13 集え、ムーの子ら!

 さらに一年がたった。

 俺は三年生になっていたし、ほかのみんなもそれぞれ進学していた。

 そして、秋。

 二年ぶりに彩実祭が開催されることになった。

 特にサークルに入っていない俺は彩実祭だからといって何かの企画に参加するわけでもなく、ただ当日ぶらりと久しぶりの感覚を味わおうかと思っていた。

 だが、閃いた。

 二年前のこの彩実祭で俺たちは集まった。久しぶりにまたみんなで集まりたい。それにはこの彩実祭が格好の舞台背景じゃないかと。

 そして今、俺は知っている。俺の閃きは俺自身の考えではないことを。

 あの二年前の出来事以来、俺の閃きは増してきた。そして素直にそれに従えば、必ず道は開ける。

 その閃きに対して、「でも……やはり……」などと考えてしまうことこそが、俺自身の考えである。そしてその自分の考えを入れて閃いたことを修正してしまえば、たいていのことは失敗する。

 閃きは時として強く、場合によってははっきりとした声で聞こえることもある。

 これが神霊界からのメッセージであり、いわば御神示であることも俺は知っている。婆様のようなはっきりした形でのコンタクトではないにしろ、ひらめきというのは高次元とのコンタクトであることを俺は知っているのだ。

 俺だけではない。チャコもそうだと言った。

 そして、彩実祭でのみんなとの再会に、チャコも大喜びで賛成してくれた。


「いいね。いいね。またみんなで集まりたい」


「よし、連絡とろう。そう、『集え、ムーの子ら』って感じで」


 別に受けを狙って言ったわけではないのに、チャコはどれがツボにハマってしばらく笑いこけていた。

 さっそく俺はLINEグループで呼びかけると、たちどころに歓迎の声であふれた。

 そして二年前にはいなかった拓也さん、エーデルさん、島村さん、悟君もわざわざ俺の大学まで来てくれることになった。

 当日はあの二年前と同様のかなりの人出で、ごった返す正門で俺たちは待ち合わせた。

 どんな人混みの中でも、俺たちはメンバーが一人、また一人と現れたらすぐに見つける。なぜなら、ひしめき合っている人混みの中にいても、俺たちはオーラが違うのですぐにわかるのだ。

 約一年ぶりの再会を楽しみながらも、とりあえず学祭の展示や催し物、中庭の出店などをまわり、やはり落ち着いて話がしたいということで、二年前と同じ大学から少し離れたファミレスの「サリゼ」に落ち着いた。

 二年前と同じ席だ。

 あの時、ここにいる十二人のうち八人はここから幽界探訪した。あの時は幽界という広大な世界に驚いたけれど、今にして考えれば幽界は馳身ハセリミ神霊界のほんの一角を間借りしているような世界だった。

 ひととおり昼食の注文を終えて、互いに近況を紹介し合った。


「拓也さんの田舎の方は?」


 話が一段落したところで、俺は気になっていることを聞いてみた。


「最初は両親とも寂しそうだったけれど、落ち着いてきたみたいです」


 拓也さんがそういう理由も、俺たちはすでに知っている。

 去年の暮れに、婆様が亡くなった。もうすぐそれからちょうど一年になる。

 一般の人ならば幽界に行ったと表現するけれど、婆様の場合は神霊界に帰ったというべきだろう。


「おそらくご本体の地上姫神様に、分魂だった婆様は収容されたでしょう」


 拓也さんが言う。

 それにしても、俺たちをここまで導いてくれた婆様への恩は限り知れない。その地上姫神様もすでに隠遁の地を出られ、夫神の地上丸神様とともに国祖様の元でお働きのことだろう。

 その婆様は俺たちに、これから進む生業を通して世の人々を導いていく任務を与えてくれた。

 だから自然と、俺たちのこれからのことが話題となった。

 俺とチャコは拓也さんと同じ教員の道を目指す。

 実際のところ俺たちの大学を出て教員になる人はほとんどが教育学部の出身者であり、俺たちのような教養学部は教職課程を履修して教員免許を取得する者は多いけれど、実際に教壇に立つ人はかなり少ない。それでも俺たちは教員を目指した。拓也さんは理科、俺とチャコは文系の地歴科だが、ともに「感謝」をもといとした「慈しみ」を実践し、優しさと厳しさを十字に組んだ霊的教育を目指そうと志した。さらには、真正人類史を人々に広めていかなければならない。

 杉本君は一般企業を考えているようだけれど、やはり霊的経済学を実践していきたいという。

 美貴は来春には看護学校を卒業して国家試験に臨むが、霊的医学を目指すという。

 エーデルさんはスメル協会の一員として、よりグローバルな立場で国際社会で活躍したいとのこと。もはやスメル協会もイルグン・レビも、そしてかつては秘密結社といわれたあのフ●ーメ●ソンさえもともに手を携えている。

 大翔は叔父さんの農園の後継者に指名されたようで、自然農法を推進して安全な食の確立に邁進するとのことで、新司もそれに協力するつもりだという。

 ピアノちゃんと美穂は二人の音楽ユニット「さくらリヴァー」での活動を軌道に乗せていつかはメジャーデビューし、音霊おとだまを通して天国文明を人々に伝えたいという希望だ。

 また、有名人になればそれだけ人びとへの影響力も増す。導きやすくなる。

 島村さんは神学生といっても実はまだ教会に住み込みの神学生志望者であったのだが、いよいよ来年から神学校へ入るための一年間の合宿所生活になるという。合宿所は「ナザレの家」という神学院直属の施設で、なんと俺やピアノちゃんたちの地元である栃木県にあるという。そのあとで神学院にて約八年学び、さらに二年間の実習の期間を経ないと司祭にはなれないそうだ。

 気が遠くなるような話だけれど、今の大学を出て父親が住職をやっている寺を継ぐ悟君とともに、宗教面を内部から改革していきたいという意気込みだ。

 婆様は新しい宗教を打ち立てることは禁止したけれど、仏教やキリスト教という伝統宗教の中に入り込んで、内部から人々に救いの輪を広げていくことは本当の意味でイエス様や釈尊の心にもかなうだろう。

 神霊界の実相を知っているこの二人なら、間違った方向に行くはずもない。

 そんなふうに俺たち一人ひとりの未来を確認し合ったあとで、杉本君がある話題を提供した。


「最近、ネットで騒がれていること、皆さんご存知ですか?」


 すぐに察した。


「彗星の件だよね」


 いうまでもなく、今世間でいちばん話題になっていることだ。


「ソースがこの研究所なんですけど」


 杉本君が示した自分のスマホの画面には、その彗星についての研究を公開したサイトが表示されていた。

 サイトの主は「国際生体科学研究所」とあって、なんだかどこかで聞いたことがあるような気がした。

 だが、すぐにチャコが「あっ!」と声を挙げ、美貴に同調を求めた。


「ああ、これ、あれだ」


 そう言って俺の方も見る。俺はすぐに思い出せなかったけど、チャコに言われて思い出した。俺たちがバイオ・フォトンの測定の実験に協力したあの研究所だ。俺とチャコが美貴と出会った場所でもある。


「今騒がれてる彗星の話は、ここが出どころだったのか」


 俺ももう一度そのサイトを見てみた。

 今世間で騒がれているのは、ちょうど一年前に地球は巨大彗星と衝突する危険性があったということだ。

 もちろん各国政府や科学者、天文台などもその事実を把握してはいたけれど、政府からきつく口止めされて一般国民には何一つ知らされなかったという。そんな事実が今ごろになって判明した。

 しかも驚くべきことに、その巨大彗星が間違いなく地球にぶつかるコースを飛んできたのに、なんと直前で跡形もなく消えてしまったという話だ。

 一年前に全世界規模で多発した巨大地震や火山の噴火は、その彗星が近づきつつあったことに起因していたともいう。

 こんな話がネットで騒がれても、政府は依然沈黙のままだった。

 だからこのサイトの公開は、同研究所から政府に対する挑戦ともいえた。

 だが俺たちは知っている。それは彗星のように見えても、実際はその核はブラックホールであったことを。

 従って地球に最接近した場合はもたらされる被害は地震や火山噴火どころの騒ぎではなく、太陽系すべてがその彗星のブラックホールに呑み込まれてしまうところだったのだ。

 なぜ彗星が消えてしまったのか……それはただ「謎」のひと言で片付けられていた。

 それに、そんな巨大な彗星が一夜にして跡形もなく消滅するなど物理的にあり得ないと、口角泡を飛ばして反論しているサイトもある。

 彗星の存在自体を否定し、もし本当にそんな彗星があったならばいくら政府が口止めしても、民間の観測者が気づかないはずがないというのだ。

 その研究所の発表に人々は都市伝説として面白おかしく騒いでいるだけで、まじめに信じている人はほとんどいないようだった。


「でも、あったんですよね。ブラックホール」


 杉本君が言うので俺たちみんなでうなずいた。そう、俺たちはすべてを知っている。


「そうやって考えると、俺たちがやったことって偉大だったんだな」


 なんだかまるで他人事のようにとぼけた口調で島村さんが言うので、それがみんなの笑いを誘った。

 でも、こうして笑い話で済んで、本当によかったと思う。


「でもさあ」


 悟君が同じくとぼけた口調で言う。


「俺たちがやったと言っても、結局はあの光輝く神界の御神霊が山武姫神を説得してくれたんじゃあ?」


「それはあなた方のまことが、神界に通じたからです。あなた方の想念が、神界の御神霊を動かしたのですよ」


 俺たちは、その声の方を見た。

 そして俺たち十二人が座っているテーブルの真ん中に、もうひと席増えていることに俺たちは気がづいた。声の主はそこに座っていた。

 あまりにも自然に座っているので、むしろ違和感を覚えなかったくらいだ。


「皆さん、私のことも忘れないでくださいね」


 すでにみんな注文したものがそれぞれ運ばれてきていたけれど、そう言って天使のように笑う彼女の前のテーブルにも、すでにいつの間にかカルボナーラが置かれていた。

 最初に配られたお冷も、彼女の分まできちんと数に入っている。まるで最初からいたかのようだ。


「ケルブ!」


 俺たちはいっせいに叫んだ。笑顔だけは天使だったけれど、服装から存在感から全く現界の少女、藤村結衣になっていた。

 二年前にこの場所からケルブは現界でも存在を消した。あの時はまだ高校生だった大翔やピアノちゃんたちも今は二十歳。でも、ケルブだけはあの日のままの女子高生という感じだった。


「ケルブ、お帰り!」


 俺は思わず叫んでいた。


「ただいま」


 ケルブはペロッと舌を出し、いたずらっぽく笑った。




「朝の歌、響け世界に」……完……

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暁の歌、響け世界に John B. Rabitan @Rabitan

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