ヴェネツィー王妃は切り札を持っている。

三月べに

短編



 永遠の愛は、国王夫妻にも、保証されるとは限らない。

 だから、母は言った。


”これはもしものための奥の手。最後の最後の切り札。絶対に誰にも言ってはいけません、隠し続けるのです”


 隠し続けると、私は約束した。

 しかし、そろそろ、その切り札を使うべき時が来たのかもしれない。



 私ヴェネツィーは、これから断罪される。

 濡れ衣で、だ。

 国王となった彼と結婚をして三年。王妃として、そして聖女として活躍してきた私を、妬んだ側室の犯行。

 国王の愛は、側室の彼女に向いていた。それを利用し、私を貶めたのだ。

 国王フィリップスとは、上手くやってきたつもりだった。

 彼に見染められて、婚約をして、そしてそれなりに愛されていたと思っていたのだ。

 それなのに、ポッと現れて、側室になった女にのぼせ上った。

 そんな側室に私が優しくするわけもなく、淡々と接した腹いせに、彼女は冷たくされたと国王に泣きついた。

 それが始まりだ。

 ことあるごとに涙を使って国王の同情を引き、責め立てさせた。

 私は相手にしないように心掛けた。憤怒する侍女達にも、そうするように言っておいて、従ってくれていたのだが。

 私の侍女の一人が、側室に怪我を負わせる罪を冒した。

 しかし、その侍女は私の侍女になったばかり。どうせ、側室の女が手回ししたのだろう。

 あっさりと私の指示だと証言したらしい。

 国王は、今回ばかりは見過ごせないと言った。


「見損なったぞ、王妃。何が聖女だ、そんな称号も今回の件で剥奪だ」


 私に、反論の余地はない。


「なんて酷い……どうして国王様は、王妃様にこんな仕打ちを」


 侍女達は、私のために泣いてくれた。

 私は、泣かない。王妃になると決めた日から、人前で泣いたことなんてなかった。

 強い王妃でありたかったのだ。


「国民に愛し、そして愛されている王妃様をどうして……どうして疑えるのですか? あの女のせいで、盲目になっているせいですかっ?」

「一体、どんな罰を下されるのでしょうか? 王妃様」

「……」


 私は国民に圧倒的支持されている王妃だ。

 一方で、聖女としても崇められている。

 国民の反感を買わないように、そんなに重い罰は与えないだろう。

 国民のための謁見広場に呼び出されたから、きっとそこで私の悪事を暴き、処罰を下す。

 きっと幽閉だろう。今までの功績に免じて、とかなんとか理由をつけておく。

 そう簡単に、私と離縁は出来ない。

 多分、側室の女は、これを機に少しずつ、私の信用を落としていくつもりだろう。

 そして最終目的は、私と離縁させて、王妃になる。

 ふわふわした無邪気な女を演じていたが、時折見せる目と嘲笑から、野心を感じ取っていた。

 国民が、心配だ……。

 ちゃんと王妃としての役目を務められるのかしら。私以上に、なんて無理な話だ。

 彼女は、癒す魔法を使えない。そして、傷ついた国民を癒すことも。


「万が一のためを考えると……あなた達は暫く身を隠した方がいいわ」

「そんなっ! こんなお辛い時期に、おそばにいられないなんてっ!!」

「考えがあるの。あなた達の身の安全が気がかりでしょうがないから、どうかそうしてちょうだい」


 私を一人にすることを嫌がったけれど、侍女達はわかってくれて引き下がった。

 側室の女パララ。淡い桃色髪で桃色の瞳を持つあの女。

 そんな彼女のせいで、最後の奥の手を使うべきなのだろうか。

 考えがぐるぐるとめぐったが、やはり国民のために、切り札を使うしかない。

 国民を守るために。

 私は、王妃だ。

 そうする義務がある。

 私の白銀の髪をとかしてくれて、気品ある装飾をまとわせたドレスに着替えさせてくれて、ティアラを被せてくれた。

 国民の前に出るのだから、これくらいのことは当然だ。

 ……そう思ったのだが、側室の侍女達が阻む。

 なんでも国王の命令で、罪の反省を見せるために、質素な格好で来るよう仰せつかったと言う。

 せっかく私の侍女達が着飾らせてくれたのだ、そうはさせない。


「あなた達の主が私にしたように、貶めましょうか? ただではすまないわよ」


 そう耳元で囁けば、青々に青ざめた。

 私だって、こういうことを言えるのだから、見くびらないでほしい。


「……エル。ここまでありがとう」


 私を謁見広場の近くまで護衛としてついてきてくれた近衛騎士エルに私はお礼を伝えた。


「……王妃様。どんなことがあろうと、自分はあなた様を守り抜く所存です」


 近衛騎士は、皆が感情を押し殺した顔をする。エルも例外ではなかったけれど、痛ましく思うのだろう。

 眉間にしわを寄せて、表情を歪ませる。


「大丈夫よ」


 私は微笑んで、謁見広場に出た。

 わっと歓声が上がる。

 国民達は、もう集まっていた。

 私はにこやかに手を振り、歓声に応える。

 謁見広場の玉座まで歩むと、国王はむっとした。

 私が着飾っているからだろう。

 真珠のように白いマーメイドドレス。腰と首には気品ある宝石のアクセサリーを巻いている。

 罪人とは、思えない姿だろう。反省の色なしと思われても、構わない。

 ふと、謁見広場にある貴族達のための観覧席に目をやってみれば、あの女を見付けた。

 彼女は右腕に包帯を巻いていたが、いたって軽傷だと聞いている。重傷だとしても、私は治してあげたりしない。

 口元に手を添えてい隠していたけれど、嘲笑が見えた。

 こんな腹黒い女に騙されるとは。

 恋は盲目は、よく言ったものだ。

 国王の隣の玉座に座ろうとした。


「座るな。お前は罪人だ」

「……」


 彼の隣に座りたくて座るのではない。そういうなら、立ったままでいよう。

 国王は立ち上がり、声を高々に上げた。


「私は、この場で告白する! 我が王妃が、罪を冒したことを!」


 国民は、ざわつく。

 我が王妃、か。

 虫唾が走る。


「王妃は嫉妬で、側室のパララを散々虐げて、侍女を使い怪我まで負わせて傷付けた! 幸い、軽傷で済んだが、王妃には罰を下さなければならない!」


 国王は観覧席にいる側室のパララを掌で示した。

 彼女は、お得意の涙を流している。

 同情を集めるためだ。


「だが、王妃は聖女の称号を持つ功績がある! 一時の感情に流されて、犯した過ち! 私と被害者のパララは、寛大の心で許すつもりだ!」


 ほう。パララの株を上げるためか。

 自分達の寛大さをアピール。


「よって、処罰は一月の幽閉!」


 やっぱり、幽閉と来たか。

 はぁ……。嫌だな。

 私はこれから、国民の愛を利用する。

 それはあの女が国王の愛を利用したのと、同じではないか。

 胸が痛むが、将来を考えると必要なこと。


「あの王妃様が、そんな罪を?」

「そんな、バカな……」

「聖女様……」


 国民達は、動揺している。申し訳ない。

 私はカツンッとヒールで、一歩前に出た。

 すぅーっと息を深く吸い込み、私は告げる。


「――――私は、無実です!!!」


 ざわっと、国民達は大きくざわめいた。


「なっ」


 国王は私が黙って、処罰を受けるとでも思っていたのか。


「全くの濡れ衣です!! 確かに国王陛下の愛は側室に傾きました!! だからと言って、嫉妬で人を傷付けたりしません!!」

「な、何を!! 証拠は挙がっているのだ!! 国民の情に訴えて、見苦しいぞ!! 王妃!!」

「どちらを信じるかは国民の皆様の自由です!! ただ、言わせてください!! 私をどうか、信じてください!!!」


 国王は、私を憎たらしそうに睨んだ。

 国王だって私の圧倒的な人気を、理解している。

 言う通り、情に訴えていて、見苦しい。

 無実の主張だけでは、足りないのならば。

 これから私は――――切り札を出す。

 私は祈るために、手を胸の前に組み、目を閉じた。

 その時だ。


「ヴェネツィー王妃の無実を信じる!!!」


 国民の一人が、そう声を上げた。

 その声を、私は知っている。

 どこだ、と目を開いて、探してしまった。


「そうだ!! 王妃は無実に決まっている!!」

「おれも信じる!」

「あたしも信じます!!」

「娘を救ってくれた聖女様が、そんなことをするわけがない!!」


 次々と私の味方をすると、国民が言い始めてくれる。

 そして、私達の方へと押し寄せようとした。

 国王の決定を取り消せ、と訴えるために。

 騎士達が阻むが、波のように押し寄せる国民達が突破を試みる。

 流石に危険だと感じたらしく、エルが飛び出してきて、私の前に立つ。

 国王の近衛騎士団も、彼を囲う。


「お逃げください!! ヴェネツィー王妃!!」


 また、私の知る声が響き渡る。

 そして、彼は私の目の前に、現れた。

 エルが剣を抜こうとして、やめる。

 逃亡を進言したのは、私の幼馴染で親友だった。

 コリンオン。ブレッシング伯爵家の三男。


「逃げましょう」


 そう手を差し伸べた。

 逃げる? ここから? 王妃である私が?

 そんなことをしたら……。


「そうだ、お逃げください! 王妃様!!」

「お逃げください!!」

「王妃様のために道を作れ!!」


 国民達は、暴動を起こし始めた。

 騎士達を退かして、道を作るためだ。

 どうして、こんなことに。

 そ、そうだ。今からでも、切り札を……!


「逃げましょう。国民のためにも、あなた自身のためにも」


 コリンが、私の手をとってしまい、引いた。


「王妃を捕らえるんだ!!」


 国王が騎士達に命じたが、コリンとエルが風の魔法で人々を押し退けて、道を切り開く。

 国民達も押さえてくれて、私達は謁見広場から逃げ出せた。

 コリンが用意したであろう空飛ぶ馬車に乗せられて、私は王宮から逃げたのだ。




 透明になるベールで空飛ぶ馬車で逃亡しながら、私は頭を抱えていた。


「コリン……何故、逃亡をさせたの? 私には穏便に済ませる切り札があったのに……」


 じとり、と空色の瞳で目の前に座る幼馴染であり親友のコリンを見る。


「穏便に済ませる切り札? ……ああ! 昔、私にも言えない切り札があるとかで、隠し事をしてごめんなさいって泣きながら謝ったあれのことですか?」


 懐かしそうな目をして、コリンは笑い出す。

 母に隠せと言われて、すぐに心を許していた幼馴染のコリンに隠し事をすることがいたたまれなくて、つい泣いてしまった出来事を掘り返されて、恥ずかしくなった。


「どんな切り札ですか?」

「……逃げ出す手引きをしなければ、見せていたわ。謁見広場で」


 私がそう恨みがましく言うと、困った笑みに変わった。


「どんな切り札かは知りませんが……しかし、あのまま、あの王宮で留まるつもりだったのでしょう? ヴェネツィー王妃は、ずっと……よき王妃になるために努力をしていたお方。国民のために、耐え続ける選択をすることはわかっていました。だから……連れ出しました」


 意志の強い真剣な眼差しで、コリンがはっきりと告げる。

 私のものよりも深い、海のような瞳。琥珀色の髪。

 美青年と言える容姿の幼馴染は……。

 私の初恋の人だ。

 国王フィリップスと出逢う前では、きっとこの人と将来結婚すると思っていたほど。

 当時のフィリップス王子に見染められて、王妃になるべき人だと求婚されて、変わった。

 王妃になるべく努力をするようになり、彼とは昔みたいには遊べなくなったのだ。

 遊ばなくなった、か。

 それでも幼馴染であり、心を許せる親友でいてくれた。


「先程目にしたように、国民はあなたを信じて支持してます。騎士達の大半だってそうです。本気を出していれば、自分はあなたの前に行けなかったでうすからね。側室のあの女に操られている国王のそばには……もういてほしくないのです。あなたが、あんな国王の王妃だなんて、役不足です。だから、自分から新たな選択肢の提案をいたします」

「提案……?」

「はい。提案は、二つです。一つは――――フィリップス王を廃位に追い込むため、反逆することです」


 コリンが人差し指を立てて、一つ目の提案を言う。


「国王を廃位にして、新たな王を立てるつもり?」

「はい」


 にこり、とコリンは微笑んだ。


「今の国王に子どもがいないから……後継者は」

「ヴェネツィー王妃です」

「え?」

「ヴェネツィー王妃が、女王になるのです」


 笑みを深めて、言い退けた。

 私が、国王に代わって、女王になる……?


「あなたにはその器がありますし、そして支持する者も多いです。不可能ではありません。そうでしょう?」


 女王になる、か。

 考えたことは、なかった。

 けれども、そうすれば、国民を守れる。

 側室の女にいいように操られている愚かな国王になってしまったフィリップスを、廃位に追い込む。

 王冠を奪い、国民を守り、国を守るのだ。


「そして、二つ目」


 コリンは、二本の指を立てて見せた。


「新しい王国を造り、そして女王として君臨することです」


 明るく笑って、またとんでもない提案を出す。


「新しい、王国を、造る? 一体どこで……」

「暫くの間、身を隠す場所です」

「この馬車が向かっている先?」

「瘴気壁の中の廃国の地です」


 私は口をあんぐりと開けてしまった。


「瘴気壁の向こうの、滅びた国の地で、王国を築けってことっ?」


 大昔に、滅びた王国がある。

 小さめな王国は、呪いで一夜にして滅びたと言う。

 あくまで一説による話だ。なんせ、瘴気の壁で囲まれてしまい、入れなくなった地なのだ。

 瘴気の壁は、ドームのように包み込んでいる。


「聖女の力を持つヴェネツィー王妃なら、その瘴気壁を取り除いて、入ることが出来るでしょう」

「それは……そうだけれど」


 国の領土に瘴気が湧けば、私は出向いては癒しの魔法で瘴気を消し去っていた。

 私の仕事の一つだ。確かに、瘴気壁を取り除いて、道を作り、中に入ることは可能。

 暫く身を隠すなら、最適な場所だろう。

 他に侵入出来る者はいない。安全地帯だ。


「王国を、造る……」


 それは。とても。

 魅力的な提案に思えた。

 一から作るのは、大変だろう。けれども、やる気が湧いてきてしまう。


「ええ、あなたが新しい王国の初代女王となるのです」


 ゾクッと、興奮を覚えた。


「気に入っていただけましたか? ヴェネツィー王妃。――いえ、ヴェネツィー女王陛下」


 向かいに座ったままで、胸に手を当てて、コリンは頭を軽く下げる。


「……気が早すぎるわ、コリン。それにいつまでそんな口調のままなの? 二人っきりの時は普通にしていていいと言ったじゃない」

「いいの?」


 コロッと、コリンは口調をあっさりと変えた。


「まぁ、早急に決めなくていいよ。潜伏しながら、どちらかを選んで」

「……戻るという選択肢はないの?」

「……本当に戻りたいの?」


 スッと眉を寄せて、コリンが問う。


「側室を迎え入れた時点で、悪い予感がしたんだ……フィリップス王がここまで、とはね。オレは親友として、あんな奴の隣で無理して笑う君を見ていられない。……オレだけではない、そうだろう? 君を慕う家臣も、愛してくれる国民も、きっと同じだ」

「……コリン」

「どんな選択してもいい。オレは、ヴェネツィーの味方だ」


 でも、と続けたコリンは、顔を伏せた。


「戻る、という選択だけは、してほしくない。オレのワガママだけれど」


 本音、だろう。

 コリンの本音。切実な願い。


「……そうね、私には逆転する切り札があったけれど、側室のあの女が嘘泣きする度に責め立ててきた国王には愛想が尽きたし、女王になりたいっていう欲も出てきたわ」

「ヴェネツィー! それじゃあ!」

「まだ考え中よ。大事な決断だから、もっと考える」


 顔を上げたコリンは、嬉しそうな笑みを浮かべた。


「その、逆転する切り札っていうのは、一体なんだい?」

「……」


 私はずいぶん遠くまで飛んできた景色を見てから、少しだけ答えることにする。


「この世界は、女神様を崇めている」

「ああ、世界の創造主であり愛の女神フィオベネツィー様。ヴェネツィーの名前も、女神様からとってつけられた名前だ」


 コリンに、私は頷いて見せた。

 ついに、明かす時が来たか。

 私はにっこりと微笑んで、親友に明かす。


「私は――――女神フィオベネツィー様にお会いしたことがあるの」


 コリンはこれでもかというくらい、目を見開いた。


「ほら、私はフィリップス王と出逢う前に、聖女として戦場の後方で治癒を施していた時があるでしょう?」

「!! 敵が侵入して、殺されかけたあの時!! 死の淵で、お会いしたってことかっ?」


 私は物心つく頃には、治癒魔法が使えていたのだ。

 だから十年ほど前の戦場の後方で、治癒をするサポートをしていた。

 運悪く、後方まで侵入してきた密偵と鉢合わせしてしまい、死にかける怪我を負わされたのだ。

 あの頃はまだ弱かった。完全に油断もしていたから。

 コリンが言い当てた通り、私は死にかけている間に、女神様に会った。

 奇跡的な生還を果たしたのは、女神様のおかげだ。

 その後、強力な治癒魔法を行使出来るようになり、それからフィリップスに出逢った。

 見染めれて、王妃になってほしいと求婚されたわけだ。


「何故、それを今までオレにも黙っていたんだ……? いや、でも、それが切り札? 逆転するとは思えないが……」

「お母様には、全て話したわ。でも黙るように言われたのよ。まるでこうなることが見えていたみたいに。……最後の最後の奥の手。私の切り札にしなさいって。……お母様もお父様の浮気性に苦労なさっていたから、かもしれないけれど」

「女神様に会ったこと、が切り札ではない?」

「ええ。女神様に会って、もらったものがあるの」

「もらったもの?」


 私は不敵に微笑む。


「直接、見せるわ。瘴気壁に穴を開ける時に」


 コリンは今にも知りたそうにうずうずしていた様子を見せたけれど、「わかった」と頷いた。

 猛スピードで走る空飛ぶ馬車のおかげで、翌日の朝に目的地に到着する。

 馬車は念のために、離れたところに停車させておく。

 コリンとエルだけを連れて、瘴気壁に歩み寄る。

 瘴気壁は禍々しい空気を放つ、紫が黒に侵食されたような色の煙が立ち上っていた。

 顔を上げて見れば、高い高い上から、ドームのように曲線になっている。

 上手く穴だけを開けられるだろうか。

 とにかく、やってみよう。


「久しぶりだから、少し緊張するわ」


 瘴気に免疫のある私と違って、コリンとエルは瘴気壁と距離を取っている。

 ちょうどいい具合に離れているので、今見せよう。

 緊張する胸をさすったあと、私はコリン達の前で祈りをする姿勢を取る。

 温かい光に包まれて、大丈夫だと確信した。

 背中の方に熱が集まり、そしてそれは花が咲き開くように、広がる。

 ――――煌びやかな白金色の四つの翼。

 昔、お母様の前で見せて以来だったが、問題ない。

 少し動かしてみて、感覚を確かめている間に、コリンとエルが崩れ落ちるように膝をついた。


「女神様……?」


 エルが、静かに涙を流す。

 あのエルが、泣いたことに、心底驚いた。


「私よ、エル」


 エルが私を女神様と間違えても、無理はない。

 女神様の像とそっくりなのだ。

 女神様は四つの翼を背中から生やした、美しい女性の姿をしている。

 長い髪も私のように下ろしていて、基本的にはマーメイドドレスを着ている姿で描かれやすい。

 私も昨日から着替えてなくて、マーメイドドレスを着ている。

 でも、あながち間違ってもいない。


「その翼が……女神フィオベネツィー様からもらったものっ?」


 コリンが驚き戸惑いながら問う。


「私が女神フィオベネツィー様からいただいたのは……【女神の恩寵】よ」

「恩寵?」

「女神様の力だそうよ。授けてもらったの。私はそれに値する人間だから、と」


 翼は【女神の恩寵】を現したものに過ぎない。

 そして、まだ続きがある。


「女神様はこうも言ったわ。【女神の化身】と名乗ってもいい、名乗らなくてもいい。私の自由だと」


 コリンとエルが、さらに驚き、そして言葉を失う。


「あの謁見広場で、この姿を現して、こう言うつもりだった。――――私は女神フィオベネツィー様に【恩寵】をいただき、【女神の化身】と名乗る許可をもらった人間です!! もしも私が本当に罪を冒したのならば、この翼も【女神の恩寵】も剥奪されていました!! これが私の無実である証であり、姿なのです!!!」


 声を高々と張り上げて、言い放った。


「ってね。これが私の最後の奥の手、切り札よ」


 にこっと笑いかけると、コリンはお尻を地面につけて倒れてしまう。


「……オレは本当に余計なことをしてしまったな……」


 もう笑うしかないように、力なく笑みを浮かべる。


「いいのよ、コリン。言い忘れていたわね、助け出してくれてありがとう」

「ヴェネツィー……」


 コリンに手を差し出して、遅いお礼を伝えた。


「その、もう翼をしまってくれないだろうか? ほら、瘴気壁も穴が開いたし……」


 少し頬を赤らめつつ、コリンは私の手を取り、立ち上がる。

 コリンが言うように、背にしていた瘴気壁に穴が開いていた。

 翼を出しただけで、浄化してしまったようだ。

 強力すぎる! 【女神の恩寵】!

 言われた通り、翼を引っ込めた。

 長年、人が足を踏み入れていない地へ、馬車に乗って入る。

 大昔の地図を頼りに城に向かうと数時間、到着をした。

 呪いや瘴気があれば、浄化するつもりではあったが、そんなものはない。

 普通の古城だった。

 多少の手入れで、普通に生活出来るほど、しっかり残っている。

 エルとコリンの連れてきた護衛が確認した限り、何も危険は見付からなかったという。

 拍子抜けだ。瘴気壁に守れらた廃国の無法地帯だった。

 ここで、一から王国を造る、か。

 けれども、その場合、私を支持してくれた国民はどうすればいいのだろう。

 私は、どっちの選択をすべきだろうか。

 どうせなるのならば、善良な人々を受け入れる、女王になりたい。

 この小さな元王国で、新たな王国を造り上げて、女王となるか。

 フィリップス王を廃位にするために、味方達と戦い、女王になるか。

 じっくり考えて、最善の方を選びたい。


「ヴェネツィー」


 バルコニーで風に当たりながら、考えていたら、コリンに呼ばれた。


「部屋の用意が出来たよ。まだまだ掃除が必要だけれど、今夜はベッドで眠ることは出来る。すぐにでも君の侍女を呼び寄せたいけれど、まだ時間がかかるから待ってほしい」

「……ありがとう、コリン」

「いいんだよ。考え事の邪魔をしてしまったね。でもよく眠れるように考え事は中断して休んで」


 私が考え事に耽っていたと言い当て、コリンは隣で笑う。


「……ねぇ、コリン」

「なんだい?」

「私はあなたの厚意に、甘え続けていいのかしら」


 ふわりと髪を靡かせる夜風に、さらわれてしまわないように、はっきりとコリンを見つめて言った。


「いえ――――あなたの愛に、かしら」


 昔は、コリンと結婚することを夢に見ていたのだ。

 互いに口にしたことはないけれど、それでもコリンだってそのつもりだったはず。

 けれども、私は王子にプロポーズされてしまい、そして王子を選んだ。

 そんな私のために、一歩身を引いてくれたコリン。

 それは、愛だったんじゃないだろうか。

 コリンは、愛してくれていたから、一歩下がってくれたのではないだろうか。

 その愛はきっと――――。


「っ……!」


 コリンが、真っ赤な顔をした。耳まで、真っ赤だ。

 きっと――――ずっとその愛は、私に注がれていたのだろう。


「い、いつから……知って?」

「悪者に囚われていたお姫様を救い出す王子様みたいなことをするから……ふふ」


 私は笑ってしまった。

 幼馴染であり親友のコリンの手を、ずっと握っていればよかった、なんて思ってしまう。

 よき親友として、そばに居続けてくれたコリンに、私は微笑む。


「ねぇ、コリン」


 もう一度、握ってくれるのならば、もう放さないと女神に誓いましょう。


「女王にも、夫は必要よね?」

「えっ……」


 コリンの手を両手でとり、私はそこに口付けをした。


「待っているわ」


 求愛も、求婚も、待っている。

 私はそれだけを伝えて、用意してくれたという部屋に向かった。

 まともに眠れそうなベッドに身体を沈めても、考えてしまう。

 どちらの選択をしても、私は女王になると決心した。

 大丈夫だ。私には、切り札がある。

 それに、よき親友もいて、たくさんの味方がいるのだ。

 呪いで滅びた場所だというのに、私は安らかな眠りに落ちた。



 

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