第4話:デザイン検討

 事務所に戻ると哲がデスクでテイクアウトのパッタイを食べていた。


「火曜はタイ料理の弁当屋の子可愛い日だから早めに帰ってきたわ」


 聞いていないのに答えてきた哲に留衣は眉を寄せた。


「そのスケジュール管理力を仕事に使って下さい」


「そこでさ、留衣ちゃんの出番」


 哲が笑顔で意味ありげに言ったので留衣は思わず「残業か?」と身構えた。


「寄付金付きベンチのデザインのコンペだよ。Y市がオリジナルのベンチを作って、寄付してくれた市民の名前とメッセージプレートを付けて公園に設置するんだ。寄付金付きベンチってもともとはニューヨークのセントラルパークで始まったらしいけど最近日本でも増えてるね。Y市は港と海産物が有名で、海の女神の伝説とかもあるらしい。応募要項に地域性があるデザイン、ってあるね。留衣ちゃん最近ちょっと仕事つまんなそうな感じ出してたからさ」


 哲がそこを察しているとは思わなかった。留衣は気まずくて目線を下げた。


(でも、この仕事が上手く行ったら。私はもう少し自分に自信が持てるようになる?)


 留衣はSNSの投稿を思い出さずにいられなかった。そんな個人的な願掛けをしているとは知らない哲が、いつものように意味有りげな笑顔を向けてくる。


「やってくれる?」


「……頑張ります」


 留衣は二つ返事でそう答えた。


 ―


 ベンチは大きく分けて、脚が鋳物でできているものと、それ以外の二種類がある。


 鋳物とは、溶かした金属を型に流し込んで作る金属製品だ。どろどろのチョコレートを型に流すのを想像して欲しい。凝った造形ができる一方で型の費用が嵩むので大量に製品を作らないと元が取れなくなってしまう。

 それ以外は、コンクリートだったりパイプだったりと様々だ。レーザー加工やパイプの曲げなどで多少の意匠性を出せるし、安価で数も気にせずに作ることができるが鋳物ほどは自由なデザインが難しい。


 一週間後の提出まで、留衣はY市をひたすらに調べ上げた。書店で旅行ガイドを購入し、営業担当とオンライン会議を重ね、Y市出身者に引かれる位に話を聞きまくった。

 Y市は特産の海産物が語られることが多い土地だが、それだけではひねりがない。

 留衣は調べていく内に、日本海側に面した荒波の彼方から現れる女神が魚に化身して現れ、漁師の命や不漁を救ったりといった伝説が多く残っていることに調べ当たった。女神が祀られた有名な神社もあるという。


 それらの情報を元に留衣は他の業務もこなしつつスケッチを書いては哲や遊具チーム、営業担当にも意見を請うた。その中でも自分でも自信があり、周囲にも高評価だった一つの案に絞り込んだ。


 女神の伝説を取り入れることは決めていたが、女神の絵をそのままベンチの脚にしては滅茶苦茶ださい。

 留衣は日本海の波をイメージした流線が重なり合ったデザインのベンチの脚を作り、そこに女神が化身したという魚を小さく一匹だけ、波の隙間に造形した。見つけた人は幸運な気持ちになれるし、押し付けがましくなく伝説にも触れられる。こういう仕掛けは小さい子には喜んでもらえると思う。

 寄付金ベンチは思い出のメッセージが掘られていることも多いし、楽しげなひとときをこのベンチが彩れたら良いと思ったのだ。


(これで駄目だったら、駄目でもしょうがない。まあ、会社の売上的にはだめなんだけど)


 デザインするのが本当に楽しいと思えたのはいつぶりだろう。留衣は大学生だった時以来の高揚感で胸がいっぱいになった。

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