スプリング・スプリング・スプリング #06
降水確率五%の快晴の日。それだけわかっていれば十分だけど普段は気にしない風まで見てしまった。風速四メートルだって。平均の速度がわからない。強くはなさそう。桜が舞うのを見るのは楽しいから風は強くてもいい。今日は待ち焦がれた入学式。
両親は仕事なので一人で行く予定だったけど叔父が行きたいと言い出して二人で行くことになった。おまけにその話を聞きつけたもう一人の叔父も行くことになった。最近いいカメラを買ったらしい。
立派な校門から大きい四つの校舎にかけて桜が道の両側に等間隔で植えられている。チューリップやヒヤシンス、アネモネなどの植物もたくさん植えられているけど今の主役はやはり桜だ。大勢の新入生と親が桜を背景に記念撮影をしている。私も入学式の立て看板と桜の木の下で新品のカメラで写真を撮ってもらった。
「きれいに撮れた?」
「いいカメラだからな!」
「いいカメラでも構図とかあるじゃん」
「流石、美術科。言うことが違う」
「大丈夫大丈夫、モデルがいいからきれいに撮れてるって」
「適当なこと言わないでよぉ!」
こんな話をしていたら近くにいた親切な保護者の男性がカメラマンを名乗り出て私たち三人の写真を撮ってくれた。
「祝、もう教室行く?」
「そうだね。もうそろそろ」
「教室の場所わかる?」
「そもそもどれが美術科の校舎なの?俺ら入れないの?」
「わかってるよ!美術科はあっちの建物!今日は入っちゃ駄目だよ!」
父の末弟と母の末弟である二人は三十歳を過ぎても子供のようだとよく言われている。独身だから何事にも自由でこうして私にもまだ付き合ってくれる。言わないけどありがたいと思ってはいる。
「二人こそ保護者の待機所どこだかわかってるの?」
「わかってるとも。さっき地図もらっただろ」
「あっちじゃない?ほら、大人の人たちがぞろぞろ歩いてってる」
「もう!ちゃんと確認し───」
叔父が指を示す場所より先に、今にも桜並木を抜けようとする人が目に入った。広っぱで四つ葉のクローバーを一発で見つけたようなもんだ。
「イワイさん!」
「は?」
「え?ちょっと、祝!」
あれは絶対にイワイさんだ。間違いない。叔父を置いて駆け出した。
もっと周りを見なさいって小さい頃からずっと言われていた。走行中の車に触りたくて駐車場で走り出したことがある。一生で一番きつく叱られた。それなのにこうして人混みをかき分けて走ってる。
「イワイさん!!!」
呼び立てると足がもつれた。足元にも気をつけるよう言われ続けてた。小石があったのか、くぼみがあったのか、何もなかったのかわからない。こうなったら地面にぶつかるのみ。ぎゅっと目をつぶる。
「大丈夫?」
目を開けると私は無傷でイワイさんの胸に飛び込んでいた。イワイさんはびっくりした顔をしてたけどしっかり肩と腰を支えてくれていた。
「…ごめん!こけちゃった!助けてくれてありがとう!」
かっこ悪い出会い方になってしまったけど会えて良かった。中学の卒業式では私が友達や先生と写真を撮ってる間にイワイさんは帰ってしまい一言も話せなかった。何でもいいから話したかった。
冬には全体的に伸びていたイワイさんのショートはすっきりしたものになっていた。耳が見えるし頭の小ささが際立つ。美術科のクロスタイは一目惚れだったけど体育科のループタイも古風で素敵。似合っている。
イワイさんのご両親は忙しいらしくて今日は来ていなかった。私なんかには叔父二人が付き添っている。ほったらかした叔父たちと合流して人気の少ない桜の木の前でイワイさんと写真を撮ってもらった。今度はモデルがいい。判然としている。
その後に叔父たちと別れてイワイさんと校舎へ歩いた。少しだけ話す。美術科と体育科の校舎の分かれ道に差し掛かると強い風が吹いて髪がぼさぼさになった。これから入学式だってのに。普段なら不愉快に思うはずだけど何だか楽しくなって私は笑ってしまった。桜吹雪にたたずむ髪が乱れたイワイさんはきれいだった。
イワイさんは私の名前を忘れていた。忘れたことをごまかしたりせずわからないものをわからないと言える素直な人だ。人の名前を覚えるのが苦手だと言った。私は再び名乗った。今度こそ覚えてくれますように。そのついでに都合が合えば一緒に帰りたいと伝えれば快くうなずいてくれた。
そうしてそれぞれ自分の校舎へ向かった。
和洋折衷な外観の建物の中はきちんと学校になっているんだから不思議だ。ステンドグラスなんかもある。シンプルな幾何学模様。アールデコ調だ。光が射して廊下が輝いている。
教室に着いて自分の席を探す。名字のあいうえお順で出席番号が決まっていた。長山はいつも真ん中くらいに位置する。今年も同じだ。机は中学より一回り大きい。作業しやすいようになってるのかな。そう思うと席に着くだけでわくわくした。
近くの席の子たちと軽く挨拶をする。人の良さそうな子が多くて安心すると担任の先生が教室へ来た。さっぱりした雰囲気の若い女の人だった。眼鏡をかけている。怖い人じゃないといいなぁ。
やがて講堂へ集まるようアナウンスが流れた。先生に連れられてぞろぞろと講堂に行く。全体説明会以来だ。三階まであって広い。音楽科はよく使うらしい。音がきれいに響く。マイクのハウリングも響いた。入学式が始まった。
気づけば入学式は終わっていた。始まってすぐ眠くなってよく覚えていない。校歌斉唱で一度目覚めたけどまたうとうとしてしまった。今日という日を完全に記憶しておきたかったのに。卒業式も一瞬だけ眠たくなって後悔した。
教室に戻ると出席番号順で短く自己紹介をした。それから共同制作の班を決めるクジを引いた。美術科の一年生は秋の文化祭に向けて三人一組の班で一つの作品を作る。共同制作以外も一年間この班で活動する。
「同じ数字の人同士で集まってください。ここら辺から一班、二班、三班って感じで」
先生は空中で適当に教室を指で十等分した。私の引いたクジには8と書かれている。八班ってどのあたり?
「あなた、七班?」
うろうろ歩けば女の子に声をかけられた。
「いえ!あたしは八班です!」
「そう」
「八班こっち~」
ほんの少し離れた場所で一人の男子が手招きしている。その男子の隣にもう一人男子がいた。そちらへ合流する。
「八班の人ですか?」
「そ。八班」
私が尋ねると男子はクジを見せる。私と同じ8だ。片方の人もクジを見せてくれた。
「はーい。集まったら適当に座ってください」
先生に言われてみんな近くの席に座った。
「班長を決めてもらいます。今日初めて会ってリーダーを見極めるなんて難しいかもしれないけど三人でしっかり決めてください。押し付け合ったりしないでね」
班長だって。私は絶対に向いていない。今までの学園生活でそういった類のものになったことがない。一度くらいやってみたいもんだ。
「今から配る用紙に三人の名前と誰がどうして班長になったかを簡単にまとめて提出してください。これから事あるごとにこういうの書いてもらうことになります。三人書き終えて提出すれば今日は解散!」
そう先生が言うと周りの空気が変わった。みんな早く帰りたいんだと思う。机を三つ向かい合わせて各班の班長決め会議が始まった。
「えー…
最初に声をかけてくれた男子が名乗った。ちょっと幼くてかわいい顔をしている。
「あたしは長山です!よろしくお願いいたします!」
「
こっちの子は背が大きくて強そう。体育科にいてもおかしくない。テニスやってそう。
「長山に高谷ね。高谷って言いづらいね」
「たまに言われる」
「下の名前は?」
「
「じゃあ、まおちゃんって呼んでいい?」
深川君に提案された高谷君は二秒黙ってうなずいた。
「あたしのことは祝って呼んでください!」
「はじめくん」
深川君が呟いた。はじめくんだって!中学の先生で男女関係なく君付けする人がいて長山君と呼ばれたことならある。初めての呼び方に私は舞い上がった。
「俺は人を名前で呼ぶの苦手だから、なが、とかでもいい?」
「いいよ!」
これも新鮮だ。なが。私は私の名前が好きだから名前で呼んでもらいたいけど強制はしない。
「え?まおちゃん、下の名前で呼ばれるの嫌?」
「呼ばれるのは慣れてる。呼ぶのはなんか照れ臭い。深川君のことも、ふかって呼ぶ」
「いーけど」
照れ臭いだって。かわいい。長身で体格も良くて目立つのに照れ屋さんみたい。名前で呼ぶのに抵抗がある人もいるのか。そりゃいるか。何せ初対面だしね。
「あたしは真生君って呼ぼうかな!深川君は何君?」
「俺はひので君」
「素敵!ひので君ね!」
「どうも。好きに呼んで」
これから共同制作をする仲間だからってのはもちろんあるんだけど、ひので君と真生君と仲良くなりたいと思った。どうしてだかわからないけど特別な友達、親友みたいなものになれると思えた。一目惚れもこういった感じなんだろうか。まだ二人のこと名前しか知らないのに変なの。
美術科1年A組14番 8班 長山祝
◎深川ひので
高谷真生
長山祝
自己紹介の印象で私も高谷君も深川君に班長をやってほしいと意見が合いました。
自発的な人だと思います。深川君も引き受けてくれました。
三人で何を作れるか今から楽しみです。
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『突然春は跳ねる』第二話も合わせて読んでみてください
https://kakuyomu.jp/works/16816700429223969093/episodes/16816700429224493202
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