを欲しがっていてな」
「ぼろぼろになったお前をずっと守っていた忠臣に、報いてやらんか」
「そうだね。誰か頼むよ」
「ではこちらをどうぞ」
画家が素早く、アイテム屋の前の皿を奪い取った。
「あっ、それは次の次の次に食べようと思って、キープしといたやつ」
「あなた、どれだけ卑しいんですのっ」
「……ヒュドラ、ありがたくいただきなさい」
「支配者のオーボーだ──!!」
泣くアイテム屋をよそに、ヒュドラは魚をぺろっと平らげた。
「さっきの肉、美味しかった。氷の山にはこんなのがたくさんいるのかな?」
私が聞くと、精霊は首を横に振った。
「元々はいない。しかし、魔力に惹かれるのか、どこからともなく大きな獣がやってくるのだ」
「使い魔は、もともとそういう獣を排除するために置いていたんだよ」
祖父が言った。
「自殺希望者なんて、そんなに来るものでもないし脅威でもないからね」
言われてみればその通りだ。
「今回は特に美味しいけど」
「支配者が変わったからだろうな」
色っぽい人魚にまとわりつかれながら、召喚師が言った。
「主が変わって、放出する魔力の質が変わった。魔術師の出す魔力は、俺から見ても非常にはっきりしている。獣も惹かれやすいんだろう」
「要は美味しそうな餌なんだよね、僕の魔力」
祖父は嫌そうな顔になった。
「いいじゃないか。寄ってきたヤツを孫と一緒に借りに行けば」
「…………」
祖父は「ちょっとありだな」みたいな顔になった。
「たきつけないで、召喚師。まだ怪我が治ってないんだから」
「先の話だ。お前も、治ったら新しい召喚獣と話をしてみるといい。良好な関係が築ければ、必ず力になるだろう」
「考えておくよ」
今度会うとしたら、アイテム屋の鷲のように飛べる子もいいかもしれない。いや、蝶のあれも綺麗でよかったな。
「いい話じゃないか。そうしたら、新しくなった俺のトラップルームを試してくれ」
「儂が完全協力したから、より凶悪になってるぞ!」
「知りたくなかったな、それ……」
私が思いきり引いていると、服屋が私の袖を引いた。
『それなら、ガードベストの素材について提案が』
「行かないよ。なんで行く前提なの?」
「頑張れよ、骨は拾ってやるから」
「お墓はゴージャスにしてあげるね」
医者とアイテム屋は、自分たちに火の粉が飛んでこないよう必死だ。
「あら、私の絵のモデルをしていただく方が先ですわよ。あなたの肖像画だけ、まだないんですもの」
「そうだね!!」
私は少しでも安全そうなほうに、全力で飛びついた。
「良かった。では、三日ほど連続で付き合っていただけますわね?」
「フギャッ!?」
今までずっと大人しく魚を食べていた猫が、抗議のような悲鳴をあげた。
「集中して描かないと、良い物になりませんもの。半死人には、睡眠もご不浄も必要ないですから」
「いや、メンタルが持たないって……」
芸術家をナメてはいけない。私は深く反省した。
「……僕は最後でいいから、暇になったら一緒に料理しようね」
「私の天使、喜んで」
料理人が私の癒やしだ。
「ははは、やることがいっぱいだね」
祖父が笑う。確かにそうだ。中には大変そうな予定もあるけれど、外の世界で出社前に感じていたような胃の重さはない。
──いつぶりだろう。明日が楽しみだ、なんて風に考えられるのなんて。
「ニャー」
猫が祖父の横から離れて、私の方に寄ってきた。
「分かってるよ。お前と遊ぶ時間も、ちゃんととっておくさ」
「ニャ」
ひとりと一匹から始まった生活が、すっかり賑やかになった。それでも、変わらないぬくもりもある。
「おいで」
私が声をかけると、猫は迷うことなく膝の上に乗ってきた。
水面の底でスローライフ~生きるのが嫌なんじゃない、働くのが嫌なんだ。今度は自分のために生きると決めた男の物語~ 刀綱一實 @sitina77
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