第一章 禍々しい姿

 紅葉は龍斗に声を掛けてから、何かにおびえるように身体を小刻みに震わせていた。


(さっきのは一体なんだったんだ……。くっ……)


 あの時紅葉の目には一瞬、龍斗に人影が重なって見えた。

 闇よりも深い濡羽色ぬればいろした黒髪に、色鮮やかな朱殷色しゅあんいろをした瞳は、血塗られたように狂気に満ちていた。

 その姿は禍々しく龍斗にそっくりな人物だった。


 紅葉の頬にスーッと汗が流れ落ちる。


「今は怯えてる場合じゃない……。龍斗を止めなきゃっ!?」


 不意に後ろから声を掛けられ、恐れていた心臓がドクンッと跳ね上がる。


「紅葉ちゃん!」


 聞き覚えのある優しい声に、紅葉は涙目になりながら後ろに振り返った。


「あ……葵さん……。僕、初めてあんなに恐い龍斗をみて…… それでっ……」


 葵は今にも泣きそうな紅葉の頭を子供をあやすように優しく撫でる。


「紅葉ちゃん、大丈夫?」


 声を掛けられた紅葉は少し経つとモジモジしながら、


「もう……だいっ……大丈夫です! ありがとう……ございます……」


 葵はニヤニヤしながら俯いている紅葉を見て、指でツンツンしはじめる。


「ほっぺた赤くしちゃってー可愛いなぁ! もしかして、恥ずかしかった??」


「これっ……これはっ!? うぅ……。からかわないでくださいよ……」


「よかった。いつもの紅葉ちゃんだね!」


 落ち着きを取り戻した紅葉は、気合いを入れるように赤く染まった頬をパンッと叩く。


「僕、龍斗を連れ戻してきます!」


「私も一緒に行くよ!」


 葵はそう言うと、キラキラとした眩しい笑顔で、


「今度は一発殴ったくらいで許さないから!」


 紅葉は苦笑いしつつ、葵と共に龍斗の元へ向かおうとした。


「あはは……はは……。そっ、それじゃ一緒に行きましょうっ!?」


 その時、壇上の方から龍斗の怒り狂った叫び声が聞こえてくる。


「俺の名前は杠葉ゆずりは龍斗りゅうとだ。覚えておけ!」


 すると、会場内は龍斗を非難する声で溢れてゆく。


「アイツ呪われてるんだろ?」

「なんで杠葉家の人間が入学できるんだよ!」

「杠葉家の人間と同じ学校とか人生の汚点だわ」


 紅葉は龍斗を非難する生徒たちに苛立ちを覚え、我慢するように拳を強く握る。


(龍斗のこと何も知らないで……。クソッ!?)


 次の瞬間、龍斗の痛々しい声とバコンッと打ち付けられるような鈍い音が会場に響き渡った。


「ぐぁぁぁあ! がはっ!!」


 壁に打ち付けられステージに倒れ込む龍斗を、見据えることしか出来なかった紅葉は言葉を失った。


「りゅ……龍ちゃん……。龍ちゃんーーーー!!」


 葵の震えた叫び声が、再び静寂に包まれていく会場内とともに消えていく。


 旋藏ぜんぞうは倒れている龍斗に近づき、耳元でなにか囁いていた。

 その姿を目にした紅葉は、地面を強く蹴りあげ目にも止まらぬ速さで旋藏の前に立ち塞がる。


「学院長……。龍斗に何をしているんですか?」


「先に手を出してきたのはそいつだが?」


 紅葉は苛立ちを隠しきれず、


「これ以上龍斗に近づくなら僕は……。いや、俺は貴方に牙を剥く」


 旋藏は紅葉を見下ろしながら鼻で笑った。


迦賀美かがみ家の次期当主とあろうものが、龍斗こいつを庇っていいのか?」


 紅葉は鋭い目つきで旋藏を睨みつけ、怒りの込められた低い声で唱えはじめる。


なんじ、火の神にめいずる————」


 炎が紅葉を護るように顕現する。

 柄を掴むように腰を低く構えると同時に、炎が日本刀の形に収束してゆく。


「我、紅蓮ぐれんの炎を振るうもの、この声に応えよーーーーかっ!?」


 紅葉が炎の日本刀から刀を引き抜こうとした時、朱色しゅいろの髪をした人物が目の前に現れる。


「紅葉ちゃん! 神器しんきを出してはダメですよぅー? あとは、緋奈ひな先生に任せなさーい!」


 紅葉は素っ頓狂すっとんきょうな声をあげた。


「へっ!? 緋奈先生?」


 緋奈は二人を護るように目の前に立ち、ペコっと頭を下げる。


「学院長ぉ! 龍斗くんがしたことは責任を持って私が指導しておきますぅ! すいませんでしたぁ!!」


 拍子抜けという表情でスタスタと歩いていく旋藏に、緋奈は最後に一言添える。


「今回は、手を出してしまった龍斗くんにも非があります。ですが、今度同じように私の生徒に手を出したら……許しませんよ」


 旋藏は一瞬足を止めたが、すぐに歩き始め笑いながら会場を後にした。

 紅葉は殺気だった緋奈の後ろ姿をみて、


「緋奈先生……。今のは……」


 声を掛けられた緋奈は、とぼけた様子で振り返る。


「はぁーい? なんのことですかぁ紅葉ちゃん? それよりも龍斗くんは大丈夫ですかぁ!?」


 紅葉は荒てた様子で横で倒れている龍斗に目線を向けた。


「葵さん!?」


 そこには身体を震わした葵の姿があった。


「ねぇ、龍ちゃん起きてよっ……! 龍ちゃん!」


 緋奈は震えている葵に近づいて髪の毛をワシャワシャとしはじめる。


「葵ちゃん! 龍斗くんは大丈夫ですよぉ! ここに来る前に医療班を呼んでおいたので安心してください!」


 そういうと、優しそうな女性がステージに上がってくる。

 真夏の太陽を浴びた青葉を連想させるような草緑色そうりょくしょくをしたショートヘアに、特徴的な翠玉の瞳は心を癒してくれるようだった。


「葵さん、しっかりしなさい。杠葉君は気を失っているだけよ。治療すれば大丈夫だから。ね?」


 葵は何も言わずにコクンッと頷く。


「医療班早く担架で、治療室へ運んであげて」


 紅葉が不思議そうに女性を見つめていると、


「うわっ! 緋奈先生! 顔、近いです!!」


 緋奈はひょっこり現れ、びっくりしている紅葉を無視して話しはじめる。


「この人はですねぇー。緋奈の同級生の早乙女さおとめ穂花ほのかちゃんでーすぅ! 穂花ちゃんはねぇー医療班担当の先生をしているんですよぉ! すごいでしょう!」


 ドヤ顔をしている緋奈を横目に紅葉は慌ててお辞儀をした。


「えっ!? 名前も名乗らずにすいません! 僕は一年四組の迦賀美かがみ紅葉と言います。よろしくお願いします!」


 礼儀正しい紅葉の姿を見て、穂花は驚いた様子で緋奈に詰め寄った。


「あの子緋奈のクラスの生徒さんなの!? 緋奈と違ってちゃんとしてるじゃない!」


 すると、緋奈は怒った様子で顔をプクーッと膨らませながら小さな身体で穂花のことを叩きはじめる。


「穂花ちゃんはなんでいつもそんなことばかり言うのー! 私だって、ちゃんとできるんだもん。昔と違うんだからぁぁぁあ! バカー!!」


 穂花はクスクスと笑い、子供をあやすように、


「はいはい。わかったわよ! 緋奈はちゃんとできる子だもんねー」


 そんな二人のやり取りを見ていた紅葉と葵は、安心したのか自然と笑みがこぼれていた。


「それじゃあ、龍斗のことよろしくお願いします。僕たちは席に戻ります」


 紅葉と葵が席に戻ると、中断していた入学式が最後まで執り行われた。


「以上、第四十二回亜来学院入学式を終了いたします」


 そして入学式が終わり、紅葉と葵は龍斗のところへ向かった。








 ☆☆☆







 会場出口付近————







 メガネを掛けた男子生徒が片膝をついて頭を下げていた。


「伊集院様、先程の一年生はどのようにいたしましょう?」


 伊集院と呼ばれた女子生徒は声をかけてきた男子生徒に命令をする。


「至急、杠葉龍斗のことを調べろ」


「お任せくださいませ。伊集院様」


 そういうと男子生徒は一瞬にして姿を消した。

 伊集院は獲物を見つけたかのように目を血走らせながら笑みを浮かべ会場を後にした。

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亜来学院の異端児〜死神の子孫して人を救いそして英雄になる〜 夜星。 @so_ra_i_ro

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