熱い想いを赤いあなたに

けい

本編


 人里離れた境内の真ん中で、冬に近づく厳しい風を受けながら、木田 恒光(きだ つねみつ)は缶コーヒーをぐいと飲み干した。

「さっぶ……」

 暖かいコーヒーが喉をするりと滑り落ちる感触を感じながら、思わず出た言葉に引き摺られるようにコートの襟を正す。

 空になった缶を座っていた社に近い石畳の上に置き、空いた手を摩ってからコートのポケットに突っ込む。

 頭上から落ちる燃えるような紅の葉が、ぱらぱらと石畳の上で踊る。その音の中に、混ざる、微かな足音。

 近づいて来る足音が、ようやく石階段を上りきった。落ち着いたダークブラウンの髪の毛が顔を出して、恒光と同じくスーツ姿の女性が現れる。

「ごめん、遅なった」

 息を切らしながらそう言って笑顔を見せる彼女の名は田沼 楓貴子(たぬま ふきこ)。恒光の同い年の幼馴染で、勤務している職場も同じ。おまけに同じ営業職で大阪支店勤務である。

「さすがは来月の売り上げナンバーワンが確実な『狸さん』は違うなぁ」

 少しばかり嫌味を言ってやるのは、許して欲しい。恒光の心情等お見通しの楓貴子も、案の定曖昧な笑みを浮かべている。

「そんなん、しゃーないやん。来月の十二月は年越しそばのための『緑のたぬき』ってキラー商品が『狸部隊』にはあるんやもん」

「ええよなー。俺ら『狐部隊』はそういうイベント事なんもないねんぞ? ボーナスええもんもらってるんやろなー」

「ないない。『赤いきつね』と一緒一緒」

「ほんまかいな」

「そんなん言うて、『紺のきつね』あるやんか。ってか、そんな愚痴言いに“ここ”来た訳ちゃうやろ? そろそろこんな“堅苦しい恰好”やめようや」

 愚痴が止まらない恒光に呆れた様子の楓貴子が、寒々しい気温にも関わらず羽織っていたジャケットを脱ぐ。

「今週の掃除は俺が当番やったからな。ちゃんと先に来てやっといたわ」

 そう言いながら恒光もコートを脱ぎ、ポンと音を立てて“変化”を解く。

 ぐるりと宙を舞う間に狐の姿に“戻った”恒光。その目の前には狸の姿に“戻った”楓貴子。

 二人――二匹は幼馴染の狐と狸だ。妖力を持った化け狐と化け狸で、この場所、今は打ち捨てられた神社にて育ったのだ。

 幼い頃はまだ宮司がいたため、二匹は人間の愛情を注がれて育っていた。その為、宮司がいつも食べていた『食べ物』にはとても興味が湧いていたし、それが『お湯があればあとはすぐに出来る』簡単なものだというのを知った時には、とても驚いたのだった。

 最初の変化を行った理由も宮司があまりにもその『食べ物』を美味しそうに食べるからだった。あつあつの麺類は獣の手足では食べることが出来ないので、道具を使える人間に化けようとしたのだ。

 その目論見は上手く行き、二匹は宮司の目を盗んでは時々“美味しい秘密”を共有したのだ。その味の虜になった二匹は、そのまま大人になって、人間社会に――その会社に溶け込んだ。

 新入社員として入社して、もう数年経つ。二匹はなんの運命の悪戯か、互いの種と名前を同じくする看板商品の営業担当をすることになったのだ。

 生まれ育った京の都からは支店は離れてしまったが、おふくろの味ならぬ思い出の味である商品の会社なのだ。むしろ望むところだった。

 幸い営業エリアとして外回りの通り道に組み込まれてはいたので、昼休憩の時間を合わせて、二匹は時たま二県隣のこの神社まで、掃除も兼ねて“休憩”のために訪れていたのだ。

「あー、もう足痛いわ。営業車にGPSなんてホンマ、人間の科学技術は凄いけど困るわ」

「さすがに俺ら二人で同じ場所に営業車停める訳にはいかんしな。この前も事務の子らに『田沼さんと仲良いですね』とか言われたし」

「私も、先輩らに『木田くんとはいつ結婚するん?』って聞かれて、つい『結婚は種族が違うんで』って言ってもてさ……」

「あー? だから俺、最近『狸部隊』の奴らから同情みたいな目で見られてんの? いやいや、それ多分みんな『純粋な悪口』にしか思ってないって」

 マジかー、と随分短くなった手――いや、前足で顔を覆うふりをすると、楓貴子も力なく頭を下げる。

「いきなりやってんもん……それより、『狐部隊』は一発逆転の秘策、考えなあかんのちゃうん?」

「せやせや! それも考えよう思ってここに来たんやった」

 わざわざこの場所に二匹で訪れた理由を思い出して、まだしょげている楓貴子の肩を前足でぽんぽんと優しく叩く。

「確かに俺らは子供は難しいやろけど、人間の言うところの事実婚みたいなことは出来るんやし」

 な? と笑ってやると、ようやく楓貴子も顔を上げてくれた。

「うん、せやんね。『後世にこの味を受け継ぎたい』って、なにも……自分の子供だけが後世じゃないもんな」

「そうやで! 同僚の子でもエエやん! お隣のアホガキでもエエやん! とにかくこの味が途切れんようにしてやったら、俺らみたいに『この味に救われる』奴がおるかもしれんねんから」

「……種族が違っても心から結ばれるカップルが出来たり?」

「なんか俺らでラブラブな商品企画するかー?」

 ようやく笑顔を見せた楓貴子にそう言って笑い掛けると、彼女も幸せそうに声を上げて笑う。

「かまぼこにハートでも混ぜ込む?」

「いや、それやったらよくある菓子と一緒や! この際、指輪のマークとか!」

 どやっと犬歯を剥き出しにして笑う恒光に、楓貴子も「カップ麺でプロポーズとか!」とケタケタと笑おうとして――その前足に恒光の“手”が添えられていることに気付く。

 くるりと宙を舞って変化して、片膝をついた恒光に、息を呑む楓貴子。コートを脱いだ恒光は、選び抜いたスーツに負けない笑顔で想いを伝える。

「さっきも言うたように、人間らの事実婚の真似事しか俺らは出来んけど……この想いはホンマやから」

「っ!」

 嬉し泣きを隠すよりも先に、楓貴子もくるりと宙を舞う。ジャケットを脱いだままの白さを際立たせるブラウスが、純白なる『特別な色合い』にすら感じさせる。

「結婚してください」

「……はい。嬉しい」

 その姿は赤いきつねか、それとも熱いきつねか。

 歓びの涙が流れたその瞳に、心を込めた贈り物<指輪>が映っている。恒光の“人生”にとって一番の贈り物である楓貴子への『お返し』は、きっとこんなダイヤだけじゃ足りなくて。

「……なぁ?」

「うん?」

 指にその輝きをはめながら、楓貴子が上目遣いに恒光を見上げる。

「一発逆転の秘策、考える時間なくなってもたな……」

「ああ、エエってエエって。それ“も”考えるつもりやったけど、今日のメインは姫さんへのプロポーズやったから」

「……ほんま、アホやねんから」

「この紅葉の下で、お前には『告おう』って決めてたから。な、楓貴子」

「……ありがと、恒光」

 境内を覆い尽くさん程の『紅』の下、彼女の名となったその葉の下で、気持ちを繋いだ。

 これからは“二人”一緒だと、その“手”を繋いで石階段を降りる。空いている方の片手でお互い、飲み終えた缶やコート、けたたましくなる携帯電話を持ちながら。

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熱い想いを赤いあなたに けい @kei-tunagari

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