第31話 カウントダウンが始まった

「聞いてないんですけどー」

「「だってアイテム屋、顔に出るし」」

「二人でハモらないでよ、腹立つな!!」


 アイテム屋は額に青筋をたてる。そしてそれと同じくらい、医者も怒っていた。


「ひどい目にあったぞ、全く! この野郎が魔術でどんどん泥や水を飛ばしてくるから、俺はこの有様だ」

「お兄さんの顔、ほんまに面白いえ」


 くすくす笑いながら、雪女も姿を現す。当然というかなんというか、彼女も無傷だった。


「気合いが入っとるな」

「当然だよ、ようやくあいつをボコボコにできる」


 祖父はそう言って宙に浮き、魔術師を見下ろした。


「うん、やっぱりこうじゃなくちゃ。倒れた時に君に見下ろされたの、すっごく悔しかったんだよね。どう? やり返される気分は」


 我が祖父ながら、本当にいい性格をしていると思う。


「ぐ……」


 魔術師は穴から抜け出そうともがいているが、なかなかうまくいかなかった。


「力ずくで抜けようとしても無駄だよ。動きを封じる魔術を、大量に使ってるから」


 悪魔のような笑みを浮かべる祖父を、魔術師がにらんだ。


「甘くみるな。魔力量なら、貴様と俺は互角だ」

「量だけならね。君、僕と違って魔術発動が遅いんだよ。要は、スキルが低いのさ。変身だって一瞬でできやしないだろ。そっちが抜ける術を一つうつ間に、僕は二も三も鎖で縛る」


 図星をつかれたのか、魔術師が言葉に詰まった。


「不意打ちの時は良かったけどね、今は状況が違う。僕の魔術を、たっぷり味わうんだね」

「……もう忘れたのか? この館にいるのは、お前だけじゃない。石像の怪物、そのストックはまだ残っている」


 玄関にずらっと並んでいた石像を思い出して、私は身震いした。あれが全部、動き出したとしたら。


「──あー、あれね」

「そうだ、あれだ。こつこつ従えてきた怪物たちに、裏切られる絶望を知るがいい」


 魔術師は笑い出した。今にも石像がやってくる、と言わんばかりの態度に、私たちは身構える。


 しかし、祖父たちは頭をかいたり口笛を吹いたり、意味深に笑ったりしていた。


「……一つ聞くけど、なんで『今』怪物の話を持ち出すんだい?」


 祖父が口火を切った。


「なに?」

「投入するなら、どう考えてもちょっと前の乱戦の時でしょ。数が多い方が有利になる状況で、なんで出し惜しんだの?」


 魔術師は何かいいかけて、あわててやめた。


「制御できないんでしょ、君には。だから今まで石にしておくしかなかった。それなのにハッタリに使うなんて、君もつくづくセコいね」

「……その石像やけど、もう全部元に戻ったえ。このお兄さんが命じたら、一瞬やったわあ」


 雪女が実に楽しそうに、相手の傷口に砂を塗る。


「戻った奴らの大半は、お前を逃がさないように外で見張ってるぜ。あんまりにも怒り狂ってた奴らは、ちょっと薬で眠ってもらったけどな」

「君の薬はよく効いたね」

「今んとこ、これくらいしか出番が無くて申し訳ございやせん」


 医者は腰に手を当てながら、魔術師に向き直った。


「んで、次は何を仕掛けてくるのかね。ここらで降参しといた方が得策だと思うけど」


 魔術師は低く唸った。もはや打つ手なし。私たちはそう思った。


 彼がこうつぶやくまでは。


「……これだけは、最後に残しておいて良かったよ」


 笑いと共に、魔術師の全身が赤く染まっていく。


「まさか!」


 祖父がここにきて、はじめて焦りを見せた。彼が手を前方にかざすと、動きに呼応して半円形のバリアが魔術師を覆う。


「何する気なの、あいつ!?」

「自爆だよ」


 祖父が言った言葉は短かったが、抜群のインパクトがあった。皆の表情が強張る。


「じゃあ、あのバリアが破れたら──」

「死ぬよ、全員」


 祖父が重々しく言った。


「召喚師、お前さんも加勢できんか!?」

「盾は作れるが、全員が入れるほど大きな物は無理だ!」

「せ、精霊たちは!?」


 アイテム屋が、泣きそうな顔で振り返った。


「……私たちが、最も苦手とする相手だ」

「室内の温度が、上がってきている。自爆は熱と炎を産む、私たちでもどこまでもつか」

「そんな──」

「揉めている場合ではございませんわ!」


 アイテム屋の悲鳴にかぶさるように、画家の通信が入った。


「自爆を食い止めているうちに、動ける人は外に出て! 衝撃が届かないところまで、誘導します!」


 画家はそこで一旦言葉を切った。


「……これで、よろしいのでしょう? 魔術師」

「ああ、頼むよ」


 祖父がうなずく。


「僕、この系統の呪文はあんまり得意じゃないからね。万が一が起こるかもしれないし」


 冗談っぽく言っているが、祖父は本気だった。


「雪女、皆と一緒にお行き。私たちは最後まで残る」

「でも、うち……」

「言う通りにせよ。ぐずぐずして魔術師の足を引っ張るな」


 精霊にぴしゃりと言われ、雪女は黙って下を向いた。


「……そうしよう。皆、ヤツの思いを無駄にするな」


 職人が指示を出した。精霊が彼を見て、微笑む。


「運が良ければまた会おう、半死人ども」


 皆が次々と踵を返す。そんな中、最後までホールにいたのはアイテム屋だった。


「あんたねえ……普段格好良くないくせに、こんな時だけ格好つけてんじゃないわよ、バカ」


 そう言い捨てて、泣きそうな顔で彼女は出口へ向かう。私はゆっくりと、アイテム屋の後に続いた。


 ホールを出たところで、アイテム屋が走り出す。彼女は足が速いので、あっという間に見えなくなった。


「追いかけなくていいんですか」

「今追いつくと、最高に機嫌悪いと思うんでやめとく。逃げないの?」

「みんな一緒にというのは嫌いです」

「はは、さすがコミュ障」


 ホールの外に居たドラゴンと会話し、私は立ち止まった。


「……一つ聞いてもいい? 魔術って、どうやったら使えるの」

「やり方だけなら知っていますよ。ただし、魔術を制御できるかはその者次第」


 ドラゴンはそう言って、私をねめつけた。


「魔術師の身内でしょう、あなた」

「よく分かったね」

「においが似ています。遺伝的な素質はあると思いますが……失敗しても、悔やまない覚悟はありますか」

「うん」


 うなずくついでに、私はこう言い添えた。


「それだけでなく、勝算も」




「うわっ……」


 ドラゴンと共に再びホールに戻ると、そこは灼熱地獄と化していた。本で守られていても、精霊たちが美しい顔を歪めている。


「なぜ……戻ってきた!」


 祖父はもっと余裕がなさそうだった。たった一人で膨大なエネルギーを抑えているせいか、額からは汗がしたたっている。そして、彼が差し出した手は、肘から先が真っ赤に腫れ上がっていた。


「助けに戻ってきた孫に、そんな言い方はないでしょ」


 私はドラゴンに教えてもらった通り、胸の前に手を伸ばす。やり方を聞いたときは半信半疑だったが、今になるとよく分かった。


 私の中に、エネルギーがたまっている。目に見えるわけではなく、ただそうなっているという感覚があった。


 自分の中で粘土のようにぐねぐねしているエネルギーを、一定の形にまとめるイメージ。今は、祖父がやっているような半円形がいいだろう。それを、祖父の物より内側へ。


「動揺したな、先代!」


 完成したと同時に、祖父のバリアが吹き飛んだ。轟音とともに、熱波がもろに私のバリアにかかってくる。


 祖父が私を見た。


「無理するな! 明人もこうなるぞ!」


 しかし私のバリアは、びくともせずにそこにあった。


「……ちょっとひりひりするけど、まだ大丈夫」


 それは強がりではなく事実だった。


「私の方が、防御については得意。そう言ったの、じいちゃんだろうが」

「う……」

「それに、今からもっと楽になるよ」


 私はそう言って、魔術師に向き直った。


「ああ、そうそう。思い出しましたよ、あんたの正体。……三年前、世話になった社長が亡くなったのをいいことに、会社を乗っ取ろうとした犯人でしたっけ?」


 魔術師の頬が、それを聞いてわずかにひきつった。

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