第32話 思わず漏れ出た
「あんたはうまくやろうとしたが、社長の甥が騒ぎ出して問題が表面化したんでしたっけ。世間の非難を浴びて行方をくらましたまでは知ってましたけど、まさかここにいるとはねえ」
「それはそれは」
祖父の顔に、軽蔑の色が浮かんだ。
「……何も知らない連中は、相変わらず好き勝手言ってくれるな」
その身を炎に包みながら、魔術師は怒りをあらわにした。
「あれは俺のものだ。俺が大きくした、力を注いでやった、俺のものだ。なのに、結局は血縁があるヤツが全て持っていくという」
魔術師は両の拳を握り締めた。
「その時の絶望が、お前に分かるか。終わると思っていた道が、険しくなってまた続くと分かった時の気持ちが。絶対にこれでは終わらないと思った」
「なるほどね。それで、なんとか湖までは辿り着いたわけか」
祖父が皮肉っぽい口調で言った。
「君はあまりにも怯えていた。自殺したいのかどうかもわからない。僕は、生きていたい人間は半死人にしないからね。回復するまでうちに置くことにしたわけだが……あれは、僕がここに来てから初めて犯したミスだった。君がそんな事件を起こしていたと知っていたら、決して助けなんかしなかったよ」
祖父が言うと、魔術師が鼻を鳴らした。
「そうだな。終わりの方は、なんとなく気付いていた様子だったが」
「君と話していると気分が悪くてね。距離をとろうとしたら、なんとまあ殺されかけて今に至る」
「同じミスは二度しない。ここではそうならない、俺が俺のまま生きていけるように王様になろうと願っていたのに」
魔術師はそこまで言って、私をにらんだ。
「──その道も、お前に邪魔されたわけだがな。仕方がないから一緒に死んで」
「いや、やるんなら一人で死ねよ」
私は珍しく、反射的に言い返していた。
「俺のものだって言うのは嘘でしょ。本当は周りに人がいてちやほやしてほしいのに自分の魅力じゃつなぎ止められなかったから、力ずくで引きずりこもうとして失敗したんじゃないですか?」
こいつは弱虫だ。本当は受け入れてもらいたいくせに素直になれず、思い通りにならなければ浅ましく道連れを求める。そんなヤツに人望があったとは思えない。
「違う」
「私の言うことが間違ってない、俺は孤高の王様だというなら、今度こそ一人で死んで見せてくださいよ。この熱と炎、自分に向ければすぐに死ねるでしょ?」
私は腕に力をこめながら言った。
「迷惑なんで、さっさと決めてください」
長い間、私は魔術師の返事を待った。手がじりじり焦げてきても、私は待った。
不意に、熱と炎が消えたのを感じる。──しかし、魔術師が死んだわけではなかった。バリアを食い破って、一匹の鼠が逃げていく。「こんなはずじゃなかった」というつぶやきが、風に乗って聞こえてきた。
「やれやれ。もう二度と戻ってくるんじゃないよ」
祖父がつぶやく。それが、長い戦いの終わりだった。
「さ、勝利の記念撮影をしよう。記念碑も作らなきゃね」
「いや、ダメでしょう」
精霊たちを体に乗せながら、ドラゴンが言った。
「そんなことしてたら、そのままここが墓になりそうですからね。ほら、聞こえません? あの音」
「音って……」
「確かに、ミシミシとかバキバキとか穏やかじゃない音が聞こえるねえ。これって、まさか」
「ボヤっとするな……館が崩れるぞ……」
精霊の声で、我に返った。私たちは瓦礫をあびながら、崩れゆく屋敷から全速力で逃げ出した。
偽物が死んでから、もう二週間がたつ。私は祖父との関係を告白し、皆をひどく驚かせた。びくともしなかったのはドラゴンと精霊たち。精霊は自分たちを守ってくれた祖父を慕っており、私のことも血縁だとすぐ見抜いていた様子だ。
そうなっても、魔術師の孫だからといって恐れられることも崇められることもなく、私は自分の家で生活していた。
あれからさらに改造され、快適になった自宅。しかしその心安まるはずの空間で、私は困っていた。
「ニャーン」
「はいはい、抱っこはもうちょっと待ってね」
足元にまつわりつく猫をあやしながら、私はため息をついた。怪我がひどかった時には見守るようにしていることが多かったが、最近ようやくじゃれついてくるようになった。
最近ほったらかしだったからかまってやりたい気持ちはあるのだが、両手が包帯グルグルの状態ではどうしようもない。
「まだ包帯、取れないんですか?」
「無理言うんじゃねえよ。俺の薬じゃこれが限界だわ。悔しかったら、自分で回復魔法のひとつも身につけてみるんだな」
医者に背中を叩かれて、私はうめき声をもらした。
「患者ギャクタイ……」
「うるせえ。全く、爺さんと同じで可愛げがねえこと」
そう言って医者はそっぽを向いた。その視線の先には、私より包帯グルグル巻きで、指すら見えなくなった祖父が居る。
「心外だなあ。僕だって頑張ったのに」
「そりゃあの時はありがたかったさ。けど、治療の度にもっとうまく巻けだの薬がしみるだの言われたら、嫌にもなるだろ」
「悪かったね。正直なのさ。しかし、そんな君には朗報があるんだが」
「は?」
「こちら、元の姿に戻った宿屋です」
「ホンゲラベルタ──!!」
「人間の言葉を取り戻したまえ」
祖父の後ろに、可憐な美少女に戻った宿屋が立っていた。不本意らしく仏頂面をしているが、それでも十分かわいらしいのがすごい。
「呪い、とけたんですか」
「呪いっていうか、あれは僕がかけた魔術だからね。僕が怪我で弱ってるから、一時的に元に戻ってるんだよ」
「ずっとといたままにしてエエエエエ」
「それは、君のこれからの献身しだいだな」
「わかりましたアアア」
医者は祖父に向かって最敬礼し、そのまま宿屋に向かって突進する。
「ガード」
「ふべっ」
危なそうだったので、宿屋の周りにバリアを張って置いた。医者はそれに当たって気絶する。
「大丈夫だよ、もうちょっとしたらまたかけるから。今度は、もっとしっかりしたやつにしとくね」
「頼む。俺の身の安全のためにも」
宿屋が答える。普段からそうだからなのか、女の姿になっても男言葉のままだ。
「全く、しょうがない人ですわね。でも、人が気絶した顔って珍しい……」
画家がどこからともなくやってきて、スケッチをとりはじめた。熱心にやっているので、私にも止められない。
医者は相当情けない顔で画面におさまっていたが、後から捨てろと言っても無駄だろう。南無三。
「あーあ。祝勝会なのに、気絶しちゃってさあ。準備、手伝いなさいよ」
そうのたまうアイテム屋は、寝そべってポテトチップス(もどき)をボリボリむさぼっている。安定してるな、この人も。
「……お前さんも、人のことが言えたものか。美味い酒が飲みたかったら、働け」
「えー、永遠に猫とダラダラしてたいよー」
「その猫は逃げていったじゃろ。ほら、来い」
ゴネていたアイテム屋も職人には勝てず、引きずられていった。最後まで怪我人の私をうらやましそうに見つめているのがさすがだ。
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