第3話 試される演技力


 翌日も、夜会が開かれた。

 父親にエスコートされた令嬢たちは、豪華なドレスや宝飾品、流行りの髪形などで互いに牽制し合っている。


 そんな中、近衛騎士のイザック・リベリュルが夜会に現れた。滅多に現れない彼の登場に会場は騒めいた。しかも、今夜は見たことのない令嬢を伴っている。

 イザックがエスコートしているのは、彼に似た銀髪を高く結い上げ、瞳と同じ薄緑のドレスを纏った令嬢だ。その姿は、春に芽吹いたばかりの若葉のように優しい。


「上手く化けられたな。思った通りだ」


 昨日と同じ無表情だが、今夜のイザックは上機嫌だ。

 彼の部下だという気味の悪い化粧師にこれでもかと塗りたくられ、キアは謎の令嬢に化けている。イザックは満足そうだが、キアは内心ぶるぶるだ。彼の腕に手を添えて笑顔を貼り付けてはいるが、早く帰りたくて仕方がない。


「イザック! きみが女性を同伴するとは珍しいな。彼女を紹介してくれないか?」


 昨日とは別の青い礼服を来たヴィクトール王子が笑顔で近寄って来る。昨夜の契約など無かったように、興味深げな視線をキアに向けている。


「殿下。彼女は我がリベリュル侯爵家の遠縁、クロエ・ソルシエール嬢です」

「クロエ・ソルシエールでございます。ヴィクトール殿下にお祝い申し上げます」


 淑女の礼をして王子に微笑みかける。クロエの仮面をかぶりながら、キアは内心冷や汗ものだ。


「クロエ嬢。踊って頂けますか?」


 王子はにこやかに白手袋の手を差し出して来る。当然、キアはその手を取る。


(誘惑するはずが、誘惑されてる気分……)


 新たな音楽が流れ出した。キアは王子に手を引かれて広間の中央に進み、流れるように踊り出した。

 優雅な動きと堂に入った笑顔の仮面に思わず見惚れていると、王子がクスッと笑った。


「なかなか上手いじゃないか」

「はぁ。朝から氷の……イザックさまにしごかれましたので」


 向き合っているのが恥ずかしくなって、キアは王子から視線を外した。

 夜会嫌いなのか、今夜も王族の席には誰もいない。広間を囲む貴族たちの席へ目を向けると、冷たい視線が注がれた。王子妃候補の令嬢とその親たちの視線だ。彼らが不愉快なのは当然だが、この視線の痛さは王子も感じている筈だ。


(あ……お嬢様だ!)


 ピンクのドレスに身を包んだソニアがクロッシュ伯爵と並んで立っている。もちろんソニアからは冷たい視線は感じない。驚いた顔もしていない所を見ると、クロエがキアだとは気づいていないのだろう。


(お嬢様! キアが必ず、お嬢様を坊ちゃんの元へ帰してあげますからね!)


 ダンスが終わると、当然のように令嬢たちが王子に群がってくる。中にはキアに肘鉄を喰らわせる令嬢もいた。思わず気後れしていると、王子が視線を向けて来た。


(これに対抗しろって? ひーん)


 キアが怖気づいていることに気づいたのか、王子は令嬢たちの隙間をかいくぐって歩き出した。迷いなく突き進んでゆく彼の先にはソニアの姿が────。


(お嬢様!)


 キアは令嬢たちを追い越して王子に駆け寄ると、彼の腕に手をかけた。


「殿下! もう一度、私ともう一度踊ってくださいませんか?」

「ちょっとあなた! 同じ人と何度も踊るのはルール違反だと知らないのですか?」


 キアを邪魔しようと、令嬢たちの手が伸びてドレスに絡みつく。あっという間にキアの手は王子の腕から離れてしまう。


「ルール違反でも、私は殿下と踊りたいのです!」


 令嬢たちの手を振り払い、ヴィクトールの背中に追い縋るように手を伸ばした時、くるりと王子が振り返った。


「クロエ嬢! 私もあなたともう一度踊りたいと思っていました!」


 伸ばした手をしっかり握られて、王子とキアはもう一度広間の中央に向かって歩き出した。見上げた彼の横顔は、笑いをかみ殺すのに必死だ。


(わ……わざとお嬢様に近づいたのね!)


 心の中で悪態をつきながらも、キアはにっこりと笑顔を浮かべる。


「素晴らしい(演技力だ)よクロエ」

「王子さまも素敵(腹黒)です。これで私は邪魔者決定ですね」

「大丈夫。きみにはイザックがついている。彼の傍を離れなければ大丈夫だよ」


 笑顔をピクピクさせながら無言の笑みを浮かべ、キアは腹をくくった。

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