笑うことはいい事だ。幸せは自分の手で掴みなさい^_^
下山中、伊吹は言った。
「九尾さん、あれで良かったの?」
九尾は沈み行く日を目を細めながらも眺めた。
陰が落ち始める。
「あれで、良かったかはどうかは分からない。
本体が報われたかどうかというと報われていない
のかもしれない。本体が掴む筈だった、掴み
たかった幸せは全て俺が奪った。だから、恨んで
いると」
これ以上の幸せは望めない。本体への罪悪感の
様な感情が彼の中にあるからだ。いや、この
幸せも本来は手放すべきなのだろうけど。
「そう思うの? 俺は勝手に幸せになって
も良いと思うよ。あんたが自分の手で掴んだ
幸せなんだから。本体の方に罪悪感があるの
なら、その分まで幸せに浸かるしか無いよ。
だって、勝手に幸せを奪っといてそれを放棄する
のが一番その方に失礼なんじゃない? 本体の
方の幸せは生まれ変わってからか、そうでは無い
のか。俺達には知る事は出来ないけれど願うしか
無いよ」
全くもって伊吹の言葉は正しかった。ずっと
脳内で反芻している。馬鹿な子供なのに時々
至極真っ当な言葉を吐いて来る。それが、彼の
魅力の一つなんだろう。
「そうだな、頭のねじが何本か抜けている
お前にしては良い言葉だ」
だからだろうか。こんなふざけた言葉も軽々
出て来る。
「え、頭のねじ抜けてないからね?! 雪花も
真面目に受け取るなよ!?」
真面目に返すものだから笑いを堪え切れなく
なる。ああ、こんなに笑ったのはいつ振り
だろうか。いつの間にか封じ込めていた。
笑ってもいけないと。でも、もう良いんだ。
笑っても、幸せになっても。
「有難う」
自然と、青年へ伝えていた。ぬるい風が祝福
してくれているのか吹いた。
数日後、妖護屋内は普段以上に騒がしかった。
何故かというと……
「だから、俺はここの従業員なんだってば!
良い加減理解してくれるかな?!」
「従業員は俺と烏天狗だけで十分だ。お前
こそ、伊吹を脅してなったんじゃ無い
のか?」
ああ、何度目だろうこれ。遠い目をしながら
伊吹は言い争いをする茨木童子と雪花の姿を
眺めていた。帰って来た途端、これだ。
本当、別に従業員なんて何人でも良いのに。
そう伝えたいが、言うと言い争いが加速する
気がするので口を噤む。
仕方ない、その場から立って勝手所へ足を
運ぶ。桶にわらび粉を入れ、水を少しづつ
加え、粉の塊を指で固く握って潰しながら
溶かしていく。それをざるに流しながら
鍋に入れ、火にかける前に上白糖を加え、
溶かす。鍋を中火にかけ、木ベラでかけ混ぜ
ながら煮る。生地が半透明になり、艶が出て
強い練りが出て来るまで混ぜ続ける。
それをきな粉を敷いた皿に移し、満遍なく
きな粉をまぶす。常温に置き、冷えたら
完成だ。仕上げに黒蜜をお好みにかけても
良い。ふぅ、と、伊吹は額の汗を拭う。
「我ながら良くできたわ。店にも出せる
くらい見た目良くない?」
甘味の中で最も好きなものがわらび餅なのだ。
店で売っているものはいかせん高い。だったら、
自分で作った方が良いと考え、作り始めたのだ。
一口、口に入れていく。
「ううん! 美味しいぃ~」
頬が蕩けそうだ。すると、匂いを嗅ぎ付けたのか
先程まで口論していた茨木童子と雪花が目を
輝かせてやって来た。
「あげねぇぞ、これは俺のだ」
後ろに隠し、威嚇する。これだけは誰にも
取られたくはない。
「意地っ張りだなぁ」
「食べないんだったら、あんたらの分、何か
作ってあげるよ。可哀想だし」
何が良いと尋ねると、彼等は何でも良いと
答えた。それが一番困る返答なのに、だ。
「じゃあ、羊羹で良いや」
面倒だし。上白糖と寒天を煮ながら溶かす。
水、上白糖、粉寒天を入れ、中火で混ぜながら
再び溶かす。餡を加えて煮詰める。火を弱め、
餡を加え、木箆でよく混ぜ溶かす。再び中火に
し、混ぜながら煮る。フツフツと泡が出始めれば
弱火にし、混ぜ続ける。焦げないよう満遍なく
混ぜる。木篦で鍋底をなぞり、餡がゆっくり戻る
くらいの固さになれば火を止め、容器に入れ、
一刻程冷やし、容器を逆さまにし、皿に乗せれば
完成だ。
「おおー!」
出来上がった羊羹を見て歓声が上がる。大袈裟
過ぎだ。まぁ、料理が出来ない彼等からすれば
凄いのだろうけど。
「ほら、食べてみ?」
二人は、楊枝を手にし、羊羹を刺し、口元へ運ぶ。
「っ美味い!」
「店のと似てる味だ」
「だろ? 工夫したんだよ、研究を重ねてな」
照れながら自身も羊羹を食べていく。今度は
水羊羹を作ってみようかなと、思案していた。
すると、そういえばと雪花は思い出した。
「あの後、九尾はどうなったんだ?」
「ああ、九尾さんは自分の居場所へ戻って行った
よ。胸を焦す程温かい所へ」
意味深しげな伊吹の笑みに何かを察した雪花も
首を横に傾げながら笑う。あの場所は、自分達に
とっても故郷だ。その故郷へ戻っているのなら
安心だ。
「そっか、なら良かった。あの人が幸せを
受け入れられて」
それが結果的に良い結末なのだろう。誰にとって
も。それは、九尾の本体にとっても。
「皆が皆、心から幸せを甘受出来る訳じゃ無い
から。幸せを受け入れられるのは愛されている人
だけだと俺は思ってる。最初から不幸な人には
訪れた幸せは受け入れられない。ちゃんと、周りに
愛してくれる人がいなきゃ。九尾さんの場合は、
嵐山の皆がいてくれたから受け入れられた事だよ」
伊吹の言葉を聞いた雪花はそっかと頷く。
「ま、馬鹿で阿呆なお前を受け入れてくれる
素敵な女性が現れて幸せにして貰えると良いな」
「え、半分悪口だよね?」
伊吹を無視して、雪花は羊羹を食べ続ける。
「ねぇ? ちょっとー!」
涙目になった伊吹に茨木童子は苦笑いし、
頭を撫でた。優しい手つきだ。
「はいはい、褒めてるから。拗ねるな」
「拗ねてない。餓鬼扱いすんな」
「そっくりそのまま返すぞ」
雪花が即座に伊吹へ返す。
「うっせえ、糞野郎。俺より背高く
すんなや」
「ごめん、遺伝だ」
糞真面目に言った。
妖護屋 雛倉弥生 @Yuzuha331
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。妖護屋の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます