第4話 お茶会
夜会で踊る王子とクロエ嬢の姿が毎日の定番となった、ある朝のこと。
「────お茶会、ですか?」
クロエ嬢の部屋に氷の騎士イザックがやって来た時、キアはまだ化粧の途中だった。フードを被った魔導士のような化粧師にはまだ慣れない。
「そうだ。ローズ・フィエルテ伯爵令嬢が滞在している紅玉宮で、今日の午後に開かれる」
イザックが手にしているのは、そのご令嬢から届いたお茶会の招待状だ。
「その人が、私を邪魔だと思う令嬢の筆頭ですか?」
「そうとは限らん。調べてはいるが、まだ確証は掴めていない。が、大丈夫だ。おまえのことは見えない場所から見守っている。心配するな」
「本当ですか?」
キアは疑いの眼差しをイザックに向けた。
本来ならば、こんな事を言っていい相手ではない。父は騎士長、母はソニアの乳母だったが、二人ともすでに他界していて、今のキアは何の肩書もない平民の娘だ。
「俺を、信用していないようだな?」
イザックの言葉で部屋が氷点下に凍った。
キアはハッと口を噤んだが、彼に対する疑いは捨てきれない。自分は捨て駒なのだ。彼らはキアが死んでも眉一つ動かさないだろう。
「も、もちろん信用はしてます。でも……邪魔者を排除してまで王子妃になりたい人物を特定するには、私が被害を受けた方が、あなた方には都合が良いのではないですか?」
つい余計なことまで言ってしまうと、暗黒の使者がフッと口元を緩めた。
「よくわかってるじゃないか。まぁ、見殺しにはしないから安心しろ」
(いやいや、全っ然安心出来ないですから!)
無言のまま睨んでいると、すぐ近くからプククッと笑い声が聞こえて来た。
気味の悪い化粧師が笑っている。思ったよりも明るい笑い声だ。
「手を止めるな。仕事しろ」
化粧師はイザックに一喝され、キアの疑問もうやむやにされた。
〇 〇
紅玉宮の庭園には春の薔薇が咲き誇っている。
初夏の爽やかな午後。晴天の薔薇園でのお茶会だ。
白い丸テーブルを囲むのは四人の令嬢だ。キアの正面に座っているのが豪華な金の巻き毛を揺らしたローズ。このお茶会の主催者だ。彼女の両脇にいるのが栗色の髪のシャルロットと黒髪のアデルだ。
「クロエ様とお近づきになれて嬉しいですわ」
「でも、どうして今まで貴女の名前を耳にしなかったのかしら」
「殿下の護衛騎士リベリュル様の遠縁でも、ソルシエール家なんて聞いたことがないわ」
まずは挨拶代わりとでも言うように、遠回しな嫌味の攻撃が迎えてくれた。
キアはにっこりと微笑みながらそれを迎撃する。
「ご存知ないのも無理はありません。小さな領地を守るだけで精一杯の貧乏貴族ですから」
「まぁ、やっぱり!」
ローズが納得したように微笑む。
もちろん彼女たちの質問はそれで終わりではない。貧乏貴族がどうやって遠縁の騎士を唆したのか。王子妃候補でもないのになぜ夜会に来たのか。言葉遣いは丁寧だが、身の程をわきまえろと言っているに違いない。
「あら、大丈夫?」
クスクスと癇に障る笑い声。
キアのドレスは紅茶にまみれ、テーブルの上は悲惨な状態だ。もちろん、謝罪の言葉は一切なしだ。
しかし、キアを動かしたのは怒りではなく侍女の
素早くナプキンを手にすると、さっとこぼれた紅茶を拭き取る。あっという間にテーブルの上は綺麗になった。
「まぁ! まるで侍女のような手際の良さだわ。さすが貧乏貴族ね!」
「これくらい些細なことです。私、侍女がいないと何もできない人間にはなりたくないんですの。ほほほ」
キアは笑顔で席を立った。
「ドレスが汚れてしまったので、今日はこれで失礼いたします」
こんな所に長居は無用だ。退出する理由が出来てむしろラッキーだった。
茶会の間ずっと絡みつくような視線を向けられて、キアの我慢もこれが限界だった。
「なかなかやるじゃないか」
ホッとしながら廊下を歩いていると、音もなくイザックが現れた。
まるで忍びの者のようだわ、と思いながらキアは彼を見上げた。丁度聞きたいことがあったのだ。
「あの黒髪の令嬢のことを教えてくれませんか?」
茶会の間、彼女はほとんど喋らなかった。けれど、執拗な視線を投げかけていたのは間違いなく彼女だった。
「アデル・レウシットが気になるのか? ふむ。少し調べてみよう。念のため、自分の部屋以外では一人になるな」
まるでキアを気遣うような言葉を残して、イザックは去って行った。
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