スプリング・スプリング・スプリング #07
新入生歓迎会という名の部活紹介が講堂で行われた。
専門の科があるだけあって美術、体育、音楽に特化した部がいっぱいある。全国に行ったとかOBに有名な誰々がいるとか偉大な部活が目立つ。そういう部の中には人数に制限があって入部試験があったりする。他の学校にはなさそうなマイナーな部活もたくさんある。私はそっちがいい。
アクション部が一番すごかった。決められた短い時間の中でヒーローショーをした。女性の悲鳴から始まり、悪役たちが新入生歓迎会の邪魔に入る。そして颯爽とヒーロー見参。大柄でアグレッシブな動きの悪役を素早い身のこなしでいなし反撃をした。他の部はどういう活動をしているか言葉で説明したけどアクション部にそれはなく時間を目一杯使いきった。こういうことをしているわけだ。見ればわかると。
「君もヒーローにならないか!?」
ラストに力強くそれだけ言ってアクション部は去って行った。拍手で講堂が揺れた気がした。昔から週末も朝早く起きられないし戦隊ものに夢中になった幼少期はないけどきっと今がその時なんだ。そう感じて私は部活見学を全部アクション部に費やした。
部活見学の期間、新入生は一週間好きに部活を見て回れる。私は他の部活に見学に行くつもりはなかった。それと同時にアクション部の見学へ行こうと考えている新入生は私以外いなかったようだった。
部活紹介の際に配られたパンフレットに書いてある体育科の活動場所に行けば手厚く歓迎された。練習風景が見られるものかと思ったけど最初は説明会だった。
アクション部は専用の部室もないくらい小さい部で部員は八人しかいない。部活動は五人から認められるので割とギリギリだ。部員の大半が体育科で全員兼部している。どの人も本命の部活が忙しくて空いてる時にアクション部に顔を出すので集まりは基本的に悪いらしい。
主な活動内容は文化祭のショーに向けての話し合いや練習。たまにボランティア部と一緒に保育園などの福祉施設で校外活動もしていて予想よりずっと硬派で真面目な部活だった。
これらの内容を丁寧にわかりやすく説明してくれた人は部長だった。普通科の三年生で、ひょろっとしている見た目からは想像できない低くて落ち着いた声をしている。部活紹介のヒーローの声当ての人だとすぐにわかった。
ヒーローショーにはアクターや司会、音響、撮影係など役割は多い。人手の足りないアクション部に私が正式に入ることになったら小道具を作ってほしいと頼まれた。
「美術科の人に美術を頼むのは安直で申し訳ないんだけど…」
本当に申し訳なさそうに部長は言った。安直でいいと思う。頼られるのは嬉しいし、もし私が美術なんて嫌だからアクションをやらせれくれと言ったら困るだろう。
部長はいつもいるけど部活見学の一週間に部員の八人が同時に集うことはついになかった。だけどどの先輩もそれなりに優しそうだし真面目に部活動に励んでいるのがよくわかったので入部届を出した。
そう家族に報告すると小規模でも運動部なんてお前に続けられるのかと心配される。両親にも祖父母たちにも。美術の担当になったと言えばみんな安心した。私にそういったセンスがあると思ってくれている。だけど佐己小さんは違う。
「美術科の部員は祝だけなのね?責任重大だわ」
こういう時、佐己小さんは肉親と違ってプレッシャーをかけてくる。反対に家族が心配することをどういうわけか佐己小さんは不安に思わない。最初に私が美術科の学校を受けてみたいと話した時もそうだった。佐己小さんがいなかったら私は今よりもっとわがままな甘えん坊に育っていたに違いない。
早速、看板作りを始めた。予算がないからダンボール製。色も剥げてヘロヘロになっている先代を参考に先輩たちの意見も取り入れてデザインしてみた。部長からOKをもらって制作に取り掛かる。
下書きは私が一人でやるけど色塗りは部員全員ですると決まっていた。部活らしくて楽しい。中学の美術部は一人一人が作品に向かってた。個だった。漫研が廃部になって漫研の子が来てから空気が変わって嫌だった。
部室がないアクション部は体育科にある倉庫の一つに様々な荷物を置かせてもらっている。ダンボールの看板も部の何もかもここにしまってある。この倉庫には鍵がかかっていない。個人名や団体名がわかるようになっていれば何でも置いていいことになっている。だけど何があっても誰も何も知らないという無責任な空間だ。そんなところに物を保管するのは不用心だけど専用の部室がないのだから仕方がない。
さらに美術科の私が体育科の教室を借りるにはどうすればいいのかわからず美術科の教室を借りた。美術科と体育科の行き来は面倒だ。職員室で申請すれば空き教室を使わせてくれるけど体育科も同じシステムなのかな。先輩に教えてもらえば良かった。
倉庫に向かってる途中で何度か体育科の人に見られた。他科の生徒が珍しいようだ。同じ学校の生徒同士なのに他校生を見てるみたい。校舎も同じ造りの建物なのに体育科は何もかもシンプル。ステンドグラスの窓は見当たらないし雰囲気が全然違う。体育科は汗や熱気などの人間らしい天然の油。美術科は作られたもので何かを作る人工の脂。それくらい違っていた。
看板はダンボールだから重くないけどそれなりの大きさがあるので安定する持ち方が見つけられない。力を入れて両手で掴んでも少しずつ滑り落ちて行く。急いで美術科へ戻らなくては下校時間までに下書きを終わらせられない。
「…長山さん?」
自分のホームでない場所で声をかけられて驚いた。イワイさんだった。看板のせいで横に人がいるのも気づけなかった。もっと周りに気を配らないといけない。イワイさんも私が体育科にいるとは思わなかったようでびっくりしている。
「何してるの?」
「これ取りに来たの。アクション部は部室ないから体育科の倉庫に置いてもらってて」
「アクション部?」
「アクション部をご存じない!?」
簡単に説明をした。存在をアピールしていかなければ部室なんて夢のまた夢だ。
「長山さんは今からどこ行くの?」
「美術科の教室に戻るよ。今日は下書きの線引くんだ。イワイさんもこれから部活?」
「水曜は休み。帰るところ」
もっと話したい。せっかく偶然会えたんだもん。でも私には任務があるし、帰る人を引き留めるのも悪い。
「そっか!気をつけて帰ってね!それでは!」
これは私なりの善だったけどイワイさんは義の人だった。
「手伝うよ、運ぶの」
イワイさんは看板の後ろ半分持ってくれた。美術科の教室に着いたら帰っちゃうのかと思えば私が下書きを描き終えるまでいた。興味を持ってくれているみたいでいくつか質問をされた。片付けまで手伝ってもらっちゃった。優しい子だ。
そのまま一緒に帰ることになった。校舎が違えば下駄箱も違う。走って待ち合わせの校門へ行ったけどイワイさんが先に着いていた。
「イワイさんって歩くのも速いの!?」
「そう?意識したことなかった」
私が走ったからといってあまり時間の短縮にならないか。背が高くて足の長いイワイさんの一歩の方が素速そうだ。
「水曜が陸上部のお休みの日なんだよね?毎週?」
「そうだよ」
「じゃあ、今日みたいに一緒に帰らない?」
「ん?」
「毎週絶対じゃなくていいよ!急いで帰らないといけない時とかもあると思うし」
提案癖って私の取り柄だ。とりあえず言ってみる。知り合って短いしイワイさんはハッキリした人に見えるから断られる確率は高かった。だけどイワイさんは間を置かずに答えた。
「うん。いいよ」
「やった!嬉しいなぁ!」
イワイさんと打ち解け合える気がした。悦に入り、図に乗った。
「イワイさんのこと、いわちゃんって呼んでもいい?」
「別にいいけど」
「あたしのことは祝でいいよ!」
「うーん…名前か…」
「え!?あ、いや、無理にとは言わないよ!」
今までテキパキ短く返答してくれていたイワイさんは言葉を詰まらせた。困らせるのは嫌だ。
「…中学の時、私のことを名字で呼ぶ人のこと、名字で呼んでたんだよね。名前呼びしてくる人は名前呼びしてた」
「どうして?マイルール?」
「何だろう。癖なのかな」
相手のスタンスに合わせてたってことなのだろうか。こだわりがあるんだかないんだか。
「いわちゃん呼びだとあたしはどう呼んでもらえるんでしょう?」
法則からしてながちゃんかな?今までクラスに永井や那賀がいたからこう呼ばれたことはあまりない。真生君のなが呼びだって新鮮だ。
「長山さんは、長山さんで」
「はい…」
構わないけれど物足りなく感じた。成果を一つ上げたのに私は自分が思ってるより図々しいようだ。
「長山っていい名字だね」
「そう!?どこが!?」
「響きかな」
「母音全部あなのに?初めて言われたよ…」
きれいな顔が控えめに笑った。いわちゃんと家の最寄りの駅まで一緒に帰る。改札で別れ、浮かれきってる私はできてるつもりのスキップで帰った。この日から私の水曜日の放課後はいわちゃんになった。
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