深い空の季節に…

無天童子

緑のたぬきを食べながら

 この季節には、緑のたぬきがよく似合う。

 出汁のよく効いた和風のスープが、体に沁み渡る。

 そして、そのスープの滲みた天ぷらを一口食べると、自然と破顔する。


 私は緑のたぬきを食べながら、しばしば、とあるアーティストの曲を聴く 。          

 これが、ささやかながらも大切で、幸せな時間。


 そのアーティストを知ったのは、テレビアニメを見ていた時だった。

 幼いながら、その曲たちが印象に残っていたのかもしれない。

 ただ、その時は今のように熱心に聞くことはなかった。

 彼女たちの歌が心に響くようになったのは、つい最近のことだ。


 ただ、そのアーティストはすでに解散してしまっている。

 私は、そのアーティストの代わりを見つけることが出来ない。

 きっとこれからもそれは変わらないだろう。

 諸行無常・自然の美しさを謳った印象的な歌詞、メロディー、ボーカルの透き通る歌声。どれを取っても、賞賛の言葉以外が浮かんでこない。

 イントロをほんの僅か聞いただけで、まるで曲の世界に吸い込まれていくようだ。


 願うなら、一度でも彼女たちのライブに行きたかった。

 一度でも、生の演奏と歌声を自分の体に響かせたかった。


 ただ、それを願っても詮無いことだ。

 時間の流れの中で、人間はちっぽけな存在だということは彼女たちの音楽の中でも、よく表現されている。


――過ぎた日々を懐かしむより、今を大切に生きよう――



 窓の外の空は、とても深くてはてが見えない。

 私はこの季節が好きだ。紅葉や空の美しさ、夜の星の輝き、その全てが。

 寒いのは苦手でも、それがこの季節を彩るために必要なら仕方ないなと思うのだ。

 一日一日、気温が下がっていく度に、木の葉が色付き、街を染めていく。

 鮮やかではない葉でさえも、愛おしく感じる。

 最近は秋が短くなっているように感じるが、この美しい風景だけは、これからもずっと変わらず訪れてほしいと願う。


 つらつらと、そんなことを思いながら麺を食べ終えて、最後にスープをぐっと啜る。これが、何気ないながらも、かけがえのない私の日常の一コマだ。

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深い空の季節に… 無天童子 @muten-douji

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