頼み事

佐々木実桜

「ねえ、」


十ヶ月ぶりにもなると人は変わるものだ。


私も変わったし、彼も大幅に変わった。


あの頃の彼は片耳にピアスなんてしてなかったし、上りのエスカレーターは女の子を上段になんて知らなかった、多分。


多分になるのは仕方ない。


私が知っている女の子と二人きりの彼は2年前の記憶だ。


書き足されることなく終えた高校生活から思えば、急な展開だった。


会えるとしても同窓会くらいのものだと思っていたから。


あの時の私に言ったら驚きすぎて気絶すらしていたと思う。


酔った勢いで送ったダイレクトメッセージのお誘いは一度断られたはずだったのに、気づいたら会えることになっていた。


歓喜するあまり、壁に頭をぶつけたことは記憶に新しい。


モチベーションができた。

それだけで幸せだった。


会えるなら、詐欺でも良かった。


まだ、詐欺の方が良かった。


普段レザーやジャケットを着るような私には珍しい格好をした。


着ることにすら緊張した服のその背中にはリボンがついていた。


久々に会っても私が追いかけた輝きは健在だった。


誰より可愛くして行ったつもりだったのにこんな光の隣に私なんかが立っていいのかと不安になった。


ずっと、ずっと眩しかった。


眩しくて、やっぱり届かないような気がした。


友達に言われた「手だけでも繋いできなさい!」という言葉は忘れようと思った。



手よりも深く繋がる気なんてさらさらなかった。


背中のリボンが解かれることも、彼に触れることも触れられることも考えてなんてなかった。


彼は私にとっての光だった。


光に触れられて幸せだった。


だって手が届いたから。


なのに、残ったのは虚しさだった。


可愛いと言われたいが為に纏った布は何も意味をなさなかった。


何も纏ってない私にやっと彼は可愛いと言った。


何も、何も意味なんてなかった。


事が終わってやっと、精一杯の抵抗をみせてみた。


「変わったね、クズになっちゃった」


彼は何食わぬ顔で応えた。


「俺は元からクズだったよ」



光なんてなかった。


ないと気づいてなお、頭上の輪っかは消えなかった。


私はまた会える?なんて聞ける女じゃなかった。


私は手を繋ぐ事に胸を躍らせていい存在じゃなかった。


私は、わたしは。


それでも彼が好きだった。



涙なんてみせていい存在でもないと悟って、ひとつ頼み事をした。


「ねえ、リボン結んでくれない?」





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頼み事 佐々木実桜 @mioh_0123

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