エピローグ  静止した陽溜まりの世界で

2012年5月27日


「私、高橋増尾と武田誠は辞退致します。

 警視総監、及び陸将補佐は後任へ。

 組織体制は変わらずそのまま引き続き行います」


 この日、古宿ホールで記者会見が行われた。

高橋と武田は都庁解放から身辺整理を終えた後、

すぐに辞表をそれぞれ提出。

結晶の原因、及びオリハルコンオーダーズの釈明で

自分達もかつての仲間という意味合いも込めて

責任をとるべく表舞台から引こうとした。

インタビュアーから質疑応答される。


「あなた方は都庁結晶化事件を解決し、

 大きな功績を成されたのにどうしてこの時期で

 引退するのですか?」

「オリハルコンオーダーズのリーダーであった

 正倉院蓮は我々と同期でした。

 1992年、突然テロリスト殲滅せんめつを発起した

 彼のお陰で我々の命は救われ、今までに至れました」

「彼の力はその時から既に懸念しておりました。

 確かに当時は我々も半信半疑で本当に彼の仕業なのかと

 疑念に、悪魔の存在など微塵も思っておりませんでした。

 しかし、時を経て類似した現象を目の当たりにして

 容疑事項は増し続けてきました」

「皮肉な事に不安は的中した。

 確信するまでに得られた結果はあまりにも遅く、

 理解していながらも止められずにいた・・・」

「・・・・・・」


増尾と誠の交互する口語は深みを増す。

自分達を救った者を疑うなど、普通ならば勘繰りにくい。

故意であったとはいえ、仕事の冷静沈着な判断は

かつての同胞に通じさせられず、どこまでも深域にある

結晶に介入できる技量も意思も入り込められなかった。

シンプルに言ってプロフェッショナルエラーだが。

彼らの言葉に同感したのか、反発の声は上がらず。

美味しい話題で聞きたい内容は山ほどあるだろうが、

結晶という元から把握しきれない存在に人のせいとして

押し付けるロジックをまとめる事ができないようだ。

数回の質問だけで終わる。

2人は退場しようとしたところ、都知事がやって来た。


「いやぁ、残念だったね」

「蒔村都知事・・・」


サロモンは何事もなかったかのようにねぎらう。

結晶に固まっていたのは何も覚えていなかったようで、

解消した時は何食わぬ顔で応じた。

ただ、彼が無事に助かったにもかかわらず、

会見は終了して部屋から出ようとした時、高橋は発言した。


「1つ言い忘れていた事があります。

 晃京駅地下鉄最下層に金塊が複数ありますが、

 日本銀行へ納められていたのが判明しました。

 文化財保護法に抵触するリストで、

 記録にあなたの名前が載っていました」

「え!?」


増尾の放った供述でサロモンの動きが静止。

まだ部屋に残っていたマスコミから一斉に質疑応答の

声があげられ、カメラのフラッシュ群も再発。

次は都知事に向かってゆく。


「都庁、どういう事ですか!?」

「地下鉄の文化財って何ですか!?

 代々の地主より利権に関与しているようですが!?

 釈明をお願いします!」

「掘り出し物を勝手に売ってたんですか!?」

「テメエも土下座しろ、この野郎!!」

「ヒヒィン!」


報道陣の視線は一斉にサロモンへ向く。

殺気立った眼付きに囲まれる中、2人は会場を後にする。



「これで良かったのか」

「そうですね」


 水完公園で2人はベンチに腰を据えて座る。

マスコミが追いかけてこないよう、離れた場所まで

落ち着くような所を選び、ここへ来た。

辞退間際の一撃を都知事+国に与える。

どの道、自分達は辞職したのだから怖いものなし。

後はどうにでもなれと、最後に暴露した。

あの件も蓮の動向に気付けたきっかけ。

オリハルコンオーダーズも地下駅の不可侵領域を疑って

エドワードの施策にたどり着けたのだから。

カロリーナ様様で本人に口出しはしたくないが、

やはり若者の感性も侮ってはならないと感慨。

ここで一旦解散しようと思いきや、

マーガレットがやって来た。


「長谷部君か、よくここが分かったね?」

「ACで探知しました、記者会見終了より

 周囲に気取られぬよう捜索していたので」


ビジネスバッグを引きながら重たい顔で目前に立つ。

彼女は最後の作戦で辞退し、

いつの間にか行方をくらましたにもかかわらず、

どうしてここに来たのか聞いてみた。


「私はアメリカに帰ります、今までお世話になりました」

「報告は昨日聞いたよ。

 気持ちが変わらないのは名残惜しいが」

「俺達もそうだが、肝心の中心役者にも会うべきだろ。

 聖夜に何か言わないのか?」

「私はもう彼と会うつもりはありません。

 オリハルコンオーダーズの者と関わった嫌疑もあり、

 ブラックダイアモンドの調査も秘密裏に行いました。

 よって、科警研にもいられません」

「それは過失で、君の意思ではない。

 アメリカもダイアモンドとほとんど接点もなく、

 あれだけ彼に付きっきりで協力したじゃないか?」


都庁突入作戦をボイコットしてまで怪訝けげんする話なのか。

にもかかわらず、馴染みを避けている。

何か悔しさに口ごもる態度に観えるが。

聞くのは悪いと言いたくとも、ここでやめるともどかしい。

彼女は真相を打ち明けた。


「違う・・・違うんです。

 私は・・・やはり消えておりません。

 男の武器が女を砕いたあの光景が・・・。

 剣をいくつ製造しても、ACの格子エネルギーを

 女の界隈に食い込む現状を乗り越えられずに。

 攻撃手段として扱っても、完璧な守りを期待して

 私が築いた剣先を男社会に通用させたかった・・・

 私はァ・・・絶対防壁のために来国したんですからぁ」

「・・・アブソルートのためにか」

「でも、正倉院大臣の信念に打ち勝つ事ができなかった。

 性質を超えた何かが彼ら親子の本質をォ、

 ダイアモンドよりも強硬なものに変えたのでしょウ」


彼女が来国した本当の理由はアブソルートの研究だった。

母国は1992年より、ダイアモンド発生の可能性を

察知して鳴り物入りで特殊工作班を設立。

12月の都庁事件発生は予想外だったが、

あの結晶は大きな防御策として扱えると予測した。

そして剣道好きを装い、様々な剣を製造して能力ある者へ

“できないという不可能性”として試させてきた。

七色結晶を砕くためではなく守り抜く可能性として

絶対防壁の性質を楽園化する可能性を見出していた。

だが、結局は聖夜の力で切り開かれた。

親子の戦闘で剣よりも強い力に刮目かつもくされた

魂の咆哮ほうこうに印象を受けられて限界を感じ、

辞表を提出して逃げ出してしまったのだ。


「私は女、どうあがいても男の性質を掴めない。

 オリハルコンオーダーズに加担したからではなく、

 女では決して超えられない壁に限界を悟った」

「・・・・・・」

「よって、武士道への追求は終わりにします。

 もう日本にも未練はありません。

 今までお世話になりました、では」


バッグを引っさげながら去っていった。

2人は意図を把握できていない。

どこまでも過去を引きずり込む。

最後まで己に荷物以外の生業なりわいを抱えていった。


「女心ってのも、いつまで経っても理解できん」

「私は少しだけ分かったような気がします。

 女性の身の保全は男よりも強く、

 結婚後に変わり、縄張りが強くなる感じで」

「結婚してないお前がか?

 意外だわ、警視総監もそんな事考えるもんだな」

「いえいえ、一観測者の戯言ざれごとシリーズですよ。

 人生経験は不意の連続で、

 時には安全を求める欲求が出る時もあり得ます。

 常日頃から立場が変わっていて、

 命をおびやかす時こそ手を伸ばすものなんですね。

 届かせたい・・・という点におきましては」

「ああ・・・ちょっとは分かった、わかった気がする。

 実働部隊にいた頃よく思ってたわ。

 善悪の境はやってる行為にあるんだな。

 オリハルコンオーダーズが生み出した物そのものに

 悪とかじゃないって意味か・・・ん、まさかお前も?」

「もちろん、会見の発言は噓をついてないですよ。

 まだ僕は蓮さんを信用しています。

 確かにやっていた事は横暴でしたが、

 立場に頼らない志は誰よりも強く、

 弱者を守る気持ちは誰にも負けていなかったはず」

「一度決めたら絶対に曲げない真面目さだったしな。

 そんな一直線に志があったからこそ、

 ダイアモンドを宿していた理由も分かった気がするな」

「結局、意思は息子に委ねられました。

 今更ですが、聖夜君も色々大変な思いをするでしょうね」

「あいつにも言ってやったが、

 世の中には非常識な現象はまだまだたくさんある。

 若ければ若い程新しい世界が見られるしな」

「理解できますかね? 若い子達に」

「真実が明らかになるのは数年後か数百年後か。

 老兵の知ったこっちゃないってか」

「そこから先は考えるつもりはありません。

 僕達に、もう肩書きなんてないですからね」

「ああ、そうだな」











「カンパーイ!」


 黄昏で、小さなパーティを開く。

聖夜、マナ、厘香、カロリーナ、郷、沙苗の6人は

営業を休み、ちょっとした祝いを催していた。

もちろん大雑把おおざっぱに見せられるものじゃないが、

今までの苦労が苦労だから祝杯を上げようとこうした。

AC、結晶の因縁は一度解かれて終わった。

対する自分は浮かない表情で共に座り続ける。

皆はというと、再び晃京の情勢に戻ったから

立場としては出戻りの高校3年生という。

すでに退学した俺はもうあそこに未練などないけど、

学生にとって後もう少しだったはずの学園生活が

もう一度繰り返されるからしんどいにはしんどい。


「また1年か」


昴峰学園も無事に再開、マナと厘香は近くの大学を

取り直して目指すという。

カロリーナはすでに探偵の道を決めているので、

そのまま卒業して独立する。

で、さらに隣にいるコイツはどういう訳か、

辞めなくて良いはずの男は動機が分からなかったが。


「というか、お前まで辞めて本当に良いのか?」

「別にどうって事ねーし。

 入学当時はなんとなく周りに流されて生きてきた。

 んで、今回の事件でちっと考えさせられてよ」

「ホントに大丈夫か?」

「人生、どうとでも生きていけるもんだ!

 んじゃあ、姉さんのケーキ・・・先にいただくぜ!」

「ああっ!?」


という感じで今でもマイペースなスタイルでやるという。

しかし、今日は貸切で友達だけの集まり。

あれから教会も色々と騒がれて落ち着くまで

しばらくの時を必要とした。

ジネヴラさんも、無影さんも、エドワード先生も

オリハルコンオーダーズだった事実は郷以外、

それぞれに深く、そして傷も付いていた。

自分は詳しく気にもなれない。

ただ、郷の言う“考えさせられる”は他人事では済まない。

そう、自分はまだACとしての力は残されている。

人間社会にも鬼なり悪魔なり存在する。

自分だって例外じゃなく、犯してしまった生業と

向き合って生きていかなければならない。

姉のケーキに食いつく郷

飲み物の中をジッと見る厘香

自慢話をするカロリーナ

いつもみてきたお馴染みの光景。

結晶が関わるものなき、昔からの光景。

何物にも代えられないものがそこに在る。









「こんな生活で良いんじゃないでしょうか?」

「・・・・・・」


隣にいたマナの言葉が何気に奥を突かれた気がした。

異界の星を拒絶した自分はこちらを選んだ。

双極のダイアモンドは黒から白へ変わり、

静止された塊の中から一生懸命手を伸ばして生還。

そんな、一緒にいたいと内心思っていた自分の側で

当時はやつれ顔だった彼女は聖母マリアの顔で微笑んだ。

厘香も、カロリーナも、姉も(?)、いつも周囲にいて

同じ世界の側で在り続けるべきだと思っている。

やっぱり、時は流れてゆく方が良い。

穏やかな生活が再びやってくる。


「ふふっ」


カウンター席で様子を観ていた沙苗。

若者達のうたげの最中、用を足しに行くと見せかけて

人目に付かない所でネックレスのブローチを開く。

胸と同じ高さにある橙色の夕陽色の固まりを持つ。

聖夜はこれからもずっと自分の側にいる。

これがある限りは世界の干渉を受けず、

どんな事があろうと守りぬいてみせる。

両手でしっかりと握りしめて目を閉じる。

そして、誰にも気付かれないように黙禱もくとうを捧げた。

こんな日がいつまでも続くのを祈って。































 七色結晶体内部に太陽光のみを投射する場所で、

白装束に身をまとった男は白金の慰霊碑いれいひ前に座る。

命日より欠かさずにここに来ては繰り返す。

ただ両手を合わせ、握りしめて祈りをささげる。

墓石も陽の当たる良い所に立てた。

彼女達もきっと喜んでいるだろう。

アブソルートは魂すら内在させられる性質で、

未練がましくもここに居続けていた。

下界のけがれよりは遥かに良い。

肉体を捨て去ってから、もう何年だろうか。

結晶界にうつろを漂わせるのみ。

今回、極東より適性ある若者に拒否された。

始まりより次世代の晶者を招集し続けてきたが、

まだほんの数人。

星の使徒を各国に送っても、成果は平坦。

自分が陰に回って以来、ダークネスマターの拡散は

不規則に空間を形成する様に通じて流動している。

おかげで、混沌を制御するのも一苦労だ。

己が晶墨に染まり切ってから、格子間を巡る人の私情は

終わりなく星を行き来していた。

ただ、欲という電気信号を塊に宿す意味をかえりみる。

それが本当に常々つねづね思い返す時も。

だが、生前の気持ちは何事にも代えがたいものがあった。

本当なら彼女達とここで一緒にいたかったが、

地上の有機体に移ってしまった。

譲り受けた契りは二度と忘れる事はない。

そして失う事もない。

平和と戦争、対称的なる事象はどちらにも

強固たる塊とならざるおえないものだ。

たとえ身を引き離されようとも、遺思いしは残る。

何故ならば、幾度の時代を越えようとも

人間の本質は変わらないからだ。

だから、何処までも継続しよう。

私はいつまでも心の波状を陰陽の境目に見届ける。

そして、埋め込んだ結晶を胸に秘め、願う。

こんな日が再び起こらない事を祈って。




「ダイアモンドよ、永遠なれ」




9世紀未明に45カラットのダイヤモンドが発掘された。

以来、物的価値という凝縮に囚われ、相続を目的として

手にした所有者達は皆非業の死を遂げている。

結晶そのものは最初から干渉を起こさず。

ただ人が魅入られ、蓑から手を伸ばしていたのみ。

人間という水分の塊が金属体へ波打ち、

柔らかな弱さより取り入れるべく利を求めてゆく。

異界であろうと、内も外も例外無し。

中心より湧き出す塊は集合体のエゴ。

虚栄を増長させた利の前に悪魔という我によって

見透かすように反晶より本質を映し、

偽りのない内面の顔を覗かせてゆくのだ。


            著 ドゥアルテ・クラーク




    Crystal of Latir

         EL FIN




――――――――――――――――――――――――

最後のあとがき


エピローグ終了まで読んでいただいた方へ。

限られた時間の中、本当にありがとうございました。

せっかくなので、もう少し与太話をさせて下さい。

この話を書こうと思ったきっかけを語ろうと思います。

自分は空が好きです。

嫌いな人はさすがにいないと思いますが、

目が疲れた時など広がる景色を見るとスッとしやすいです。

地上から観れば青く、雲や星以外空っぽな空間は

ある日を境にカラではない事に気付きました。

そして、内の現象である金環日食が5月21日に

地元で観られると心待ちにしていました。

しかし、目にダイヤモンドリングを焼き付ける事は叶わず。

自分は生で観る事ができませんでした。

当時、地元は曇りで夕方のような淀んだ景色のみ。

待ちわびていた数十年に一度の天体イベントを逃し、

己の中に混沌が芽生えて歪んだわだかまりを覚え、

言いようのない執念が宿り続けていました。

そして時が過ぎてインターネットで

サンセットファイアオパールを初めて見てから、

今作を書くきっかけに至りました。

もしかして空間は空っぽではなく、満たされた宇宙

という風に、交錯して止まった世界の様に

夕陽を閉じ込めた結晶を観て印象を重ねました。

世界とは光で闇を照らして初めて明かされるもの。

そして、個人的な意識ながらも、

苦しさで悟った1つでふと思いました。

静止とは何か、何故エネルギーは塊に成るのか、

流動性の高い今の時代こそ、時には止まった産物に

目を向けるのも良き趣向かなと思っています。

自身に課したくうで発生する意識の重力により、

閉ざされた塊とは何かと模索。

結晶という存在を金銭的価値だけでなく、

ポテンシャルある部分も考えていただければ幸いです。

というわけで、色々な妙事を書きましたが

クリスタル・オブ・ラティールはこれで終わりにします。

長く語りにくい短編でしたが、最後まで読んでいただき

再度ながら本当にありがとうございました。


                   晶墨の鳳

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