ヒーローたる者

きと

ヒーローたる者

 俺は、ヒーローだ。

 ミスターレッドという名前で正体を隠して、日々正義のために戦っている。

 今日も今日とてヒーロー衣装に身を包み、誰かのために戦う。

 現に今も銀行強盗を捕まえたところだ。

「よし、みんな! もう大丈夫だ!」

 俺がそう言うと、町の人達は歓喜かんきの声を上げる。

「ありがとう! ミスターレッド!」

「あんたがいれば、この町はずっと平和だ!」

「よっ! 正義のヒーロー!」

 歓声かんせいに手を振ってこたえる。

 その時、耳に付けた通信装置から声が聞こえる。

「お疲れのところ悪いが、早速次の事件だ。何でもショッピングモールの一角で立てこもり事件が発生したらしい」

「了解。すぐに向かう!」

 俺は、警察に銀行強盗共を引き渡すと、すぐに次の現場であるショッピングモールに急行する。

 あそこまでは、俺の足なら十分もあれば着くだろう。

 ビルの屋上から屋上へと飛び移りながら移動する中で、また通信機器が反応する。

「まったく、勇気ゆうきも大変だな。最近、ろくに休んでないんじゃないか?」

「それがヒーローたる者の使命だからな。文句はないさ。あと本名で呼ぶな、オペレーター」

「悪い悪い。しかしだ、ミスターレッド。少しは落ち着ける時間が欲しいとは思わないか? お前だって加奈かなちゃんと久々に会いたいだろ?」

「それは、まぁ……」

 加奈。

 俺の愛しい幼馴染だ。

 物心ついた時からの付き合いで、今でも仲がいい。

 だが、俺がヒーローであることは知らない。

 もし加奈が俺をヒーローであると知ったら、手助けをしてくれるかもしれない。

 加奈との時間が増えるのは嬉しいが、ミスターレッドの一味として同時に悪人に狙われる可能性も出てくる。

 流石にそれは許すことができなかった。

 誰かを守るのがヒーローたる者なのに、自分の好きな人を危険にさらすわけにはいけないのだ。

 最近は、俺のヒーローとしての活動が忙しくてほとんど会っていない。

 今頃、何をしているのやら……。

 ああ、会って話がしたいな。

「お、なんて話してたらもう現場に近いぞ。相手は三階の服屋に人質を取って立てこもっているようだ。銃で武装しているとの情報もある。気をつけろよ、ミスターレッド」

 オペレーターの声にハッとして、気合を入れ直す。

 さぁ、悪者退治の時間だ。

 

『いいか!? 俺たちは人質を取っている! すぐに逃走用のヘリを用意しろ! さもないと一人ずつ撃ち殺すぞ!』

 立てこもり犯のテンプレートのようなセリフが聞こえてくる。

 現場にいる警察に協力してもらい、無線を傍受ぼうじゅさせてもらっているのだ。

 まったく、ヘリで逃走したいなら屋上に立てこもればよいものを。

 そもそもこいつら、服屋で何してたんだ?

 いろいろと疑問は残るがまずするべきことは……。

「一人ずつ殴っていくか」

 そうつぶやいて、俺は今いる駐車場から走り出し、勢い良く跳躍ちょうやくする。

 そして、弾丸のようなスピードで現場の窓ガラスをぶち破った。

「な、なんだ!?」

 うろたえる立てこもり犯を俺は指さす。

「あんたがなんでこんなことしているか知らねぇーが、か弱きものを傷つけることは許さない! 俺の名は――ミスターレッド!」

 ぎょっとする立てこもり犯は、俺に向けて数発発砲する。

 だが、軌道がばればれだ。

 俺は銃弾をサッと避けて、引きこもり犯に向かって駆け出していく。

 高速で接近した俺に反応しきれなかった立てこもり犯の顔に拳を叩き込む。

 立てこもり犯はボールのように吹き飛ばされ、棚に激突する。

 気絶したのか、起き上がる気配は無かった。

「よし、みんな! もう大丈夫だ!」

 その声に、人質だった人々は歓喜の声をあげる。

 よしよし。今日も平和は守られた。

 周りをぐるりと見渡して、安堵していると俺の思考は停止した。

 目線には、知らない男と涙を流しながら抱き合っていた加奈がいた。

 ……ああ、そうか。その男が君の愛する人なのか。

 先ほどまでの達成感はどこへやら。

 悲しい気持ちが俺を支配する。

 長年想い続けてきた人に恋人がいたという悲しさもある。

 だが、俺はこの先も、誰かの一番愛する人にはなれないのだな、という悲しみの方が強かった。

 ヒーローは、みんなに愛されるだろう。

 でも、それはあこがれで、愛情ではない気がする。

 正体不明で悪を助ける正義のヒーロー。

 俺は、その存在であり続ければ、誰からも愛されないのではないか。

 いっそ、誰かの一番愛する人になれないのならば……。

「あの、ミスターレッド」

 声をした方を向くと、そこには見知らぬ男と手をつないでいる加奈がいた。

 平常心をなんとか保ちながら答える。

「……なんだい?」

「ありがとう」

 それだけ言うと、加奈は恥ずかしそうにそそくさと去っていく。

 ああ、そうだ。

 俺は、このありがとうだけで十分なのだ。

 ありがとうと声をかけてくれる誰かを助けるために俺は、ヒーローになったのだ。

 忘れるな、俺。

 例え、誰かの一番にはなれなくても。

 誰かの愛する人を守るのが、ヒーローたる者の使命なのだ。

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ヒーローたる者 きと @kito72

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