第30話 全員集合した
「なにを、する……」
「うるさい人ですね。さっきは怒りのあまり我を忘れましたが、改めて言います。身内を殺した相手の言うこと信じるほど、私は呆けてないんですよ」
鼻血をぬぐう魔術師に向かって、私は吐き捨てた。
自分に攻撃魔術の素養があれば良かったのに。今こそそう思う。そうだったら、思い切りぶっ飛ばしてやれたのに。
「……そうかい、残念だよ」
魔術師の瞳が不気味にきらめいた。彼の肩がつり上がり、体が不自然にふくれ上がっていく。今にも高い天井に頭がつきそうな、巨大な悪魔が姿を現した。コウモリのような翼に漆黒の肌を持つ怪物は、怒りをこめて私を見下している。
「自分が怪物になるパターンですか。芸がないですね」
煽ってやると、魔術師が口を開けて吠えた。空中に、無数の大剣が現れる。それはいずれも、鋭い切っ先を私たちに向けていた。
「すぐには殺さない。壁に磔のように縫い止め、死んだ方がましだと散々わめくように切り刻んでやるよ」
「本物もそうやって殺したんですか?」
私が問いかけると、魔術師は勝ち誇ったように笑った。
「残念ながら、ヤツに時間を与えるわけにはいかなかったんでね。最大魔術で吹き飛んでもらった」
「そうですか。だったら今回も、そうすればいいんじゃないですか?」
「君らは僕を怒らせた。これは、その結果だよ」
魔術師はそう言って、腕をふりかぶった。剣が一斉に降下をはじめる。
「……しかしこちらも、準備はできておる」
職人の声がした。
「トラップ起動!」
職人の声と共に、部屋の四方から蔦が伸びてくる。それは降ってくる剣を絡め取り、空中に押しとどめた。
「思ったより切れ味が悪いのう。作り手の意識の問題じゃな」
職人がうそぶいた。
「一体どこから沸いて出た、貴様!?」
「派手な三人の横からこっそりとな。ここに入ってからは常に騎士の鎧の隙間におったから、誰も気付かんかった」
蜥蜴がいなくなってから、騎士は部屋の中をうろうろしていた。あれは職人が指示を出して、トラップを備え付けていたのか。
「さあ騎士よ、もう儂のお守りはいらん。存分に、あいつをぶちのめしてこい」
騎士は職人を下ろすと、大剣を振りかざして魔術師に向かって行った。
「当たるか!」
図体の割に素早い魔術師は、それをかわす。それでも騎士は、攻撃をやめようとはしなかった。
「加勢する、いくよ!」
私は犬に声をかける。犬の火球で目くらましをしている間に、私は必死に床に目をこらす。
動いている。服屋の糸だ。そう、通信はもう回復している。
魔術師が私たちに気をとられて、妨害をする余裕がなくなっていたのだ。画家が画面を見て安全な場所を見つけ、服屋がそれを糸で教えてくれる。……シュミレーションの通りだった。
宿屋と料理人もそれに気付いていて、二人で一緒に避難している。
「ちょこまかと!!」
魔術師に攻撃をよけられっぱなしの騎士の剣が、床をたたく。苛々している騎士を見て、魔術師は不敵に笑っていた。
私は上を見る。蔦でとどまっていた剣が、身をよじるように動いていた。
「ヤツに余裕を与えるな!」
「分かってるよ!」
職人の声に、召喚師が応える。召喚師は新たに何かを呼び出そうとしていた。その間に、私は魔術師の足元まできていた。
「その短剣で足でも切って、動きを止めようというのか?」
頭上から突然、声をかけられた。
「小賢しい!!」
強烈な気迫と共に、私の体は吹き飛ばされた。強烈な風に煽られて、呼吸すら苦しくなる。
「うっ……」
軽く数十メートルはとばされて、私は背中を打った。喧嘩なんてまともにしたことがないから、しばらく立ち上がることもできなかった。
「全く、非力な者の考える事はいつも同じだな。いつもいつも、うんざりする」
魔術師はそう言って、召喚師の方を見た。
「お前もそうだったな? それで結局捕まる結果になったわけだが」
召喚師は眉間に皺を寄せたが、何も言い返さなかった。
私はその間に体を起こす。バカにされたままでは、終われない。
弱い者は、そのままでは勝てない。だから、策をいくつも重ねる。偶然も必然も、利用して。
吹っ飛ばされる直前に、無理矢理つかんだ水晶球。それを、アイテム屋に向かって投げた。
「──頼む!」
受け取った彼女は、心得たように叫ぶ。
「出てこい!」
再び現れた鷲が、私の首筋をつかんで飛び上がる。そのまま魔術師の攻撃をかいくぐり、背中側に出た。
チャンスは一回しかない。私は短刀で魔術師の翼に切りつけ、ざっくりとその大半を切り落とした。
「まだまだ……」
さらに攻撃を加えようとした私の目の前で、魔術師の体が動いた。
攻撃を防ごうと突き出した短刀が、目の前で折れる。幸い鷲が急旋回で回避してくれたので、致命傷は負わなかった。
鷲と共に、アイテム屋のところまで戻る。
「どうよ、この完璧な流れ。まるで始めから何もかも分かっていたかのような、サポート」
絶対に何も考えていなかったヤツが、策士の顔をして語っている。
「あの短剣、秘められた正義の力的なものが宿ってるんでしょ? 致命傷になるんでしょ? それを刺すサポートしたってことで、私がMVPもらっちゃっていい?」
「邪魔だったからなしで」
まさか水晶を渡してくるとは思わなかった。おかげで拾いに行く羽目になったのに、寝言はたいがいにしてほしい。
「で、どうなの? そろそろ苦しみ出してくるころなの?」
アイテム屋がワクワクした顔をしていると、氷の精霊が本当に嫌そうな顔をした。
「何もないぞ」
「え?」
「そんなご大層なものはない。ちょっと魔力がこもっていて切れ味があるが、それ以上のものじゃない」
「それはつまり……」
アイテム屋の顔が蒼白になったと同時に、魔術師の高笑いがおこった。
「必死に裏をかいて、この程度か? 全く、弱いというのは罪なものだな」
「それはどうかな。この隙に、お前の攻め手も封じさせてもらったぞ」
精霊が上を指さす。見ると、蔦と一緒に剣が氷付けになっていた。こちらも攻めの一手を欠くが、魔術師も脅しが通じなくなったのだから痛み分けだ。
「甘い。こちらはまだ、無数の攻め手がある!」
魔術師が走り出した。
「それはこちらも同じ事」
水が再び、室内に流れこんでくる。氷の精霊がそれを凍らせ、魔術師の全身を包み込んだ。
「しゃらくさい!」
「なに!?」
しかし魔術師は、その氷の中から手足を突き出してきた。氷を体につけたまま、精霊たちに向かって行く。
「召喚師! 職人! 宿屋!」
アイテム屋が叫ぶが、誰もその場から動こうとしない。涼しい顔をして、三人が口を開いた。
「心配するな」
「何もしなくていいんじゃよ」
「──やるべきことは、全部済ませた」
その言葉と同時に、ホールの床が音をたてて崩れ落ちた。
「ぐあっ!!」
翼を失った魔術師は回避できず、その穴にはまりこむ。なまじ体が大きい分、落ちきることもできずもがいていた。
「……なるほどね。やけに騎士が攻撃外してると思ったら、これが狙いかあ」
「そう。床を一定のところまで削って、あいつが乗ったら崩れるようにした。氷漬けたのも翼を切ったのもこのため」
「即興でよくそこまでできたわね。……あれ、この屋敷、地下はないはずじゃ?」
「掘ったんだよ。雪女が君たちの声を聞いていたから、その真下をね。それに即興じゃなく、作戦の一つとして考えてた」
祖父が姿を現した。その後ろに、泥まみれになった医者が続く。
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